7話
王立エリュシオン魔法騎士学園の序列戦予選。それは、学園内に点在する複数の小演武場で行われる。
カイルの初戦の相手は、二年生のジーク・バロウ。派手な魔法を好む騎士候補生たちの中にあって、彼は異質な「隠密魔法」の使い手として知られていた。
演武台の周囲には、噂の「無色の特待生」を一目見ようと、少なからぬ生徒たちが集まっている。その中には、心配そうに拳を握るアイリスの姿もあった。
「……試合開始!」
審判の合図とともに、ジークの姿が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には背景に溶け込むようにして消えた。
「消えた!? 魔法で光を屈折させているのか……!」
観客席から驚きの声が上がる。
カイルは剣を抜かず、目を細めた。
視覚を遮断され、音さえも風の魔法で殺されている。ジークの気配は完全に途絶えた。
通常の騎士であれば、広範囲に魔力を放出して「探知」を行うところだが、カイルにそんな芸当はできない。
(凪であれ、か……)
カイルは学園長から受け取った巻物の教えを反芻した。
魔力とは流れである。もし相手がそこに存在し、魔法を使っているのなら、必ず周囲の魔素に「淀み」が生じる。
カイルは呼吸を限界まで細くし、体内の「内燃循環」を極低速に落とした。
自分自身を周囲の空気と同化させる。
最強の出力ではなく、最強の感度。
それが、巻物に記されていた『第三の感覚――魔流感知』だった。
(……右、後方。三歩)
微かな空気の重みの違いを、カイルの皮膚が捉えた。
ジークの毒を塗った短剣が、カイルの項を狙って音もなく突き出される。
カイルは振り返りもせず、首をわずか数ミリ横に傾けた。
背後を通り過ぎる鋭い冷気。
「なっ……!?」
空を切ったジークが、驚愕のあまり一瞬だけ姿を現した。
「捕まえた」
カイルの右手が、ジークの腕を掴む。
そのまま体内の魔力を一点に爆発させた。
「――循環加速・瞬点」
掴んだ腕からジークの体内へ、逆流するような衝撃を叩き込む。
ジークの隠密魔法が、内側からの衝撃によって強制的に解除され、彼は演武台の端まで吹き飛んだ。
「……信じられん。一度も剣を抜かずに、ジークの不意打ちを……」
観客たちが騒然とする中、ジークは荒い息をつきながら立ち上がろうとした。だが、彼の全身は痺れたように動かない。カイルが流し込んだのは、破壊ではなく、相手の魔力経路を一時的に阻害する「無色のノイズ」だった。
「……僕の勝ちでいいですか?」
カイルが静かに問うと、審判は我に返ったように手を上げた。
「勝者、カイル・ヴァン・クロムウェル!」
歓声が上がる。
しかし、カイルの表情は晴れない。この程度の勝利で喜んではいられない。
演武場の高台から、冷徹な視線で見下ろすカイン・バートランドの姿があったからだ。
「……おめでとう、カイル!」
駆け寄ってきたアイリスが、屈託のない笑顔を向ける。
「すごいわ、あのジークを翻弄するなんて。あんな技術、どこで覚えたの?」
「……学園長の宿題をこなしただけだよ。でも、まだ全然足りない」
カイルは自身の掌を見つめた。
さきほどの『魔流感知』。一瞬、アッシュ・グレーンの背中が見えた気がした。
あの人はもっと深く、もっと静かに、世界そのものと同期していた。
その時、学園の時計塔が不気味な鐘を鳴らした。
予定にはない、非常事態を告げる鐘だ。
「何の音……? 入学式の警報とは違うわ」
アイリスの顔が引きつる。
森の方角から、黒い煙が立ち昇っていた。
序列戦の熱狂を切り裂くように、伝令の生徒が血相を変えて飛び込んでくる。
「報告! 禁忌の森に設置された結界が破壊されました! 正体不明の集団が学園の敷地内に侵入……既に警備の騎士数名がやられました!」
平和な学園生活の終わり。
あらすじにあった「虚無の教団」の影が、予想よりも早く、カイルたちの前にその姿を現そうとしていた。




