ススムと王都のスイートルーム
全改稿(2014/11/24)
「――な、なんなんだコイツ!」
何度目かになる、謎の物体が放った横向きの回転撃を姿勢を下げてかわす。
その攻撃方法は、技も何もあったものではなく、文字通り三六〇度胴体をフル回転させた打撃だ。
しかも、その攻撃の最中も相手の顔――赤く光るふたつの瞳は常にこちらを正面に捉えており、何とも奇妙としか言いようがない。
謎の鉄人は、そのまま足を動かして再び襲い掛かってきた!
「単純だが、なんて面倒な……!」
剣筋も呼吸もあったものではない。
相手が人間でないのは、その動きからもはや疑いようがなく、しかし、どういう原理で動いているのかは謎だ。
機械――いや、精密なからくり人形のようなものか?
この世界で過ごした期間は短いとはいえ、そういういった技術があるとは聞いたことがない。
「――そんな解明など後でいいというか、むしろどうでもいい!」
とりあえず、今はこの状況を何とかしないと、全身痣だらけになることは必死だ。
刃物でない以上、命までは取らないのかもしれないが、金属バットで全身を殴打されて無事で済むはずがない。
妹に金棒など、持たせて良いはずがないのだ――!
俺は、こちらからも攻撃を仕掛ける為に相手の昆を蹴りながら距離を取り、腰溜めに右拳を構えた!
「はあっ――!」
放つのは、数少ない俺の遠距離攻撃技――ソニックフィストだ。
初め、“弾丸パンチ”と名付けていたのだが、ネーミングセンスを疑われた上に、とあるコミックで似たような技でかっこいいのを見つけたので改名した。
正拳突きで蝋燭を吹き消すアレを、音を超えた速度と大型トラックを横転させる威力で繰り出すとこうなるよ――っていう単純な技だ。
ゴオンッ! と、大きな音を鳴らして対象に命中、そのまま後方に吹き飛んだ。
「――っはぁ…………結局なんだったんだ、こいつ……」
相手を正面に見据えながら、大きく息を吐いた。
侵入者撃退用の何かなのは疑いようもないので、呟いたの疑問は原理に関するものだ。
いきなり正体不明の物体と戦闘に洒落込めば、自分とて相応の緊張はする。
ネジなどの部品をバラ撒きながら飛ぶのを期待したが、そこまでのダメージは与えられなかったのか、それともネジがないのか。
昆こそ手を離れているが、からくり人形の身体は綺麗なままだ。
「……うん? 綺麗なまま……?」
自身の身体に負傷がないことを確認しながら、対象の確認に近付いたのだが、次の瞬間、俺は不用意に取った行動を後悔した。
まるでバネ仕掛けのおもちゃのように跳ね起きたそれは、徒手空拳ながらも即座に戦闘態勢へと移行したのだ。
「げっ! マジ――!?」
驚愕しながら、こちらも慌てて応戦態勢を取る。
自賛する訳ではないが、間接的な打撃とはいえ、俺のソニックフィストはそんなに甘い技ではない。
本気で繰り出せば、黒塗りベンツのエンジンルームをぶっ潰すほどの威力はある。
……いや、まぁ、どういう経緯でそういう羽目になったのかを説明する気力はないが。
距離は至近、こうなったら相手が剣を拾う前に、さらに肉薄して勝負を決めることにした。
狙うのは直接打撃だ――
「ふっ!」
前傾姿勢から右足を軸に、身体を反転させる。
スローモーションで流れる世界、対象を狙うのは俺の肩口から先――
今、この俺の全てを一撃に賭ける――!
「鉄・山・靠っ!!」
瞬発力による踏み込み、そして足首から膝、腰の捻転を乗せた攻撃が敵を襲う!
背中がヒットすれば鉄山靠――もちろん、八極拳など習った覚えなどなく判定だけの見様見真似!!
