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破壊神って言うな!  作者: 柱乃 影人
異世界編
10/26

ススム、内海を越えて交易都市へ

全改稿(2014/10/20)

 



 船でリベア内海を北に跨ぎ、やってきたのは交易都市と呼ばれる“レムナリア”だ。

 カインの話によると、ここ“ネハレム国”における陸路と海路を利用した交易の拠点となっているらしく、人口はおよそ五万人もいるという。

 ネハレム王城のある王都――“ネレンティア”からも最も近い街で、徒歩でもここから一両日あれば辿り着くと聞いている。

 ただし、レムナリア自体が大きすぎて、街を抜けること自体にもそれなりに掛かるというのだが……。


「綺麗な街だろう?」


 カインが、辺りを指し示しながら俺に話し掛けてくる。


「そう……かな? 結構、ごちゃごちゃしてる気がするんだが……」

「ははっ、そうか。馴染みのある俺にとっては、これでいい街なんだ」

「まぁ、いい街ってのは認めるよ」


 俺がそう感じたのは本心からだ。

 周囲を見ると、港から伸びる人通りは、通りに並ぶ店も行きかう人も皆活気に溢れている。


「この大通りを道なりに進んでいくと、大陸ギルドの支部まで繋がっているんだ」

「ほー……って支部? ――あぁ、本部は別にあるのか」

「そういうことだ。支部といっても、ここは交易の拠点としてかなり栄えてる街だから、各国の首都にある支部とも遜色ないくらいなんだぞ?」

「へぇ……何となく、聞いてるだけでも凄そうだな」


 大陸――の名を冠するということは、ギルドは国家間を跨いで存在しているのだろう。

 それだと、本部を置く国は何かしらの(しがらみ)を持ってしまいそうだが……ここで俺が気にしても仕方がないか。

 ――と、ここで横から口を挟む者がいた。


「ススムの旦那……ひと口に支部って言いやしても、レムナリアの大きさならぁ……高名なマスタークラスの幹部方まで来てる可能性だってあるんですぜ?」


 言うのは、カインの付き添いであるふたりの男の片割れ。

 名前は……おそらく、ベイル・ロンドイと名乗った方だろう。

 もうひとりが、マーガス・マレットという。

 年齢は、どちらも三〇前後だと勝手に思っているが、詳細は不明。

 ぼさぼさな髪に無精ひげ、人相悪めで曲刀装備なその姿は、どう見ても山賊のそれ。

 カインとのやり取りを見るに、基本は雑事の担当のようだ。


「マスター?」


 何となく凄い人間なのだろうとは思うのだが、ベイルの説明ではいまひとつ分かりにくい。

 俺が尋ね直すと、カインが答えた。


「各々のハンター種には、また各々に対応する統括が居てな。それを“マスター”って言うんだ。例えば、ウチならドラゴンマスター、って訳さ」

「ほぉ……つーか、カインは違うのか?」

「とんでもない! マスターと俺じゃあらゆる面で比較にもならないさ」


 言って苦笑を浮かべるカイン。

 その言葉が本当なら、そのマスタークラスというのは途轍もない実力者なのだろう。

 少なくとも、マスターに劣ると自称するカインですら、いざ勝負したらどうなるのか予測が付かないのだ。

 カインとの勝負に全く関心がない訳でもないのだが……俺は、平和をこよなく愛するパシフィストなので抑制しているのだ。


 ……間違っても、抑制に突っ込むなよ?


「そんな凄いのがねぇ……。まぁ、それより、俺としちゃあだな――」


 俺は、現在の一行をぐるりと見渡した。


「?」「?」「?」


 はぁ……。

 こっそりと心で嘆息した。

 三人の頭上に並ぶ疑問符を見ながら、俺は今の境遇をほんの少しだけ呪いたい。

 発端は、謎の美少女転校生ときて、その次が謎の美少女コンサルタント、こっちに来てからはさらに幼気(いたいけ)な美少女竜族と続けざまに妙齢な美女竜族長という巡り合わせだ。


 ……なんで、この流れで男四人パーティーになるんだよ……。


 知り合ってから色々と良くしてくれているカインには申し訳ないが、この世界の神様――確か、聖神だったか?

