第3話
6/20 あとがき追加
なんてことはない。
人は、興味を持ったある物に対して、たった一時であっても、所有欲が生まれるものだ。それを否定する人間は、一瞬そうは思っても、実際に所有することを拒む行為をするだろう。
俺も、どっちかと言えば、欲しいと思ったものでも、あまり手を出さない方だ。お金を使うのはもったいない、そんなことを思って、何度失敗しただろうか。昔…といっても数年前、オンラインゲームで車のレースゲームが世界的に大ヒットした。当時の俺は、ゲームを動かすための本体も、もちろん、ゲームディスクそのものも、持っていなかった。ゲーム界での流行最先端、あの時に二ついっぺんに買っておけば、皆とオンラインで繋がって、一緒にレースが出来たことだろう。後悔したな、あの時は。
俺がお金を出すのに渋って後悔しているうちに、高校生になってた。そして少し時間が経った後、アレの情報が飛び込んできた…。
見逃せない。
こんな機会、次に来るか分からない。手に入れてしまえば、こっちのもん。そこまで俺が引き込まれるほど…いや、いろんな人が興味を持つだろう、新しいゲームタイトル。
…もっといえば、従来のゲームプレイの常識を覆した、全くの、未知なるものだった。
3週間前 5月中旬から、下旬にかけて。
「零治ー、今日お前ん家行っていいか?」
「何言ってるんだ。全然方向違うだろ」
「ちぇっ!零治も俺の家の近くに住まんか?」
「バカ」
ここんところ、雨が酷い。別に強く降ってる訳じゃない。ただ、降り続いてる。地元の気象台によれば、9日連続で降ってるとか。勘弁してもらいたいね。
テツは放課後になってもすることが無かったらしい。このやり取りは一週間に何度もしてる訳なんだが、あいつが俺の家に来たのは、まだ3回しかない。俺とあいつとじゃ、家が遠いから仕方ない。この間寄って、あいつが家に戻ったのは夜の9時だったらしい。親も心配しただろうな。申し訳ない。
テツが帰路についたから、俺も帰ろうかと思った時。学校の図書館に借りた本を返すという、今日一番の目的を思い出した。授業は…まぁ、うん。そういうことだ。
「ん…?」
この図書館は、実は一般の市民でも利用できる仕組みがあるらしい。たまに地域のおじさんおばさんがここにいたりするのは、そういうことだそうだ。今日は普通にスーツの大人もいるし、もちろんおじさんおばさんもいる。なんてったって、町一番の図書館になってしまったんだ。高校生はどうにも図書館を日常的に使う意識は無いらしい。利用者はあまりいない。
だが、町一番の称号があるからなのか、図書館は気遣いがある。今日もその一つ、各社の新聞がそれぞれの収納スペースの上に乗せられている。3日前までのやつは、その収納箱から引き出せば見れるんだったかな。
その新聞、俺は普段見ない。一人暮らしで新聞を取るやつなんて、今時いるんだろうか。いや大人ならまだしも、子供がね…今はテレビやパソコンで、ニュースも映像も全部確認できてしまう時代だ。当然昔も今も、これからもそうだろう。ラジオも新聞も、廃れていく…というよりは、使われなくなっていく。お互いに違った楽しみ方があるのは、もちろん知っているが。
「ゲーム世界、現実の人間へ体感実現」
なんのことだ?現実の人間がゲームを体感できる…?それなら、既にロボットアクションゲームがゲーセンで実現しているが…?何やら興味深い。一面の見出しがそう伝えていたので、俺はすぐその新聞を取り、近くのソファーに座ってどれどれ、と見始めた。文字だらけの新聞なんて普段は見ない。目が痛くなりそうだ。
しかし俺は、その内容をざっと見終えた後、信じられないほど、鳥肌が立っていた。
「…まさか、こんな…!」
新しいゲームジャンル。その名を「VRゲーム」、この記事で言う「VRMMO」と伝えている。従来のゲームは、当たり前のことながら、人は画面を見て画面の中の主人公であったり、自分であったり、操作する。最近では、ロボットゲーム、たとえばロボットのコックピットを再現したものがゲーセンに置かれてたりして、疑似的にゲーム世界を体感することは出来た。しかし、この記事が伝えているのは、そのいずれとも違う、本当に未開の地であった場所。
自分自身が主人公となり、ゲームの世界で生活をする。
思わず俺は目を見開いた。そんな夢物語が存在するのか、それは現実のものになろうとしているのか。答えは後者だった。この世界に、本当に新ジャンルが生まれようとしていたのだ。それも、あと3日で。なぜもっと早くこの情報を得ていなかったのだ、と俺は一瞬後悔したが、まだあと3日あるという気をも起こさせた。
