3話
王立エリュシオン魔法騎士学園の授業は、座学を最小限に抑え、実戦に重きを置くことで知られている。
入学翌日。カイルたち「特装Sクラス」の面々が連れてこられたのは、学園の北端に位置する「禁忌の森」の入り口だった。
見上げるほどの巨木が空を覆い、昼間でも薄暗い森の奥からは、時折、魔物の不気味な咆哮が聞こえてくる。
教官を務めるのは、顔に深い傷跡を持つ退役騎士、グレイ。彼は無造作に置かれた木箱から、手のひらサイズの水晶体を取り出した。
「今日の課題はシンプルだ。この森に生息する『影狼』を討伐し、その体内にある魔核を一人につき三個、日没までに回収してこい。ただし――」
グレイの鋭い視線が、新入生たちを射抜く。
「クラスメイトとの協力は自由だが、他人の魔核を奪うのもまた自由だ。騎士の世界では、結果こそがすべて。手段は問わん」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、生徒たちは次々と森の中へ駆け込んでいった。多くは三、四人のグループを作り、互いの背後を守りながら進む。
カイルが一人で歩き出そうとすると、その隣に軽やかな足取りでアイリスが並んだ。
「一人で行くつもり? カイル」
「……そのつもりだ。君も、わざわざ『無色』と組む必要はないだろう。順位を気にするなら、もっと魔力の高い奴らと組んだ方がいい」
アイリスは不満げに頬を膨らませ、カイルの顔を覗き込んだ。
「昨日の約束を忘れたのかしら? 『次は標的だ』って言ったのはあなたよ。近くにいないと、標的にすらできないじゃない」
カイルは微かに苦笑した。この王女は、一度決めたら曲げない。彼は諦めたように肩をすくめ、森の深部へと足を踏み入れた。
森に入って一時間。
カイルとアイリスの前に、三頭の影狼が姿を現した。漆黒の毛並みに、血のように赤い瞳。彼らは影の中に溶け込み、不規則な動きで獲物を翻弄する。
「私が出るわ」
アイリスが細剣を抜こうとしたとき、カイルが静かに制した。
「待ってくれ。……試したいことがある」
カイルは鉄剣を抜かず、腰に差したまま腰を落とした。
体内の魔力循環を第一段階へ引き上げる。
(循環速度、二倍……三倍……固定)
普通の魔術師が「魔力を練る」とき、そのエネルギーは体外へ漏れ出すものだ。しかし、カイルの魔力は内側へ、内側へと凝縮されていく。
彼の周囲の空気が、高熱を帯びたかのように歪み始めた。
「グルアッ!」
影狼が一斉に飛びかかる。三方向からの同時襲撃。
アイリスが加勢しようと一歩踏み出した瞬間、カイルが「爆発」した。
――瞬刻・一閃。
目にも止まらぬ踏み込み。カイルは抜剣の動作すら見せず、三頭の影狼をすれ違いざまに通り抜けた。
一秒後。
カイルが背後で剣を鞘に納める「カチリ」という音が響くと同時に、三頭の魔物は声もなく崩れ落ち、その胸元から綺麗な切り口と共に魔核が転がり落ちた。
「……今の、魔法じゃないわよね?」
アイリスが呆然と呟く。
「ただの歩法と、筋力の強制駆動だ。……少し、出力を上げすぎたかな」
カイルはわずかに肩で息をしていた。彼の皮膚は赤らみ、体からは陽炎のような熱気が立ち昇っている。
最強ではない。ただ一瞬の出力を、誰よりも鋭く研ぎ澄ましているだけ。
その様子を、茂みの陰から忌々しげに見つめる視線があった。
ゼノス・バートランドだ。彼は数人の取り巻きを引き連れ、カイルたちの後を追っていた。
「……ふん、あんなイカサマのような動き、長く続くはずがない。おい、アレを使え。あいつらを魔物の巣ごと消してやる」
ゼノスが部下に命じると、一人の生徒が禍々しい紫色の粉末を取り出した。「誘魔香」――広範囲の魔物を狂暴化させ、引き寄せる禁忌の薬剤だ。
カイルが三つ目の魔核を拾い上げようとしたとき、森の空気が一変した。
湿った土の匂いが消え、鼻を突くような刺激臭が漂う。
「……アイリス、離れて。何か来る」
「ええ、このプレッシャー……ただの影狼じゃないわ!」
森の奥から、大地を揺らす足音が近づいてくる。
現れたのは、通常の五倍はあろうかという巨体を持つ「影狼王」。本来、この森の浅瀬にはいるはずのないランクBの魔物だった。
その背後で、ゼノスの高笑いが響く。
「ハハハ! 無色のゴミ屑が、王女様を巻き添えにして死ぬとはな! これで次席の俺が正当な後継者だ!」
狂暴化した影狼王が、カイルに向かって巨大な爪を振り下ろす。
カイルは、ゼノスへの怒りよりも先に、自身の回路をさらに奥深くへと沈めた。
(第二段階……『残影』)
血管が破れかねないほどの圧力が全身を駆け巡る。
カイルの瞳が、無色の魔力の奔流を受けて、一瞬だけ透明な輝きを放った。
彼は逃げなかった。
巨爪が地面を砕く直前、カイルは真正面からその懐へと、光よりも速く突っ込んだ。




