第4話
「箱は開かれたあとは、プレイヤー次第だ」
一瞬、意識を失ったような、いや、失っていたような感覚を覚えた。真っ暗闇の世界、何も映らない、何も光らない虚無の空間。まるで時が停止したかのような、あるいは、自分の動きそのものが停止したかのような感じ方。しかし、なぜだろうか。真っ暗闇の世界の中で、その黒い背景が高速で動いているように、感じてしまう。何かを得るために、何かを結びつけるために、何かを成し遂げるために移動しているような、そんな気。
すると、その時だった。背景を黒で覆う世界の端、何か白い点が生まれ、徐々に近づいてくる。そこで初めて確信した。自分が動けなくても、周りは動いている。その白い点へ、いや白い光へ、確実に、着々と。
開けてきた世界は、その者が一番最後に見たであろう景色とは恐らく、まったく異なるものであった。白い点にすぎなかった小さな光が、やがてその者の視界を覆う大きな光へと変わり、視界の中で色ひとつに踊る。虚無の光景、訪れる闇への不安からやってきた、ひとつの光。
…光は、陰なくしては存在しない。
この世界は、無数の光の中に存在している。
人間の光、人間が作り出したものの光。人間を創造したものの光。
そして、すべての源たる、光が…。
…どのくらい、眠っていたんだろうか。なんだか、眠気が残っている。でも段々それが薄くなるのが、俺には分かった。気付いた時には、俺は何かの座席に座っている。ここはどこだ…?
俺は静かに、声も出さずに、手を動かす。あぁ、ちゃんと動く。足を見た。うん、異常はない。いつも通りだ。だが、そこで気付いた。服装が違う。俺がヘルメットを被ってベッドの上に寝転がった、あの瞬間と…ん?
ベッド?…ヘルメット??
「当機は間もなく地球へ降下いたします。お座席のシートベルトをお締めになり、立ち上がらず、着陸までしばらくの間、お待ち下さい」
なんだ?何が始まろうとしているんだ?
全く聞きなれない言葉がたくさん飛び交った。あまりよく聞こえなかったが…ん?着陸?
ようやく俺の視界がいつも通りの明かりを取り戻しそうだという頃、俺は付近の違和感を感じて、とにかくも座っている座席を見た。あぁ、これがシートベルトか…いや、それよりもだ。ここはどこだ?状況がよくわからない。とりあえず外を…。
「…これは…!?」
外一面に広がる、真っ暗な背景。その中に移る綺麗な青い星。その彼方に移る、無数の小さな光。手に届きそうで、実はものすごい距離がある、光。彼、零治は特化ガラス越しに見るその光景に、一瞬で目を奪われた。あまりに綺麗なその光景は、今自分が宇宙空間にいることの証明を理解するのに十分であった。そして、窓の下のほうから徐々に視界面積を広めていく、大きな青い天体。見覚えのある綺麗な星。
「…地球だ…」
俺は、ここでようやく、乗務員のアナウンスの意味を理解できた。そして、ヘルメットもベッドも、そばにあったパソコンもないことに気付き、この世界が俺が今まで見てきたものと、全く異なるものであると把握した。
「遂に…俺は…!」
あまりの綺麗な光景に、俺は飽くことなく外を眺めた。徐々に無数の光が遠ざかっていく。いつもは地上から、地球の大地の上から眺めていた星々がこんなにも近くに見える。あいた口が塞がらない。力が入らなかった。ようやく気付いたその世界、訪れたこの空間、最初の光景が、こんなにも、こんなにも綺麗なものだとは思わなかった。すごい、とにかくすごいんだ。何か心が締め付けられる感覚を覚えた。悲しさとか、辛さとかじゃない。
嬉しいんだ…!!
地球に降りる。大気圏に突入すると、この飛行機…いやシャトル?は大きく揺れたり、小刻みに揺れたりするのを繰り返した。体全身に相当な力が入っただろう。さっきまで見えてた星は、もう見えない。地球に降りるということは、普段の光景に戻るということなのか。少し残念な気もするが、だが…この世界は、まだ始まったばかりだが、宇宙へ行くことができる…そう、スペースファンタジーゲームなのだから!