そう思っていたことを自覚した瞬間、俺の行動は決まっていた。自分でも驚くくらい、自覚も早かったし、決断はもっと早かった。レースゲームで後悔したことはあるが、最近ではパソコンでのオンラインゲームも少しかじり始めていたところだ。もっとも、スペックという厄介な奴があって、あまり綺麗な映像で楽しむことは出来ないが。しかし今回は、いつもとは全く違った。
何度も、こんなゲームの世界観や、映画の舞台に憧れていた。それを実際に自分が体感できるのなら、それも、なり切って演じるのではなく、現実に俺の体でその世界観へ入って行けるなら…これほど嬉しいことはない。憧れを手にするチャンスだ。何を迷う必要がある?学校を一日休んででも、買いに行きたいくらいだ!…って、発売日は土曜日だな。
おっと、記事の最後あたりが早読み過ぎたな。もう一度…
― インダストリアルヘブン社 代表取締役 尾形幸一郎 ―
『今、新たな「箱」が開かれ、新たな可能性を実現する』
3日後。
この小さな町にも当然電化製品などを取り扱う店はある。俺はその日の早朝に店に並んだ。先客が何名もいた。これは今日中には手に入らないか…?と思っていた。全国ニュースのあるコーナーが、今日のゲームの販売を特集している。首都圏のゲームショップなどにたくさんのカメラマンが配置され、同じく記者やアナウンサーもいる。俺の携帯はワンセグ機能つき。いつだってテレビは見られる。便利なものだ。
そしていよいよ…待ちに待った朝の9時。開店と同時に、この列が一気に店の中へ…なんて混乱は起こらないように、店側もちゃんと対策しているようだった。それに気づいたのは、開店してからだったが、こっちとしては、身構えるほどであったので、なんだか出端をくじかれた感じになってしまった。
「7万8千円になります」
…正直、馬鹿みたいに高い値段だと俺は思う。しかし、値段は2週間も前に公表されていて、俺も3日前の新聞でそれを見た。生活費とは関係なく、俺の小遣いが一気に減った。当分は我慢だろう。だが!
「ありがとうございます!」
大きな箱を手にした瞬間、思わず店員に俺はそう言った。家に帰ってから、そういやそんなこと言ったな、と思い出した。あまりの嬉しさに、まるで小さな子供の頃に戻った気分であった。長い時間待ったが、後ろは長蛇の列だった。手に入らない人が大勢いただろう。中には、俺が箱を持っているその姿を見られ、睨みつけてくるやつや、笑みを浮かべて友人だろうやつと話す姿もあった。どうせ、妬みか何かだろう。オンラインゲーマーには、よくあることなのだ。
だが、これは普通のオンラインゲームとはかけ離れている。その箱の表面に書かれた、一つの文章。「ゲームがすべてではない、現実もゲームも紙一重だ」
これも、インダストリアルヘブン社の尾形さんが書いたものなのだろうか。気になりはするが、俺はとにかくも、それを持って走って家へ戻った。家には誰もいない。いるはずがない。こういう時、ある意味一人暮らしは役に立つ。というか、ありがたい。俺の行動を止める存在が少ないからだ。いやまぁ洗濯物の処理とかいろいろ…いや、いいんだ。とにかく、今は。
「よしやるか…!!」
と言うが、当然買ってすぐゲームが出来る訳がない。ゲームのデータ、ゲームを動かすシステムを、パソコンにインストールしなくてはならないのだ。更に、実際にゲーム内にキャラクターを設けるために、購入者はインダストリアルヘブン社の公式ホームページから、ID登録をする必要がある。この会社は他のオンラインゲームも展開しているから、既に登録し終えている人は作業が一つ早く進む。俺はIDから作らなきゃいけなかった。
この国で同時に発売するのだから、ID登録の数は同時刻で爆発的に増えるだろう。会社側の工夫なのかどうか分からんが、箱の中には分厚い説明書と、一枚のA4用紙が入っていた。そこには、ゲームをパソコンにインストールするための基本、製品コードが書かれていた。ただ一回だけのインストールとし、他の端末でインストールすることを防ぐ手段だ。これが無かった場合、友達同士のパソコンでゲームを共有出来たりする。商売側としては、こんなことあってはならん。
早くやりたい。プレイしたい。いつ終わるんだ。
なんてことを思い始めて、はや1時間。全体のインストール時間は4時間30分と表示された。この速度だけは、人によって違うんだろうな。仕方がない。俺のパソコンが特段優秀と言えるもんじゃないから、長くても、ね。その間に、俺は分厚い説明書を読む。
15歳未満購入禁止。年齢制限がある。ゲームを購入する時に、徹底した身分証明を行う必要があったのは、このためか。ゲーム本体を体感するためには、箱の中でも一番大きな物体、ヘルメットを被らなきゃいけない…というのは、見た瞬間には分かった。専門的な語句を並べながら、本体の説明を行っている。サイコグラフィックスモニター…?
