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プロローグ

この作品は中世の架空の国の独立戦争をテーマにしています。

そのテーマの関係上、戦いの描写には人によっては残酷と感じられる表現もあるかと思います。

ご注意してお楽しみいただけますと幸いです。


つたない表現などあるかと思いますが、どうかご容赦ください。

よろしくお願いします。

大帝国サザンベルグによって辺境の小国クロスランドは滅ぼされた。

抵抗むなしくあっという間に全土がサザンベルグ帝国に吸収されてしまった。

それから10年。ひそかに生き残った貴族や兵士たちの残党が動きはじめていた。



――915年夏 カリブリオン高原

「まいったな、ドルムンドの奴の軍に見事に捕捉されたな」

 エドガーが赤毛の頭をかきながら言った。ほこりにまみれたメガネの奥の目がきらりと光る。

「相手の数がちょっと多いわね」

 カーリンが答えた。エドガーのぼさぼさの赤毛と違い、彼女は整えられたきれいな赤い髪だ。カリブリオン高原の涼しい風にさらされ、彼女の赤毛がふわりとゆれる。毎日のテント暮らしでどうやって手入れしてるんだろう、とエドガーはこの緊急時に無関係なことを想像した。

「どちらにしてもこれじゃ勝負にならないよ。こっちは牧草庫を襲えればよかったんだから、500人もいないぜ」

「わかってる。急いで兵をまとめて退却の準備をしましょう。誰かが食い止めてる間にね」

「それはもちろん僕がやるさ。いつも通りに」

 エドガーがにやりと笑う。

 彼は反乱軍の中でも精鋭の貴族や騎士の子弟ばかりを集めた騎兵隊を率いていた。

「ちょっとかきまわせば君とアーサーが退却するくらいの時間は稼げるだろう。幸い相手はあまり騎士もいないみたいだ」

「わかった、気を付けて。無事に生き残れたらいつもの森で合流よ」

 カーリンはさっそうと馬を飛ばし、付近の他の隊長達に指示をだしはじめた。

 その間にエドガーは馬からおり、そろそろと高原のフチに近づいて伏せた。そして懐から大事な、東方で手に入れた望遠鏡をとりだし、相手をながめた。


 襲う予定だった牧草庫のすぐ近くにかなり大きな石壁に囲まれた都市が見える。

 クロスランド中部の重要都市、ハーゲンだ。

 そのハーゲンの門が大きく開けられ、中から続々とサザンベルグの兵士たちが出てくるのが見える。きらきらと太陽にきらめく鉄兜に、革の服。そこに鉄の鱗を打ち付けたいつもの恰好だ。大きな剣を下げ、鋲を打ち付けた丸い盾に長い槍。

 地方の警備兵ではなくクロスランド全体を治めているドルムンドのサザンベルグ正規兵だ。

「うーん、旗印は赤地にワシ……左下に卵が書いてあるな。ドルムンドがいるわけじゃなく、あれは部下のバーベッグのおっさんか」

 いずれにしても数が多い。

 ぞろぞろと門から出てきて整列をはじめている人数だけでも軽く1000人近くいる。

 さらに騎士が数十騎も出てきてこちらに向かいつつあった。

 それに対してカーリンとエドガーの手持ちの兵はわずかに500。

 しかも装備もばらばらで満足に盾も槍もそろっていなかった。

 中にはその辺の村から合流したばかりで平服のベルトに狩猟用のナタをつっこんだだけの兵もいる。いや果たしてこんなものを「兵」といっていいものかどうか……。


 エドガーは手をあげ、部下の騎兵隊を収集しはじめた。

 相手に見せつけるように機動し、相手の注意を自分の騎兵隊に集中させるのだ。

 その間にカーリンの本体を逃がす。いつもの手口だ。


 と、その時。

「エドガー! アーサーが!」

 カーリンの悲鳴があがった。

 ぎょっとして見ると、ひとりの長身の剣士が味方の群れを飛び出して、敵に向かって走り出しているのが見えた。漆黒の短髪、革の服の上から鎖を編んだ鎧を着ているのが見える。アーサーだ。カーリンの夫で元・義賊。剣士アーサー。

