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破壊神って言うな!  作者: 柱乃 影人
異世界編
17/26

ススムと従者と仲間達

全改稿(2014/11/24)

 



 今、俺はネハレム王城内を歩いている。

 ネル・ファリア聖神殿での滞在を神殿の主当人によって許可されたものの、さりとて仲間を放って自分ひとり身に余る待遇を喜ぶ訳にもいかず、加えてここに至る経緯を考えれば、俺は昨日から無断外泊の朝帰り男となってしまう。

 これは、品行方正な“葉飼進”個人の沽券に関わる由々しき事態だ。

 早急な対処で誤解を解かねばならない。

 状況如何によっては、帰省しているはずのカインに協力の要請を行うのも辞さないつもりだ。

 しかし、いくら講じたところで今、俺が差し当たって取れる行動は一刻も早く宿に戻ることのみ。

 色々と勿体つけた言い方をしたが、平たく説明をすると側役を言い付かっていた信徒の目を盗み、早足で“水面の浮き草亭”に向かっているのが現状か。


 そんな俺が、何故、王城内にいるのかというと――

 厄介なことに、このネル・ファリア聖神殿はネハレム王城内にある中庭に建てられており、城内を経由しないと移動できない作りとなっているのだ。

 自由参拝を許されていないのは、意図的なものなのだろう。

 それは、神殿の威光ではなくおそらくは王城――執政官の方の。

 となると、半ばイレギュラー的な招待であった俺は、王城サイドから歓迎されていない――むしろ、脱獄犯扱いになっている可能性すらある。

 よって、目立たず、かつ迅速に退城せねばなるまい。


「……貴様、俺の道を遮るか」


 そのように声を掛けられたのは、そんな考えごとをしていたせいかつい廊下の真ん中を歩いてしまった時だった。

 俯かせていた視線を上げると、向かいには壮年の男が立っている。

 全身に装飾鎧を纏い、腰には剣、背中にはマント――記憶から最適な単語を当て嵌めるならば、“騎士”だ。


「っと、すいません」


 そう言って、俺は脇にどいて道を譲ったのだが、男はそれでは気が済まないようだった。

 その眼は、俺を捉えたまま離さない。


「……随分と奇妙な出で立ちだな」


 おおぅ……。

 分かってはいたが、ここでも自分の服装は目立ってしまうらしい。

 男が続ける。


「城の関係者に、貴様のような者がいるという記憶はないが……何者だ?」

「えーと……遠い東の島国からやって来まして……」


 また、この言い訳をする羽目になるとは……。

 今後の対策に、もっと細かいディティールを練った方が良いかもしれない。


「名前と用件を言え」


 段々、職務質問のようになってきたが、ここで逆らってもロクな目には遭わないだろう。

 大人しく答える。


「名前は……葉飼進。用件は…………なんだっけ……?」

「………………」


 ついポロッと零した発言に、無言で睨まれてしまう。


「――う、うそうそ! ちゃんとあるって! えーと、確か……そ、そうだ! 道に迷って、王城までいけば宿の場所が分かるんじゃないかと思って……あれ?」


 改めて考えて気付いたのだが、俺が王城に来た大元の理由はそういうことだった。

 だが、こんな説明で引き下がってくれるほど城務め人に理解力があるのなら、俺は兵士に追い返されてなどいないだろう。


「………………それだけか?」


 男の眼つきがいっそう鋭くなる。

 癖のある少し長めのオールバックに切り揃えられた髭という強面(こわもて)のコラボ。

 このままではマズイ――と直感が告げてくる。


「えっと……そ、それで……その……レナって人に神殿に連れて行かれて……」

「……なんだと?」


 ピクリと、男の眉が上がる。

 実際のところ、本当に彼女によって連れ出されたのかは分からないが、あの三人の信徒の内のいずれかの仕業ではないかと確信はしているのだ。

 全くの嘘を言っているつもりはない。


「き、金髪の、綺麗な女の人で! ……ご、ご存知ない?」


 だが、おそらく彼女は神殿の侍従だ。

 城の騎士が知らない可能性も大いに有り得る。


「……ふぅ」


 男が大きく息を吐いた。

 これはいよいよダメか? ――そう思ったのだが。


「我ら騎士が“レナ様”を知らぬはずがなかろう。全く……レナ様の知己なら先にそうと言わんか。危うく斬り捨てるところであったわ」


 男が気を緩めると、ふっと空気が軽くなった。

 しかし、斬り捨てるって……そんなにさらっと言われると返って恐ろしいような。

 ただ、それよりも気になったのは、男の言い方だ。


「レナ……“様”?」

「レナ・ルーニア・ネハレム様。……知己のお主が、よもや知らぬとは言わんだろう」


 男が言ったのは、おそらくは彼女の本名か。

 引っ掛かるのはその最後。レナ・ルーニア……ネハレム?

