ススムの遭遇、謎の生き物
全改稿(2014/11/24)
ネハレム国の中心に位置する王都ネレンティア。
俺たちは、その中央区と呼ばれる場所を出て、郊外にある西区へとやってきていた。
レムナリアからの旅路で通過した南区とは異なり、こちらの雰囲気は王都よりもレムナリアに近い。
それも、西区中央にある大陸ギルドの影響が大きいのだろう。
通りを行く人間の大半が、その関係者と見て間違いなさそうだ。
現に、
「――っ! おい、気を付けろ!」
ドン、と肩をぶつけてしまった通行人に言われる台詞すらもこの有様だ。
周囲に気を取られて余所見をしていた俺も悪いのだが、歩いている者同士でぶつかればそれはお互い様と思うのだが……。
「すいません」
学校では、ぶつかると悲鳴を上げて逃げられることはあるものの、このように謝罪を要求された経験などない。
「ちっ……もういい。行きな」
こういう時は持ち前の童顔が役に立つのか、素直に謝れば相手もそれ以上は言及してこないようだった。
言われた通り、俺はさっさとその場を離れる。
「……いや、ルイナ。いいから」
一応、無言で剣の柄に手を伸ばしている彼女を止めておく。
彼女の姉――ルクシアや、同業のレナの問答無用っぷりから想像するに、制止しておくに越したことはない。
やれやれ、本部に入る前からこれでは、この先なんてどうなるやら……。
せめて、人死が出ないことを祈ろう。
俺は別の同行人に声を掛けた。
「……どうした、バン子?」
そんな成り行きを見ていたのだろう、ずっと視線はこちらを向いたままだ。
「いや……意外だなぁと思って」
「何が?」
彼女の言わんとすることが分からず、斜めにしながらそう聞き返した。
「ススムならあんな輩にゃ容赦しないのかなーと思ってたし」
「まさか、それで何も言ってこなかったのか……?」
そういう手合いに真っ先に因縁を付けそうな彼女が、同行しながらも静観していたのはそういった理由か。
「なんだよ、女に助けて欲しかったのか? お前」
「馬鹿言うな」
笑い顔で言ってくるバン子に、それもそうかと納得する。
もし、逆のパターンがあれば盛大に助けてやろうじゃないか、男らしく。
「いつも言ってるが、俺はパシフィスト――平和主義者なんだぞ?」
「ふーん…………ま、あんま無理すんなよ?」
「ど、どこも無理なんてしてないだろ……」
彼女の妙な理解に、釈然としないものを感じながら、俺たちは大陸ギルド本部の敷地へと入っていった。
壁によって区切られてはいるものの特に見張りといったものはない。
まぁ、全員が戦闘員だと思えば、警備の必要もないか。
道なりに進んで行くとすぐに開けた場所が視界に入り、本部らしき建物はそのさらに後方に見えている。
さすが総本山と言うべきか、人口は無論のことその規模は大きいと思っていたレムナリアの支部とさえ比較にならなかった。
「うへ……凄い人数だな……」
俺が苦々しくそう漏らすと、すぐに返ってくる少女の声。
「なんたって本部だし……例の“目玉”のせいもあるだろうなぁ。俺たちだって目的は同じなんだしよ」
「……言われてみると。しかし、これは……」
ひと言で表すならば“人の海”。
思い出すのは、家族でとある大型のテーマパークに行った時のことか――。
連休ということもあって、まさに園内を埋め尽くさんばかりの人溜まりだったのだが、悲劇とは常に隣にある。
人気アトラクションを楽しみにしていた妹が、『休止のお知らせ』という看板を見て絶望に打ちひしがれたあの時――。
すぐさま二番の目的地へと移動したのだが、そこにあった看板は無情にも“四時間待ち”、続けざまにそれを目にした妹は、
『こ、こんなに無駄に人類が存在するからわたしが乗れないんだわ――!!』
と、本気で小隕石でも召喚しそうな勢いだったあの姿を俺は忘れてはならない。
実際、暴走しかけた妹を全力で止めに入ったのだが、幸いにも、来園していた客たちには新種のドッキリイベントだと勘違いされたようだ。
そりゃあ、見目だけは良いフリフリのスカートの女子中学生が空を飛び回っていたらそんな誤解も生じるか……。
むしろ、新聞沙汰にならなかったのが奇跡とも思える。