「ご乗船お疲れ様でした。大気圏突入は無事終わり、あと数分で目的地へ到達いたします。現在のコロッセオ、天候は晴れ。外気温はおおよそ26度となっております」
乗務員がそういった。地球に降りたんだったな…ん?、コロッセオ?といや確か…現実ではイタリアだったかな?歴史に疎い俺にはそれくらいしか分からない。
そうそう。この世界はどうやら、実在する地球上の地名や地形などを再現しているらしい。もちろん再現度はいろいろあるだろうし、中にはゲームに合わせた仕様のものもたくさんあるだろうが、とにかくこれからも、俺の知っている地名が多く出てくるかもしれないな。あと数分か、ゲームの中の地球ってのも…面白い…って―
「えっ…!?」
思わず俺は小さく声を出した。いやだって、車が…空を飛んでいる!?しかも大量。中には車体がめっちゃ大きいやつ、バスみたいなやつもある。なんだここは!イタリア?のコロッセオとは全く別か!?…とかなんとか考えているうちに、落ち着いた。そうだ、ここはゲームなんだよ。これもこのゲームの仕様…というか、仕組みというかなんというか。
ぱっと見た感じ、車が空を飛んでいるが、恐らく交通ルール的なものがあるんだろうな。空から見たら綺麗な形をしているんだろう。空で車が渋滞を起こすってのも、不思議なもんだが…信号とかは、ないんだろうか。恐らくそのうち見つけられるだろうな。車は2列で走ってるな。左が追い越し車線ってとこか。早いやつが多いから、そうなんだろう。いくつもの車が、建物の駐車場っぽいところへ入っている。というか、今更だがこのコロッセオという都市…高層ビルの規模が半端じゃない。車は高層ビルの間を抜けて走るやつもあったり、その上を走るのもあったり…と。すごいな、とにかく。
「皆様大変お待たせいたしました。コロッセオ民間港第七ターミナル到着です。船内にお忘れ物ございませんよう、お気をつけてお降り下さい。なお、当機は回送船となり、引き続いての乗船は出来ません」
まるで電車だな、アナウンスは。もしかしたら、このゲームの運営はそういったところから参考にしてるのかもしれない。まぁいろいろ突っ込みたいところはあるんだが、とにかく船から降りることが出来た!いやー、船の中では久々にはしゃいだな。心の中でね。だって、びっくりするだろう普通は。突然船の中に現れて、しかも地球へ降りようとする光景を見たんだからな。
この第七ターミナルは、横長に広い。俺もそこへ降りたんだが、上を見ればデカい建物がいくつもある。とにかく、すごい。ちょっとこのゲームのリポートは出来なさそうだな、俺の表現力じゃ。船から降りて、港の端、つまり高層ビルの端へ行ってみた。あぁ、これ…高所恐怖症の人には辛い街だ。パラシュートでもあればな、是非こっから下へ降りてみたいが。そうやって周りを見渡している間に、また船が一隻入ってきた。
宇宙へ行くなら、シャトルっていうイメージが強い。けど、俺やほかの人が乗ってきたのは、そういう形には見えない。シャトルタイプもあるかもしれないが、まぁ…車かな。バスよりも全然大きいが。船の後方部分を見れば、この長旅の一番の主役だろう…ブースター?推進装置?呼び名はいろいろあるだろうが、とにかく浮力を得るためのものが見える。
「さーて…」
…。
「…こっから、どうすりゃいいんだ?」
思わずそんな言葉が出た。ゲームへ接続する、という目的は果たした。今まで船の中で見た人って、皆プレイヤーなのかな。こっからいよいよデビューというわけだが、困ったことに何をすれば良いのか分からない。何か目的を作るにしても、どこへ行けばいいのか分からん!焦りはないし不安もないしむしろ興奮してるんだが、分からないことだらけ。何もかもが初めての経験だ。今までは画面越しでのゲーム…ところが、これだけは違う。俺が画面の中にいる、みたいなもんだ。
もし、画面越しにRPGゲームをしているとしたら、まず皆なら何をする?
