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破壊神って言うな!  作者: 柱乃 影人
学生編 ―序章―
2/26

ススムの学校生活・昼

加筆修正(2014/10/17)

  



「おぉぉ! 熱血シュート!」


 空気を切り裂く球体は、回転によるあまりの遠心力に形を楕円に歪めながら飛翔する。

 逃げ惑うキーパーを他所に、悠然とキーパーゴールネットに突き刺さるそれは、もはや飛び道具にしか見えない。


「ごぉぉぉぉぉるぅぅぅぅ! よっしゃあ、ナイス葉飼!!」


 ハイタッチを要求してくるのは、クラスメイトであり、そしてチームメイト。

 敵はD組、平均点など何かと競ってくるクラスに対し、こちらが優位に立てるのは体育しかない。

 余談、テストで足を引っ張っているひとりである自分としてもここで貢献しないわけにはゆくまい。


「おぉら、テメーら!! F組の葉飼ひとりにいいようにやられてんじゃねぇぞ!!」


 そう喝を入れる――というより怒鳴りつけているのは、D組の担任だ。

 体育教師ではないのに、自分の授業はどうしたと思いつつ、よくよく見ると職員室の窓から顔を覗かせている。

 ちょうどオフの時間割なのだろう。

 なお、そんな口調ではあるが、列記とした女教師だ。

 ちなみに独身の二八歳。


「ちっくしょー! 体育で破壊に勝てるかっつの!!」

「そうだそうだ! 勉強で勝負しやがれ!!」

「うるせぇっ!」


 何故かF組に入試トップがいるとはいえ、平均点で勝負にならないのは目に見えている。

 トップがいる反面、馬鹿も集まってしまっているのだろうか。

 中間考査を見る限り、結果的にはバランスが取れずにマイナスに偏ってしまっているわけだが。


「葉飼は無視しろ! 他はただの凡夫だ!」

「何だとっ!?」


 F組の連中もいきり立つが、まぁ、D組と大差がないのは事実だ。

 静観していると、それなりに良い勝負になってしまう。

 よって――


「くそっ……センタリングっ!」

「悪いが、カットだ」


 俺が動く。

 競技上、手は使えないので空中で一回転して敵チームのパスボールをセービングする。

 地上からの高さは六メートルほどだろうか。


「そして、インターセプトからカウンターだ。――主に俺が」

「だぁぁぁ! もうゲームにならねぇ!」


 再び敵陣のゴールネットが揺れる。

 とまぁ、体育におけるクラス対抗戦では割と無双状態になるのがうちのクラス。

 体育祭も実に楽しみである。

 そうして、度重なる追加点を入れたところでチャイムが鳴った。


「もう昼休みか」


 四限目の終了を告げるチャイムは、同時に昼休みの始めりを告げるものでもあり、それはつまり第二の開戦を意味する。


「凱旋だぁ! 皆の者ぉ、撤収撤収っ!」


「「「応っ!」」」


 誰かが発した声を引鉄に、隊列を成した男子生徒たちが更衣室へ駆け込んでいく。

 体育会系の学生にとって、教室の授業より体育の方が楽しいのは間違いないが、それが四限目となるとちょっとしたネックもある。


「間に合えっ、我が焼きソバパンっ!」

「ありゃあ俺のもんだ! てめーはワカメパンでも食ってろ!」

「コロッケパン! せめてコロッケパンを!」


 その表情は、まるで亡者のよう。


 ――そう、購買だ。


 一般授業と違い、四限目が体育のクラスは、先に更衣室で着替えを済まさなければならないという絶望的なハンデを背負っている。

 先の生徒たちのように、人気商品である焼きソバパンを体育組が買うことはまず不可能だと言われている。

 しかし、


「まー、頑張ってくれ」


 弁当組の俺には、あまり関係のない話だ。





 ●





 という訳で、今は昼休み。


 体育館の更衣室で着替えを済ませ、弁当組の自分は教室に戻っている。

 隣の席には、親友とも言えるクラスメイトがいた。


「ススム、“あれ”はもうクリアしたのか?」


 手渡された焼きソバパンをかじる。

 こちらに話し掛けてくるその男子生徒の名前は、沢木二也(さわきふたや)