と、ただの人口密度から話が少し脱線してしまったが……。
むしろ、そこまでの密度があるかは怪しいにしろ、ほぼ全員が“武装”しているというのはお目に掛かったことのない状況だ。
この分で、広場の中央はもちろん、何事もなく本部まで辿り着けるのか心配をしていたのだが、
「……この時間帯は仕方ありやせんぜ。ちょうどこれから公開並びに入札開始――ってんですから」
それを察したように告げたのはベイルだ。
確か、開場は正午からで、朝食を終えてすぐに出てきた俺たちは仮に移動に三時間掛かったと計算してもまだそれを迎えていない。
つまり、競りのメインイベントには間に合ったということか。
「……なるほど。それならこの人だかりも納得できるな」
今は、ギルド内の人間のほとんどがここに集まっているのだろう。
そこに商人や一般人も加わるとなれば尚更だ。
「競りの終了は何時なんだ?」
「流れてる噂の経緯が経緯だけに……今回は目玉中の目玉って話っす。なもんで、長めに設けて……明後日の正午までのはずっすね」
答えたのはマーガスだ。
どちらも山賊らしい、もといハンターらしい口調と風貌ではあるのだが……引っ掛かったことを尋ねてみる。
「……なぁ。その口調って実は無理してないか?」
「ギクッ――」
図星だったのか、指摘を受けて固まったのはベイルとマーガスの両方だ。
俺がそう考えた理由は、カインと彼らの関係。
育ちの良いカインに対し、明らかに接点の薄そうなこのコンビがパーティを組んで四六時中行動を共にしている。
そして、リーダーは最も若いカインで、実力からすれば正当なのかもしれないが……この二人はそれに全く不協を見せないどころか完全な使いパシリ。
このことから導き出される結論となると――
「……ラーズクリフ家、だっけ?」
「ギクギクッ――!」
つまり、このふたりは元々の知り合いなのではないか――そう考えるのはおかしくない。
彼らが、バン子に対しても妙に腰が低いのは、彼女がカインの妹――つまり、仕える家の主の実妹な訳で。
「………………ふむ」
「あ、あの……ススムの旦那?」
もし、本当にそういった繋がりならば、このコンビが礼節を弁えていないのはおかしい。
あのバン子でさえ、テーブルマナーに関してはケチが付けられないのだ。
となると、彼らのこの風貌というのも……
「もしかして、二人が髭を生やしてるのって――」
「あっ! 自分、ちょっと用事を思い出したっす!!」
「す、すいやせんっ! 自分も、ギルドに用件があったのを忘れてやした!!」
こちらが言い終える前に、ふたりは脱兎の如く駆け出していった。
その背中は見る見る間に人混みへと消えていく。
「……悪いことしたかな」
何となく想像はついていたのだが、あまり追求されたくない話題のようだった。
ならば、これからもひとつ騙されておくとするか。
俺は、残った三人――カインとバン子とルイナに向き直った。
「提案なんだが……期限が明後日の正午までなら、別に今すぐ見る必要もないんじゃないのか?」
少なくとも、俺はこの人垣を掻き分けてまで中に進もうとは思わないし、減るまで待機するという気も起きない。
もちろん、三人がここで待つ――というならばそれもやむなしだが。
「うーん……まぁ、それも一理あるなぁ。この盛況じゃ即決もなさそうだし……」
「それなら、先に本部の中でも見てみるか? 今なら人も少なそうだ。良ければススムに紹介しておきたい人物もいる」
という兄妹の返答によって、俺の提案は無事受け入れられたようだった。
ルイナは聞くまでもなく「ススム様の仰せのままに」とのこと。
そうして、俺たちは人垣を迂回しながら本部へと向かった。
「俺に紹介したい人物……ってのは?」
「あぁ。レムナリアでの話を覚えてないか? 換金を済ませた直後の話なのだが……」
「換金の後っていうと…………あぁ、マーガスが“あの方”とか呼んでた?」
「そう。あの時、俺とススムが一緒にいるのを見ていて、話を聞かれてな。それから、どうもススムに興味を持ったみたいで……」
まぁ、それなりに知名度のあるらしいカインが、こんな目立つ格好をした同行者を引き連れていれば関心も引くか。