 ネハレムというのは、この国の名前ではなかったか?


「まさか、レナ様の客人に名乗らせてこちらが名乗らぬ訳にはゆくまい……。我が名はロナ・ベルギウスだ」

「か、かっこいい名前だな……」


 ナイスミドルといった男の風体の前に、俺は既に名前から負けているような気がした。


「お主がレナ様の知己とあっては申し訳ないが……こちらも故あって王国騎士に属するこの名を名乗らせて貰う」


 ロナと名乗る男の説明の主旨は量り損ねたが、適当に頷いておいた。


「はぁ……。じゃあ、ロナさん? 俺はこれで失礼――」

「初対面にしてファーストネームか……それはともかく、そう急くな」

「…………はい?」


 そそくさと立ち去ろうとした、こちらの首根っこを掴まえられる。


「お主とレナ様の繋がりを疑うつもりはない。城内ですぐ知れる虚妄を述べたところで不利益しかないからな」


 まぁ、男が言うのは当人の近くでその威を借りても仕方がないということだろう。

 むしろ、立場を危ぶめるだけだと。

 ならば、他にどういった用事があるというのか。


「は、はぁ……。じゃあ、まだ他に何か……?」

「うむ。お主、ハカイススム……と言ったか?」


 男が俺の名前を尋ねてくる。

 東国出身のようには答えたものの、この世界の人間にとって俺の本名とは聞き慣れないのかもしれない。


「ススム、で結構です。そっちがファーストネームなんで」


 こちらが先に相手をファーストネームで呼んでしまった以上、同じ条件を言うことにした。


「ススムか……ふむ。では、ススムよ。見たところ、王城の地理に明るくはないのだろう?」

「仰る通り……」


 まぁ、見たこともない人間が、城内をちょろちょろと怪しい動きをしていたらそう受け取るものか。

 何せ、来るのはこれが初めてなので、全くもって正解だ。

 城には案内板の類もないし、しかも裏口から入ったようなものだからどこをどう歩いていいのかもさっぱりだ。


「では、外まで連れて行ってやろう。水園の方から来たということは、用事はもう済んでいるのだろう?」

「へ? ……あ、はい。いいんですか?」

「無論だ。ついて来るがいい」


 案内を買って出たロナの提案は有り難いものだが、お言葉に甘えていいのだろうか。

 そんな風に考えている間にも、彼はやってきた方向へと反転して歩き始めてしまった。

 俺もその後ろについて行くと、


「……その奇妙な格好で城内をひとりで歩いていては、人目を引くだろうからな」


 そう小さく言うのが聞こえた。

 案外と気の良い人物なのかもしれない。





 ●





 王城を離れ、街に向かって南下する。

 ちょうど、城の正門が街の十字路に対して真南を向いているのが幸いし、このまま歩いていけば宿には辿り着けそうだった。

 大きな屋敷が並ぶ高台を過ぎる頃――つまり、鉄柵門のところで、俺は有り難くない声を聞く。


「貴様、先日の……さ、柵を越えて忍び込んだのか!」

「げっ……! いや、俺は別に忍び込んだ訳じゃ――いや、そうとも言えるのか……?」

「下賎な賊めが……。捕縛して兵長の供物にしてくれるわ!!」

「何かお尻の辺りがムズムズしてきた――!?」


 そうして鉄柵門から宿までル○ンごっこを続ける羽目となった。

 思ったよりもしぶとい追っ手を何とか撒いて宿に帰った自分を出迎えたのは、