 学校でも上位にランクインするイケメンで、女子にも人気がある。

 しかし、ひとたび制服脱げば、その中身は自他共に認める生粋のヲタク。


 イケメンヲタク――略して『イケヲタ』。


 それだと、ニュアンス的には“イケてるヲタク”だと個人的には思うのだが、前述の通り、残念ながらこいつのファッションセンスはマジで死んでいる。

 キャラもののTシャツに無地のジーンズにリュック――なんてファッションを平然とこなすその様は、友人である俺すら驚愕を覚えるほどに恐ろしい。

 逆に、イベント会場であらゆるコスチュームを着こなすその雄姿は、これほど衣装負けしないヤツもそうそういないだろうと感心するほどなのだが……。


「“あれ”――か」


 フタヤの言う“あれ”とは、おそらく、先日こいつから回ってきたパソコンゲームのことだろう。

 確か、タイトルは――


「【ネクロロリコン~這い寄る古の幼女たち~】だ」

教室(ここ)でタイトル言うなよ! つか、タイトルも内容もヒドいわ!」


 不幸で死んだ美幼女たちを蘇生して、ひたすら自分のものにしていくゲームだ。

 暴く墓を間違えると、たまにムキムキのお兄さんが蘇生、何故か妹キャラ化して熱烈に慕ってくる。

 そこにCG回収ルートまで存在し、また別の意味で怖い。


「しっかりプレイはしているのではないか」

「うっ…………そりゃ、お前のおすすめだからな」


 食べかけの焼きソバパンを、わずかに喉に詰まらせる。

 ちなみに、フタヤは体育見学組なので、あまり購買競争に関係ない――どころか、むしろ一階スタートなので返って有利だったりする。

 手渡されたのは、朝の労いも兼ねたその戦利品だ。

 フタヤが続ける。


「まぁ、確かに……『見て……お兄ちゃん(瞳を輝かせる)。俺のぉ、ゲイっ・ボ○グっ!!』は、声優の熱演もあって夢に出てきそうだったな」

「アレックスルートか。尻がきゅってなったぜ……」


 むしろ、フタヤのものまねが上手すぎて怖いわ。

 個人的には、ロリを冠するタイトルで何故にアレックス要素を入れたのかと開発者に問い質したいが。


「さらりと隠しルートまでコンプしてるじゃないか」

「……………………まぁ、その、なんだ。せっかく回ってきたしな? 他意はないぞ……?」


 そのまましばらく他愛のない雑談を続ける。

 とまぁ、フタヤとの会話といえば大抵はこんな感じだ。

 一応、ゲームの話だと思えば、まだマシな方ですらある。


 そうして、昼休みも半分を過ぎた頃だろうか。


「……あの、ススムくん」


 ちょうど会話の切れ目を見計らっていたのか、反対側から声を掛けられた。

 こちらが振り向く前から、既に視線の合っていたフタヤが、その生徒に対して口を開く。


「なんだ、ダディアナざんではないか」

「誰よそれ!」


 ちなみに、このフタヤがクラスメイトの名前を覚えているのは非常に珍しい。

 微妙にイントネーションが間違っているような気もするが、立花には通じているようだし特に問題はなさそうだ。


「どうした? 立花」

「……えっ、あ、あぁ。あの、ススムくん」


 じっ、と目を見つめると、急にきょどきょどし始め、落ち着かなくなる立花。

 一体どうしたというのか。


「……トイレか? 我慢はよくないぞ」

「違うわよ!」


 どうやら外したらしい。


「ススム、さすがにそれはデリカシーがないと思うぞ」

「……幼女キャラが描かれたナプキンを広げるフタヤに、それを言われるとは思わなかったよ」


 驚愕の極みである。

 こほん、と立花が後ろで咳払いをしたのを聞きつつ、


「あ、あの……今朝は、ありがとう」

「ん? あぁ」


 今朝…………なるほど、助けた男子の件だろう。

 確か、南雲晴雄(はるお)だったか?

