ススムと一行、王都への旅路・後
全改稿(2014/11/24)
昼食を終え、ネレン南街道をさらに北上した俺たちは、その後ようやく南大門へと辿り着いた。
遠目に見ていてそう高い外壁ではなかったのだが、さすがは防壁というだけあって厚みもあり、間近で見るとそれなりの圧迫感はある。
外壁上は通路になっているようで、見張りが巡回してる姿もちらほらと見受けられた。
もし、その通路がぐるっと一周続いているとなると……その距離はフルマラソンでは済みそうにない。
ともあれ、俺たちは世話になった御者に残金とチップを支払い、徒歩での移動に切り替えた。
「はー……よーやく王都に到着かぁ」
目算通り、昼食を終えてから約二時間。
これまでの街道とは違い、限られた王都へ出入り口とあって行き交う人の数は相応の量だ。
門の前にはそれなりの数の警備兵こそ駐留しているものの、さすがにチェック対象の数量が多すぎるのか大荷物を抱えた人間以外はほぼ素通りのようだ。
人相なんかも監査対象になるのかと期待したが、ゴリラのような厳ついおっさんも手ぶらのせいなのかノーチェックだった。
まぁ、これならば俺も心配なさそうだ。
――と、そこで気になる光景が目に入る。
「……あれ、荷馬車だよな?」
俺が指差すのは、門の前で兵士のチェックを受けている大きな荷馬車だ。
御者と思しき人物が、また別の兵士と何かを言い合っている。
同様にそれを確認したカインが、
「そうみたいだな。何を積んでいるのか、かなりの大きさだな……」
牽引する馬の数は四頭。
積荷の重量も、相当なものだというのが伺える。
見ていると、さらに気に掛かったのは馬車の乗員だ。
「なぁ? あれって……ハンターじゃないのか?」
小型のものから大型のものまで、御者を含めた全員が帯剣していた。
服装も、革製がメインといった軽装備ではあるが、明らかに戦闘用の防具だ。
「そうみてーだな」
しかし、俺の問いは特に興味を引くことでもないのか、バン子はしれっとしている。
「……あんまり珍しくないのか?」
「珍しいっちゃ珍しいけど……そうじゃないと言えばそうでもないような……うーん……」
「どっちだよ……」
俺が返答に呆れるのも無理はないだろう。
それに気付いたのか、カインが補足をしてくる。
「――そうだな。例えば、あいつらの目的地が本部なら……わざわざ規制の掛かる門を抜けようとしているのはおかしい」
「なんでだ?」
「本部は西区の郊外にある。迂回をすれば、無理に外壁を二度も抜ける必要はないんだ」
「あぁ、そりゃそうか……」
カインの説明は尤もだ。
でも、それならばやはり珍しい光景じゃないのか? ――と尋ねようとすると、
「まぁ、もうすぐ“建国祭”だし。催し物にでも使うんじゃねーの?」
その前に、バン子が答えてくる。
「建国祭って……国の誕生を祝うあれ?」
「そーそー。建国にちなんだ“剣刻”なんていう大きな剣武祭もあるからな。この時期、ハンターが王都に何を運び込んだって驚くもんじゃねーよ」
「なるほど……そういう時期なのか。そう考えると、結構いいタイミングで王都に来たことになるな」
「年に一回だしなぁ。無駄に人が増えて面倒――って解釈もできっけどな。ほれ、行くぞ」
そう言って、バン子はスタスタと門の方へと歩いていった。
すぐに、俺もその小さな背中を追い駆ける。
――が。
「ちょっと待った」
と、俺がバン子に追いつく前に野太い声によって止められてしまった。
声の主を見ると、鎧を着込んだ警備兵のようだ。
「……随分、見慣れない格好をしているな? どこの出身だ?」
訝しむような視線が、ジロリと俺のつま先から頭までを眺め回す。
バン子もそのことに気付いたようでこちらに振り返るが……いや、彼女だけではない。
警備兵に呼び止められるという光景事態がそうないのだろう、自然と周囲の注目を浴びてしまった。
さて、どう答えたものか……正直に話しても大丈夫なのだろうか。
「えーと……遠い島国からやって来まして……そこの正装っていうか一張羅なんです」
一応、嘘は言っていない。
これで上手く切り抜けられれば御の字なのだが……。
「……島国? どこのだ?」
「遥か東の……ニホンって名前です」
「……ふむ、聞いたことがないな」
知ってるとか言われてもこっちが驚くが。
やっぱりダメか? ……助け舟を求めようか?
