第5話
初めての経験。この世界で、初めての感動。まさか、あんな光景を目の前で見られるなんて、思わなかったんだ。
ある意味で、震えている。
「…さすがに分かりやす過ぎだろう」
思わず、俺は笑った。初心者向けサポートって、堂々と書いてる。ここに来いって言ってるようなもんだな。
とにかくも、初ログインという記念すべき単独行事を終え、宇宙空間から地球のコロッセオと呼ばれる大都市へ降り立った、俺。単独行事?あぁ、フレンドはいないんだ。当然ね。寂しいとか悲しい奴だとか言わないでな。
とりあえず、この世界で何ができるのかを、俺は把握したい。このゲームへのログインと同時に支給されたスマート携帯を頼りに、運営からのメッセージを読み、コロッセオ民間港第七ターミナルの内部、階段の層を幾つかあがり、オフィスカレッジというところにきた。初心者向けサポートって、大きく書いてあるな。ここでは、プレイヤーの為になる情報やヘルプサービスを行っている、らしい。あくまで、あのメッセージに載っていた情報だ。けど、ゲーム運営がそう言うんだから、まず間違いないだろう。
この時点で、やはりかなりの人がこの場を訪れていた。まだ正式サービスが開始されてから間もない。誰が一番最初にログインしたのかは分からないし、今何人ほどログインしているのかも、分からない。けど、これって後に「現在のアクティブ人数」みたいな感じで、システムから確認出来るようになる気がする。予感。
「あ、もしかしてログインしたばかりのプレイヤーですか!?」
とても元気よく、そう俺に話しかけてきた女性がいた。一見オフィス勤務のスーツ女性で、どこにでもいそうな感じの人ではあった。突然話しかけられたので驚いたが、迷う必要もなく、俺は頷いた。
「やっぱりそうだったんですね!では、どうぞこちらへ来て下さい!いろいろとお話することがありますので!」
…。
俺は、ここで一つ疑問に思った。こういう「案内役」が出来るプレイヤーは、さすがにまだいないだろう。まさか今俺がついていってる人は…NPC?つまり、このゲームのコンピュータが操作しているキャラクターなのだろうか。
…とても、NPCとは思えない。表情も感情も豊かなイメージを持った。誰もがこういうキャラでないのは予想出来るが…これでは、NPCとプレイヤーを判別するのが、難しくなりそうだな。それももしかしたら、この世界の醍醐味なのかもしれないが。
「ようこそSFGへ!初ログインおめでとうございます!」
女性のキャラが案内してくれたその場所は、まさにオフィスの一角。横にズラッと並ぶ窓口のようなスペースは、恐らくこのために設置されているのだろう。今度は男性のキャラが俺に話しかけ、案内してくれた女性は、ちょこんと頭を下げ、また先ほどいた位置に戻って行った。やっぱり、NPCなのだろうか。
「分かります。あの人がプレイヤーなのかNPCなのか、迷いますよね」
…!?
NPCがまさかそんなこと言ってくるだなんて、さすがに予想つかなかった。その男が笑顔でそう言うから、この人はプレイヤーになるんだろうか。
「でも、実は私もNPCなんですよね。この世界で生まれ育った者です!」
一体どんな機械知能をこのNPCたちは持っているのだろうか。それにしても、コンピュータ操作人間で、幾人も作れるだろうNPCに、それぞれ性格や感情を持たせることが凄い。
クローン人間は、感情を持たない。言われたことだけをする。ゲームのNPCだって、そうだろう。俺はそう思ってた。
「さて、ではまずプレイヤーである証を、システムに作らなくてはならないので、手続きしましょうか!」
「システム?」
「はい。メニュー画面を開けますでしょうか?」
「あぁ、これって、“システム”という名前なんですか?」
NPCに聞いたところ、現実ではスマート携帯にあたるこの端末は、この世界ではシステムと呼んでいるようだ。システムのメニュー画面、と言えばNPC間では伝わる、という。プレイヤー間で広がるかどうかは分からないが、恐らく特に目立った名称が現れない限り、これで統一化されるだろうな。
「そこで、状態を選択して下さい。恐らく、自分の名前の右横に空欄があるはずです」
「ホントだ。それで?」
「今から、お客様の端末と、私たちの制御PCのデータを一部同期して、その空欄にある番号を入れられるようにします」
この話は、なんだか現実世界の携帯手続きのときに、やったような気がする。VRなゲームといっても、現実世界のものを参考にして構成されている場合が多そうだ。もっとも、その方が難しい処理をしなくて済むんだろうけど。NPCの指示通り、システムの差し込み口に専用のアダプタを接続する。すると、システムの画面上が「初回同期中…」と表示され、しばらく待つことになった。
とはいっても、たった1分だったが。
「さて、ではその右の空欄をタッチして下さい」
