ススムの日常生活記・開幕【挿絵有】
挿絵追加しました(2014/7/13)
加筆修正(2014/10/18)
俺は、今、途方に暮れている。
一介の高校生である俺が、ひょんな出来事からこんな訳の分からない世界に飛ばされてはや数日――。
初めは困惑しながらも、いきなり現れた大冒険の予感に胸がワクテカしていていたのだが、今はそれも収まりつつある。
というのも、視界に広がるのは、途方も無い平野と丘陵。
しかし、果てしないというほどでもなく、視線を遥か彼方まで伸ばせばそこには雲を突き抜けてそびえる山脈が連なっていて、その麓の方に見える濃緑はとてつもない規模の樹海だろうと推測はできるのだが……。
そんなところに向かったところで、到底、人の文明が発展してるようには思えない。
つまり、俺が居る場所は、原始世界とも呼べるほど手付かずの大自然で満ち溢れていた。
辺りをふよふよと漂う謎の生命体――知性があるのかは分からないが――それらを除けば、人はおろか哺乳類的な生物にすら一度も遭遇していない。
この世界にやってきてから一度たりともだ。
お肉と人肌を恋しく思ふ今日この頃――。
まじで何処だ、ここは。
飛ばすなら飛ばすで、せめてもっとマシな場所があるんじゃないのか?
兎にも角にも、俺をこんな目に遭わせた“張本人たち”にひとこと文句でも言ってやらないと気が治まらない。
ちょーっと人より見た目が可愛い美少女だからって…………いや、ちょっとか?
結構、だいぶ、かなり…………じゅるり。
――って、そうじゃねぇ!
……ま、まぁ、こちとら時間は持つに持て余しまくってる。
反省も兼ねて、ちょっとそこいらから振り返ってみようじゃないか。
あれは、今から一週間ほど前。
何も知らない俺はまだ、普通の学生をしていて、初めてその女の子と出会ったあの日――。
◆◇◆◇◆◇◆
時刻は午前七時二〇分――。
平日としてのこの時刻は、学生の通学時間としてはかなり早い時間帯だ。
俺は、今日もいつもと変わらずサラダトーストとブラックコーヒーで朝食を流し込んで「いってきます」と家族に挨拶してから学校に向かった。
通っているのは、近場の公立高等学校、自宅からは徒歩でならば二〇分程度。
ショートホームの予鈴より三〇分も早く到着するようにしているので、家を出るのは家族の中では一番早い。
そのことに特に深い理由はないのだが……あえて言うなら“のんびり”したい、だろうか。
のんびりする為に早く起きる――矛盾して聞こえるかもしれないが、例えばこの時間帯の外の風景。
まだ、遅刻処罰による正門の強制閉門からはほど遠く、必死に走る生徒の姿はもちろん、通勤や通学を行う人の姿すらまばらだ。
散水してるばあさんや、ジョギングしてるおっちゃん、井戸端会議に勤しむおばさんたち。
既に朝練をしてる学生もいれば、小犬の散歩をしてる女の子、電柱の陰で怪しげに微笑んでる季節はずれのダッフルコートのおっさんもいる。
このゆるやかな流れが、時間の流れまでものーんびりと感じさせるようで好きなのだ。
――とまぁ、そんな普段と変わらない通学風景も、変わる時なんて一瞬だ。
今朝のそれは、耳をつんざくような車のクラクションによって引き起こされた。
『プアアァァァァァァァァァァーーー!!』
すぐさま音の方に視線を向けると、そこには急制動をかけるシルバーセダンの姿が目に映った。
進行方向には、犬を抱えた女の子――さきほど散歩をしていた小学生くらいの少女だろう。
車道に飛び出した犬でも捕まえにいったのか、車との距離は一〇メートル――次の瞬間には、少女の小さな身体は空に舞い上げられてしまうだろう。
(――ったく、しょうがねぇな!)