それが、ぽっかりと口の開いた敵の胴体を捉え――
「………………は?」
わずかに目測が狂った攻撃は、ドンガラガッシャーン!! ――という巨大な音を立てて、俺の認識と共に転がった。
ただし、俺の視界は真っ暗で、妙な体勢で横倒しになっている――と推測しているのだが……。
「な…………?」
両手両足はわずかにしか動かない。
視認できり色は黒一色だが、妙に圧迫感がある。
身体に伝わるのは、ゴムのような触感を伝える弾力を含んだ壁。
――よし、状況を整理しよう。
俺は、敵を屠る為に渾身の鉄山靠を放った。
その時、視界に捉えたのは無防備に開かれた敵の胴体と、妙に黒い黒い闇。
曰く、観音開き状態だった敵の胸の中に……
『…………自分から飛び込んだ?』
妙にくぐもった自分の声が耳から聞こえてくる。
つまり、この人形は対象を行動不能にした後、回収する機能が付いているのだろうか。
察するに、俺の初撃は、がらんどうだった相手の胴体に直撃し、衝撃によってそれが開いた。
続く攻撃の際、目測こそズレたものの内部から背中側に衝撃を与えたことで、捕縛されながらも共に横転。
勢い余って水路にダイブしなかったことが幸いか――兎にも角にも、現在はそこにすっぽり収まっている、と。
『結論、どうやら俺は捕まってしまったらしい……』
うむ。名推理だよ、ワトソンくん。
『――って、そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!』
中から暴れてみようかと思ったが、妙な姿勢で飛び込んだせいか動きが取り辛い。
そうこうしている間に、人形も機能回復してきたのかゆっくりと動作を再開した。
このまま水路に飛び込まれたり、黒髭危機一髪的なデスゲームが始まったら全力で抵抗するしかない。
しかし、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
昆を回収した人形は、無機質なガシンガシンという縦揺れを伴いながらに上へと移動している。
おそらくは、室内にあった階段を昇っているのではないか。
となれば行く先は地上。
脱出を試みるのも良いが、どうせなら上まで連れて行って貰ってからの方が賢明だろう。
また戦闘になっても面倒だし、外に出てしまえばいくらでも逃げる手段はある。
自らの名案に頷きながら、人形の動作が落ち着くのを待つことにした。
ややあって、内側から腕力任せの観音開きを強行した俺は、無事に人形内部から脱出することに成功したのだが……。
「………………どこだ、ここ?」
出た先は、篝火に照らされた石造りの薄暗い個室。
広さは畳四枚分ほどあろうか。
他にあるのは、据えられた大きな容器に折り畳まれた厚みのある布。
窓の類は一切無く、唯一視界の広がる先――通路側と思しき方には、金属製の太い格子……。
「って、おい……まさか……」
両手でその格子を握ると、ガシャンという渇いた音が辺りに響いた。
その姿勢のまま、ゆっくりと首だけ後ろを振り返り、俺は鎮座するそれを眺める。
――あの、人形だ。
機能は停止しているようだが、どうやら捕縛した人間を自身もろとも閉じ込めるように作られているのか。
どう見ても牢屋にしか見えない光景に、合理的過ぎて涙が出ちゃう。
そのまま無言でしばらく固まっていると、格子の先から声が掛けられた。
「おい、兄ちゃん」
他に人が居るのかと、勢いよく顔を上げる。
「玩具に連れて来られるなんざ、随分と高貴な待遇じゃねぇか……」
へへへ、と品のない笑いを浮かべるのは、同じように格子の中に収まっている中年の男だった。
みすぼらしい服装に、だらしなく伸びた髭。
そのせいか、男の年齢や生来の顔はイメージし辛かった。
「……なんだ、囚人か」
がっかりしたように漏らすと、相手から反応が返ってくる。
「おいおい、兄ちゃんだって立派な囚人だろうに」
「俺が…………囚人…………?」
再度、握った格子が鳴らす音を聞き、否応無しに脳が理解をする。
こ、高校生にして、まさかの囚人……だと……?
「で? 一体何をやらかしたんだ?」
興味津々といった男の問い掛けに、俺は視線を石の天井へと向けてしばらく考え込む。
この男も、他に娯楽がないのだろう。
思いついた単語を答えてみた。
「…………不法侵入?」
「…………はぁ?」
しばらく見詰め合った後、男は吐き捨てるぼやいた。
「かっ、登場の割にしょっぺーな……」
ぺっ、と唾を吐き出し、もう興味を失ったというように背を向けてゴロンと布の上に寝転がる。
「……いや、リテイクだ! テイクツーを求む! って、おい、聞いてるのか! た、ただの不法侵入じゃないぞ!! 何せ目指した先は……って聞けよ――!!」
ガッシャンガッシャン格子を鳴らすと、見えない他の囚人からも「うるせぇぞ、新入り!」「静かにしろ!!」などと怒鳴られる始末……。
そうして、大人しく引き下がった俺は、鎮座する人形の隣に腰を降ろし、囚人になった自分とよりよって囚人に駄目だしを受けた現実に苛まれるのであった。
●
まどろむ意識の中、薄い明かりが目蓋を透き通す。
朝の到来を拒絶する本能は、無意識に身体に掛かっている布団を引っ張り、顔まですっぽり覆い隠す。
あと五分、あと五分……。
そう、五分経ったら起きよう。
何せこの布団ときたら、今まで経験したことがないくらいに暖かく柔らかく、そして気持ちがいい。
まるで温水に包まれているかのようだ。
そんなに心地良いのならば、もっと寝ておかないと損ではないか。
モヤのかかった思考を止め、意識をゆっくりと沈ませていこうとしたのだが……。
「…………むぅ?」
夕べ、俺はどこで寝たんだっけか。
呆ける頭を何とか活性化し、記憶の紐を手繰り寄せる。
……確か、昨日はネハレム国の王都ネレンティアに到着して……それで、河沿いの宿を取ったんだったっけか?
