ススムと一行、王都への旅路
全改稿(2014/10/23)
新たに一名を加えた俺たちは、聖神がいるという王都に向かう為、街道を縦に長く伸びる交易都市レムナリアを北へと進んでいる。
そうして、今日も適当な宿を見つけ――手配をするのはもっぱらベイルだが――また一日の休息を取るのだが……。
「ススム、こいつの我侭で随分と遅くなってしまったが……改めて紹介しておきたい」
そう前置きをするのは、カインだ。
こいつというのは、彼の隣にいる“嫌々”といった様子の金髪バンダナの少女のことだろう。
同行してからというもの、彼女とは会話がなかったので、勝手に“バン子”と命名している。
カインは、そのバン子の肩に手を置いて続けた。
「妹のリーアだ」
瞬間、俺は、彼のひと言が理解できずにしばし言を噛み締めていた。
「唐突に何を言っているんだこいつは」――というのが、今、一番的確に俺の心境を言い表しているだろうか。
視線で問い掛けるも、憮然としたバン子以外、カインもベイルもマーガスも、その目は真っ直ぐ俺へと向いている。
どうも冗談の類ではないらしく、こうなったら直接聞き返すしかない。
「……妹?」
「そうだ。昼間の一件に関しては、妹から事情を聞かせて貰った。……すまない、こいつには良く言って聞かせておく」
昼間の一件というのは、女装した――もとい、子女に扮装したバン子の件だろう。
今のラフな格好より、よほど女の子らしくて好感が持てたのだが……。
ちなみに、ブローチについては既に本人に返却済み。
そうか、彼女はカインの妹だったのか。
カインの妹ねぇ……カインの……
「――妹っ!?」
ガタン、と俺は勢いをつけ過ぎて、思わず椅子から転げ落ちそうになった。
晴天の霹靂というか、確かに言われて二人を見比べてみると、髪色はもちろん顔つきも何となく似ている部分があるような気がした。
「ほら、リーア。しっかり挨拶をするんだ。ずっと膨れていて……謝罪もまだだろう?」
「ぬあぁぁ、くそっ! 分かったよ……」
そうして、リーアと呼ばれた少女――バン子が、パシンと肩に置かれたカインの手を払ってこちらに向き直り、「んんっ」と喉を整えてから言う。
「リーア・クランペだ。大陸ギルド所属のトレジャーハンター。今日は……その、悪かったな。カモが金貨袋背負ってやって来たと思ったら……はぁ……。よりによって兄貴の連れとかどんだけツイてねーんだよ」
これ見よがしな溜息を吐くバン子に、すかさずカインが人差し指でペシンとバン子の額を叩く。
意外な一面というか、面倒見の良い彼は、教育熱心でもあるようだ。
その成果が実っているとは、若干肯定し切れないが……。
しかし、妹がリーア・クランペということは、彼もフルネームはカイン・クランペというのだろうか?
……失礼なのは分かっているが、その実力に反していまいち名前に凄みに欠ける気がする。
「まぁ……そりゃ災難だったな」
俺は、カインではなく、バン子に向けてそう言った。
「……なんか、当事者とは思えねー台詞だな?」
さすがに、彼女もこの言動には虚を突かれたのか、不機嫌であることを忘れたような顔だ。
「お前がそれを狙ったんじゃないとすれば、相当な確率じゃないのか? 身内の身内って」
「やっぱ、そう思うだろ? ははっ、分かってんじゃねーか。運が悪いってゆーか……運命の悪戯にも程があるっての……」
「そうだな……いや、むしろこうなる宿命だったのかもしれないが……」
「うげー……そんな宿命ごめんだぜ」
ははは、と苦笑しながらもいつしか談笑へと変わりつつある。
そこに渋い咳払いが入る。
「んっ、仲が良いのは結構だが……リーア。たまたま俺の仲間だったから良かったものの、他人だったらどうするつもりだったんだ」
「は? 何言ってんだよ、兄貴。他人だったらバレようがないじゃねーか」
ケラケラと笑うバン子に、チン――とカインの右手が無言で反対側の腰へと伸びる。
「じょ、じょじょ、冗談だっての! 冗談っ! そんなマジになンなよ、ヤダなぁ、兄貴ってば……あはは」
身振り手振りで必死に弁明するバン子に、カインも手を離すが……。
その必死さから察するに、結構過激な兄妹なのか……?