鞄をその場に残して、即座に駆け出す。
自分と少女の距離は、車とのそれよりもさらに遠いが、要は車より早く移動すればいいだけの話だ。
車と少女、そのどちらに干渉すべきか迷いながら、思ったよりも猶予があったことで俺の手は少女の方へと伸びた。
少女が既に子犬を胸に抱いていたことも幸いし、コンマ秒後には、少女と抱かれた小犬は、自分の両腕の中にすっぽりと収まっていた。
チラりと横を一瞥、目が合ったセダンの中年ドライバーは、一瞬の出来事に何が起こったのか分からないような顔をしている。
その手には、携帯電話が握り締められたままだ
大方、話中運転でもして少女の発見が遅れたのだろう。
(ま。それでも、この子が車道に飛び出した事実は変わらないだろうが――な。不注意は不注意だろ)
ひょい、と。
俺は何でもないように、少女と子犬を抱いたまま前傾姿勢で突っ込んできたセダンを飛び越えその反対側に着地した。
それとほぼ同時、肩の高さで置き去りにした鞄も地面に落下したようだ。
ガシャン、という音が車の甲高いブレーキ音よりも脊髄を冷やす。
「あー……。鞄も放り投げて、回収できるようにしといた方が良かったか……」
教科書の類は一切入っていないのだが、それだけに中身の弁当箱が心配だった。
そうひとりごちながら、少女を優しく地面に降ろした。
「おい。怪我はないか?」
少女は、ぽかーんとこちらを見上げていた。
何が起きたのかまるで理解していない様子だ。
同様に、子犬も尻尾をパタパタ振って喜んでいる。
「子犬がこの様子なら……この子も大丈夫そうだな」
念の為、ぐるりと一回りをして少女の怪我の有無を確認したが、特に問題はなさそうだ。
低いところにあるふわふわの髪をぽんぽんと軽く撫でてから、俺はそのまま学校に向かうことにした。
そうして、背中から大きな声が掛けられたのは、少し歩いてからのことだ。
「お……お兄ちゃん、ありがとう!」
俺は、軽く振り返り、片手を上げて女の子に返した。
「次からは気を付けろよー。ワン公の方もなー!」
満面の笑みを浮かべて、大きく手を振る少女。
こちらの後姿が見えなくなるまで続けるその仕草はとても可愛いらしいが……
――おい、柱の影のダッフル。
さりげなく女の子を隠し撮りしてんじゃねーよ。
気持ちは分からないでもないが、学校に行く前にもうひと仕事が増えたようだった。
●
「うーっす」
俺は、ガラリと扉を開けて教室に入った。
下げられた看板は【1-F】。
普段よりやや遅くなってしまったが、ショートホームまではまだ一五分ほど残っている。
そうしていつものように、気の合う友人と他愛のない雑談でもしようと自分の席へと向かう。
――と、そこでクラスメイトの女子が、慌てて教室に駆け込んできた。
「た、大変大変っ! あ! ススムくん、やっぱりいた! 大変なのよ!」
慌てた様子の彼女は、黒縁眼鏡のおさげ髪、名前は立花楓。
やや地味目だが、妙に気の利く女の子という典型的なクラス委員ポジなのだが、残念ながら美化委員だったような気がする。
我が法則では、この手のタイプは着痩せする上に実は眼鏡を外すと美人に違いない――そう睨んでいる。
「どうした?」
大変を連呼してこちらに顔を寄せてくる彼女をスウェーでかわしながら事情を尋ねる。
この“ススム”というのは紛れもなく俺の名前なので、まさかの無視を決め込むわけにもいくまい。
ちなみに、フルネームは葉飼進。
遺憾なことに、禁句でもある俺の忌み名は“はかいしん”なのだが……これは親も狙って名付けたのだろうか。
――いや、違う。
何せ、父の名は葉飼好人、あだ名はハカイスキーというらしい。
本人もロシア人も怒りそうだ。
「それがね、大変なの!」
立花の言葉で、思考が現実へと戻る。
「……大変なのは分かったから少し落ち着け。話が進まんぞ」
嘆息を堪えながらそう返した。
このままでは、“大変”という会話だけで予鈴が鳴ってしまい兼ねない。
そこで、思いついた名案を口にした。
「そうだ。ほれ、深呼吸しろ。ひーひーふー」
「ひーひーふー……って、それ違うでしょ!」
プンスカと怒る立花だが、どうやら気が逸れたようだった。
ははは、と笑いながら再度用件を尋ねる。
「で、何がどうしたって?」
「あ、うん……えーとね」
立花が事情を説明する。
その話によると、何でも隣のクラスの男子――南雲が上級生数人に囲まれているとのこと。
場所は体育館裏手で、となると思い当たるのはひとつ。
プール用の更衣室との死角になる典型的なアウトロースポット――とでも言うべきか。
「なんてベタな。しかし、その南雲って、俺の知らないヤツだぞ?」
「で、でも、放っておけないし……。ススム君、もうすぐ来る時間だったから職員室行くより、もしかしたらって……」
そこは職員室に駆け込んでおくべきだと思うが……まぁ、再犯は免れない――か。
「そいつ友達なのか?」
「う、うん。家がね……近所なの」
ふむ。
つまるところ、立花の幼馴染みたいなものだろうか?