それで、バン子と相部屋になって……ならば、今使っているこれは宿の布団だろうか。
合っているようで合ってないような……いまひとつうろ覚えだった。
そうして、嫌々ながらも俺は少しずつ目を開けて、周囲を確認することにした。
「………………はて?」
真っ白な布団に、無駄に大きなベッド。
寝ている自分が小さく錯覚してしまうほど――や、決して大きい訳ではないが。
そして、それを取り巻く部屋までもがかなりの広さなのだが……天井は思ったよりも低い。
というより、見えているのは寝具の天蓋だろうか?
漫画やゲームで王族貴族などが使っていそうなアレだと思うのだが、内側から見たのでは確証が持てない。
ベッドの四隅に立つ支柱と、そこから垂れ下がるカーテンがそうではないかと思わせているに過ぎないからだ。
他にパッと目に付くのは、小洒落た食器が入った小さな棚に、椅子付きの飾りテーブル。
立ったままでも余裕で通り抜けられるほど大きな窓が、知覚した部屋の光源のようだ。
その奥を見ると、窓の先には白い手擦りが見えるのは、バルコニーになっているのか。
「……あれ、こんな高い部屋取ったっけか?」
昨日、マーガスを除いた皆で宿に訪れた記憶はあるが、果たしてどうであったか……。
とりあえず、もっと外を確認するべくもそもそとベッドから降りることにする。
――と、そこで何やら布団に擦れる肌がいつもより敏感なことに気が付いた。
「…………は?」
布団の下から出てきたのは、紛れもない自分の身体だ。
傷らしい傷跡などなく、生まれつき日焼けのしないやや色白ではあるが健康的な肌。
それなりには鍛えているので、細いながらも必要な肉は付いているといった感じ。
お腹だって、暗影をつければシックスパックに見えないこともないという優良物件です。
そうして、さらに視線を下げていくと……。
『パオーン(やぁ、おはよう)』
俺に向かって元気に挨拶するのは、ピンク色をした鼻の長い動物だ。
そして何故か、パチクリ見つめる俺よりも威丈高。
『パオーン(ふっ……朝は俺の熱いソウルが滾ってくるぜ)』
いや、滾らなくていい。
頼むから少し落ち着いてくれ――!
というか。
「――なんで裸なんだ!?」
寝相の悪癖で脱衣の常習犯がいると聞いた記憶はあるが……自分にそんなものがあるなど生まれてこの方認識したことはない。
それならば、何者かによって脱がされたのか、記憶がないだけで自分で脱いだのか……。
「いや、待てよ……?」
思い出せ……俺にはそうだ……封印していた記憶があるはずだ。
「うちの家族は、酔うと服を脱ぐという悪性遺伝があると……」
これは父親のDNAによるものなのか、母親にはそういったものはないようだが……俺は、何度かあられもない親父の姿を見ているはずだ。
パンドラの箱は、おそらくここからだ――。
あれはまだ、俺が高校へ上がる前の歳……冷蔵庫に冷やしてあった手付かずの貰い物のチューハイ。
それが酒と知らない妹は、風呂上りにひと息で飲み干して……。
「はっ――!」
――ダメだ!!
“アレ”を思い出したら、俺はまた、妹に三度は殺される――!
「てあっ!!」
ズドンっ!