――なんて考えていると、
「子どもの足では大変だったろう。もうすぐ、大きな祭りもあるし、ゆっくりと旅の疲れを癒していくといい」
「あ、ありがとう……ございます」
ぺこりと一礼をすると、すんなりと道を譲ってくれる。
時期的に観光客も多いのか手馴れてはいるが、少しチェックが雑なような印象も受ける。
後ろから付いてきたカインたち、そして先で待っているバン子と合流し、
「大した確認もなかったが……あれで大丈夫なのか?」
「変わった服装をしているから、とりあえずは呼び止めてはみたものの……」
「ススムは、人畜無害そうな顔をしてっからな……見た目だけは」
「………………」
その評価を喜んでいいのか悲しんでいいのか。
童顔で悪かったな! ――と突っ込む気も起こらず、今は何事もなく通過できたことを喜ぼう。
しかし、ベイルとマーガスが素通りしている事実だけは釈然としなかった。
この世界における学生服は、山賊以下という扱いなのだろうか。
そんなことを考えつつ、俺たちは王都内を中央へと向かって歩いていた。
やがて、水飛沫の上がる広場へと辿り着いた頃、カインがベイルとマーガスに軽い指示を出す。
「それじゃあ、頼んだぞ」
「「へい!」」
カインの号令で、道中ほぼ無言だった二人組が元気に街中へと消えていった。
もし、これでリーダー格のカインまでもが山賊紛いの外見なら即座に捕縛されてもおかしくはない光景なのだが……彼のさわやかイケメンぷりが都内の悪巧みでないことを周囲に伝播しているのだろう。
実際に、彼らが行っているのは身代金目的の人攫いといった奸計ではなく、宿の手配と必要品の調達だ。
……もしかしたら、情報収集くらいはしているのかもしれないが。
「今日の宿は、この先を流れる河に面した場所――“水面の浮き草亭”を借りる予定だ」
こちらを振り向いたカインが、そう説明をする。
昼に聞いた話だが……河というのは、ネハレムを流れるルイーネ河の支流を王都内の水路として利用しているとのことで、街の至る所に水路が流れているのだが……彼が言うのは整備された支流そのものの方だろう。
確か、王都を縦断し本流にくっついた後は内海まで続いていているはずだ。
「……宿に着く前に説明をしたその心は?」
「気付いたらフラっといなくなりそうな同行者が、二人も一緒だからな」
カインの何かを含む笑いに「うっ……」という呻き声を漏らしたのは、もちろんここに残った二人。俺とバン子しかいない。
「ま、リーアに関してはネレンティアで迷うようなことはないと思うが……ススムは宿の確認くらいはしてくれよ?」
「……へーい」
リーアというのは、聞きなれないので忘れがちだが、カインの妹であるバン子の本名だ。
そんな世話焼きな兄の釘に対し、俺は力なく山賊コンビのような返事をするのであった。
●
「指差し呼称! 宿の確認よし! 荷物なし! よって施錠なし!」
手配を終えたベイルの前で、あてつけがましく確認を行った俺は、こうして改めて自由時間を勝ち取ったのであった。
事情を知らないベイルは、「なんのこっちゃ?」とでもいうような表情だが、カインの苦笑を引き出せたのでまぁよし、だ。
バン子はというと、
「俺、ススムと同じ部屋~♪」
「却下! そんなこと、お父さんは許しませんよっ!!」
「いつから親父になったんだよ、お前――!」
俺とそんなやり取りをした後、実家に顔を出すというカインに「戻ってバン子と相部屋してくれ」などと言える訳もなく、
「……ゆっくりしてきてくれ(血涙)」
こう言うしかない。
そもそも、初めにカインに帰省を促したのは自分な訳で。
「すまないな。リーアのことは任せたぞ(申し訳ないという苦笑)」
そして、何故か実兄に妹を任されてしまったので、結局は相部屋となった。
祭りの影響か宿が混んでいて、本来ならば宿泊できる状況ではなさそうなのだが……どういう手を使ったのか、二部屋だけ優遇して貰ったのだ。
残る選択肢がベイルとマーガスとなると、こういう組み分けになるのは仕方がない。
ボインなねーちゃんと相部屋じゃないだけマシと考えよう。
そんな状況になったら、健全な青少年たる俺は滾るリビドーを抑え切れそうにない。
そうだ、一緒に寝るのは妹っ! 一緒に寝るのは妹……っ!!