「あー、ビビった……危うくトラウマを思い出すとこだったぜ」
額を拭うバン子に、何となく浮かんだ予想もそんなに的外れでもないのだろうと考えた。
しかし、これが彼女の地の口調だとしたら、やはり容姿も相俟ってどう見ても少年にしか思えない。
「……カイン。確認するが、その……“妹”で間違いないんだよな?」
「うん? あぁ、間違いない。あんまり似てなくて驚いたか?」
「や、そうじゃなくて……」
視線をバン子の方へと向ける。
そうして、目が合った彼女が、自分の襟元を握り締め、
「……てっ、テメェ! 今、俺の胸を見やがったな!? 何回も確認したのは、そーゆー意味かよっ!」
「最初のは単純な驚きだ! それと他意なんかない、その口調のせいだ…………(そもそも見るほどないしな)」
「ああぁっ! 言いやがった、今、ボソッと言いやがった!! ちっくしょー、もう許さねーぞ、テメェ! 表に出ろっ!」
いきり立って席から飛び出ようとして彼女の肩に、ポンと両手が回される。
そして、カインが場にそぐわない笑顔で、そっと呟いた。
「……リーア? お兄ちゃんは、そんな子に育てた覚えはありません」
「……は、はい! ごめんなさい!」
顔面蒼白でガッタガタ震えるバン子。
……ほ、本当に大丈夫なのか、この兄妹……。
俺は、かつてない恐怖をカインに抱いたのであった。
●
レムナリアに来てから今日で三日目。
本日中にも街を離れることになるので、一行は最後の買い出しを行っている。
といっても、旅の必要品は全てベイルとマーガスの二人で調達をするというので、その間、俺は自由に過ごさせて貰っている。
そんな自分に同行してきたのが――
「うはっ! すげーな、この短剣! ――あっ、うっそ、マジかよ! これ魔術付与されてんじゃねーか!」
武具屋で目をキラキラと輝かせている少女、バン子である。
これから王都を目指す人間に、最後の装備調達をしていけ、という店なのだろう。
町外れとは思えないほどの、潤沢な装備たちが店内を埋め尽くしている。
彼女の関心を引いた商品を見ると、黒い宝石をあつらえた古い短剣だった。
ちなみに、同行してきたとは言ったものの、ここで立ち止まっているのは完全に彼女の趣味なことを付け加えておく。
「おっ、嬢ちゃんお目が高いね。そいつは、かの宮廷製なんだ」
上客を見つけたかのように、店主が現れて颯爽と声を掛ける。
「きゅ……宮廷だって? おおお……なんでそんな代物がこんなとこに……」
「こんなとことはお言葉だねぇ」
「いやー、悪い悪い」
「なぁ、宮廷ってなんだ?」
二人の会話に混ざり、俺は沸いた疑問を尋ねることにした。
「はぁ? お前、宮廷も知らねーのかよ」
「あぁ。生憎と……世情に疎いんだ」
小馬鹿にするような態度のバン子だが、そもそも、俺はこの世界にやって来てからまだ二週間程度で、さらにここレムナリアが最初に訪れた街だ。
どう考えても何かの略称にか思えない“宮廷”なんてただ言われても分かるはずもない。
俺も、ただ黙って聞いていればいいのだが……気になってしまったものは仕方がないというもの。
――って、そういえば。
俺は、彼女にまだ異世界云々の経緯を説明していないことを思い出した。
ここで説明してもいいのだが、まぁ、後々分かることだし今は置いておこう。
そんな風に考えていると、どうやら彼女は、聞かれたことに関してはきちんと説明を行ってくれる気質のようで、その点は兄妹似ているとも言える。
「そうだな。宮廷っていうと、大抵は、ここネハレムから東にある“ルファーナ”って国を差すんだ。魔導器や魔術品の名産地だよ」
「ふーん、色々と初めて聞く言葉ばっかりだな」
「どんだけ疎いんだよ、お前……」
魔導器にしろ、魔術品にしろ初めて聞く言葉だ。
ゲーム的な解釈でいいのなら、何となくニュアンスは理解できるが……。
「ま、ネハレムを含めた聖神四大国が“剣”に特化した国なのに対して、ルファーナは“魔術”に特化してるんだよ」
魔術か……これまたえらいファンタジーな話になってきたな。
何もないところから火や氷が出たりとか、そんな理解でいいのだろうか。