鈍い音が全身に伝わるのは、俺が自らの両肘を腹部に向けて放ったからだ。
モリっと自身のライフゲージが減ったのは必要経費と思うしかない。
「…………状況整理だ」
おそらく、俺は仲間のいずれかの勧めで酒を飲んだ。
宿屋が酒場を兼ねているのは、この世界における商売の鉄則らしい。
そして、知らない部屋に転がり込んで、無意識に服を脱いだ俺はそのまま就寝した……。
「我ながら……なんて見事なプロファイリングだ……」
見事な推理に、沈黙した羊たちも真っ青になることだろう。
こめかみに指を当てると、何か目からしょっぱいものが出てきそうだ。
しかし、ここでその分析結果について大きな問題がひとつ残ったではないか。
「部屋に服がない……だと?」
これを冷静に分析をするならば……
「……まさか、酔ったその場で脱いだというのか?」
万が一、公共の場でそんな真似をやらかしたのだとすれば、俺はもうこの世界では生きていけない……。
救いがあるとすれば、元の世界でそんな犯罪じみた行為をやらかした記憶が残らないことだろうか。
「――って、そんなわけねーだろ」
ずびし! と、何もないところに向かって裏手で突っ込みを入れる。
さーて、眠気もようやく覚めてきたし、遊びは終わりだ、終わり。
「まぁ、どうしてこんな状況になってるのかは知らないが……とにかく服だな」
俺は、身近に衣服やそれに準じるものがないかを確認した。
行儀は悪いが、布団を引き摺りながら棚を漁る。残念ながら服は入っていないようだ。
ベッドのシーツも剥がせば使えそうではあるが……何せ、普通のベッドよりも明らかにサイズが大きい。
窓のカーテンも同様で、これらを纏うとなるとどこぞの幸せな新婦のような光景が繰り広げられるだろう。
さて、他に何かないものかと周囲を探ると、
「……お? これなら使えそうだな」
目に留まったのは、天蓋に掛けられた帯状の布だ。
これを巻けば、身体を隠すこともできるだろう。
長いそれを真ん中で折り、首裏からそれぞれを胸側に回し、交差させてスパイラル状に巻いていく。
あとは余った部分を腰辺りで内側から通し、前後に流して完成だ。
全身の姿見を前に、俺はポーズを取った。
「なんということでしょう……」
胸元を開き、背中と共に大胆に露出した上半身、前後に流れる裾はまるで深いスリットのように。
そこには、純白ドレス(のようなもの)を纏った黒髪の少年が映っているのです。
「……劇的過ぎるわ」
自身の妙な才能と悪戯心にあきれ返り、普通の腰巻にしようと解くべく裾に手を掛ける。
――そんな時だった。
コンコン、と控えめに部屋の扉がノックをされたのは。
そして、返答をする前に、ガチャリと扉が開かれる。
「失礼致します。そろそろ、お目覚めのお時間……に…………」
そう言いながら入ってきた女性と、俺は目が合った。
「………………」
「………………」
長いストレートの金髪にカチューシャ。
白人のような雪色の素肌に、鮮やかなピンクの唇。
つい見とれてしまうような女性だが、その端正な瞳はただ驚きによって丸く開かれていた。
それもそのはず……。
『パオーン(よぉ。良い朝だな、お嬢ちゃん)』
純白ドレス姿から覗く“象さん”がそこに居たからだ。
刹那――俺は、震えが来るほどの緊張からごくりと喉を鳴らした。
「……時間をくれ。これには……内海よりも深い事情があるんだ……」
「事情、ですか……」
表情による、俺の必死の訴えが通じたらしい。
畳み掛けるなら今――!
「そうなんだ! 何故か、知らない場所で寝てて……起きた時には裸だった……。探しても服は見当たらず、ならば何かで代用するしか選ぶ道はなく……!」
俺は両手に力を入れ、身振り手振りで懸命に訴える。
その必死さが伝わったのだろう。
女性は、ふぅと息を吐いた後、静かにこう告げた。
「事情は分かりました――というより。大元はこちらにあります。しかし、ですね?」
女性が、さらりと髪を後ろに流す。
大元はこちらにあるとはどういう意味か――それを聞き返す前に言葉が続けられた。
「……ならば何故、最も隠すべき部位をそのまま露出しておくのです?」
ジト目を向けられる。
「…………へ?」
告げられた言葉に、俺は力説ポーズのまま、首だけをゆっくりと下に傾けていった。
そこにあるは、脱ぐ為に左右のスリットが前後になった衣装、そこから顔を覗かせるのは存在感はあるが質量はやや物足りない分身。
『パオーン(嬢ちゃん……俺のモーニングコーヒーはまだかい?)』
アピールするそいつを前に、我先に俺は少女のような悲鳴を上げるのであった。
ちなみに、その直後、俺がやらなければならない行動とは“神業”の披露だった。
神速で抜き放たれた剣を、間一髪で白刃取りするという……。