……よし、萎えてきた。(しょぼん顔)
あいつにそんな真似を働いたら、俺の愛らしい分身は捻り切られた上にBB弾サイズまで圧縮されてしまうだろう。
千切れた指くらいならともかく、いくら俺とてそこから再生できる自信はない。
「そ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ……!」
バン子が悲しげにこちらの顔を見ている。
本当にバン子を野に帰しますか? →はい いいえ
――じゃなくて。
「……うん? あぁ、違う違う。ちょっと“向こう”のことを思い出して……」
「あぁ、そっか。ススムにも妹が居るんだっけ?」
バン子にはっきりとそのことを話した記憶は曖昧だが……ともあれ勘違いだと納得してくれたようだ。
しかし、あんな一面を見てしまった後では、彼女に対する評価を少し変更しなければなるまい……。
そう、これはペットに対する愛着とか、きっとそんな感じだ。
……うむ、ペットならば大丈夫だ。
朝まで何処かで時間を潰すことも検討したが、そこまでする必要もないだろう。
さて、こうして夕飯まで自由になった俺は、案内を買って出たバン子と気付いたら逸れてしまい、仕方なく……本当ーに仕方なくひとりで街を散策しているのであった。
決して、祭り前の雰囲気に当てられてはしゃいで飛び回っていたら知らない場所に居たとかそんなことはない。
して、ここは一体どこだろうか。
街の構造は単純で、城を中心に放射状に広がっているという。
付近を見ると、しっかりと石畳によって舗装された大通りがあり、左右には街路樹が等間隔で植えられている。
十字路か、その間の交差路かはたまたドーナツ型の周回路のいずれかだろう。
城の影を見れば、通りのどちらが中央に向かって伸びているのかは一目瞭然で、周回路ではないのは明白だ。
しかし、これでは城から見て今のどの方角に居るのか分からないではないか。
単純が故の、初心者が陥り易い罠――という訳か。ネハレムおそろしい子め……。
とりあえず、城に向かって見渡せば、方角が分かるのではないかと閃いたのでそうすることにした。
聞いていた話によると、西区の郊外には大陸ギルドの本部施設があるという。
すなわち、外壁の外にそれらしい建物が見える方向が西――ということになる。
我ながら、恐ろしいまでの頭のキレじゃあないか。
よって、俺は大通りを登り方面に向かって歩いていた。
通りの中央はどうやら馬車専用の通行帯となっているようで、ギグのような二輪の乗用専用のものからランドーやコーチといった箱型のものまで――無駄に絢爛な意匠に凝った馬車が幅を利かせている。
中に乗っているのは、漬物石を純金で作るような連中に違いない。
武道会の賞金が五〇万で、占い費用が一〇〇〇万とは……あの漬物石は一体どれほどの価値があるのだろう。
漬物石の重量は一〇~一五キログラムほどが一般か。
ならば、この世界の金貨……確か、レムナリアで貰った丸々太った金貨袋ひとつ辺りがちょうどそれくらいのはず。
