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嫉妬と衝撃と混乱と…

「アナタは昔からアレクちゃん一筋だったもんねぇ…」




リィリィが呟くように言った一言にわたしの顔が火が燃えるように赤くなったのが分かりました。


確かにそうなのですが!異存はないのですが!!


恥ずかしさを紛らわせようと焼き菓子を手のひらいっぱいに掴んで頬張りました。咽せました。


「あらあら大丈夫〜?」

「…下品な真似をして失礼しました、大丈夫です」


わたしが慌ててドンドン胸を叩いたりお茶を飲んだりした様子がおかしかったのか、リィリィはにこにこ笑っています。



「ところで、カナ様のことについてお聞きしたいのですが」


居住まいを正し、意を決して切り出したわたしに、リィリィは「やっぱり気になるわよねぇ」と笑いました。からかうような笑みにまた顔が少し赤くなります。



「評判は良いわよぉ。明るく聡明で誰にでも分け隔てなく接して。

身元は不明ってことになってるけれど」


身元不明?

この国ではあまり見かけない、東国風の顔立ちだったので、てっきり国外の貴族のご息女だと思っていましたが……


「どうやら、異世界からやって来たらしいのよね」

「……異世界?」


思わず眉を顰めてしまいます。

俄かには信じがたい話です!



この国に伝わる古いおとぎ話に、異世界からやって来たという娘が様々な知恵を授けたという話はありますが……あくまでおとぎ話の存在で、異世界人というのはこの国ではあまり馴染みがありません。


いやしかし、旅の道中でも、どこどこの国の妃が異世界出身らしいだとか、何度かそういった類の話は聞いたことがあります。



「……それは確かなことなのですか?」

「えぇ。その現場を見たわけじゃないんだけど、1年ほど前かしら、ひとりで''王家の庭''にいたアレクちゃんの前に、落ちてきたっていうのよ。なーんにもないところから、突然。」

「落ちてきた…」

「そう。一応アタシが現場を調べてみたんだけど、怪しい魔力の気配も残滓も感じられなかったわ。

カナ本人にも話を聞いたら、よく分からないけど急に浮遊感を感じて、気付いたらアレクちゃんに抱きとめられてたんだって」

「……」

「出身地の詳しい話を聞いてみても、チキュウというワクセイのニホン国とかなんとかで、長く生きてるアタシでも聞いたことがないし。魔法が全くなくて、代わりに科学が発展しているそうよ。

北のクロノティカよりも遥かに進んだ技術で、空の果てから海の深く底まで行けるんですって!興味深いわよねぇ」


リィリィは目をキラキラさせています。異界という未知の世界は、リィリィの旺盛な知的好奇心を掻き立てるようでした。

リィリィがこれだけ言うのですから、異世界から来たというのは真実なのでしょう。

わたしも楽しそうなリィリィの言葉を聞いていたらウズウズ興味が湧いてきました。

ぜひ直接話を聞いてみたいものです!



……でも、それだけでいいのに、同時に、チクチクと胸が痛むような、微妙な心地になりました。


わたしの方が殿下とは長いお付き合いだというのに、現れてまだ少ししかたっていないのに、殿下の心を射止めたカナ様が憎らしく感じられて、そんな自分にも嫌気がさします。

長い旅路で少しは成長できた、大人になった、器もそれなりに大きくなったと思っていましたが、まだまだのようです。情けない……



「それは当然の感情よ、レビィ。気に病むことはないわ」


心の中を蠢く闇を言い当てられて、ドキッとしてしまいます。


「老いも若きも男も女も、恋をしていたら嫉妬と無縁ではいられないものよ。自分を責めるものではないわ。容易に誤魔化せるものでもないもの。特に初心者にとってはね。認めてしまった方が楽よ?」

「……リィリィにはなんでもお見通しですね」

「ふふん、レビィのことで分からないことなんてないわ!」


わたしは笑って頷きました。年の功ですね、とは言わないでおきましょう。

リィリィにもこれまでにそういう経験があったのでしょうか?やけに説得力のある言葉だったので、心の中で未だ醜いものが燻ってはいましたが、あまり気にならないくらいにスッと軽くなった気がしました。



「リィリィにもそういった経験があるのですか?誰かに嫉妬、したりとか。あんまり想像がつかないなぁ…」


軽くなった気分のまま、わたしは浮かんだ疑問をそのまま口にしていました。



焼き菓子に手を伸ばそうとしていたリィリィの動きが一瞬だけ止まったのに、お茶を飲もうとしていたわたしは気づくことができませんでした。



「……想像がつかない、なんて、貴女の中でアタシはいったいどんな聖人君子になってるのかしらね」

「わたしにとってリィリィは女神様ですよ!なんでも知ってますし、美人だし、優しいし、」


料理もできるし、魔法は素晴らしいし、裁縫と掃除は苦手ですけどそれは愛嬌になってカワイイというか、と指折りリィリィの長所を数えていたわたしの腕を、掴む手。



急な行動とその思いがけない力強さに驚くわたしを他所に、リィリィはにこやかに笑います。いつもの笑顔に見えますが、なんだか、怖い気がするのは、気のせいでしょうか…?



