社会淘汰の人生観
あなたはもし、「君はもう要らないから何所へでも行ってくれ」と
上司に、教師に、或いは『自分よりも位の高い存在』に言い渡されたら
どうしますか?
私は若い頃から、教師や親など、自身が太刀打ち出来ないような
人々から「お前と話していると日が暮れる」と言われ続けてきました。
挙句、復学した大学の教科担任の教授にまで「君、この先どうするの?」
と詰め寄られた事があります。
それだけ、人生というものを甘く見ていたということでしょう。
けれども、この体験談を聞いて少なからず2つのロジックが
浮かんでくると思います。
一つは、「あなたは悪くないよ」という『許容』のロジック。
二つ目は、「自業自得だ、ざまあみろ」というシニカルなロジックです。
私は、この後者のロジックに日本国民が毒されてきているのではないかと
妄想してしまう程に、危機感を感じています。
口を開けば「キモい、死ねよ」と言うクラスメイト。
「自分の人生なんだから自分で何とかしなさい!」と、子供を
無理矢理引き離そうとする親。
国民の苦しみを何とも思っていないような政策を平気で打ち出す政府に
それを由としてネット上で暴れまわる極右的思考の方々。
今、日本という国に足りないのは『活力』ではなく『思いやり』
であると、私は言い切ります。
人間一期一会、一度の出会いに縁を見出し、手を取り合うことこそが
今の日本に足りない物なのではないでしょうか。
孤独死や老々介護、児童虐待など多くの問題は、この「繋がりのなさ」が
根底にあるのでは、と考えています。だからと言って、経済の立て直しを
図らなければ国家破綻は目に見えており、後者に属する人の殆どが
「他人の苦しみを理解しようともしない」で行動しているのでは
ないでしょうか。
それでは繋がるどころか、頼る道さえ絶たれてしまい助けを必要とする
多くの人々が自殺に追い込まれるのは、目に見えています。
出来るだけ多くの人が、社会で活躍できるように。
社会へ参加する人々が、少しずつでも増えてゆくように。
今はそう願うしか、私には出来ません。
今回は多分にシリアスな問題を取り上げました。
今、自分に出来ることを、誰かと繋がることを、忘れてはならないと
もう一度、念を押して言っておきます。
『お互い様』の精神を忘れてしまった人々へ。
苦しいのは貴方だけではありません。皆苦しいのです。
その中で優劣を決める行為は、多分に愚かしい事だと私は思います。
どなたか、このメッセージに共感していただければ、至上の幸福です。
それでは、今回はこの辺りで締めと致します。
**了**
言いたいことはすべて、本文の中で言い切りました。
後は貴方の行動次第です。
人との繋がりを大切にすること、忘れないで下さい。