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案内役

作者: 細鐘レン

目が覚めたとき、そこは知らない部屋のベットの上だった。

「…………」

私はベットから起き上がると辺りを見渡す。部屋の中には私のいるベット以外は何もないが、丸太づく入りで作られた壁からここがログハウスの中であることは容易に予想ができた。

「ここは………」

「狭間ですよ。現世と冥界のね」

 突然私の横で声が聞こえた。

「誰!?」

 私は声がした方に振り向く。そこには椅子に座り、読書をする少年がいた。さっきまで誰もいなかったはずなのに……

「誰……ですか。そうですね、あなたが僕の事をどう思うかは知りませんが……この前ここに来た方はわたしの事を死神と呼ばれていました」

 少年が視線を本に向けたまま言う。

「それって……どういう事? あなた名前がないの?」

「えぇ、僕はあなた方を冥界へとお連れする案内役(シーカー)ですから、名前なんてものはございません」

 訳がわからない。この少年は何を言っているのだろうか……

「あなたさっきから何を言っているの? 冥界とか案内役(シーカー)だとか……意味がよくわからないんだけど」

「おっと、説明不足でしたね。ここは先ほど僕が言った通り、現世と冥界を繋ぐ境目。現世から冥界へと行かれる方が一時的に訪れる場所です。証拠に……」

そう言って少年は指をパチンと鳴らす。すると突然視界が暗転。次の瞬間、ベットと椅子以外のすべてが消え、私は草原にいた。

「何これ? ……」

「言ったはずです。ここは現世と冥界の狭間。つまり現実ではないのです。ゆえにこの世界に決まった形はありません。この世界はここにいる僕たちの思ったイメージを読み取って自らの形とします。僕がログハウスと思えばログハウス、草原と思えば草原に……っとね」

そういってもう一度少年がパチンと鳴らす。するともう一度視界が暗転。元のログハウスに戻っていた。

「あぁ、私はきっと夢を見ているんだわ。そうよ、そうに決まっているわ」

 そうだ。こんなの現実にはありえない。私は悪い夢でも見ているに違いない。

「いいえ。ここは夢ではありません。ほら、覚えていませんか? 数分前、あなたが通事故に合われたことを」

 少年にそういわれた瞬間、私の中で何かが走った。それは私の忘れていた記憶が蘇る合図。そう、思い出される……私が車に引かれる光景。その一分一秒、一瞬がスローモーションのように思い出せる。

 それなのに、なぜ私は忘れていたのだろう?

「私……本当に……」

「えぇ。今あなたは現世では昏睡状態にあります。もっとも、もうじき死ぬことになるでしょうが」

 コクリ、少年はゆっくりとうなずいた。

「そんな……なにか方法はないの?」

「ないですね。あなたは死ぬ。それはもう決まっている事なのです」

「ですが、ひとつだけやれることがあります。もっともそれをしたとしても、死を免れることはできませんが……」

「なにができるの?」

「死ぬ間際、あなたは誰かの夢という形で思いを伝えることができます。ただし伝えられるのは一人だけです」

 そういわれて思いだしたのは付き合って半年の彼、でも……                                                                  

「生きる事ができないのなら意味がないわ」

「それは違います」

 少年は今までの口調とは違い声を張り上げて言った。

「すみません。ですがそれは違います。どんな時でも別れは言わなければいけません」

「それはそうかもしれないわ。でも別れを言ってしまうのは悲しくて……自分が死ぬのならなおさらね……」

 私がそう言うと少年は少し黙り、そしてまた口を開いた。

「 “さよならは悲しい言葉じゃない ”これ僕の持論です。さよならは悲しいときに言うだけのものじゃありません。それは僕がここで何人もの人々を送ってきた “答え” です。だから……別れを伝えませんか?」

 少年の目はなぜか私よりも悲しそうで……

 あぁ、そうか。きっとこの少年はここで私が生まれるよりも前から死んだ人間の魂を案内してきたのだろう。私はそう思った。

「わかったわ。あなたがそこまで言うのなら別れを告げましょう」

 だから私は素直に少年の言う通りにすることにした。

「ありがとうございます。」

 少年は心の底から嬉しそうだった。

「では、直ぐに始めましょう。もう、あまり時間残っていないでしょうから……」

 そう言って少年は私の頭に手を置く。

「それでは、目をつぶり、あなたが思いを伝えたい方をイメージしてください。」

 私は言われた通り、目をつぶると彼のことをイメージした。

「それでは始めます。ただし、時間は限られます。あなたの現世での肉体が死ぬまでのあと少しだけです……それではまた……」

 私の意識が沈んでいった。


気がつくと私は海の上に立っていた。地平線がどこまでも遠い。

「海に立っていると言うことはやっぱりここは現実ではないのね」

 やはり私は死んでしまうのだろうか……そんな不安に苛まれる。

「おまえ……」

 私の隣で聞き慣れた低い声が聞こえた。彼だ。

「ごめんね」

「え?」

 私の突然の謝罪に戸惑う彼。

「私、もうすぐ死んじゃうの。だからごめんね」

 私がそう言うと彼はよくわからないというように首を傾げた。それはそうだろう。こんな話いきなりされても困ってしまうだけだ。私は心の中で笑った。

 でも、言わなきゃ。

「本当はもっとあなたといろんな所に行っていろんなものを見て……いっぱい泣いて、いっぱい笑いたかった。でもごめんなさい」

 私は頭を深くさげて謝った。ごめんね、ごめんね。そう繰り返す私。その瞳にはいつの間にか涙が浮かんでいた。

すると彼がゆっくりと口を開いた。

「…………」

 彼が私の名前を呼んだ。そんな気がした。でもその言葉を聞く前に、私の視界は真っ暗になった。

現実世界での肉体の死。タイムリミットがこんなにも早く来てしまったのだ。


 ごめんね……でも、最後に別れを言えて良かった……

 

 気がつくと私は草原の上に立っていた。空は真っ青できれいだ。

「お別れは出来ましたか?」

 私の背後から少年の声が聞こえる。

「えぇ。私、なんだか謝ってばっかりだったけど……」

「そうですか……」

 少年は少しほっとしたように言った。

「これからあなたを冥界へとお送りします。よろしいですね?」

「えぇ」

 私は素直にうなずく。

「わかりました。それでは……」

「いや、ちょっと待って」

 私は彼を止めた。

「一つだけ、あなたに言いたいことがあるの。」

「何でしょう?」

 少年は首を傾げる。

「前にここに来た人はあなたのことを死神と呼んだそうだけど、私はそうは思わない。あなたは死神なんかじゃない。あなたは人と人との最後の思いを伝える天使よ。じゃ、お願い」

 私がそう言うと少年は返事をすることなく私の頭に手をおいた。

 少年は何も言わない。いや、なにも言えないのかもしれない……だが、頭に置かれた手から少年の暖かい気持ちが伝わって北木がした。

 私の視界が消えていく……少年が私を冥界へと連れて行っているのだ。その時は近い。

「ありがとうございました」

 私の意識が冥界へと行く瞬間。そんな彼の声が聞こえた気がした。


そして私は旅だった。

 

タッタッタッ。

 私は歩いて行く。

 彼に背を向けたまま……

 でもなぜか後悔はない。

私は行く。

彼が見上げるこの――――


空へ。


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