一応、聖神国以外にもメル大陸に国があるのは、竜族やカインから聞いていたので知ってはいたが……もっと後進国のように思っていたのは否めない。
「あそこはドワーフ領とも隣接してるからな。交流もあるって噂だ。んで、魔導器や魔術品って言えば大概はルファーナ製。中でも、宮廷製はその中でも頂点――文字通り、宮廷務めの導師が仕上げたまさに至高一品てわけだ」
「そりゃあ面白そうな国だな」
機会があれば、是非、足を運んでみたいものだ。
もしかしたら、魔法や魔術といった神秘の力が直にお目に掛かれるかもしれないしな。
そう思うと、そのフファーナという国に俄然興味が沸いてくる。
当面の目的とはだいぶ逸れてしまうので、しばらく訪れることはできそうにないが……。
「まぁ、聖神国と関係は良好――なんて、お世辞にも言い難いんだけどな。あそこにゃギルドもねーし」
「そうなると、ハンターには――」
「――あぁ、ちょっとちょっと」
長くなりそうなこちらの話に割り入ってきたのは、店の主人だった。
「お客さん、お急ぎじゃないのかい? 悪いけど、こんな至高の一品、置いといたらすぐに売れちまうよ? ささ、どうするかね?」
ニコニコと両手をもみもみする様は、まさに商人の動き。
そんな商品が置いてあるのだ、この主人はレムナリア中央で見かけたような鍛冶師の自営店ではなく、仕入れた武具を売る卸売り業のようだった。
「……ちなみに、いくらだ?」
バン子が鋭い眼つきで尋ねる。
しかし、店主は全く動じた様子もなく、
「三五〇万メリル」
「――うっ!!」
主人が言うメリルというのは、ネハレム――だけではなく、聖神国で流通している通貨の単位だ。
手持ちはないが、交易都市であるレムナリアをうろついていれば、あちこちで耳にする。
ただし、それがどれほどの金額であるかは、向こうの世界との為替が存在しない限り察しようもないのだが……。
「さ……三五〇万……か」
「今なら特別に、三〇〇万にまけておくよ?」
「む……むうぅぅ……!」
バン子が本気で悩んでいるのは、組んでいる腕に入る力を見れば一目瞭然だ。
しかし、この流れは、どう考えてもぼったくり商品の押し売りにしか見えないのだが……俺も何か言うべきだろうか。
「す、ススムさん……?」
「うん?」
口を挟もうか迷っていると、向こうの方から声を掛けられた。
初めて敬称付きで呼んでくる彼女を見る。
「あの……あたし、この短剣が欲しいなぁ……なんて思ってるんだけど」
「ふむ」
なんとなく、そんな内容だろうとは予測していた。しかし、
「残念だが、俺、メリルは持ってないぞ」
「大丈夫、金貨は共通貨幣! 金貨でだって買い物はできる! ……なぁ、ススム、ススム~」
すりすりと擦り寄ってくるバン子。
色気的なものは微塵もないが、こうしていると小動物みたいでちょっと可愛いように錯覚してしまう。
「……そうだなぁ。ちなみに、金貨だとどれだけ必要なんだ?」
俺は主人に尋ねる。
すると、主人は彼女が俺におねだりをする仕草をどう見たのかさっと俺の正面に周り、手をこねらせながら値段を告げてきた。
「金貨だと三〇〇枚になります」
「なるほど」
バン子に対するよりも丁寧になった主人の口調。
完全にターゲットが切り替わったようだ。
ちらりと腰元のバン子を見るが、何も言わない辺りそれが適正レートなのだろう。
つまり、金貨一枚が一万メリルというわけだ。
「……さすがに、今の持ち合わせにはないな」
今あるのは、ポケットに数枚の金貨だ。
飲食などの咄嗟の支払いと、急時の射出用である。
後者を行うと、凄まじい勢いでバン子が回収しにいくのは既に確認していた。
そこに嬉しそうにバン子が反応する。
「やった! あったらいいのか!?」
「えーと……」
「なぁなぁ、主人! ここって『金の後光』とは――」
「もちろん、繋がってるよ。うちはカーライン商会に加盟しているからね」
「超大手じゃねーか! よし、それなら平気だな! なぁ、ススム~」
店主とバン子のやり取りはよく分からなかったが、何か支払いシステムでもあるのだろう。