 濡れ衣だとは分かっていても、ひと言くらい恨み言を呟いてやりたかった。



「それでは、いつもの宿で手配しておきやす」

「頼む」


 短いやり取りをしたのは、カインと山賊コンビの片割れベイル……いや、マーガスか? やはり、ベイルっぽい――が、今晩の宿場の手続きの為に離れていった。


 さて。


 竜族長、そして渡航中にカインから聞いた話によると、この大陸――メル大陸には、四つの聖神国が存在するらしい。

 それぞれ異なる四柱の聖神を信仰し、またの名を、聖神四大国と呼ばれている――ってそのままじゃね? と思ったら、小国ならば他にもあるのだそうだ。

 とりあえず、その辺りの地理にも機微にも疎いので納得しておく。


 そして、冒頭にもあったが、ここレムナリアがあるのは、その四大国の中のネハレムという国だ。

 ネハレムが信仰している神の名は、“ネル・ファリア”という。

 もちろん、本来なら呼び捨てにしていいような名前ではないのだが、俺はこの世界の人間ではないので別に構わないだろう。

 神様なんだし、そこまで細かいことを気にするようなちっぽけな器ではないはずだ。


 そのネル・ファリアなる神様、何でも聖なる四柱神の中で、最も歳若く、さらには女性神だというから、会ってみたいと思う願望が強くなるのも無理ならぬもの。

 まぁ、若いといっても定義上のものだとは思うが……何せ、神代の時代を生きる、竜族長ですら八〇〇年を生きてるという話だし。

 さておき、聖神が守護するといっても、ネハレムは、事実上の王政国家のようだ。

 つまり、王様がいて、大臣やら何やらが国政を取り仕切っているのだという。

 これはちょっと意外ではあったが、あくまでも、これはネハレム――ネル・ファリアという聖神の意向であって、他国もそうかというと必ずしもそういう訳ではないらしい。

 一応、代行としては使徒にあたる存在――“聖徒”が居るというのだが、国勢にどの程度関与しているのかは不明だ。

 まぁ、そもそも、カインたちも国に跨るハンターであって、そこまで国情に詳しい訳でもないのだろう。


 ちなみに、その聖神とやらの性別の内訳は半々なので、どうせなら女性ふたりに率先して会いたい――などというのはここだけの話。


 順序的には、まず、ここネハレムの女性神に会うという方針に変更はないのだし、問題はない。

 どうやってそこに漕ぎ着けるのかも、まぁ、その王都とやらに行ってから考えればいいだろう。


 となると、今考えるべきは、この街で行うことだ。


「とりあえずは、大支部に行って“こいつ”の換金を済ませてしまおう」


 そう言うのは、カイン。

 彼が指し示す“こいつ”というのは、後ろでマーガスが、ガラガラと牽いている荷車に積まれた竜の素材諸々のことだ。

 湖にあった抜け殻はもちろんのこと、俺との交渉に応じた竜族長が、


『ススムひとりで持っていくには、少々荷が重いでしょう』


 などと、あの鈍色の竜に俺ごと運搬させてしまった訳だ。

 もちろん、大風呂敷の中には、竜族の集落にあった爪や牙に鱗、そして貴重品らしい角までが入っている。

 これには、カインはおろかベイルやマーガスまでもが細い目をまん丸にして驚いていたので、こちらとしては期待以上のリアクションを貰ったと言えよう。


「事前の取り決めでは、換金して得た報酬は四等分…………しかし、ススムは本当にそれでいいのか?」


 と、念入りにカインが確認してくる。

 理由は風呂敷の中身もそうだが、湖の抜け殻の所有権も、俺に依存するところが大きいとカインは判断しているらしい。


「まぁ、そういう約束だろ? 俺は、当面の宿飯代になれば全然構わない」

「おそらく――いや、そういう金額では済まないと思うが……」

「いや、船出したりするのにも、結構掛かってるんだろ? こっちも乗せて貰ってるわけだし、気にしないでくれ」

「そうか、すまないな」


 本来なら、カインたちは三等分するはずだった抜け殻の取り分を四等分にする訳だしな。

 俺の貰ってきた素材に、補填できるくらいの価値があればいいのだが……。

 というか、そもそもカインが竜を討伐していたら、そんな次元の報酬じゃなかったのではなかろうか?