「ススムっ――!!」


 という、俺の名前を呼ぶ少女の大きな声だった。

 可憐な少女――だと嬉しいのだが、現実は少し悲しい。

 黙っていればそれなり、しかし、外見と中身は少年的なバンダナ少女ことバン子だ。


「バン子か……悪い。心配掛け――」

「テメェ、どういうことだこれは! ああんっ!?」

「ぶぼぅ!」


 出会い頭に肘鉄を叩き込まれて翻筋斗打(もんどりう)つ俺。


「……ひ、ひょ……水月(ひゅいげふ)はやめ――」

「――何も言わずにいなくなったと思ったら……お前の世話女房みてぇな女が挨拶にくるたぁどーゆー了見だぁ!?」


 聞く耳持たずにまくし立てるバン子は、自身の背後を差し示している。

 嫌な予感がしつつもそちらを確認すると、そこ――宿の玄関付近の壁を背に、静かに佇んでいる女性の姿があった。


「おかえりなさいませ、ススム様。こちらで宿を取っていると調――お聞きしまして」


 俺の姿を確認した女性が、両手を前に重ねながら優雅に腰を折って一礼する。

 女性の名は、思い出すまでもない。


「ルイナ……だよな?」

「はい」


 そう告げた名前に、肯定を示す彼女。

 つい今朝方撒いた――もとい、別れたばかりの聖神ネル・ファリアの信徒。

 青髪ストレート、通称青ストのルイナだ。

 そんなやり取りを間近で見た少女の頬がピクピクと引きつる。


「ほーう……ルイナさん(・・)って名前なのか。…………うん? どっかで聞いたような……まぁ、いい」


 語尾に何か呟きながらも、因縁を付けるように俺とルイナの間に割り込むバン子。

 そのままジロジロと眺め回した彼女は、こちらに向き、


「…………すっげぇ美人じゃん……」


 何故か、消沈するのであった。

 どうやら女の子の目線で見ても、そういう感想が出るほどらしい。

 そこで何かを思い出したように「んんっ!」っと咳払いをし、


「……で? ススムとこの美人(・・)はどーゆー関係なんだ?」


 バン子が尋ねてくる。


「えーと……何て言うか、色々あって……」

「端的に述べると、昨晩、同じ屋根の下で過ごさせて頂きました」


 答えあぐねている俺を余所に、さらりと答えるルイナ。

 これには、さすがのバン子も俺も「………………」とただ無言で彼女に視線を向けていた。


「……す、ススムクン?」

「ご、誤解だ! 絶対に、何か誤解してるぞ、バン子――!!」


 こちらとルイナを交互に見やったバン子が、不自然な片言になっている。


「誤解――ではなく、ススム様をお姫様だっこして寝室へお連れしたのは紛れもなくわたしです」

「え……レナじゃなくて、ルイナだったのか? あれ? じゃあ俺の服を脱がせたのも……」

「はい。見るに、かなり長くご愛用されていた様子でしたので」


 てっきり、俺を起こしにやって来たレナ当人だとばかり思っていたのだが……なるほど。

 それならば、脱がした本人が何故――? と思っていた、レナが取り乱したアレも頷ける。


「あー、そうだったのか。ありが――」

「レナ……? 服を……脱がせた……?」

「――ひぃっ!」


 その時、俺は小柄な般若を見た。


「ふっしゅうぅぅ……ふしゅるるるぅぅ…………」

「怖っ――! 落ち着けっての!! お前が思ってるような事実は何ひとつ無い!!」


 頼む、ルイナ! お前も何とか言ってくれ!