システムのメニュー画面もなかなか便利なものだ。今のスマート携帯のように、タッチ式で操作ができる。システムの電源ボタンを常に入れ、後は表面下にあるボタンをすぐに押すだけで、このメニュー画面が表示される。誤作動で押しちゃうかもしれんが、そこは気をつけないと。
一つ、注意文が出てきた。
「何々…お客様のデータは単一独立のものであり、他者との共有は一切出来ません。その証明を持って、プレイヤー証明書を発行いたします。表示されている番号と、任意のパスワードを2回入力して下さい」
なんというか、これがいわゆるメタ発言?昔のゲームでもよくあったよな。セーブしたいときは、スタートボタンを押して、下のセーブする、を選んでね!みたいな。やるな、運営。
さて、番号とパスワードを入力した。番号は「156」であった。
「この番号、何か意味があるんですか?」
「後々、システム内部の確認をとったり、基本情報の編集を行う際など、絶対に必要になってくるので、忘れずに覚えておいて下さい。状態表示にも出るので大丈夫だとは思いますが…さて、次の作業をお願いします」
「あ、あぁ。まだあったか」
システムのメニューとは別に、また画面が出てきた。今のパソコンみたいに、何重も窓が開けて、それぞれ別の作業を行ったり、ファイル間の共有も出来るんだろうな。新しく出てきた画面には、本人登録用の手形と指紋認証が表示されていた。なんだか格好良いな。こう、複製や共有を防ぐために、本人の手を使用するなんて。今の世の中でさえこんなこと、お金がかかって普及していない。近未来的な要素かな?
「ありがとうございます。それでは、改めて証明書を発行いたします!」
おっと、システムの画面が消えたぞ。大丈夫かな…と思ってたら、すぐに復活した。あれ?さっきと、メニュー画面の色が違う。
「これで完了です!初回ログイン特典もつけておきましたよ!何が起きたかは、自分の目で把握して下さいね!あ、もちろん質問にも答えますよ」
「このメニューの色って、他の人も同じなんですか?」
「そうですね。この地域で初ログインをした人は、皆シルバーメタリックになっています。ただ、初回ログインがコロッセオでない人は、大勢いますよ!」
なるほど…なんとなく、わかってきたぞ。俺はこのコロッセオで手続きしたが、他の地方でも、同じように手続きしたプレイヤーがいて、そいつらは色が違うってことだな。
「因みに、システムの文字は他人からは見えないようになっています。見えるのは色と形だけなんですよ。後々ゲームを進めていけば、システムメニューの形を変更できるようになったりするので、覚えておいて下さいね。…さて、まず一番大事なことをお客様にはしていただかなくてはなりません!」
「な、なんでしょう?」
「名前、です!」
…思わず苦笑いした。そうだ、ゲームに入ったのに、名前が現実と同じじゃないか。相坂零治。これじゃいかん。オンラインゲームで、自分の本名を使う人はそう多くはない。大体はキャラクターネームを設定するんだ。しかしすごいな、ここは。ここにきてようやく名前を登録するのか。あれかな、プレイヤー証明書を発行してもらわないと、名前登録出来ないのかな。なんて、思ったり。
「名前、か…そうだなーんー…」
「お客様は、このゲームに156番目にログインをした人です。既に2000人近いログイン者が現れ始めているので、早めに決めた方が良いですよ!」
「もうそんなにいるんですか!」
皆ちょうどインストール終わって、設定が済んだ頃だったのかな?というか、発行時に登録した番号は、ログインの番号だったのか。156…悪くない。いいな。さて、名前だが…実は決めている。それは、このゲームを買う前から既に決まってたんだ。考えた訳じゃない。いたって単純。
「じゃぁ、他のゲームと同じ、“アレン”にしますね」
そう。他のゲームと同じ。それが理由であった。俺が前にしていたオンラインゲームは、そこそこの人気があったから、アレンという名前は既に使われていた。しかし、使っていた人数がなんと10人以上もいた。皆キャラクターネームだから、少し特殊文字を使って工夫して名前をつけていたのだ。俺もその一人だったが、俺がつけたのはピリオド二つだけだ。本当に、単純だったな、あれ。
手続きが早かったんだろう。誰もアレンと名前を付ける人はいなかった。今後現れる可能性は十分に考えられるが、
「では、以後お客様の名前は“アレン”様になります!基本変更は出来ませんので、注意して下さいね。…さて、初回にしなくてはならない手続きはほぼ終了したので、初期支給資金を追加しますね!」
親切だなぁ、としみじみ。どうやらこの世界はコロン、という全世界共通通貨を使っているようで、10万コロンが支給された。物価がどのくらいなのかは分からないが、そのあたりはあせらず慎重にいかないとな。NPCは、ようやくすべての手続きが終え、運営しているインダストリアルヘブン社のデータベースにも追加されたことを、報告してくれた。さて、いよいよ俺のVRゲームライフがスタートする訳なのだが…とりあえず、どうする?