 天候に恵まれそうな良い名前だ。

 金運にも恵まれればなお良かったと思うが。


「お財布……ちゃんと渡しておいたから」

「あぁ、悪いな」

「う、ううん! 全然いいの! そ、それより……」


 ちらちらと、立花がフタヤの方を見る。

 フタヤに何かあるのだろうか。

 そちらに目を向けると、俺にニヒルスマイルを返してくる。


 ……別にアイコンタクトじゃねーよ。


「それより……何だ?」


 意図が分からず、俺は立花に確認をした。


「あ、あの……ここじゃなんだから…………朝の、約束」

「朝の約束?」


 考えみるが、ぱっと思い当たらない。

 はて……俺は、何を言ったのだったか……。


「あぁ、そういや――」

「べ、別にわたしだって好きでやるわけじゃなくて……約束だから仕方なくだよ!」


 何故かそこで耳まで赤らめる立花。

 さすが、楓を冠する名前だけはある。


「――次、数学だっけか? 実は、俺。課題やってないんだわ」


 たぶん、何かお礼をしてくれるという意味なのだろう。

 咄嗟に思いついたことを言ってみた。


「……………………は?」


 立花が固まること、たっぷりと十秒。

 赤みが差した頬が元に戻ると、今度はそれ以上に顔全体が茹で上がったかのように真っ赤になり、やがてプルプルと震えだす。

 紅葉シーズンを通り越した彼女に、おい、大丈夫か――と声を掛けようとしたところ、


「――もうっ、知らない!」


 ふんっ、と怒りを露にすたすたと教室を出て行ってしまった。

 ずばんっ、と勢い良く戸が閉められる。


 残されたあまりの気まずさについ居た堪れなくなり、俺はフタヤに問いかけた。


「…………何か、マズったのか? 俺」

「おそらく……ススムがブレイドネタを知らなかったのが原因と見た」

「なるほど……」


 意味はさっぱり理解できないが、きっと彼女にもフタヤのように譲れない何かがあったのだろう。

 次回は、俺も少し合わせてやろう――と昼食を再開することにした。





 ●





 パンドラの箱を開ける前の恐怖、および開けた後の豪快な中身を見せ付けられた時の心境は、もはや語るまでもない。


 しかし、何事も勇気である。

 いくら中身がシェイクされているからといって、新たな調味料が加えられたわけではない。

 ただ、食べられるものと食べられるものが組み合わさっただけだ。


 ――そして、果敢にそれを口へと運んでみると、思ったよりもウマい。


「でだ、ススム。話を戻すが……数学の課題、まだなのか?」


 汁だらけになった元白ごはんを無言でもんぐりもんぐりしていると、フタヤがそう話を振ってきた。


「あぁ……さすがに諦めムードだぜ……」


 思い出すと、軽くブルーになる。


「ふむ……なるほど。まぁ、ゲームを勧めた手前、こちらにも責任はあるな。俺のを写しても構わんぞ」


 持っていたカ○リーメイトを口に咥え、空いた手で鞄からノートを取り出すフタヤ。

 渡りに船――ではあるのだが。


「いや、数学の課題って言っただろ? お前のノートは途中式が一切ないから写したら即バレなんだって」


 フタヤや入試のトップ、もちろん成績も学年でもぶっちぎりの一位だ。

 中間考査では、全科目満点という驚異的な点数を叩き出している。

 人に見せない努力もあるのかもしれないが、全国模試でも常に100位以内に入る天才。

 途中計算なんかわざわざしなくても、数式を見たら答えが頭に浮かんでくるらしい。


「それは……力になれなくてすまんな」

「ま、自業自得だって。って、自分で言ってりゃ世話ないが……」


 対して、俺はというと、なんとか赤点を追試や補習でを回避してる状態だ。

 俺の運動能力を『一〇』とすると知力が『一』、フタヤは運動能力が『五』くらいあるのに加えて知力が『一〇』とそんな感じ。

 特化じゃねーのかよ! なんて突っ込みを入れたくなる。

 なお、“かっこよさ”のようなパラメータも含めたら、もっと酷い結果になりそうだ。


 それはさておき、つまるところ俺は、体育と生活指導――無遅刻や皆勤狙いで挽回してる部分もある。