接続の条件はまず一つ。ヘルメットから伸びるUSBコードをパソコン本体に接続する。直線でダイレクトに繋げ、曲げたり大きくカーブを描くように扱わないこと。それから、USBコードから伸びるサイコグラフィックスモニターと呼ばれる黒い小さな四角い物体に、ヘルメットから伸びる6本のコードを正しい色で接続する。この時、正しい色で接続されないと、いつまで経ってもヘルメットが起動しないらしい。なんとも良く作られた話だ。感心するね。
「なんとなく、操作方法は分かったが…」
すべて短時間で、理解は出来なさそうだ。操作方法と気を付けることだけはしっかりと押さえて、まずはそこから始めようと俺は考え付いた。それからも説明書を読み続けたが、まぁ上手くいくものではない。
そして、ついにインストールが完了する。何と容量が470ギガバイト。冗談じゃない。だいぶん余裕がなくなってきたな…。
「んと、まずはパソコン…」
面倒だが、すべて手動で操作しなくてはいけない。でもいいんだ。これからやってくる世界のことを思えば…なんて、笑みが込み上げてくる。気持ち悪い人間だとか、思わないでくれ。
一つ目。インストールしたデータのアプリケーションを起動させる。すると、このゲームのランチャーが起動し、特定のキーボードのボタンを押してヘルメットと連動させるようにする。どうやらボタンを押すと、赤表示になっていた画面上の円形三つが、黄色表示になった。この流れでいったら、ゲームに接続したら、恐らく青に変わるだろう。信号機だな。
二つ目。サイコグラフィックスモニター本体の電源を入れ、回線番号というものを二桁入力する。これが何を意味しているのか、ちょっと理解に苦しむが、A4用紙に指示された通りの番号を入力した。サーバー整理か何かだろうか…?
三つ目。ヘルメットの電源を入れ、右側面にある三つのボタンを押す。更に、ヘルメットからサイコグラフィックスモニターへ繋がるコードの途中に黒い物体がある。説明書には、これで指紋認証を毎回する必要がある、と書かれていた。恐らく、他プレイヤーとの共有を防ぐためのものなのだろう。ここで初めて、ヘルメットを装着するそうだ。これらの手順、どれか一つでも順番を間違うと、すべて一からやり直しになるようだ。
「あとは、眠るように、と…」
説明書にはそう記載してあった。何とも言えない表現の仕方だが、およそ1,2分で接続するらしい。
いよいよ、その時が来た。興奮と緊張で心拍数があがる。待ちに待ったこの瞬間。この瞬間にも、この国中でこの感じを味わっている人がいるだろう。そんな奴らと、これから会うことになるのだ。それも楽しみだが、何より…も…、この、世界………。
「箱は開かれた。あとは、プレイヤー次第だ」
Space Fantasy Game
―あなたと、わたし―
この物語はフィクションです。現実の解釈と異なる設定が数多く見受けられると思いますが、架空の物語としてお楽しみください。
また、今話以降から、投降後の編集を行った際に、まえがきに編集のお知らせを時間を残して記載していきます。