一応、彼女は、こちらを下の名前で呼ぶ程度にはお互い会話をする関係ではある。
俺が“楓”と下の名前で呼ばないのは、単に照れくさいだけだ。
自分としても友人の頼みを聞くのはやぶさかではないし、知らない人間だからと見殺しにするような性格でもない。
よって導き出された結論はひとつ。
「……よしきた」
頷いた俺は、すぐさま鞄を隣の席の友人に向かってぞんざいに放りつける。
「行ってこい」なんてニヒルなスマイルを放つそいつは、俺のテンションの上げ方を良くも悪くも心得ていると感心する。
さすがに、度重なる衝撃で中身の弁当が深刻なまでに気掛かりになってきたが……汁物入れてないだろうな?
「じゃあ、いってくる。お礼は膝枕な!」
「うん! ……って、えぇっ!?」
言うだけ言って、俺は立花の返事を聞く前に教室を抜け出た。
もちろん、単なる冗談だ。
既に懇意な男子がいる女子とイチャコラして、余計な阿修羅ポイントまで稼ぐような真似をする必要はない。
それならば、まだ恋のキューピッドでもしていた方がマシだ。
さて……と。
走りながら状況を整理する。
現場から立花が急いで教室まで走ってきたとして、どの程度の時間が掛かるだろうか。
あまり、のんびりしているとその南雲とやらの哀の募金活動が終わってしまいそうだ。
廊下から外の景色を見ると、建物の屋根屋根が連なっている。
一年の教室は三階にあるのだ。
「じゃあ、まぁ。サクっと行きますかね」
そうして、すぱーん、と俺は迷いなく廊下の窓から飛び降りた。
●
「おいおい。別に俺たちぁ好きでこんなことしてるわけじゃないんだせ?」
「そうそう、ホントは胸が痛いんだよ。きゅーって絞まってるわけだ」
「へっへっへ……だからよぅ、分かるだろ? 何かを殴る手だって痛いんだぜ? な?」
前時代的な髪型にやけに太いズボン、それをもうもう下着が丸出しになるようなレベルまで下げてる男が三人いる。
いわゆる不良というレッテルを貼られている人種だ。
彼らが着ているのは自分のようなブレザーではなく、詰襟の学ラン。
去年から学生服の改正が行われたらしく――理由は外観印象による治安の維持とも言われている――よって、一年生は全てがブレザーを着用しているが上級生に関しては強制されていない。
見ると、彼らの襟元に光る学年章は“Ⅱ”――つまり、彼らが二年生であることを示していた。
「うぅっ……こ、このお金は……か、帰りに……その」
囲まれているのは、その三人のヤンキーより頭ひとつ分も背の低い男子だ。
身体を縮込ませている為、ただでさえ小さい身体が余計に小さく見えてしまう。
「んだ!? オラァ!!」
「あぁっ!? やんのか!? アァ!?」
「イテー目見てぇのかゴルァ!!」
「ひいぃっ!」
とりあえず、同じ人類とは思えないくらい聞き苦しい。
よって、落下中の俺は、一番目立つ髪型をした男の上へと着地した。
「むぎゅっ!」
まずは、一匹。
もちろん、三階からそのままの勢いで踏んづけだら中から何かイケナイものがはみ出した“ク○ボー”の如くぺったんこになってしまうので、一度更衣室の上に着地してから飛び乗っただけだ。
異変に気付いた残りの二人が、慌ててこちらに振り向く。
「なっ、なんだテメ――――げぇっ!? は、破壊――」
「発音が違うっ!」
どごんっ! とツッコミを兼ねた感情任せの前蹴りで二人目を瞬殺した。
でんっ、でんっ、と二、三回バウンドした後、そのままの姿勢で転がっていき、やがてフェンスに激突して止まったようだ。
「“破壊”じゃねぇ、俺は“葉飼”だ! イントネーションが違うだろ、あぁん!?」
ぎぃん! と睨みつける。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
「あばばばばばば……!!」
悲鳴の数がひとつ多い。
何故か、助けにきたはずの“南雲”とやらまでもが仲良く震えだしてしまったようだ。
「えーっと、南雲だっけ? 一応、お前を助けにきたつもりなんだが……」
「くぁwせdrftgyふじこlp……」
……ふ、ふじこ?