 まぁ、その場合は、全面衝突していた可能性が高くなるのだが……その辺り、カインはどう思っているのやら。


「では、手配はこちらに任せて、ススムは自由にしていてくれ」

「ん? あぁ……」


 そんな俺の内心を他所に、カインは残るマーガスに指示を出していた。

 こうして、第三者の目で見ると、不思議な取り合わせだと感じざるを得ない。

 年下であるカインに対し、従者のような態度を取っているようにも見える。


「そっちって……主従関係でもあるの?」

「………………別にそんなことはないが」


 何となく思っただけのこちらの指摘が的外れだったのか、随分と間を取ったカインの表情は、二枚目な彼らしくもない微妙なものだった。

 まぁ、その分、答えを外した俺も恥ずかしいのだが。


「では、分担としては、マーガスがギルドで換金、既に向かったが、ベイルが宿の手配――ということになるが、ススムはどうする?」

「うん?」


 どうするって言われても……ふむ。

 行き当たりばったりで街を観光するか、マーガスについてギルド見学か、それくらいか。


「まぁ……カインはどうするんだ?」


 とりあえず、俺は無難な回答をすることにした。


「そうだな。この街には結構詳しいつもりだし、ススムに案内することもできるが……」


 なるほど。

 そういう提案もあるというのは、彼なりの気遣いだろう。


「……そうは言っても、レムナリアは大きな街だ。今の時間を考えると大した場所には行けそうにないな」

「まぁ、自分の換金が終わり次第、そのまま宿に直行――ってのが無難な線っすかね」


 空を見ると、日も随分と傾いてきているようだ。

 観光をしているような時間もないだろう。


「んー……そういうことなら、カインはマーガスに付き添った方がいいんじゃないか?」

「うん? どういうことだ?」


 俺は、言葉を選んでカインに伝えた。


「いや、“そういう金額では済まない”――なんてカインが言ってたくらいだろ? そっちに同行した方がいいんじゃないのか?」

「あぁ、そういうことか。それなら心配ない」


 心配ない――と言うように、俺の心配事は、確かに杞憂に終わった。

 しかし、のちにそれとはまた別の問題が浮上した訳なのだが……できれば、先達にはこの会話の段階で気が付いて欲しかった――なんて思わざるを得ない。





 ●





 俺たち一行は、街の中心近くにある大陸ギルド、レムナリア支部へと場所を移していた。

 大きい街というだけに、移動だけでも思った以上に時間が掛かってしまっている。


「……確かに、カインが心配ないって言った理由は分かったよ」


 俺は、ふたりの空いた手を見ながら、何とも言えないような表情でそう呟いた。


「すまない! そこまでは、俺も完全に失念していた……」


 両手を合わせて謝罪するカイン。

 彼がそんなことをする理由とは、ふたりとは正反対な事象に見舞われた俺の両手にあった。

 そこにあるのは、元は小さいのにまるで『お腹一杯!』とでもいうように丸くパンパンにまで膨らんだ“金貨袋”である。


 まず、カインが自信満々――かどうかはともかく、俺に杞憂と思わしめた方の理由の説明は簡単だ。

 見聞きして分かったことだが、ギルドでの換金作業は、大陸の共通貨幣らしい金貨で全て行う。

 もちろん、端数は銀貨や銅貨で支払われるのだが、これくらい大手の換金になると手数料のついでに端数は飛んでいくようだ。

 そうして、ギルド外部にある引取り所にて査定を受けた物品は、窓口を通して各々が持つ“口座”へと申請した分配で振り込まれるので、ハンターたちは円滑に換金ができるとのことだ。