これくらいの枚数を使うのを見越して常時金貨を持ち歩くなど、相当な荷物になるし、防犯上も宜しくはない。
「そういうことならいいぞ」
「いいぞ――って、そんなケチケチするなよ~、男ならそこは内海より大きな器で…………へっ?」
バン子がきょとんとした顔でこちらを見上げる。
「どうかしたか?」
「え……あ、いや。いいぞって…………本当にいいのか?」
「あぁ。そう言ってるだろ? で、どうすれば買えるんだ?」
「あわわ、ちょっと待って! えっとだな……!」
そうして、バン子と店主の主人に従い、忌々しい署名と妙な装置に手形を押し付けると、それで売買は成立したようだった。
短剣を手にしたバン子が、すぐに軽い足取りで店の外へ走っていく。
「うわっ、うわっ! マジですげー! ほ、本当にいいのかよ!? ダメって言ってももう返さないぞ!?」
「いいよ。どうせ、“どっかのお嬢様”に一〇〇〇枚あげるつもりだったんだし……」
「う゛っ……。そ、それを言うなって……」
そんな風にバン子が落ち込むの束の間。
すぐに笑顔になり、彼女はキ短剣を鞘から抜いてキラリと空にかざす。
「しかし……なんだ。俺には、あの店にそんな上等な代物がおいてあるようには見えなかったんだが……」
買った後で言うことではないし、彼女に水を差すようで悪いのは理解している。
ただし、払った側としては、この短剣にどの程度の価値があるのか気になるというものだ。
「ん? ――あぁ。他の“商品”はな」
「他の……? というと?」
すると、バン子が、空にかざしたその短剣の柄から手を離した。
重力に従って、短剣が地面へと落ちる。
そして、自重で刀身を下に向けた短剣が地面に突き刺さると、ボンッ――という小さな爆発が生じた。
俺がその様子に驚いていると、
「この短剣に掛けられてんのは、爆発だな。柄のとこに“赤い宝石”が仕込まれてんだろ? これが媒体だ」
爆発で浮き上がった短剣をキャッチし、彼女が流暢に説明をした。
店内で見た時は黒い宝石だと思ったのだが、今は、ルビーのような赤い宝石になっている。
「触媒は陽光……大方、倉庫にでも後生大事に仕舞って置いたんだろ。完全に効力を失って壊れたとか、まがい物だとか判断したんじゃないか」
「それってつまり……」
「あぁ、掘り出しものさ。……舐めんなよ? これでも俺は、トレジャーハンターなんだぜ?」
シシシ、と笑うバン子。
そして、腰に回してあったベルトを外し、今まで持っていた短剣と付け替える。
彼女のことは、その見た目や朝の出来事から盗賊紛い程度に思っていたのだが、目利きの方はしっかりしているようだ。
「……だ、だからって、こいつは返さねーぞ? もう、俺が貰ったんだからな!」
「もちろんだ。俺も、買って得した気分になったし、全然問題ない」
「うっ…………そこまで呆気ら感と言われると、俺としても…………」
何かに苛まれるようにバン子が後ろずさる。
さて、随分と時間も経ってしまったし、そろそろ合流地点に戻ろうかと、歩き出す。そこで――
「あっ! そ、その……」
後ろから小さく声が掛けられた。
「……あ、ありがとうな」
追い着いてきた彼女はこちらと目を合わそうとしなかったが、バンダナから覗き見る耳が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。
●
そんなこんなで、昼を回り、俺たちは王都に向かってのんびり腰を降ろしている。
ガタガタと少々揺れはするものの、徒歩を覚悟していた俺としては、座っているだけで移動ができるとなれば随分と楽な旅路だ。
「へぇ……こんな便利なもんがあるのか」
車輪の付いた箱車を、馬のような動物が牽引している。
有り体にいうと馬車なのだが、厳密に言うと馬と断定していいのかかなり怪しい。
何せ、足が六本あるのだ。
「使う予定はなかったんだが……まぁ、妹が迷惑を掛けた侘びだと思ってくれ」
向かいに座るカインが苦笑を浮かべる。
そういうことなら、甘えさせて貰おう。
「へへっ――ってぇことは……馬車が使えるのは、俺のおかげでもあるってことだな!」
鼻下を人差し指で横に撫で、得意気に告げるバン子。