 ――と、心の中で訴えつつ、懸命に彼女の顔を見る。

 その思いが通じたのか、ルイナがはっきりとそう言った。


「わたしと“ススム様”は、言わば仮契約に近い関係にあります」


 告げた言葉は、バン子の頭に冷水をぶっ掛けるほどの効果があったのだろう。

 意味を反芻するまでの間、彼女はきょとんとした目でルイナを見つめている。

 俺は喜んだ。


「よし、ナイスフォローー!」

「ただ、わたしから申し上げるならば、ススム様は第二の“主”と呼ぶべきお方です」

「………………」

「………………」


 ……台無しだった。

 無論、この沈黙は俺とバン子のふたりのものである。


「……そういう趣味?」

「違う!」

「従って、ススム様のあらゆる情事が“やぶさか”ではありませんが――」

「――待て、話が余計ややこしくなるだろ!」


 盛大に突っ込みを入れてはみたものの、バン子からの汚物を見るような視線が晴れることはなかった。


 その後、カインが戻ってくるまで宿屋の一回でひたすら険悪なムードを漂わせていたふたり――もとい、そんな空気を纏っているのはバン子ひとりだけなのだが。

 彼が来ることで場の雰囲気が軽くなる――という淡い期待は裏切られ、ますます以って妙な空気に包まれることになるのであった。





 ●





「あ、アステリア様――!?」


 ルイナを見たカインが最初に言ったのがそれだった。

 それを受けたルイナが、相変わらずのポーカーフェイスで彼を一瞥すると、


「わたしをご存知なのですか?」

「も、もちろんです! 自分はラーズクリフ家の長男で、カイン・ラーズクリフと申します」

「ラーズクリフ卿……なるほど、理解しました」


 要領を得ない会話が行われているが、ここまで強張るカインなど見たことがなく、それを聞いたバン子までもが驚愕していた。

 それから、現在は場所を宿の一階にあるテーブル席へと移し、ベイルとマーガスを除く四人が着席している。

 適当に飲み物を注文し、啜ってはいるものの味が分からない。

 そんな微妙な空気に耐えかねた俺は、事情を掴むべく小さく聞いてみることにした。


「あの……おふたりはどういう関係――というか、知り合い?」


 尋ねたのは、カインとルイナの繋がりだ。

 ふたりの会話から察するに、どうやらカインが一方的にルイナを見知っている――といった印象なのだが、もしや、カインの初恋の相手とかそんなのではなかろうな……?

 ガチガチに固まったカインの様子を伺うに、あながち有り得ない――と断言できないのが恐ろしい。

 さすがに、そんなストレートに藪を(つつ)くような蛮勇には至れないものの、仮に予想が的中していたらこれほど気まずい状況はない。

 何せ、バン子にとっては俺とルイナの間には想像したくない誤解が生じているはずで、それがいつ飛び火するかと思えば気が気ではない。


 幸いにして、そういった事実は無根のようで、向かいのカインに代わって左隣に座るルイナが言う。


「関係で言えば、初対面です。あとは、お互いが“青い血”を持つ――ということくらいでしょうか」

「……青い血? ……カブトガニ?」


 えーと……確か、人間の医療に役立ってるんだっけか?

 って、絶対違うよなぁ……。


「……爵位だよ」


 と、不機嫌そうに右からボソっと呟かれる。

 爵位というと、名誉や称号なんかを持ってる特権階級の家――貴族だったか?

 昔の日本だと、正何位とか従何位だとかそういった地位に該当するように習った記憶があるのだが……。

 その言葉の意味が表すのはつまり、


「カインが貴族……?」


 どう導き出しても、答えはここに繋がる。


「……黙っていてすまない」


 こちらの問いに、罰が悪そうに返答するカイン。

 ルイナが貴族というのはそう驚くほどでもないのだが……いや、従者が貴族というのも妙な話か?

 でも、有力名家が信徒というのは、スポンサー的なポジションになるのだろうか。

 よく分からないが、どちらにせよ、


「まぁ、別に驚くほどのことじゃないな」

「え……」


 カインは実は貴族だった――それでお終いだ。

 ただ、この事実の驚くべき点とは別にある。


「その……ススムは怒らないのか?」

「なんで?」


 カインは、一体俺が何に怒るというのか。


「……今まで黙っていたことをだ。なんでずっと隠していたのかと……怒ってもいいんじゃないのか?」

「隠しごとなんて誰にだってあるだろ。まぁ、あとはカインが貴族って言われても……特に不思議はないっていうのもあるかな?」

「不思議はない? その…………理由を聞いていいか?」

「あぁ、別に大したことじゃないんだが……。カインて変に行儀が良いっていうか、飯食う時にも使い分けとかきっちりしてただろ? 普段の物腰にもそれとなく品位があったりするし……」