どう見ても、ただ悲鳴を上げている隣の不良より言語能力まで失ってしまっている南雲の方が恐怖に怯えている。
何故か差し出された財布を払いのけつつ、俺は不良の方へと向き直ることにした。
「ごほん! ……先輩、その呼び方に俺はちょーっと敏感でな? 分かるな? 以後、気をつけるように。間違うと、オホーツク海のように広ーい俺の心も、ついつい大海崩を起こしちまう」
「……オホーツク海って、海に例えるにしてもずいぶん微妙じゃ……。せめて日本海――」
「あはは、どっちもあんま変わらないだろっ」
ずばむっ! と、ツッコミのつもり裏ビンタを受けたヤンキーがその場を軸に真横に一八〇度回り、そのまま倒れて地面に頭を殴打した。
これで三人目。
ここで倒すのは予定外だったが、まぁ、状況的には仕方がなかったと言えよう。うん。
「とりあえずは……片付いたな」
パンパンと手を払いつつ、ガタガタと震える南雲に目を向けた。
当面の脅威は去ったはずなので、もう震える必要はないはずなのだが……。
安心させようと、彼に向かって手を伸ばした途端――
「こ、殺さないでーーーーーーーっ!!」
と大声を上げながら、彼は一目散に逃げ出していった。
その場には、彼のものと思しき黒い革財布が、ポツン、と残されていた。
「おーい……あのー……もしもしー……?」
俺の右手は、差し出すべき目標を見失い、悲しげに虚空をにぎにぎと彷徨っていた。
「いや、怪我があるか確認しようとしただけなんだが…………はぁ……」
魔王を退治した結果、新たな魔王が誕生したようなものだろうか。
あまりのやる瀬無さに、俺は盛大に溜め息を吐いた。
「というか……どうするかな、これ」
忘れ物を拾い上げた右手を見る。
買って間もないとも思える革財布だ。
とりあえず、立花に渡しておけば本人に届くだろう。
そう考え、彼女のいる教室に戻ろうとしたところで、
「……っ……く」
何か妙な物音が聞こえたような気が。
「っ……ふ、ふふ……ダメ、あはは……!」
女の声だ。
今度は完全に聞き間違いではない。
「は?」
突然聞こえてきた笑い声に振り返ると、視線の先にはどこから現れたのかひとりの少女が立っていた。
「? 誰だお前?」
初めて見る顔だった。
といっても、クラスメイト以外はろくに覚えていないわけだが。
「ご、ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど、あまりに面白すぎて……ぷ、ぷぷぷっ」
少女が両手で口を押さえているせいか、妙な漏れ笑いが余計にこちら神経に突き刺さるエフェクター効果となってしまっている。
初対面で、なんて失礼な女か。
男だったらデコピンくらいお見舞いしてるぞ。
俺のデコピンは、シャーペン程度なら楽にへし折るがな!
「…………はぁ、勘弁してくれ」
心ではそう思っても、女性に手を上げるなんでデコピンですら真っ平御免の助だ。
そして、こちらは軽く鬱に入っている状態でもある。
肩を落としつつ、諦めて向かいに立つ女の姿を、よくよく見回してみた。
栗色よりも明るい赤みを伴った長い髪、ツヤがあるのでおそらくは地毛だろう――日本人のものとは思えない髪色だ。
その下にある透き通るような白い肌は、下手な化粧など返ってマイナスに働いてしまいそうな綺麗さだ。
身体つきは全体的に細身ではあるだが、モデルのような過剰なまでの細さを感じさせず、健康さを兼ね備えているのに劣るとは思えないほどの整ったスタイル。
必要なところには十分についており、服の上からでもその豊かさが伝わってくる。
「………………」
俺が無言で魅入ってしまうのも無理はない。
クラスメイトどころか学校――いや、アイドルにだってこれほどの美少女はそうはいないだろう。
もし出会ったのが街中なら、俺の視線はもっと釘付けにされていた可能性もある。
が――
「ぷ、くっ……」
笑い声というか、そもそもフアーストインプレッションでもう台無しだった。
「はぁ……もういいよ。見た感じ、あいつらの仲間って感じじゃなさそうだが?」
「っく…………えぇ。当然よ」
ようやく落ち着いてきたのだろうか、こちらの振りに応じてくれたようだ。
聞き方が悪かったのか、若干期限を損ねてしまったようにも見受けられるが……。
