誘拐犯とばばあとわたし
また変な夢を見たので書いておきます。結構淡々とした話です。
こんな夢を見た。
気がついたらトラックの中にいた。
牛を運ぶようなタイプの大型トラックの荷台に座らされていて、向かいには銃を持った男が座っている。
見張られているらしい。
わたしの隣には知らないばあさんがいて、ぼんやりと外を眺めていた。
悲しそうな顔をして、「家に帰りたいわ」と何度もつぶやいている。
崩した正座の上に置かれた手がぎゅっと縮こまり、かすかに震えていた。
この状況になった経緯は知らないが、わたしたちは攫われたのだと理解していた。
それにしてもここはどこなのかと外を見るが、畑があるばかりでさっぱりわからない。
しばらくして、見張りの男がぶるりと震え、レシーバーを使ってごにょごにょ何事か言うと車が止まった。
「いいか、すぐ戻ってくるからそこから逃げんなよ?」
「……」
頬のかくばった男が横柄にそう言うと、車から降りていった。
どうやら用を足すつもりらしい。
私は足音を消して男に続き、車を降りた。
人に気づかれないコツは、
視線を人やものに向けないこと。(うつろな目をする)
そばにいる人間に意識を向けないこと。(向けると意外に気づかれる)
息はなるべく抑えること。(はあはあしてたらそりゃバレる)
しかし見つかるときは見つかるので、運もそれなりに必要だ。
運転席側にまわると、トラックを降りてのんびり煙草を吸っている運転手がいた。
後ろから音を殺して近づく。
火のついた煙草をそっと手に取り、180度向きを変えて元の位置に戻してやる。
運転手の男は「うぐぅ」と言ってうずくまった。
運転席に乗り込むと、キーが挿しっぱなしだったのでそのまま発進する。
私は運転手のうめき声を思い出していた。
「うぐぅっておっさんが言うとなんだかな」
タイヤキ好きの美少女でもあるまいし。
「何の話?」
「ぬわっ!?」
いつの間にか助手席にばあさんがいた。
なにこの人、テレポーター?
「あなたいつの間にか運転席にいるから驚いたわ。魔女か何か?」
「そりゃアンタのほうでしょう」
同じことを考えていたらしい。
とりあえず銃を持っていた男たちからは逃げられたのでよしとする。
「とりあえず逃げようと思うんだけどさ、問題が二つあるんだよね」
大きな円のハンドルを握りながらつぶやくと、
ばあさんがこちらを向く気配がした。
「なあに。言ってみなさいよ」
「今、適当に走ってはいるけどさ。ここがどこかわからない」
「あー」
「だからどこまで逃げたらいいんだかわからない」
「そりゃあ、困ったねぇ。今日中に帰りたいんだけど」
ばあさんがため息をつくと、線香のにおいがした。
「どうして今日中? なにか用事でもあるの?」
「家のぬかどこをさ、混ぜなきゃ。
あれ、あの、一日ほうっておくともう、ね、すーぐに腐っちゃうのよ。
おじいちゃんがやってくれればいいんだけど、そんな気ぃ使わない人だし」
妻が攫われていなくなったのに、のんきにぬかどこ混ぜてるってのもどうなんだろう。
「それであなた、もうひとつはなに?」
「ああ、もうひとつはね」
これ、言っていいのかな。とぼんやり考え、
「わたし、普通免許しか持ってないんだ。だからこれほんとは運転したらダメなの」
大型免許がないなんて今さら気にしないことにした。
「しょうがないんじゃないの? 今は緊急事態だし」
違反してるのはわたしじゃないもの、別にいいわよ。と言外に言われた気がした。
「……ちなみに無免許運転を知ってて同乗してると幇助罪に」
「やだっ! やめてよもう、やだぁ。わたし聞いてないからね!?」
「わかった。警察になんか言われたらちゃんと言い訳しておく」
「頼むわよほんとにもう」
「ばあさんに銃突きつけられて『ウチまで送りな』って脅されたことにすれば問題ない」
「ちょっ、もう! よしてよ。あなた性格わっるいわねえ」
「知ってる。……あ」
「え、なに? まぁだなにかあるの?」
「さっきの男の人たちかな。なんか車が追いかけてくる」
ミラーに砂埃を巻き上げて追ってくるジープが映っている。
そんな車がどこにあったのか。
夢ならではの理不尽&ご都合主義である。
「あらやだ、もっと早く逃げられないの!?」
「おあつらえ向きにニトロボタンがあるよ」
さっきまでみかけなかったはずなのに。
それでも疑問に思わないのが夢クオリティ。
ぽちっとな。
景色が変わる速度が明らかに変わり、後続車をぐんぐん引き離していく。
スピード違反も追加だな。
「やだちょっと飛ばしすぎコワイコワイやめてえええええ」
そこから記憶がない。
気がついたらばあさんの家に着いていた。
ばあさんが何故家までの道がわかったのか、都合よくカットされたので不明である。
のんびりくつろいでいると、男たちが追いついて家にまで侵入してきた。
男たち鉄パイプを振り回し、花瓶はかち割られソファはへこむ。
大惨事だ。
武器がないので掃除用のコロコロで反撃するが、徐々に追い詰められるわたし。
窓際まで追い込まれたが、手がうまく動かない。鍵を開けられない。
瞬間、ばあさんが黄色いバケツを持って男の背後に迫る。
バケツを男の頭上でひっくり返すと、男の頭がぬかまみれになった。
くさい。
襲撃してきた男たちが逃げるように立ち去り、家は再びばあさんとわたしだけになった。
ふかぶかと頭をさげ、ばあさんに感謝の念を伝える。
ばあさんは苦笑しながらバケツを抱え、その場にへたりこんだ。
「良かったの? ぬかどこぶちまけちゃって」
ぬかどこを腐らせたくないと、そのためだけに急いで帰ってきたというのに、
ばあさんは今、それを自らぶちまけたのだ。
彼女は笑って、いやだもう、と手をちょんと振る。
「いいのよ。あれは佐々木さんに床分けする分だったから」
……。
佐々木さん……。
そして目が覚めた。
見知らぬどこかの佐々木さんに申し訳ないことをしたような気がした。
ばあさん:ぬか床を愛する女。したたか。
わたし:家を忘れたペーパードライバー。のんき。
誘拐犯:何人かいたような気がする。やられ役。
佐々木さん:ばあさんの隣人。ぬか漬け用の野菜をすでに生協に頼んでしまった。