「…そうだな、持ち物」
なんか、自問自答みたいになったな。ほら、モンスターゲームとかでもさ、これから狩りに行くにしても、捕まえにいくにしても、モンスターと戦うならダメージを覚悟しなきゃな。ということで、傷薬を持ってないかどうか、確認したりする…と思う、多くの人は。昔のゲームで、パソコンから薬草を取り出すっていうすごい技術が表現されてたな…そういや。
どうやら画面の中の俺…というか、俺自身は、今でいうスマート携帯っぽいのを持っていた。タッチパネル式の。けど、ボタンは二つしかない。液晶パネルの下部にあるなんでもなさそうなボタンと、こいつの側面にある、小さな赤いボタン。よくみたら、「on/off」と書いてある。分かった、これが電源だ…と思って押したが、なかなか硬いなこれ。ちょっと力のない人には辛いんじゃないか?
そいつを押した後で、改めて表面下のボタンを押した。
「おおっ!なるほど!」
一瞬で納得した。このスマート携帯が、このゲームを支えるメニュー画面を表示させるんだ。なーるほどな…!
さて、メニューを開いた。一番上には、[状態]、次に[お知らせ]、次に[フレンドリスト]、次に[履歴]、次に[依頼]、そして最後に[接続]とある。とりあえず最初っから、全部見ていこう。
[状態]から。まぁ、開く前から予想は付いてたけど、今のゲーム内での、俺の状態だ。体力数値と状態異常、各能力値の確認は出来そうだな。体力筋力瞬発力跳躍力ってたくさんある。お、すごいな…今日の運勢ってのもあるぞ。面白い。ゲーム権利が1?なんだろうな、これ。
次は[お知らせ]っと。文字通り連絡が届いたらこれを見れば良いっぽいな。どうやら運営からのものが多いらしい。そう見えただけ…って、早速来てるな。
「Space Fantasy Gameの世界へようこそ!!」
どうやら、これを見れば最初に何をすればいいのか、分かりそうだ。お知らせの欄には、ほかにも掲示板や運営メッセージ送信みたいなのもある。あとTVってのがあって…なんだろうな、恐らく何かの配信が手元で見られるのかな。
さて次は[フレンドリスト]なのだが…はい、飛ばし。
[履歴]。ノートみたいな見た目で、恐らく行動を記録してくれるんだろうな。早速、俺がゲームに初ログインしたことが書かれている。たとえば、この世界で何か買えば、ここに表示されるんだろうか。便利なもんだ。
[依頼]。恐らくクエストのことだろう。何の表示もないが、大体の予想はつく。この世界でも当然、お金を取り扱っていく。ゲーム内通貨を手に入れるには、ある程度働いたり、依頼をこなす必要があるだろうな。これは後々また確認しよう。
最後に、[接続]だ。開けばそこにはシステムの状態、危険度表示、保留、ヘルプ、ログアウトと書かれてた。なんのことか分からん時はとにかく表示だ。システムの状態には、サーバー番号や製品コード照会とかの選択肢がある。パソコンのスペックも表示されていて…おぉ、どうやら俺の部屋のスペックが堂々と書かれてるじゃないか。大事なのはCPU使用率だったり?
んで、俺がこの画面を開いて一番気になったもの。「危険度表示」とは一体…?とりあえず開いてみたが、画面左上には安全と、割と大きな文字で書かれてる。幾つか画面があるが、その中に、俺が現実で住んでいる地域の地図が浮かび上がってる。これだけじゃよく分からんな…あとは、テリトリーなんて言葉も。誰かに、聞いてみるしかないかな。
次に、保留ってのを押してみた。
「…あー、なるほどな」
どうやら、この世界は一時的にログアウトすることも出来るらしい。つまり、ゲームとの接続を行ったまま、現実の世界へ戻ることだ。これを保留と言うみたいだな。ただ…この機能、使ったらログアウトしたもんだと、勘違いしそうだな。使うときは気をつけないと。
最後にログアウト。これはまぁ、言うまでもないだろう。
「さてと、じゃぁ早速…」
お知らせ、のところに届いていた、運営からのメッセージを読む。俺はこのメッセージが、まずゲームを進めるうえでの最初の一歩だと予想し、中を見た。
…予想通り!
「コロッセオ民間港第七ターミナル、3番デッキ、だな」
Space Fantasy Game
―ようこそ、この世界へ!―