 換金する前に悪事を働くことはできそうだが……まぁ、今回はそういうサイズでもなかったか。


「うん。俺、ハンターじゃない上に、そもそもこの世界の口座を持ってないんだよね……」

「だから、本当、悪かったって!」


 ちなみに、両手に下げられた金貨の重さは尋常ではない。

 俺だからまだ平然としているが、多少鍛えてある程度の人間では、長時間持ち歩くのはかなりしんどい気がする。


 ちなみに、それぞれのおおまかな換金レートは、抜け殻が金貨約二〇〇〇枚、風呂敷の中身が金貨約四〇〇〇枚とのことだ。

 予想よりも相当に爪や牙――特に、角の価格が高かったらしい。

 ここら辺りの素材を得るには、ほぼ、竜と直接戦闘を行うしかないというのが理由だそうだ。

 この査定には、さしものカインもマーガスも想定以上だったようで、こちらに対する謝罪にも余計に念が篭もっているのだろう。

 それは問題ないというより、むしろ俺としては、彼らに充分以上の報酬となった現状を喜んでいる。


 そうして、今回得た報酬を四等分すれば、金貨約一五〇〇枚だ。

 カイン、ベイル、マーガスの取り分はしっかりと口座に振り込まれ、そうして残った一五〇〇枚(俺の取り分)が、現物となって手元にやってきた訳だ。


 ……つまり、五〇〇枚入りの金貨袋三つ。


 ちなみに、この総重量は、体感で妹の重さとほぼ同程度。

 よって、間違ってこれを「重い」などと一言でも口にすることは、俺のプライドが許すことはできない。

 それが、どんな経路によって妹にバレたとしても、俺の寿命は誇張表現抜きで確実に減少する。

 ゆえに、俺はギチギチと悲鳴をあげる皮製の袋を下げたまま、こう言うしかない。


「大丈夫だ、これくらい軽い」


 そんな俺の脳裏に、懐かしい記憶が()ぎった。


 ――あれは、家族旅行等の時か。


 旅館に置いてあった卓球勝負で妹に負けた俺は、その翌日、罰ゲームとして妹を背負って北アルプスの登頂下山をさせられたのだ。

 それを思えば、平地の金貨袋くらいどうと言うことはない。

 強いて言うなら、もう少し持ちやすい形をしていれば幾らかマシだったか。

 ……何せ、口座を作るまでは、この状態で持ち歩くしかないからな。


「とりあえず、そっちの口座に入れといてくれても良かったんだが……」


 俺はぶらさげた金貨袋をカインに見せるようにそう言った。


「それも考えなかった訳じゃないが……まぁ、そうやって信頼してくれるのは嬉しいよ。でも、それはススムの正当な取り分だからな」

「つまり、俺の取り分だからと、持つのを手伝う気もないってことだな?」

「そ、そういう歪んだ解釈はやめてくれ!」


 ははは、と仕返しに俺は笑ってやった。

 まぁ、この件については誰が悪いでもないし、カインを弄るのもこれくらいでいいだろう。

 気を取り直して、俺は周囲を見回しながら呟いた。


「しっかし……ここが、大陸ギルドの支部かぁ……」


 大胆にも街のほぼ中央に鎮座すると思われるギルド支部は、見事なまでの絢爛さと豪快さを兼ね備えた造りをしていた。

 うらぶれた薄暗い酒場のような、もっとアンダーな建物を想像していたのだが、この世界ではもっとメジャーな立場にあるようだ。

 ここはまだ入り口付近なのだが、かなり多くの人間が頻繁に出入りをしている。

 ただ、立ち止まってこちらを振り返ったり注視したりされるのは、おそらく手に持っている荷物のせいだろう。

 しかし、そんな行き交う者たちも、ある一点に気付いてはそそくさと立ち去ってしまうようだった。

 その中心にいるのが――


「……お前、結構有名なんだな」

「うん?」