 そのアーサーが背中の大剣を引き抜き、一人で敵に向かって走り出していた。大剣をささげるように胸の前に構えるいつもの構えだ。平均的な男性よりもだいぶ大きな長身にも関わらずしなやかで俊敏な動きで、みるみるうちに敵に近づいていく。

(いくらアーサーが強くてもそりゃ無理だ。奥さんを悲しませるつもりか、英雄にでもなるつもりか……)

 エドガーはそう思いかけて首を振った。

 カーリンの夫、アーサーはそんな感傷的なタイプではないのを思い出したのだ。

 確かにアーサーは異常に強い。しかし1000人を超える兵隊につっこんで無事でいられるとは思えない。見捨てるか、救うために味方の兵を犠牲にするのか……。

「行くわよ!」

 エドガーが逡巡している間にカーリンが指示をくだした。

 どっと反乱軍の歩兵たちがが馬で走るカーリンについていきはじめる。まずい。

「いかん!僕たちも行くぞ」

 エドガーは身を起こし、馬に飛び乗った。

 しかし部下の騎兵たちは困惑したようにこちらを見ている。

「おい!行くぞ」

「しかし隊長、いくらなんでも無謀であります」

「間違いなく今突っ込めば全滅であります」

 ざわざわとざわめく騎兵たち。エドガーは思わず天を仰ぐ。

 精鋭といってもこんなものだ。馬や剣の使い方がうまくてもいざというときにこうなる。

「ええい、ついてこれる奴だけでいい!来てくれ」

 エドガーが馬を走らせる。

 数騎がエドガーの後について走り出てきた。

 エドガーはちらりとついてきた騎兵たちの顔を見る。こういう極限状態でももくもくと任務を果たそうとする人物の顔は覚えておいて損はないからだ。

 とにかく退却するチャンスをつくることだ。

 エドガーはそう決めた。そして望遠鏡を取り出す。

 どよめきが伝わってきた。

 飛ぶ血しぶき。ひしゃげたかぶとが宙を舞う。

 味方が突入したのだろうか。

 いや違う。


 カーリンとその部下の歩兵たちも茫然と立ち止まっている。

 アーサーが一人で戦っているのだ。

 長い大剣を両手で振り回し、敵を鎧ごと両断し、相手の剣をたたき折っている。

 尋常な力ではない。

 敵の騎士がアーサーを槍で貫こうとかけよる。

 それに気づいたアーサーは振り返り、大剣で相手の槍の穂先を斬り飛ばし、さらに馬の片側の脚を大剣で薙いだ。脚を失った馬が転倒し、騎士が転げ落ちる。

 アーサーは無造作に大剣でその騎士の兜ごと斬った。


 信じられない戦闘力だ。

 エドガーの馬もいつしか脚を止めている。

 茫然とアーサーが一方的に敵の大軍を蹴散らしているのを眺めるだけだ。

 強いとは思っていたがこれほどとは。

「逃げろ!」

 サザンベルグ兵の誰かが叫んだ。

 どっと崩れ、我先にと逃げ始める。

 もちろん元いたハーゲンの街にである。

 しかしハーゲンの門が閉ざされようとしていた。

「開けろ!」

 誰かが叫んでいるのが聞こえた。

 しかし門はどんどん閉ざされ、しかも街の壁の上から矢が飛んできていた。


 そこでエドガーは我に返った。

「おい! 全軍突撃! サザンベルグ兵を討ち取るぞ!」

 大声で叫ぶ。高地から残してきた騎兵たちもサザンベルグ軍が総崩れになるのを見て突撃してきた。

「カーリン! 君らも行け!」

 カーリンも我に返ったようだ。歩兵たちも突撃をはじめる。

 後は一方的な戦いになった。

 最初に中央を崩され、ハーゲンの門が閉まることによって退路を断たれたサザンベルグ軍は混乱し逃げまどい、突撃した反乱軍の攻撃で多数が討ち取られた。

 混乱の中、かろうじて敵軍の指揮官バーベッグは逃げ出したようで、死体の中には彼の姿はなかった。戦いが終わるとアーサーは無言で敵の衣服で剣の血を拭い背中の鞘におさめた。

 大勝利だった。

 しかも牧草庫を襲うだけではなくハーゲンの街そのものも手に入ったのだ。

 それもほぼアーサー一人の力で。

 これは後に編纂された大陸史の中でも特筆されているクロスランド独立戦争記の序章となるのだった。



 


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