そうとも捉えることはできるのだろうが……。
後ろから彼女のシャツの裾がグッと引っ張られ、無理矢理に着席させられる。
「調子に乗るんじゃない。半分はお前に払わせてもいいんだぞ?」
「ええぇっ! こ、こんな高いの払されるくらいなら、こっから歩くよ!」
馬車内には、笑い声が響いていた。
二人のやり取りを聞くに、借りるにも相当に値が張るのだろう。
御者付きなのだから仕方がないとも言える。
「さて、今日は街道沿いの宿に一泊――よほどのことがない限りは、明日には王都に着くだろう」
カインが陽の位置を確認して、そう告げた。
「さすがに今日中には着かないのか?」
「強行軍なら辿り着くだろうが……深夜に到着して、宿が取れずに野営――なんてことも有り得るぞ?」
その方が馬車代が安く上がるかと思ったのだが――カインのことだ、俺に気を遣っているのだろう。
一応、バン子がいることを考えると、俺としても野営はあまり好ましく思わない。
「なるほど。そういうことなら、宿を取った方が良さそうだな。宿代くらいこっちで持ってもいいんだが……」
「ススムは、そんなことを気にしなくていい」
「やったー! 兄貴、ありがとう!」
「お前は、自腹だ」
「………………」
「……冗談だから、まるで世界の終わりを見たかのような大げさな顔をするな」
「だ、だよな! あー、びっくりした……」
なんか、カインの俺に対する態度よりもバン子に対するそれは、かなりシビアなような気もするが……それだけ仲が良いのだと解釈しておこう。
現に、二人隣り合わせに座っている訳だし。
そんな兄妹水入らずのコミュニケーションを邪魔しないように静観している山賊コンビことベイル&マーガスも腰掛けてはいるのだが。
なんというか、馬車で揺られるだけという役割のない二人は、手持ち無沙汰なのか返って所在無さげな様子だった。
この見た目のどこに、それだけの献身精神があるというのか。
「そうだ、ススム」
「なんだ?」
二人の様子を見守っていた俺に、ふとカインから声が掛けられた。
「良かったら、リーアを貰ってくれないか?」
「……へ?」
唐突に何を言い出すのかと思いきや、その意味を理解する前に、賑やかな闖入者が現れる。
「はぁ!? お、おいっ、いきなり何言い出すんだよ!」
「お前も、そろそろいい歳になってきたしな。ススムなら歳の頃も似たようなものだし、腕も立つ」
「歳のことなら兄貴の方が先だろ! つか、許婚はどうしたんだよ!」
「王都に戻ったら、一度顔を出す必要はあるだろうな。しかし、お前とススムとなると……嫁ぎ先は、異世界か。随分と遠いな」
「い、いきなり訳分かんねーとこまで飛躍してんじゃねーよ! どっから突っ込めばいいんだ、俺は!」
矢継ぎ接ぎに、俺も、どこから突っ込んでいいのか分からないほどの兄妹トークが眼前で繰り広げられていた。
まぁ、これも冗談なのだろうが、話題のついでだし、この流れで彼女にも異世界のことを説明しておいてもいいかもしれない。
二人の喧騒を微笑ましく眺めつつも、俺も家族のことを思い出していた。
――あいつも、元気でやっているだろうか。
髪は長い二つ縛り、ちょっと大きめな犬歯に小悪魔的な微笑みが特徴の妹だ。
歳は二コ違いで、小さい頃から常に俺の後ろを追い駆けてきた。
きっと、心配を掛け――るようなタマではないかもしれないが、八つ当たりで暴れるくらいの可能性は大いにある。
ストッパーの俺がいなくなったことで、周りに迷惑を掛けてなければいいのだが……。
万が一、負傷者が出て、官憲が動いたとしても、徒に犠牲者を増やすだけだろう。
「はぁ……」
そうして感慨に耽りながら背もたれに体重を預けると、今までなかった硬い感触が身体に触れた。
そこにあるのは、一本の短剣――バン子がこれまで愛用していたものだ。
こっそりと抜いてみると、至るところに傷が刻み込まれている。
買った時は新品だったと言うに、つまり、この傷は彼女がこれまで歩んだ冒険の軌跡なのだ。
これは、重いものを預かってしまったな――と。
俺は、無くさないように上着の内側に縛り直した。