「…………ちょっと待て? 俺は、もしかして……大変な思い違いをしていたのではないか?」
その価値をまるで理解していなかった俺は、ほぼ一袋の量に相当する金貨をバン子のプレゼントに費やしてしまった。
つまり、あれは一〇〇〇万を上回る純金製漬物石くらいの価値があったのかもしれない……。
いや、あれはまだ架空の紙幣だからいいのだが……そもそもだ、俺はこの世界の通貨をまるで理解していない。
確か、口座にある残り金貨は一四九〇枚マイナスバン子費用で一〇〇〇枚ちょっとか。
ちなみに減っている端数の一〇枚とは、俺が持ち歩いている枚数で、既に何枚か射出……内何枚かはバン子によって回収されている。
ポケットに手を入れると、残りは五枚だった。
「……ネレンティアで“ハローゴールド”を見つけない限り、俺はこの五枚で建国祭を過ごさなければならなくなる……」
それだけは避けねばなるまい。
向こうの世界でも、祭りとなればバイト代を叩いて遊び回ったもんだ。
射的なんぞ宝の山で、『絶対に倒れない設定』になっている商品をこっそりソニックフィンガーで叩いたら空箱に穴が開いたもんだ。
その後、台座の両面テープが発覚して、店主は警察の取調べを受けていたっけか……。
「……で、ここはどこだ?」
考えごとをしながら歩いていると、今度は黒い鉄柵でできた門へと辿り着いた。
それを境に、中は少し小高い丘になっているようで、門の高さは実物以上に感じられる。
「あー、思い出した」
これがバン子が言っていた“城下壁”というヤツだろう。
確か、お高い連中が作ったとかそういった経緯の……。
ならば、目的地である王城は、これよりまだ先だ。
俺は、気にせず門を通り抜けようとすると、
「待て」
剣呑が声が響く。
そして、こちらが振り向く前に声が続けられる。
「この先は、貴様のような者が立ち入れる場所ではない。さっさと引き返せ」
職務的な物言いなのだろうが、口調には明確な威圧が込められていた。
明らかに歓迎されていない様子は、従わなければ「物理的な排除も辞さない」とそういうことだろう。
相手も仕事ならば、こちらが棘を立てる訳にもいくまい。
俺は、穏便に尋ねることにした。
「えーと……この先の王城に用事があるんだけど……」
その言葉に、兜の下から覗く頬がピクリと動いたのを確認する。
「王城だと? ……ふん。通行許可証があるなら先に言え」
そう言って片手を突き出してくる兵士に、俺は首を横に振りながら、
「いや、許可証とかそういうのは持ってないんだけど……」
「なんだと? ……では、貴様。どうやって王城に向かうつもりだったんだ?」
ぎりっと握る槍の柄に力が篭もる様子から、最初よりも兵士が纏う不穏な空気が膨らんでいるような気がする。
「こ、この街には今日着いたばかりだから手続きとか知らなくて……どうしたらその、許可証は貰えるんだ?」
「……ふん。許可証は、王城にて発行している」
……うん? 王城へ行く為の許可証を王城で発行してるだって?