 カインだ。

 それらのほぼ全てがギルドに属するハンターだと思うのだが、必ずといっていいほど彼を見ている。


「そりゃ、カインの旦那は、ドラゴンハンターのSクラスっすからね」

「Sクラス?」


 俺は、口を挟んできたマーガスにそう尋ねた。


「階級的には、マスターの一個下っすよ。実際、カインの旦那はドラゴンハンターの中でもフレ……マスターを除いて並ぶ者はいない――って称されるほどっす」

「へぇ……」


 俺の視線が、こちらよりやや上にあるカインの顔を捉える。

 ドラゴンマスターと比較にならない――なんて言っていたが、謙遜も大きいのだろう。


「過大評価さ。現に、俺がマスターじゃないってことは、こっちの方が劣っていると証明してるようなものだ」

「まぁ、それでも大したもんだと思うけどな。逆に、こうやって周囲がそれを“証明”してるわけだし」


 俺がそういうのも、おそらく、カインが一緒にいなかったらもう少し面倒が起きていた可能性もある。

 見た目で判断するのは失礼だが、何せすれ違ったハンターの多くは、どうやらカインのように育ちの良さそうな人間ばかりではないように見受けられたからだ。

 まぁ、カインの謙遜を否定したもうひとつの理由というのは、


「……カインくらいの腕があってそれなりの地位に居てくれなかったら、そっちの方がゾッとするっての」


 そう、この連れの実力が、ギルドの基準値であったら堪ったものではない。


「ははっ、そりゃ言えてるっすね」

「ふたりとも……持ち上げるのは、それくらいで勘弁してくれ」


 マーガスまでもが同意したことで、カインは居心地が悪いとでもいうように肩を(すく)めて見せた。

 話題を変えるように、彼が切り出す。


「ほら。口座を作るんだろう? 早くしないと閉まってしまうぞ?」

「あぁ、そりゃ困るな……」


 もう閉まっている――ということなら諦めもつくが、まだ開いているならばさっさと開設してこの手荷物から早くおさらばしたい。

 その前に、いくつかある心配事を尋ねておいた方がいいだろうか。


「俺、戸籍――じゃなくて、自分を証明できるもんとか何も持ってないんだけど……ちゃんと作れるのか?」

「もちろん、大丈夫だ。ススムを証明できるものは、ススムの中にちゃんとあるからな」

「俺の中に?」

「あぁ。時間もないし、実際に行った方が早いかもしれないな」


 そうして、先導するカインが歩き出したのだが、


「あぁ、カインの旦那。ちょっとストップっす」


 マーガスが制止を掛けた。


「おい、時間が無いって言ってる尻から――」

「そうなんすけど……実は、“あの方”がレムナリア支部にお見えになってるって耳にしたもんで……」


 ふたりの会話に割り込むようになってしまうが、俺は、耳を突いた単語を尋ねることにした。


「なぁ。あの方ってのは?」

「あー……まぁ、お偉いさん――ってヤツっすよ」

「ふーん……」


 そのことについてあまり触れたくないのか、この様子だとそれ以上の情報は聞けそうになかった。


「……はぁ。そういうことなら……顔を見せないわけにはいかないか。ススム、すまないが――」

「あぁ、いいよ。こっちの心配は要らないし、自分の用事を済ませてきてくれ」


 先約を潰したことを申し訳無さそうに告げるカインに、俺はそう返した。


「――本当にすまない。マーガス、頼めるか?」

「任しといてくださいっす!」


 胸を叩くマーガスに、何となく一抹の不安を感じないでもないが、カインはというとこちらが思った以上にマーガスのことを信頼しているようで、彼の足は既にギルドの方へ向いていた。