「お偉いさんってマガースから聞いたせいか……あんまり気が進まないなぁ」
「ははっ、そう言ってくれるな。癖はあるが、決して悪い人ではない」
そう苦笑するカイン。
彼と親しい間柄で、彼がそう言うからにはその通りなのだろう。
悪い人ではない――つまり、良い人間でもなく、さらにはひと癖もふた癖もあるということだ。
「よ、余計気が重くなったんだが……。ちなみに性別は?」
「男だ」
「……………………」
「そんな露骨に残念そうな顔をしないでくれよ。ま、腕は確かだよ。俺以上に――ね」
「お前以上……だって?」
俺の眼つきが変わったのを、カインも察したのだろう。
むしろ、この言葉が彼なりの“殺し文句”だったのかもしれない。
フフフ……オラ、ワクワクしてきたぞ。
しかし、後に紹介されたその人物は、実力云々の前に彼の説明と自分の想像する人物像に一言一句違わないのは言うまでもなかった。
つまるところ、ひと癖もふた癖もある変人猛者だ。
その時、何故か脳裏に思い浮かべたのが親友のフタヤだったのはここだけの話。
●
顔合わせを兼ねた昼食を終え、俺は本部をぶらぶらと歩いていた。
とはいえ、一緒にいるのはルイナだけで、カインとバン子の二人はその要職の人物とまだ昼食を取っている最中だ。
つまり、さっさと食べて抜け出してきた――と受け取ることもできなくはない。
「別にルイナはゆっくりしてきても良かったんだが……言っても頷かないんだよな、きっと」
「さすがはススム様」
そんな褒め方をされても嬉しくはないが、彼女に対する理解が増したと考えればそう悪くもないか。
「しかし、何やら状況が騒がしいように思うのですが……」
どうも、日頃無口なルイナも他に人がいなくなると自身の意見を述べてくるようだった。
できれば普段もそうだと有り難いのだが……。
そう思いつつ、俺は彼女に言葉を返す。
「そうだな……むしろ昼より騒々しくなってないか?」
目玉商品が公開され、入札が始まって活気付いたのだろうか。
そうだとすると、俺が取った行動は短期の時間潰しでは逆効果ということになるのだが……。
「はい。この喧騒はどちらかというと不穏な気配を感じます」
「不穏? 確かに、会場どころかこっちまで騒がしいのはおかしいか……」
「それに、何やら視線を感じるのですが――ススム様」
突如、会話の途中で真顔になったルイナが俺の前に立ちはだかり、油断なく武器を構える。
そんな尋常ではない様子にぎょっとしながら、
「お、おいおい。いきなりどうしたってんだ……」
「何者かが……ススム様を狙っています」
「は、はぁ……?」
何者かが俺を狙っている?
狙うって、俺の何をだ?
しかも、初めて来たこの大陸ギルド本部でか?
理解の追いつかない状況にハテナマークを浮かべながらも、ルイナの行動を見守る。
闘気を込めながら周囲を警戒するその姿は、さしもの俺とて声を掛けづらい状況だった。
そんな硬直状態がしばらく続いた後、視界の隅に何かモソモソと動いているのを捉えた。
「そこっ――!」
ルイナが一瞬にして背後から対象に腕を掛ける。
「ぎゃふっ!」という声と共に、それは為す術もなく地面に引き摺り倒された。
抜き身の切っ先を突きつけてはいるものの、さすがに問答無用で斬り掛かりまではしなかったようだ。
俺は、彼女に組み伏せられたままの相手の姿を確認する。
「なんだ……? お化け?」
俺がそう言ったのは、対象の外観はもちろん、事前にファントムハンターの話を聞いていたせいもある。
何せ、その相手とはボロい一枚布で全身をすっぽりと覆い隠していた。
これがまだ真っ白の布地ならば「トリックオアトリート!」とでも言ってきそうな風貌ではあるのだが、深い緑色というのが妙に生々しい。
加えて、布からはみ出た尻尾は妙にリアルにうねうねと動いている。
「賊が布を纏っているだけかと。さぁ、姿を現しなさい」
言って剣を突きつけながら布を剥ごうとするルイナと、懸命にそれに抗う不思議な何か。
どうにも俺には“それ”がこちらに害意を持っているようには見えず、何となく気の毒に思えるまでに至ってきた。
