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第一章 その1

 クロスランド中央部の都市ハーゲンはアーサーの活躍で陥落した。

 ハーゲン市は人口12000人ほど。

 周囲を10m以上もある市壁がかこんでいる。

 すっかり太陽は落ちきり、カリブリオンの高原には夜のとばりがおりていたが、市のあちこちにかがり火が炊かれ、市壁の上にも松明を持った自警団が立っていて明るい。

 エドガーはカーリンとともにハーゲン市の商人ギルドを訪れていた。


 商人ギルドは市の中央広場のそばにある居酒屋「踊る木靴亭」の二階だった。

 いつもは酔客や商人たちでごったがえす居酒屋も今日は締め切られている。

 この市を支配していたサザンベルグ軍の残党が暴れることを警戒しているため、いま戒厳令状態なのだ。

 疲れ果てたクロスランド反乱軍はほとんどが市立学校や、市立劇場に入って眠っている。ハーゲン市の自警団が剣や手斧、肉切包丁などを持って市を練り歩きサザンベルグ軍の残党を探していた。

 すでに数十名がとらえられ、牢屋に入れられている。


「さて」

 商人ギルドのギルド長が話を切り出した。

 ギルド長はオズといい、赤ら顔で大柄な男だ。鍛冶屋をやっているという。

 そもそもハーゲン市には昔、市長がいたがサザンベルグ軍に処刑され、以来、市の主要なことは商人ギルドが仕切ってきたのだった。

「見ての通り、わたしたちも後には引けません」

「……のようですわね」

 カーリンが静かにギルドの面々を見まわした。

 不安そうな者、真剣そうな者、黙って聞いている者など様々だ。


「わたしたちは長いこと市で商売をやってきましたがサザンベルグ軍は本当にひどかった。わたしら商人も煮え湯を何度ものまされてきたのですよ。だから今回は行動した。……あなたがたの想像以上の勇戦を見たからです」

 さきほどの戦いのことだ。あれで決心したのだろう。

「反乱軍がいるという話は知っていました。市の有志も数名参加しているようです。しかしあそこまで戦えるとは、いや感服しました」

 オズは目を細めてこちらを見ている。どこか探るような目つきだった。


「値踏みというわけですか?」

 エドガーがオズをじろりと見る。

「いやいや……御気に障ったのなら失礼しました。わたしたちは商人です。どちらかというと損得で生きています。このままサザンベルグ支配下にいるよりあなたがたのほうを選んだということです。しかし……」


「ご心配になっているのは私たちの兵力ですか?」

 カーリンが言う。

「その通りです。この市を支配していたバーベッグは逃げおおせたようです。やがて反撃が来るかもしれません。もしかするとサザンベルグ12将の一人、ドルムンドが自らやってくる可能性もあると思います。それに勝てますかな?」

「それは……」

「勝てます」

 エドガーの言葉をさえぎってカーリンが凛と答えた。

 おお……というため息ともつぶやきともつかない声が周囲からあがる。


(なるほど……)

 エドガーはようやく気付いた。

 どちらかというと現実主義を自負しているエドガーは正直に勝率を語ろうとしたのだが、それをカーリンがさえぎったというわけだ。

 商人ギルドはまだこちらに完全に味方をするか決めていたわけではないようだ。

 場合によってはこちら側を全員拘束し、まとめてバーベッグに引き渡すことも考えていそうだ。

 そうするとお疲れでしょうからと劇場や学校に誘導され酒をふるまわれたのも単なる親切心だけというわけではなさそうだ。


「バーベッグはともかくこのカリブリオン高原の近くにはまだあと3つほどサザンベルグ軍の拠点があります。騎士だけで少なくとも500」

 オズが表情を消してこちらの様子をうかがっている。

 カーリンは微動だにしていない。むしろ余裕のほほえみすら浮かべている。エドガーもできるだけ平静と無表情を装った。

「なぜわかるのです?」

 カーリンがたずねる。

「わたしは鍛冶屋です。市で作らされている蹄鉄の数と頻度から考えると騎馬が500、と予想してるだけですよ」


 エドガーは内心頭をかかえた。

 騎士が500! もちろん荷駄など輸送馬も含まれているのかもしれないが、そういうのはだいたい借り上げだ。そうすると騎士と侍従あわせて500といったところだろう。サザンベルグの騎士といえば少年のころから騎乗、剣、突撃の訓練を重ねた勇猛果敢な存在だ。

 こちらの落ち延びた貴族などの子弟ではまともに打ち合えないだろうし、500もまとまって突撃されるとこちらの歩兵も蹂躙されてしまうかもしれない。相手は歩兵をあわせると3000?4000?いずれにしても相当な兵力だ。


「勝てますね」

 カーリンが力強く断言する。

「なるほど……勝てるとおっしゃる」

 オズが鋭い目でカーリンを見つめる。

 カーリンはやはり微動だにしない。

「はい」

「……わかりました」

 しばしの沈黙の後、オズが口を開いた。

「このハーゲン市、全力をあげて協力しましょう」

「ありがとう」

 カーリンがにっこりと笑う。

 人をほっとさせる笑顔だ。エドガーはついそれに見とれた。


「よろしい!ではさっそく宴会ですな」

 オズが手をたたくと、次々と酒瓶と料理がはこびこまれた。

「今日は飲んで楽しんでください。明日からは大変ですぞ」

 全員が杯を手にし飲み干す。

 エドガーだけは念のため飲まずにそっと袖の中にふくませた。


 しかしエドガーの懸念は杞憂であり、翌日にはハーゲン市は完全に反乱軍の勢力下に入ったのだった。

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