「二階から男の子が囲まれてるのが見えて――ね。急いできたんだけど、どうやらそっちに先を越されちゃったみたい」
「なるほど。……ん? 二階?」
見ると、彼女の制服はブレザーだが、左の胸元には二年生を表す“Ⅱ”の学年章がついていた。
「なるほど。そりゃ見覚えないはずだ」
「ん?」
そこで、彼女もこちらの視線に気付いたのか、自の胸元を覗き込む。
「…………えっち」
「ち、違う! エンブレムの方だ!」
確かに、序盤はやや注視しなかった訳ではないが、先のは違うので弁明する。
「ふふっ、冗談よ」
彼女は自らの胸に輝く“Ⅱ”のエンブレムを見た後、次にこちらの胸元についたエンブレムを見やった。
こちらは“Ⅰ”、つまりは一年生ということが彼女にも伝わっただろう。
「ふーん、なるほどねぇ……」
言って、彼女がニヤニヤする。
なので、俺は先手を打つことにした。
「俺は、本当に尊敬するやつにしか敬語は使わないぞ」
これは事実だが、現状尊敬している歳上の人などいないので、つまり俺は敬語など使った試しがない。
しかし、彼女はまるで見当違いだと言わんばかりに、
「……ん? あぁ、そんなの。別に気にしなくていいわよ」
「そうか? まぁ、俺としては助かる」
ふーん、と彼女が目を少し開いた後、やや含みのある笑い顔になった。
「一応、そういうの気にするなんて……けっこう律儀なとこあるじゃない」
「……ほっとけ」
じゃなかったら、そもそも他人を助けになんて来ないだろ。
性格で損をしてるのは、自分でも何となく理解はしている。
でも、次の彼女の笑顔は、きっとそれも見越した上でのものだろう。
「まぁ、でもね? “見覚えがない”のはそれだけが理由じゃないかもね」
「……うん? どうういう意味だ?」
「さぁて、どういう意味でしょう?」
ふふっ、と彼女が悪戯っぽく笑ったところで聞きなれた機械音が校舎から鳴り響いた。
《キーンコーンカーンコーン……》
予鈴だった。
五分後には、各担任の教師が行うショートホームが始まる時間だ。
タイミングが良いのか悪のか――まぁ、どちらかで言うなら悪いのだろう。
「あ、チャイム? やば……ごめん、また今度ね! それじゃあ!」
彼女がそう矢継ぎはぎに告げると、そのまま職員玄関に向かって駆け出していってしまった。
「ん……? 職員玄関?」
そこに生徒の下駄箱などもちろんなく、出入りするには便利なようで不便な場所だ。
二年のエンブレムを付けた彼女が、まさかの非常勤講師――なんてオチはないと思うのだが。
「まぁ……変わった女だな」
初対面の相手は、大抵――いや、ほぼ怯えから入ることばかりなのだが……彼女は、なまじクラスメイトよりも親しげに接してきた。
上級生と下級生という関係もあったのかもしれないが、それを差し引いても珍しい。
「……っと、俺もあんまりのんびりしてるわけにはいかないか」
ショートホームに間に合わない場合は、問答無用で遅刻扱いとなる。
これだけ色々とやって、加えて今から遅刻扱いにされるのは、腑に落ちない上に割にも合わない。
成績もあまり芳しい方ではないし、それに、これが原因で遅刻をすれば立花も責任を感じてしまうだろう。
降りてきた三階の窓から戻ればすぐなのだが、かなり目立つ上にそこまで切羽詰っているわけでもない。
ちょうど上履きのままなので、自分も職員玄関から失礼することにした。
「あれ……そういや……」
彼女も確か上履きのままだったことを思い出す。
履き替えてる時間もないから、職員玄関から飛び出してきたということだろうか。
大いに有り得る話だが……
「まさか、俺みたいに窓から飛び出してきた――なんてことは……」
まぁ、ないよな。
苦笑しつつ、俺は教室へと戻っていった。
加筆修正しました(2014/10/18)
学校前に一回区切りたかったのですが、話数が増えてしまうので断念しました。
主人公、葉飼進のイメージイラスト追加しました(2014/7/13)
……拙い絵ですいません(汗)
主人公の服の描写があまりなかったので適当になってしまいましたが、女子が制服ブレザー設定なので、進も『ブレザー+パーカー』という格好にしました。
評価をつけてくださった方、ありがとうございます!
励みにして頑張りたいと思います!