「いや、まぁ……嫌がってるんなら別にそのままでいいんじゃないのか?」
言うと、布の上からでも“それ”がコクコクと頷いているのが分かる。
こういう生き物だと思えば可愛いものだ。
「はい。ススム様がそう仰るのであれば……」
渋々といった様子もなく、即座にルイナが“それ”――主に布――から手を離す。
自由になった“それ”は、再びバタバタとこちらに近付こうとして、無情にも再度ルイナから地面に引き倒された。
「……不届き者、ススム様の善意を無にするつもりですか?」
「いや、別に敵意は感じないし……ただこっちに来ようとしてるだけじゃないのか……?」
冷や汗を流しながらそう言うと、ルイナの足に踏みつけられた“それ”は、その姿勢のままコクコクと頷いていた。
その仕草に、変わった動物のような愛嬌を感じてくる。
「よーしよしよし」
俺が近付いて布の上から頭を撫でてやると、ルイナも視線は外さないもののすぐに後方に下がった。
“それ”はというと、布からはみ出した尻尾をブンブンと振って喜んでいる。
鱗といいツヤのあるテカりといい、触ってみても本物にしか見えない。
推察したのは、もしやこれがファントムハンターによってギルドに連れて来られた“何か”ではないか――ということだ。
「……あの、ルイナ」
「はい」
言うと、彼女も俺と“それ”とのやり取りを見て、いくらか警戒を解いていたようだった。
既に剣は腰の鞘に納められている。
その様子を確認しながら、
「こいつ……もしかして、今回の競りの“目玉”って可能性は…………あると思うか?」
「そう……ですね……確証はありませんが」
そんな会話をしている間も、ギルドの喧騒はどんどんと大きくなっているような気がした。
殺伐と関係者たちが行き交う光景は、もはや入札がヒートアップしているとかそういう次元の話ではない。
「……大陸ギルド本部で自由が許されるような存在ではないのは間違いないかと」
ルイナも、こちらとほぼ同意見なようだ。
こんな奇妙な外見をした生物が闊歩できるような場所だとは考えにくい。
できれば、関係者に直接問い質した方が間違いはないのだが、
「もし、こいつがその“商品”だとしたら……」
頭を撫でている“それ”に目を向ける。
「……こいつが売られるんだよな?」
布の中身がどんな生物なのか想像もつかないが……こうして一緒に居ても危害を加えてくる様子はない。
こいつはどこかの大自然の中、好きに生きていたところを運悪くそのファントムハンターとやらに掴まったのだろう。
そして、人間の都合で売られていく。
「ご推察の通りであれば、そうなります」
「そうか……」
今、漠然と胸を包むこの感情がどういうものなのか、俺は言葉にはできなかった。
幸いにも、まだ周囲に気取られてはいないようだが、いずれにせよこのまま留まっていても状況が好転することはない。
“それ”の風貌は俺以上に目立つので、人が集まってくれば気付かれるのは時間の問題か。
「ススム様は……どうされたいのですか?」
そんな折、まさかルイナの方から俺の意向を確認する問いが出るとは思っていなかった。
俺の心情を察しているのか、予断を許す時間は無い――と暗にそう言っているのだ。
それで、俺の覚悟は決まった。
「……助ける」
「それで、宜しいのですね?」
再度、確認をしてくる彼女に、俺ははっきりと告げた。
「あぁ、俺はこいつを助ける。住んでた場所に帰してやりたい」
彼女の言葉が、俺の意思を固めてくれるには充分だった。
ここで売られた先に、幸せな人生が待っているなんて思えない。
金持ちのペットにされるだけならまだマシな方で、もっと悲惨な運命が待っている可能性だってあるのだ。
しかし、もし状況が想定通りだとすれば、俺の行動如何によっては、ここに居る仲間たちにも大きな迷惑を掛けてしまうだろう。
穏便に済ませられればいいが、仲間に被害を与えるのだけは何としても避けねばならない。
無論、ルイナもそのひとりだ。
「ルイナはここからすぐに離れてくれ。巻き込んじまう――いや、俺の行動が法に触れるってんなら……」
むしろ、ルイナや仲間たちに追われる可能性もあるのか?