 よって、課題の未提出はかなり痛い。

 それを知ってるフタヤは、


「途中式も書けば問題ないわけだな? よし、ノートを貸してくれ」

「……マジでいいのか?」


 フタヤなら、途中式を含めたところで書く文字数が増える程度の作業だとは思う。


「問題ない。“慣れない作業”ゆえ時間が掛かるかもしれんが、昼休み中には終わらせよう」

「さすがにそこまでしてもらうのは気が引けるんだが……」


 よもや、天才にとって途中式を書くという行為が、逆に難しくなるとは盲点だった。

 一+一はどうして二になるとかそういうレベルなのだろうか。

 昔、どこぞの天才は一+一=一とか答えてたと、どこかでそう目にした記憶があるが。


「なら、貸し一でいい」

「そっか……サンキュ」


 これも、フタヤにとっては必要のない貸しだ。

 ここまで言わせて断るのは、俺とフタヤの付き合いに限っては反ってマイナスに働く。

 礼はのしを付けて返すとして、逆にこの課題から出題されるテスト範囲を落とすわけにはいかなくなったわけだ。


「少し集中するので席を外すぞ」


 と、フタヤが自分の席へと向き直る。


 そこまでなのか……。

 残ったカ○リーメイトは栄養ゼリーで流し込んだらしい――まじでスマン。

 こちらが手持ち無沙汰になったのは反って申し訳ないのだが、当面はスクランブルされた弁当の処理に専念することにした。


 教室の入り口付近からざわめきが起こったのは、ちょうどそんな時か。


「おい……あれ、ちょ、超美人じゃないか?」

「美人というか、むしろ、美少女? というべきか……」

「あぁ……やべぇ。む、胸も腰も……」

「と、というかなんで二年生が一年の教室に……?」


 騒がしさにそちらを見やると、確かにとんでもない美少女が何かを探すような視線で、教室の入り口からこちらをキョロキョロと覗き込んでいた。


「って、あれ?」


 口に箸を突っ込んだ姿勢のまま、彼女と目が遭った。


「あっ、いたいた。おーい」


 手を振ってこちらに向かってくる。

 珍しく見覚えがあるのもそのはず、朝、体育間裏で遭遇した二年生の女子だ。


「ちくしょー! 葉飼の知り合いかよ!」

「ジーザスっ!」

「呪呪呪呪呪呪呪……!」


 クラスメイトの様々な怨嗟が聞こえる。

 それらを気にすることなく、女生徒が口を開く。


「キミ、F組だったんだね。Aから順番に探してたら思ったより時間が掛かっちゃったわよ……」


 肩で息を吐く彼女。

 同時に揺れるふたつの果実が目に毒である。

 自分と彼女と、交互に集まっていた視線の半数が、その胸と谷間に集中した。

 つまるところ、悲しき男の(さが)だ。


「何か用事が?」

「用事、ってほどでもあるようなないような……」


 それはどっちなんだ。


「せっかくだから一緒にお昼でも、って思ったんだけど……って、うわ。随分とアグレッシブなお弁当ねー」

「ほっとけ」


 別に好きでこんなミキサー弁を食べているわけではない。


「まぁ、加えて、初日からいきなりクラスを離れてくるのって思ったより大変でね。余計に遅くなっちゃったってわけ」


 時計を見ると、昼休みは残り一〇分を切っている。

 かなり微妙な時間だ。


「ふーん……って、初日?」

「うん。わたし、今日からこの学校に編入してきたの」

「編入……? あぁ」


 思考を遮るように、そこで、クラス(主に男子)から、再度どよめきが沸いた。


「あ、あれがゲームや漫画でお馴染みの、噂の超美少女転校生……だと!」

「一体どこのクラスかと思ったら……二年生だったのか!」

「転校生先輩まじ美人!」

「あぁぁ! 葉飼ばっかずるい葉飼ばっかずるい!」

「しょ、紹介されてぇ! いや、してくれ! 色々! 姉ちゃんでも妹でも母親でもっ!」


 いや、最後のはNGだろう。

 ともあれ、噂話に耳遠い自分とフタヤはともかく、転校生の存在はそれなりに知られていたらしい。

 にじり寄ってきた五番目――石田には、鼻っ柱に消しゴムをぶつけておいた。


「見覚え――ないはずでしょ?」

「まぁ、そりゃそうだな」


 互いに笑う。

