第2話
「俺たち、なんにもしてなかったら、良い奴なんだってさ」
「俺たちに、特別なことは必要ないって」
ただ、普通に生きていれば良い。よく、そう言われた。本当にそれでいいかどうかなんて、当時の俺には分からなかった。周りからすれば、激動の三年間と言うには程遠い、落ち着いた生活をしていたんだろう。ただ毎日朝飯を食い、朝練に出て、勉強し、給食を食べ、部活へ行き、泥だらけで帰ってくる。帰ってくれば、すぐ風呂へ入り、夜飯を食べ、そして一日で一番自由な時間がやってくる。
いつの日か、その時間を他人に汚されたくない。そんなことを考えるようになっていた。それがある意味、一つ、人生の転機だったのかもしれない。ほんの小さな思い一つで…。
西暦2040年 6月上旬
「いってきます」
俺はそう言って扉を閉めようとする。だが、声は届くことも、跳ね返ってくることもない。この小さな家には、俺一人しかいない。
6月に入り、梅雨も本格的にやってきた。招かれざる客、追い返したい敵みたいなものだ。俺の住んでいるこの地域は、周りに山が多く、天候が変わりやすい。地元に住む人がいうには、この時期は太陽が顔を出すことが珍しいようだ。我ながら、おかしな土地に来たもんだ。
ここまでの流れを見れば、大体は想像がつくだろう、と思う。俺は元々この地域には住んでいない。この春高校生になって、一人暮らしを始めた身だ。という訳で、この地域について、まだ詳しくは知らない。はじめは右も左も分からない、まさにそんな感じだったが、ある意味俺はそれが新鮮に感じられた。今までの当たり前の生活、とは違うものを得たような、そんな気がして。
新しいもの?いや、なんというべきかな。とにかく「普通」という生き方、ごく無難に生きるという術が当たり前な田舎生活からは離れた。ここも田舎に近いだろうが…。
けれど、悪くはない。高校生から一人暮らしをしてる奴なんてそういないだろうし、大変だけどやりがいはある。幸いにして、面倒だと思っていた学校も、この二ヶ月でそうとは思えないくらいに、印象が変わった。嬉しいものだね、仲間がいるっていうのは。
「おいす零治!」
ほら、学校についてみれば、すぐ大きな声で、俺の名前を呼ぶ奴がいる。俺がいつもこの時間に登校してくるのを知って、なんでかしらんが、この間から教室の窓を開け、顔を出して俺に声をかけてくる。
あいつの名前は、原田哲哉。俺はテツって呼んでる。その方が、呼びやすい。わざわざ窓を開けて挨拶してくるくらい、元気な奴だ。そんな元気が俺にも欲しい…なんて、思ったりね。
「早く上がって来いよー」
「分かった今いく今いく」
何回目のやり取りだろうか。お互いが何も言わなくたって、毎日こんなもんだ。当たり前のようなやり取りになってるが、何と言うか、何か、違う。詳しいことが分かれば、苦労はしない。
教室についてみれば、まだ朝早いのに、既にクラスの3分の2の生徒が中にいる。なかなかどうして、みんな勉強熱心なのか。否、誰も机に向かってテキストを広げて、ペンを利き手に持っている奴などいない。みんな、友達と話してる。今はまだ良いんじゃないかな、試験まであと4週間だし…。
俺がテツと話をし、席に座ると、すぐ近くで話していた女子の高校1年生三人が俺たちに話しかけてきた。白い襟に紺のラインが入り、紺のスカーフを身にまとう、うちの高校のデザインは、周りからは好評らしい。
「相坂君原田君おはよう!」
「おいすっ」
「おはよー」
たぶん、いや間違いなく、クラスの中では純粋な女性だと思われているその女子高生が、先に言葉を交わしてきた。彼女は、永倉友莉という。彼女が社交的なのか、あるいはこのクラスが他のクラスと比べ突出してフレンドリーなのか、詳しいところは分からないが、入学式1週間後には、もう普通に話せるようになっていた。奇妙な経験だった。今までそんなことを一度も経験したことはなかったので。
「二人ともー、また夜遅くまで起きてたんだ?」
「あったりまえさー!やめらんないからなー」
「良いのかな?原田君この間の科学中間テスト…」
「あー言うな言うな!ちゃんと勉強するっての!」
その場にはすぐ笑いが生まれた。永倉さんが話す中間テストは、科学のみ抜き打ちで行われ、俺たちは先生の圧力を全面的に押し付けられた。満点はいないという。テツはその時のテストで平均点を大幅に下回る数字を叩き出し、危機感を覚えていたところであった。それが、この間のこと。今から約4週間前、だと思う。
アレが出る1週間前だと、俺は記憶している。
「相坂君も毎日してるの?」
「あぁ。テツと同様、一度はまったら中々抜け出せないみたいだ」
「そーなんだよそうそうそうなんだよ!だからさ、女性の皆様方もご一緒に―」
なんて、テツが言っても、女性たちは相手にしてくれない。「高いから」「中々行動には移せない」などと、言う。
さて、たぶん他の人がこの会話を聞けば、お前たち一体何の話しているんだ?となるだろう。
「もちろん零治、今夜も潜るよな?」
「あぁ。やっと情報を手に入れたからな」
そう。俺たちをここまで引き込んだ、アレが、昨晩も、そして今晩も、今も開かれ続けている。
それは、今から3週間前のことになる…。
Space Fantasy Game
―彼らの、生活―
読んで下さってありがとうございます。
次話から、一話分が更に長くなるかと思います。今後の展開を待っていただけたら、と思います。