ギルド相手に大立ち回りを演じるとなれば、ハンターであるカインたちは尚更だ。
尻すぼみに続く言葉は、ルイナによって遮られた。
「法は国が決めるものですが、国とは何でしょうか?」
「へ?」
あまりに場違いな問いに、俺はただ目を丸くした。
「国とは民であり、また王である――しかし、わたしにとっての国とは、ネル・ファリア様そのものです。ネル・ファリア様のおられないネハレムに、わたしの居場所などありません」
「……る、ルイナ?」
いつにない彼女の力説に、俺は瞬きをも忘れていた。
「従って、わたしにとっての法とはネル・ファリア様です。ネル・ファリア様に賜った使命を、それを第二の主であるススム様自身の命で取り下げられてしまったら……わたしの道は何処にあるのでしょうか?」
その言葉に、俺は拳に力を込め、真っ直ぐにルイナを見つめた。
ルイナは受けた視線から目を逸らすことない。
俺は――笑った。
「悪かった。力を貸してくれ、ルイナ」
「存分に。ネル・ファリア様から賜ったこの力と、わたしが培った全てをススム様の御為に」
膝を突いたルイナが、自らの剣を捧げてくる。
俺は、こういう時の作法は知らないが、その剣を受け取り、柄の方を向けて彼女に返した。
この剣は、ルイナのものだというように。
「心得ました――わたしは、ススム様の剣になりましょう」
そんな、これ以上ない心強い言葉が返ってきた。
この時、俺が剣を抜いて切っ先を彼女に突きつければ、「お前の命は俺の物だ」という儀式になっていたのかもしれない。
もちろん、今のやり取りとて、俺は別に彼女に剣になって欲しいと望んだ訳じゃない。
ただ、彼女が選んだ道の為に剣を振るって欲しいと――そう思っただけだ。
場と状況に相応しくも無い仰々しいまでの行為だったのかもしれないが、ルイナは、初めからそういうつもりで俺の元へやってきたのだろう。
俺が向き合わなかったというか、真面目に受け取らなかっただけで、最初から彼女の覚悟は本物だったはずだ。
だから、三人の聖徒の中で彼女がやってきた――俺はそう思っている。
「そして、わたしはススム様の剣の鞘になることもできます、念の為」
「……は?」
その言葉の真意を量りかねると、ルイナは返した剣の柄を再びこちらに真っ直ぐ向けてわずかに鞘から抜いた。
そうして、チン――と鞘に収める。
再び抜いて、再びチン――と鞘に収める。
それを高速で繰り返すと、チン、チンと聞こえた。
「ここでまさかの下ネタかよ――!?」
「さすがはススム様」
しかも、どっちの意味でも取れるじゃねぇか――!!
ル、ルイナ……恐ろしい子っ!!
「あー、もう……色んな意味で覚悟は伝わったからいい……」
行動する前からドッと疲れがやってきたが、これも彼女なりの気配りなのだろう。
さっきまであった妙な空気が一瞬で払拭されていた。
「とりあえず逃げる。それでいいな?」
「ご随意に」
俺の性格もあって人の多い場所は避けていたのだが、周囲も次第に騒がしくなってきた。
決して、さっきのシャウトのせいではないと思いたい。
「その前に……ちょっと尻尾のお前」
俺は、話の置いてけぼりを食らっていた“保護対象”に向かって話し掛けた。
言葉が通じるのか怪しいが、試しに言ってみても損はない。
「ちょっと小さく……丸くなれないか?」
言うと、“それ”はモゾモゾと動いた後、身体を小さく丸めたようだった。
尻尾も綺麗に布の内側いに入っている。
どうやら、言葉は通じるようだ。
こうなると、益々以って物として扱う訳にはいかない。
「よし、ここをこうして――と」
その状態で、“それ”の布の下端を縛って小さく纏め上げる。
そして、高さにして約七〇センチほどに収まった“それ”を、俺は肩に担ぎ上げた。
「よいしょっ……と」
結構ずっしりとした重みは、俺の体重ほどかそれ以上か。五〇キロは越えているだろう。
レムナリアで持った金貨袋三つよりやや重く、また形としても運びにくくはあるが……
「…………何とか運ぶのに支障はなさそうだ」
よく、妹のアッシーをさせられていた経験が、こんな時に役立つとは……人生とは何が起きるか分からないものだ。
「こうなってくると地理に疎いのがネックだよな……」
「仰る通りです」
目立つ+目立つという夢のコラボはこの際仕方ない。
格好だけ見ればそれに付随するルイナとてかなり浮いた格好をしているのだし、どうあっても隠密機動に適した条件ではない。
カインやバン子が居れば逃走経路なんかも分かるのかもしれないが……。
とりあえず走って、見つかったら走ろう。
うん、それしかない。
「本気で走るけど……ルイナは大丈夫か?」
「善処致します」
こちらから尋ねておいてなんだが、善処して貰う他ない。
そうして俺たちは、謎の布塊を抱えたまま大陸ギルド本部内を全力でひた走るのであった。