「じゃあ、許可証を貰う為に王城に行きたいんだけど……」
「王城に入るには許可証が必要だ」
えーと、王城へ行くには許可証が必要で、許可証を貰うには王城へ行かなければならないと。
ふむ…………
「…………矛盾してないか?」
「そういう決まりなのだ」
……なるほど、そういうことか。
兵士がきっぱりと言い切る辺り、もうこちらを完全に不審者と決め込んでいるのだろう。
つまり、まともに取り合う気がないのだ。
考えれば、王城に行かずともこの兵士に道を尋ねれば良かったのだが……今となっては、どうもそれすらも信用に欠けるように思える。
そんな風に思案する様子を、この兵士がどう捉えたのか、向こうから言葉を続けてきた。
「まぁ、それでもだ。どうしても入りたいというのであれば……」
「であれば?」
兵士が、槍の切っ先をこちらの胸元に突きつける。
「俺が招待してやろう。――地下牢へな」
男の口元が綻ぶ。
威圧なのか趣味なのか分からないが、職務ならば中々の演技派ではないか。
「うーん……」
俺は顎に手を当てて考え込む。
確かに、その方法でも王城には行けるが……地下からでは街を一望できないのではないか。
日帰りも難しそうだし、黙って外泊すれば今後何を言われるか分かったものではない。
「……やっぱりやめておく」
「フン、猿にしては賢明だな」
逡巡した後にそう告げると、兵士は構えていた槍を降ろした。
不審者を追い返し、これでこの場における彼の仕事は終わりなのだろう。
俺は、兵士から少し距離を取りつつ新たな作戦を練るのであった。
「目標は…………王城だな」
口に出して確認するまでもないが、その方が気合も入るというもの。
俺は行くのを諦めるなど言った覚えはなく、むしろ困難であればあるほど燃えるのが男というものだ。
さて、どうやってそこまで侵入するかが問題なのだが……。
方法を模索する為、俺は眼下を見下ろした。
「さっきの門の見張りは二人……。中も…………ちらほらいるなぁ」
先ほどの兵士と、その傍に控えるもうひとりの兵士を上から眺めつつそう呟いた。
今居る場所は、鉄柵から少し離れた建物の屋上――というか屋根だ。
そこにある四足の煙突の内側に腰を掛けている。
三階建てなので高さ的には四階と同程度、鉄柵より遥か高いここからならば、高台程度は見通しが利く。
高台にある建物は、その全てが“屋敷”と呼ぶに相応しいもので、敷地面積に対して明らかに建物の数が少ない。
すなわち、隠れる場所に乏しく、また得意とする屋根移動も難しい。
かといって堂々と歩いていればすぐに不審者として見つかってしまうのは受け合い。
簡単に捕まるつもりもないが、率先して鬼ごっこをする必要もないだろう。
「さて、どうしたもんかな……っと」
思案しながら、視線で鉄柵を追い駆けていると、高台の斜面にあるものを発見する。
ぼっかりと口を開けるように見えるそれは、
「街の……水路か?」
流れる先を辿ると、街の外側に向かって流れているようだ。
あれがもし、高台の地下を流れているというのであれば……
「城に繋がってる可能性は……高いな」
ニヤリと笑いを浮かべた俺は、早速行動を開始した。
●
案の定、そこは高台の中を流れる地下水路だった。
中に入って見ると想像以上に広く作られており、脇の通路は人が横に並んで歩いてもまだ余裕があるほどだ。
天井に至っては、高い部分で二メートル以上はあるだろう。
時折上から水が落ちていている場所があるが、さすがに人が通れるようにはなっていない。
従って、出口まで歩いて探さなければならないのだが……。
「これは……想像以上にキツイな……」
歩けども歩けども景色は変わらず、無数の枝分かれ加え、曲線までを用いたその構造は完全に迷路だった。
屋根上からの風景を思い出すと、鉄柵門から王城まではまだ二、三キロはあったはず……。
つまり、ここは半径二、三キロ規模の巨大迷路ということだ。
「なるほど……入り口に見張りを立てない理由が何となく分かったぜ……」
侵入者さんいらっしゃーい、ということか。
見事に十万円のタワシを引いた気分だ。