「もしよかったら、あちらのカフェでゲームのいろいろを、相談してみて下さいね」
そう言われると、なんだかそうしてみたくなる。というか、するべきだと思う。現に分からないことが多いんだ。言われた通りに、カフェへやってきた俺は、またNPCかどうか分からない人に話しかけた。
「よし、じゃぁ質問に答えようじゃないか。なんでも言ってきな!」
威勢の良いおじさん…ではないな、豪傑な男だ、うん。俺はとりあえず座るように言われた。すると、その男は持っていたカバンから、ペットボトルを二つ取り出した。
「なんですか、それ」
「見りゃ分かるだろう飲み物だ。この世界もリアルと直結した要素は多いからな、空腹と喉の渇きは、作業の天敵だぞ」
それだけでも、俺としてはありがたい情報だった。確かにそうだな、ゲームの世界じゃ中々飯を食うなんて要素はない。めっちゃ自由度の高いゲームなら、バーガーショップみたいなやつがあるけど。俺もやったことがある。あのゲーム、主人公が空腹になったら、腹がぐうぐう鳴るんだよな。その男は俺に二つペットボトルを渡した。
「まぁ、まず一個飲んでみな」
俺は言われるままに、ペットボトルの口をあけて中身を少しだけ、飲んだ。スポーツドリンクによくありそうな味だ。というか、味覚がしっかりしている。現実とほぼ同じように。こんなところも表現できるというのが、凄いな。逆にゲームのバグを見つけてみたいもんだ。
「じゃ、そいつはあげるぜ。この中立都市コロッセオなら、一つ百コロンで買える。値段はその時々によって変わるからな」
今、なんて言った?
中立都市…?
「はい、ありがとうございます」
「因みにこのドリンクは、体力回復も兼ねてるからな。安価で作るのも簡単。お手頃なもんだ。もっとも、相場が変われば作った方が安いって時期もあるんだがな」
「料理とかも、出来るんですね」
「もちろんだとも!リアルにも繋がってっからな。この世界にもな、いろいろな店があるんだ。コロッセオは都市の規模が他に比べてもデカい方だ」
「そういえばさっき、中立都市って…」
「あー、お前さんそこから説明が必要だったか。ガハハハ!すまんな!」
突然その豪傑な男がそう話しだすもんだから、こっちも驚くよ。てか本当にNPCなのだろうか…?謎は深まる。
男がきゅっと身を引き締めて、俺に向かって話し始める。
「恐らくな、このゲームが発売される前の情報を知ってるやつは、ネットのいろんなところで話した形跡があるだろうよ」
「…?」
「この世界は、近未来的な宇宙を舞台にしてる。スペースって言うくらいだからな。んで、問題…というか主題は、その中心に【共和国】と【帝国】ってのがあってな。プレイヤーは基本どちらかの勢力に入らなくてはならないんだ。お互いは酷く対立して、よく争ってるってもんだ」
「…それって、つまり…」
…戦争だ。
Space Fantasy Game
―この世界で、名前を登録しよう―