 とはいえ、顔の分かる上級生なんて数人いるか程度だが。


「自己紹介もまだだったしね。探す時間も考えると、いつ帰るか分からない放課後よりも昼休みかなって」

「言われてみると……そっちのが合理的な気もするな。もし、俺が教室にいなかった場合は?」

「中庭は廊下から見えるし、学食は先に覗いてきた。一年の教室以外なら……まぁ、アウトね」


 あははっ、と苦笑を浮かべる彼女。

 計算高いようで、案外、行き当たりばったりなところもあるのだろう。


「ま、一年の全クラスに顔見せする羽目にならなくてよかったかな? 結構、好奇の目で見られちゃったし」

「なんだ、人目を気にしてないわけじゃないのか」

「乙女なんだから、それなりには気にするわよー」


 ぷんすかとわざとらしい仕草を見せる。

 外見にはかなり気を遣ってる印象があるので、それも間違いではないのだろう。

 転校生が初日から改造制服もどうかと思うが、そちらにも手が掛かってそうだ。


「わざわざそこまでして紹介を? 下級生相手に?」

「“普通”の子だったらそこまでしないけどね。君は、どう見てもそんな感じじゃないでしょ?」

「いや、とても心外だが」


 真顔で返す。

 ありきたりな返答だと思ったのだが、それが反っておかしかったかのように、ふふっ、と笑われてしまう。


「……おっと。ゆっくりしてるとまた予鈴に邪魔されちゃうわね」


 そこで彼女はこほん、と咳払いをひとつ。


「わたしは、緋村(ひむら)あかね。気軽に“アカネ”って呼んで」


 丁寧に、空を指でなぞって字を教えてくれる。

 角度の悪かったクラスメイトたちが、後方の男子に群がっていった。


「オーケー、アカネだな。俺は、葉飼進。できれば名前で」

「ススムくんね」


 字は……逆に変な呼び方をされそうなので黙っておくことにした。


「呼び捨てでいい。こっちも呼び捨てなんだし」

「わっ、初日からいきなり恋人っぽい呼び方ね。実はプレイボーイとか?」

「彼女いない暦年齢だよ。悪かったな…………はぁ」


 嘆息すると何がおかしいのかまたも笑うアカネ。

 そういえば、特に気にならなかったが、俺が名前で呼ぶ女子なんて初めてかもしれない。


「……じゃあもう、アカネの好きに呼んでくれよ」

「いいの? じゃあ……ゼオ」

「好きにとは言ったが、初球から一文字も合ってねーじゃねーか」

「冗談よ」


 くすくす、と笑う。

 今のやり取りのどこがそんなにおかしかったのか。

 そうして紹介も終わったところで予鈴が鳴り、アカネは小さく手を振って教室から出て行った。


「またねー」

「はいよ」


 俺も軽く片手をあげる。

 結局、予鈴が鳴っても例のスクランブル弁当はまだ残ったままだ。

 食べるだけなら五分もあれば十分だが。


「よし。できたぞ、ススム」

「む?」


 いざ食べようとしたところ、隣から数学のノートが差し出された。


「フッ……我ながら完璧な解答だ」

「あー……ありがとう。そして…………すまん」


 掛けた眼鏡のブリッジを、くいっと中指で持ち上げるフタヤ。

 こちらの頭は、ただ下がる一方だ。

 これは口が裂けても言えないが、何せ頼んでおきがらこちらはフタヤの存在を完全に失念していたという始末だ。

 まぁ、フタヤの方もこっちのやり取りに気付かないほど集中していたようだが……。


「頼りになるな」

「任せておけ」


 そうして、五限目になり、俺は意気揚々で数学教師に課題を提出したわけだが――



 フタヤは、やはりというかさすがというべきか。


『何故』『どうして』『そういう計算になったか』


 まるで論文のようにびっちりと文章が書き込まれたノートは、もちろんのこと教師にひと目で“違反”を看破された。

 中身を確認しなかった俺も、そもそもフタヤにやらせた時点で悪かったのだが。


「廊下で立ってなさい!!」


 とか、時代錯誤にもほどがあるだろう……。

 これが夏ならば、プールおもにスク水を観賞して楽しむこともできるのだが。

 宿題は大切に。




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