腹は減ってくるわ、初日から迷路の観光だわ、ロクなものではない。
ただし、自業自得だと思った時点で負けだ。
「こうなったら、維持でも城まで行ってやる……」
そして、内心で「ザマーミロ!」とあの兵士を笑ってやるのだ。さすがは俺。進め俺。僕……進。
「いかん……いつまでも経っても変化ない景色に、思考が混乱してきてる……」
そう――。
ここに入ってから、既にどれくらいの距離を歩いただろうか。
思い出すのは、初めてこの世界にやってきて放浪した原野。
景色も良く、自然と食材が豊富だっただけ、今ならばあちらの方がよほどマシとも思える。
……のは、さすがに言い過ぎか。
少なくとも、こちらはすぐ真上に人が住んでいるのは確実なのだ。
謎のクラゲしか居ないあの場所とは違う。
「こうなったら、周囲を観察して……前向きに情報を整理するんだ」
これまで歩いてきて分かったこと――まず、直線が少ない。
このことから、進行方向先に見える距離は高が知れている、つまり、自然と曲がり角が多くなり、進むほど位置の把握が困難になる。
意図的にだろう配置された曲線通路もあるので、方角の認知も困難だ。
やってきた方向がどちらかなどとっくに失っている。
もしかすれば、既に同じ道を通ったこともあるかもしれない。
ところどころに照明――おそらくは清掃やメンテナンスの為だろう――があるので真っ暗ではないのと、これまで歩いてきた中に死体や骨がなかったのが救いか。
「そ、そんなしょうもないことをプラスと考えてどうする……」
思考が負のスパイラルに陥ってきたようだ。
極限状態に陥るくらいなら、その前に天板を叩き壊した方がマシか。
水路の高さおよび中心街の丘の高さから鑑みるに、それほど厚い地盤ではないはずだが……深く進めば進むほど、丘である以上、厚みを帯びていくのは否めない。
「ま、まぁ、でも……円形内に構築された水路だし……」
水路の流れに従えば東西南北何処かの外に繋がるはず。
そうだ、ここは人を陥れる為の迷路ではなく水路なんだ――。
そう考えれば、何となく心は楽になってくる。
「しかし……時間も分からないってのは辛いな……」
この世界では時計のような時間を知らせる器具がない為、街内に設置されている鐘だけが頼りなのだ。
おそらく一日が二十四時間という長さは変わらず、時間によって鳴る鐘の回数が違う。
それも、ここでは全く聞こえてくることはなかった。
「はぁ……携帯が恋しいぜ……」
何度目になるか分からない溜息を吐きながら、文明にどっぷり浸かった自身を嘆いていた。
いっそ諦めて適当に通路をぶっ壊してしまおうか――なんて物騒なことを考え始めた時か。
視界がこれまでとは違う少し開けた場所へと繋がったのは。
「お……おぉ……?」
部屋の広さは、学校の教室以上はあるだろう。
そこに存在するのは水路ではなく、上へと伸びる階段だ。
「き、きた……? 階段――!?」
これこそ、長年捜し求めていた天空の城へと繋がる階段だ!
俺は、とある不思議なダンジョンで大量の戦利品を抱えつつも瀕死になった冒険者が脱出ワープ口を見つけた時のような気分を味わいながら、階段に向かって勢いよく駆け出した。
そして、道頓堀のどこかにあるタンクトップのおっさんのようなポーズで走りこんだ俺は、その姿勢のまま唐突に現れた何か正面からぶつかり、弾き飛ばされ、「ぶげう!」と無様に地面を転がるのだった。
「いってぇ……! な、なんなんだ……?」
強打した頭を両手で擦りながら、衝突したものの正体を見る。
「……木人? いや、鉄人の方か……?」
言い過ぎかもしれないが、それに近い形状をしている何かだった。
大きさはこちらを悠に上回り、寸胴な胴体からは立派な四肢、上部には頭のようなものがくっ付いている。
問題があるとすれば、それが“武装”していることだろうか。
両手には昆を持ち、四肢にはガントレットとグリーヴのようなものを装備している。
頭には開くのかどうか分からない開閉式のヘルム……。
その闇の中に、二つの赤い光点が輝いている。
その目(?)が遭った瞬間、それは両手に構えた昆を振り回し、悠然と襲い掛かってきた!