「………………」


 俺の言葉に、何故かうな垂れるカイン。

 もしかしたら、彼なりに隠そうと必死に努力していたのかもしれない。

 強いて言うならば、貴族が放浪ハンターをしているというのも妙な話ではあるが。


「カインよりむしろだな……」


 俺が驚く別の点を見る。

 チラリと俺が視線を向けるのは、隣に座るバン子だ。


「バン子が貴族っていうのは、にわかには信じ難いな……」

「……へ? あ、いや、俺は妾の子だから……継承権ねーし……」


 俺のボヤきに、バン子が口篭る。


「なんだ、そうなのか。まぁ、貴族でもそうじゃなくてもバン子はバン子だしな」

「………………お、おうっ!」


 何故かニカッと笑ったバン子が、自分の前にあった飲み物をグイっと一気に飲み干した。

 自分の記憶にある、カインとは異なるバン子の性にもそういった事情があるのだろう。

 しかし、俺が気にすることではない。


「……まぁ、おおよそは分かった。でも、それがなんでこんな空気になってるんだ?」


 直球で聞くべきか迷ったが、このまま無言で固まっていても仕方がない。

 泥があるなら、あえて俺が被ろうじゃないか。


「そ、それは、その……だな……」


 こんな調子のカインも珍しい――というかそうそう見られるものではない気がする。

 日が暮れても納得いく説明を得られるか定かではない彼より、ルイナならば淡々と答えてくれるのではないか。

 そんな期待を込めて、俺はルイナに聞いてみる。


「ルイナ。何でカインがこんな風になってるのか、思い当たる事情を説明してくれ」

「かしこまりました。とはいえ、わたしは普段のラーズクリフ卿を存じていないので、確たることは申し上げられないのですが……」


 ルイナの言う通り、初対面の相手の平常を知らないのは当然だ。

 それは、逆であるカインも同じはずなので支障はないように思う。


「いいよ。あと、その“ラーズクリフ卿”ってのは分かりにくいから、ルイナも“カイン”って呼んでくれないか?」


 聞きなれない単語が出る都度、考えるのも面倒だ。

 彼も、そんなことで怒るほど器量の小さい男ではないはず。


「はっ。ラーズクリフ卿もそれで宜しいでしょうか?」

「も、もちろん……! 光栄です」


 さすがに、俺からの話だけで受ける訳にはいかなかったのだろう。

 本人に確認を取る辺り、ルイナもきっちりした性格をしている。

 カインのリアクションがややオーバー気味なのが気に掛かるが……。


「では、改めて――カイン“様”」

「ぶっ――!」


 突如噴き出したカインによる一次被害者は正面に座る俺だった。


「げっ! て、てめっ、カイン――!」

「す、すまない! わざとではないんだ!」


 慌ててカインがハンカチを出そうとしてくるが、それよりも早く、ルイナがこちらを直接拭ってくる。

 ……反対側から突き刺さる視線が痛い。


「お、お前……今日はおかしいとかそういう次元じゃないぞ……一体どうしたっていうんだ?」


 申し訳なさそうにひたすら謝るカインだが、さすがの俺もほんの少しだけムカっと来たので、本人に直接尋ねることにした。


「…………宜しいでしょうか、アステリア様」

「はい」


 今度は、カインがルイナに確認を取る。

 貴族という人種は、発言ひとつするにもいちいちこんなに回りくどいものなのだろうか。


「なー。カインもその“アステリア様”っていうのやめないか?」

「すまないが……それはできない」

「わたしは構いませんよ」

「なっ――」


 ただし、俺のこの発言を皮切りにした一連の流れは、カインも予想の範疇を大きく越えたらしい。


「今後、ススム様を経て、カイン様も姉上とお顔合わせをする機会もあるでしょう。その時に、“アステリア”がふたり居るのは不都合かと」

「は、はっ――分かりました」