「すまないが……任せた。宿には早めに戻れるようにする」

「へい。旦那もお気を付けて」

「……おいおい、何に気を付けるっていうんだ」


 苦笑するカインは、そのままギルドの奥の方へと消えていった。

 それを見届けたマーガスが、こちらに告げる。


「さぁて。そんじゃ、こっちも用事済ませて、ベイルの待ってる宿にさっさと向かうっすよ。ススムの旦那」

「あぁ。正直、こっちはちんぷんかんぷんだから頼りにしてるぞ」


 そういえば、何時の間にひと回り以上も年上の相手に旦那呼ばわりされるような関係になっていたのか……。

 ともあれ、俺にも激を入れられたマーガスは、益々張り切っているようだった。


 揚々と歩き始めたマーガスの後ろについていき、港から続いていた大通りを、さらに奥の方へと進んでいく。

 周囲に気を取られながら歩いていた俺も悪かったのだろう――唐突にドン、という衝撃が身体に伝わった。


「きゃっ――ご、ごめんなさい……!」


 何にぶつかったのかを確認する前に、向こうの方から謝罪の声が掛けられていた。

 あちこちに向いていた視線を正面やや下に修正すると、小さな女の子がうずくまるように地に身体を着けていた。

 慌てて女の子の方へと右手を差し出す。


「わ、悪い――いや、ごめん! つい、余所見してた! ……け、怪我は無いか?」


 女の子は、こちらの右手を取ると、ゆっくりとその身を起こした。


「いえ、わたしの方こそ余所見をしていてごめんなさい! 怪我は……大丈夫です。心配ありません」

「そ、そうか……悪かった。今度からは気を付けるよ」


 そうして、幾度か謝罪をしながら女の子と別れた。

 本当に気をつけないとダメだな――と考えつつ、件の女の子のことを思い浮かべていた。

 あまり顔はよく見ていなかったが、やや幼さを残した雰囲気と言葉遣いがあった。

 ぶつかった身体も華奢で、おそらくは、年下だろう。

 着ていた服から、両家の子女――とまでは、いかないだろうが、端々から育ちの良さが伺えた。


「だ、旦那、どうかしたっすか!?」

「ん? あぁ――」


 足を止めていたこちらが、一向に追い着かないことで、マーガスも引き返してきたようだ。

 後ろを確認していないのもマーガスらしいと言えばマーガスらしい。


「問題ない、行こう」


 言って前に進もうと歩き始めるが、マーガスがこちらを覗き見ながら何かを思案しているようだったので、足を止めて聞き直した。


「どうかしたか?」

「いや……そのー……」


 少しだけ首を傾げてマーガスの言葉を待つ。


「ススムの旦那……もしかして、手とか繋いどいた方がいいっすか?」

「は…………?」


 何を言われたのかしばし理解できず、ポカーンとした後、


「――そ、そこまで子どもじゃねぇ!」

「ひぃっ、す、すいません……!」


 意味を悟った俺は、ついカッとなって怒鳴り返してしまった。

 年齢より童顔なことは自覚しているが……おそらくは、耳まで赤くなっていただろう――それが、彼に気取られないことと――また怒りによるものではないこと――を切に願った。

 それを隠しつつ、すたすたと歩き始めると、「そっちじゃないっすよ!」なんて引き戻されながらも目的地へとゆっくり近付いていったのだが、そうこうしている内に、やがて街も闇色の気配が濃くなってきたようだった。

 つまり、結局、間に合わずに宿へと戻ることとなったのだが……まぁ、場所は確認できたのでひとりでも何とかなるだろう。

 明日に備えて、船旅の疲れをゆっくりと癒すことにしようと、上着のボタンに指を掛けたところで、指に何か堅いものが触れる。


「……これは?」


 自分の服についていたのは、小さなブローチだった。

 花を模したそれが、どうやら自分の上着に引っ掛かっていたらしい。

 思い当たることといえば――


「あの女の子のか……」


 勢い良くぶつかった際に彼女の服から外れ、こちらに引っ掛かってしまったのだろう。

 何となく、バツの悪くなった俺は、


「なんとかして……返すしかないよなぁ……」


 当てもないことを呟いて、気が重くなった。

 あの時、すぐに気付いていれば良かったのだが、今更言ったところで詮無いこと。

 そう自分を言いくるめて、睡魔が誘うがままに用意された布団へと潜り込んだ。




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