「アタシだって嫉妬することくらいあるわよ。というかここ数年ずっとしてるし」


「……え」


「ずっとよ。ずっとずーっと妬ましかった。

どれだけ貴女が想いを寄せても気付きもしないアレクちゃんが。

アタシの気も知らないで、あのコのことしか見てない貴女が」



言われたことの意味がよく分からず、しかし思いもよらないことを言われたのは分かって、その衝撃に心臓が止まりそうなほど驚きました。


リィリィは何も言えずに固まるわたしの手のひらを、両手で包みました。


「アタシの気も知らないで、ってそうよね、バレないように気を使ってたんだから、気が付かないわよね。それに貴女はアレクちゃんと同じくらい鈍いものね。でもアタシ、結構分かり易かったと思うんだけど」


「…………えっと、…………」


「でもそんな鈍感な貴女が大好きよ、レビィ。クソが付くほど真面目な所も、くよくよ悩んでは落ち込む所も、これと決めたら動かない頑固な所も。貴方のぜんぶが好きなの。ううん、愛してるわ」


「クソ…え、あ、愛し…えぇっ?」


「アレクちゃんじゃなくて、アタシを選んで、好きになって?」




なんだかリィリィの挙げているのが欠点ばかりの気がするし、それよりも、大好きとかあ、愛してるとか、そんな、しかもどんどんリィリィの綺麗な顔が近付いてる気がして、手を抜け出そうにもいつの間にやら手首を掴んでいた手が意外に力強くて、離すどころか引っ張られて、にげられない、



「あ、あのあのあの、あんまり、急すぎてびっくりして、それにその、ちっ近いし離してほしいなというか、」

「やだ、だって離したらレビィ逃げちゃうでしょ?ね、こっち向いてちょうだい」

「うっ…だ、だってリィリィいつもと違うから、なんか、」

「……照れてる…可愛い…」



囚われた左手の救出に無意識に添えた右手も囚われて、どうしよう、わたし、混乱しています!いや、そんなの見ての通りなんですがね!



しかも軽く音を立てて手首に、き、キスを落とされました。

その感触が柔らかくて熱くて、思わず「ひゃあ!」と情けない悲鳴をあげてしまいます。力が入りません、逃げられません、泣きそうです、




「ビィ!!」



ガンッと蹴りつけたような音と共に殿下の声が響き渡りました。

びっくりして扉の方を見ると殿下がしかめ面で仁王立ちしています。

蹴破ったと思われる扉は無事なようですが、今まで一度もそのような乱暴な真似を殿下がなさったことは無かったのでそれにも驚きました。


……チッとリィリィから舌打ちが聞こえたような気がしましたが、気のせい、ですよね……?

リィリィの顔が見れません…



「朝早くからこーんな陰気臭い所で何してるの?まずおれの所に顔を見せるべきでしょ!おれの教育係なんだから!ずっと待ってたのにヒドイ!」

「……陰気臭いなんて失礼ねぇアレクちゃん。それに勝手に入ってくるなんて相変わらず礼儀がなってないわね?」

「ふん、よく言う。早くビィが来るよう使いを出したけど、ここに誰も入って来れないように魔法をかけていたのはお前だろ!おれには効かないけどね。ていうかいつまで手を握ってるつもりなの?明らかに嫌がってるよね?」

「……」



リィリィの手が緩んだので、するりとわたしの手が抜けました。


勇気を出してリィリィの顔をちらりと見たのですが、リィリィもわたしを見ていたので、すぐに視線を逸らしてしまいました…どんな顔をすれば良いのか分からなかったのです。


ちらりと見たリィリィの顔は、わたしに何かを訴えるようでしたが、それが何かを理解する余裕はありませんでした。



「……ほら、ビィ行こう」


殿下がわたしを促し、さっさと部屋から出て行かれました。

殿下から請われれば従わないわけにはいきません。

それになにより、この状況から抜け出すことができるきっかけが見つかって、ホッとしていました。




「……リィリィ、貴重な時間をいただいて、ありがとうございました。……失礼します」


「また来ますね」の言葉はどうしても言えなくて、リィリィの顔も見れないまま、足早に部屋を後にしました。



リィリィは何も言いませんでした。




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