 ルイナの言が、カインを気遣ってそう言ったのかは定かではないが、彼女に姉がいるというのは新情報だった。


「で、では……改めまして、ルイナ“様”」


 先にルイナが様付けで呼んでいる以上、カインもそれ以下にはできないのだろう。

 とりあえずは現状で良しとする。

 ここでようやく話が振り出しに戻った訳だ。

 カインが咳払いをして、気を入れ直す。


「ススム。ラーズクリフ家とアステリア家はどちらも爵位を持っているのだが……」


 言って、カインがチラリとこちらを見る。

 俺はそれに頷くと、


「しかし、そこには大きな隔たりがあるんだ。ラーズクリフ家は五等爵位――古い言葉では男爵。そして、ルイナ様のアステリア家は二等爵位、かつての侯爵家に相当するんだ」

「ほー。二等と五等か……同じ貴族でも結構違いそうだな」

「違いそう――ではなく全然違う。侯爵家とは、王家由来の公爵家を除けば貴族の最高位に相当すると言っても過言じゃない。いいか?」


 今までと比較したら饒舌になったカインだが、侯爵当人を前に説明を行うのは緊張を伴うのだろう。

 口調に、いつもほどのキレがない。


「一般に与えられている爵位というのは、そのほとんどが“人爵”なんだ」

「人爵っていうのは?」

「文字通り、人によって与えられた栄誉という意味さ。しかし、アステリア家は違う」

「ふむ?」

「このネハレム国における唯一神――聖神ネル・ファリア様が与えた“天爵”はふたつ。ひとつは王家であるネハレム家、そしてもうひとつが――」

「アステリア?」

「その通り。つまり、国としての地位は侯爵でも、アステリア家のそれは全くの別物――と言っていいほどに厳然たる違いがあるんだ」


 ここまでのカインの説明でやっと合点がいってきた。

 俺にも分かり易く言い換えると、ルイナはカインにとって超が付くほどの上役ということなのだろう。

 だから、カインはルイナを前にしてカチコチに緊張していたって訳だ。


「あれ? ネハレムが天爵ってことは……」

「さすがに、初代ネハレム王が即位する以前の話だよ。王家・王族は、爵位とは切り離され、もちろんさらに高い地位を持っている。その王家に連なる血筋の家系が公爵――一等爵位ってことさ」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 ネハレム――と聞いて、俺はふと脳裏に浮かんだ人物のことを尋ねてみた。


「レナって、もしかして王族なの?」

「は……? レナ……? って――」


 その単語を吟味したカインの肩が、次第にフルフルと震えだす。


「レナ・ルーニア・ネハレム様のことか――!?」

「おまっ――!! さっき外で言ってた“レナ”ってレナ様のことかよ――!?」


 兄妹の大声がフロアにこだました。

 食事時を外れているので、他の客がほとんどいなかったのが幸いしたが、さすがに店主は目をひん剥いて驚いていた。


「お……驚きすぎだろ。てか、知ってるのか?」

「し、知らないはずがあるか! かつては十五代目のネハレム王にして、現在(いま)は第三位の聖徒だぞ――!?」

「じゅ、十五代目の王様……? 第三位の聖徒……?」

「ってか、お前……昨日一日で何やらかしてきたんだよ……」

「いや、まぁ……色々……」


 そう口々に言うカインとバン子。

 俺も、もう何が何だが分からなくなってきたぞ?


「……そうか。ススムは異世界から来たから知らないのか……」

「あ、あぁ」


 先に冷静を取り戻したカインが、飲み物を軽く口に含んだ後、息を吐く。


「そうだな……まず、現ネハレム王は十八代目。つまり、現王から見れば、レナ様は先々々代ネハレム王になる」

「…………マジか」


 見た目は自分と大差ないと思ったのだが、とんだ年齢詐欺だったらしい。

 というか、先々々代ってもしかして子どもがいるってことなのか?

 だとすれば、あんな(・・・)発言をした聖神の気がしれないのだが……。


「変な顔をしているから一応断っておくが……レナ様と現ネハレム王は直系ではないぞ?」

「あ、そうなのか」


 それならば安心――という訳でもない。

 恐ろしいまでの若作り疑惑は未だ健在だ。


「それで、第三位の聖徒っていうのは?」

「神に選ばれた御使い――つまり、聖神によって選ばれた使徒を“聖徒”と呼んでいる。レナ様は、聖神ネル・ファリア様によって三人目に選ばれた聖徒なんだ」

「ふーん……ってことは、一位と二位も……あ――」


 そこでふと頭に閃いたのは、あの部屋(・・・・)に居た三人の女性。

 つまり、


「そうか、ルクシアとルイナも聖徒なんだな?」

「はい、ススム様。わたしが二位、そして、姉のルクシア様が第一位の聖徒になります」


 俺の確認に答えたのは、ルイナだ。

 見ると、彼女の前に置かれたグラスは全く手が着けられていない。


「そんなに遠慮しなくても…………って、今姉って言った?」

「はい。ルクシア様――ルクシア・アステリアは、わたしの実姉になります」

「へー……通りで似てる訳だ」


 顔つきも似てるし、髪に関しては同じと言っていい色だ。


「とりあえず……これで当面の疑問はだいたい解決したな」


 ふと、第三位が元・王様で、第一位と二位が侯爵というのは複雑そうな気もしたが……祭壇でのレナの様子を思い出すせば、特にそういったことはなさそうだった。

 説教どころか、むしろ遠慮無しに攻撃してたくらいだし……。


「ススムの疑問は解決したかもしんねーけど……こっちは逆に深まるばっかりだぜ……」

「そうだな……できればススムの話も聞かせて貰えないか?」


 そうバン子とカインの視線がこちらに向くものの、


「俺も何がなんだかさっぱりって言うか……まぁ、掻い摘んで説明するとだな――」


 宿を離れた俺が王城に向かったこと。

 兵士に追い返されたので、地下水路から目指したこと。

 変な人形の罠で、地下牢に入れられたこと――。


「……ここまで聞いただけでも、胃が痛くなりそうだ」

「ススム……お前……」

「そ、そんな目で見るなよ! 俺もちょっと無茶だったかなぁ――くらいには思ってるんだし!」

「……ちょっと?」


 二対一では形勢を覆せそうにないので、俺は咳払いで誤魔化しながら話を続けた。


「つっても、この先は外でルイナが話してた内容に繋がるんだけど……」

「あー。お姫様抱っこで引ん剥いた――って話か」

「合ってるけど、そうじゃない! 要は、牢から出して匿われてた……っていうか、神殿の世話になってたって感じ?」

「へー。ま、相手が聖徒様じゃそーなるのは当然だろうけど……」

「なんで、ススムを助けたのか――そこが繋がってこないな」


 一同の視線は、やはりすまし顔のままのルイナに向かう。

 俺が彼女に目配せをすると、承知――というように答える。


「もちろん、わたしの独断で動いた訳ではありません。我が主の命です」

「ネル・ファリアが?」

「はい」

「考えてみれば……そうなるか」


 信徒である彼女らが、独自に行動することはないだろう。

 そこには何某かの主への理念が働いているはずだ。


「――って、ちょっと待て! さらっと話してるけど、今お前とんでもないこと口走ったぞ――!?」


 そうこちらに掴み掛かる勢いで言ってきたのはバン子だ。

 俺は、後方に重心を下げながら「な、なんだよ……?」と聞き返すと、


「ネル・ファリアって聖神ネル・ファリアだよな……? お前……聖神に会ったのかぁ――!?」


 彼女の言葉に、俺は祭壇で見た女性の姿を脳裏に描く。

 それはまさしく、水のはごろもを纏った女神――


「……うむ。壮絶な美女だった」

「ま……マジなのか…………回答はちょっとおかしいけど」


 その「ススムだから仕方ないか」のような態度はやめて欲しい。

 俺のピュアハートが存分に傷ついてしまう。


「まぁ、それは置いといて……ルイナ。なんでネル・ファリアが俺を助けたんだ?」


 言うと、バン子もカインも「待ってました!」のように身体を前に乗り出した。


「使徒のわたしが主の御心を知ることは叶いません。わずかに伝え聞いていることであれば……」

「それでいい。頼む」


 ルイナが目を伏せ、一拍を置いてから告げる。


「……ススム様が再びこの世界にやってきたことは、大きな意味を持っている――と」

「再び……だって?」


 無論、俺に彼女の言葉に対する心当たりなんてない。

 沈黙が場を包む。


「もし――」


 そう口を開いたのは意外にもルイナだ。


「ススム様がその先を知りたいのであれば、ネル・ファリア様に直接お伺い立てるしかありません」

「そう……だな」


 ルイナが“我が主”ではなく、名前で呼んだのは俺を立てたものだろうか、或いは別の意味を持つのだろうか。

 聖神や聖徒たちとの出会いは、今、この世界に立つ俺にとって……何か大きな変化を(もたら)したのでは――と。

 そう考えさせずにはいられなかった。


「幸いにも、ネル・ファリア様は狡猾で計算高いお方です。他の聖神のように、安易な抹消――より、むしろ、逆転ひとり勝ちを狙うのではないかと」

「――おい! 今、不穏どころじゃない単語がところどころってかほぼ全部を満たしてたぞ――!?」

「気のせいかと存じます」


 しかし、俺の前途はまだまだ多難が(ひしめ)いているようだった。




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