第7話 冒険者ギルド
アルスは石畳の大通りを歩きながら、周囲の喧騒に目を丸くした。
馬車や荷車が行き交い、商人や街の人々の声が入り混じる。
「王都……やっぱり、村とはまるで違うな……」
胸の奥で高鳴る鼓動を感じながら、アルスは地図を頼りに目的地へ進む。
通りを曲がると、周囲の建物が徐々に重厚になり、冒険者らしき人々が行き交う場所が見えてきた。
武具や魔道具を背負った男や女が、掲示板に貼られた依頼情報を確認している。
アルスの視線は自然と一番大きな建物に吸い寄せられた。
やがて視線の先に、武具を背負った人々が出入りする大きな建物が見える。
掲示板には羊皮紙がぎっしりと貼られ、扉の上には――
《冒険者ギルド・王都本部》
の看板が掲げられていた。
「……ここだ」
村でジルから何度も聞かされた、冒険者の拠点。
アルスは自然と拳を握りしめる。
建物の中へ足を踏み入れると、広い酒場のような空間が広がっていた。
木製の長机で盛り上がる冒険者たち、依頼を受ける人々、笑い声と酒の匂いが混ざり合う。
壁際には情報掲示板と簡易の商店、二階には宿泊フロア、三階には訓練用のスペースも見え、冒険者が集まる理由が一目でわかる。
「おや、新人か?」
革鎧を着た冒険者たちの一団がアルスに声をかける。
「はい、初めて王都で冒険者登録をするんです」
「ほう、田舎から出てきたばかりか。楽しみだな、王都の洗礼を受けるがいい」
周囲の冒険者たちは肩を叩き、にやりと笑った。
その視線の先に、柔らかな笑顔の女性が受付カウンターに立っている。
「いらっしゃいませ、新規の登録ですね?」
肩までの栗色の髪を揺らし、落ち着いた仕草で帳簿を広げる受付嬢が声を掛けてきた。
その落ち着きと優しさに、アルスの緊張は少しずつ解けていく。
「はい。アルス・クラインです。冒険者になりたくて……」
「アルスさんですね。ふふっ、初めての方ってすぐわかるんですよ。目が輝いてますから」
受付嬢はにこやかに微笑み、帳簿を取り出し手際よく書類を整理する。
「私はこのギルドで受付をしているリナ・カリスです。登録や依頼の手続きは私に任せてくださいね」
アルスは軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします、リナさん」
「ええ、こちらこそ。新人さんを迎えるのはいつも楽しみなんです」
登録用紙を書き終えると、リナは手際よく書類をまとめ、簡単にギルド内の案内を始めた。
「ここが冒険者ギルドの酒場です。依頼の掲示や仲間との情報交換に使います。あちらには道具屋もありますので、準備はここで整えてください」
アルスは目を輝かせながら聞き入る。
「……広いですね。村とは全然違う」
「そうでしょう? 王都は人も物も情報もたくさんあります。最初は戸惑うかもしれませんが、慣れれば楽しい場所ですよ」
酒場では、長机に座った冒険者たちがアルスを見て囁きあっている。
「新人か?」
「うん、田舎から出てきたばかりらしい」
「初めての依頼でどうなるか、面白そうだな」
アルスは少し照れながらも笑みを浮かべる。
「そうですね……頑張ります」
リナはそんな彼の姿を見て、微笑みながら案内を続ける。
「依頼に行くときは、まずここで確認してください。何か困ったことがあったら、遠慮なく声をかけてね」
アルスはふと、掲示板の端に小さな説明書きが添えられていることに気づいた。
そこには「冒険者ランク」と「鉱石・宝石」の一覧が記されていた。
リナは微笑みながら解説する。
「冒険者のランクは、鉱石や宝石の希少価値で決まっています。最も身近な低級の鉱石から、伝説級まで、様々な素材に対応しているのよ」
「たとえば、いちばん下の〈リェル級〉は砂晶や水晶のような低級素材。初心者がよく使うのよ」
アルスは目を凝らす。確かに、小さく「リェル=砂晶・霧晶・水晶」と書かれている。
「次が〈フェイン級〉。翡翠や琥珀、紫水晶なんかがこれね。護符や魔法の補助に向いてるの」
「へぇ……」
「その上が〈オルド級〉。小竜石や月長石のように、精霊との結びつきが強い素材。強力な装備が作れるわ」
リナの声が少し低くなる。
「そして――〈ミスラ級〉。精霊銀。希少金属で、世界に五人しかいないわ」
アルスは息を呑んだ。
「五人……確かそんな事を言ってたな……」
「ええ。さらに上には〈ルメル級〉は流星晶、〈ドラヴェ級〉は竜鱗宝玉、そして伝説の〈セリオン級〉があるけれど……セリオン級は聖輝石という神の祝福を受けた輝石と言われていて、今の時代には存在しないと言われているわ」
アルスはその一覧に目を奪われる。
「……こんなにランクがあるんですか……!」
リナは笑って頷いた。
「はい。最初は低級のリェル級から始まりますが、経験を積めば自然と上がっていきます。ミスラ級の冒険者は、もう国の英雄のような存在ですよ」
ミスラ級という言葉を聞いて、アルスの胸の奥で何かが熱くなった。
「……ミスラ級……ジルさんも……これだったんだ」
小さくこぼれた言葉を、リナの耳が捉える。
「……今、ジルさんって言いました?」
穏やかだった声が、わずかに震える。
アルスは少し戸惑いながらも頷いた。
「はい。僕の師匠です。ジル・カイロスっていう人で、村で剣を教わって……」
その瞬間、リナの手が止まり、帳簿の上でペンが音もなく滑り落ちた。
周囲にいたギルド職員や、近くの冒険者たちの視線が一斉にアルスへと集まる。
ざわり、と空気が揺れる。
「――ジル・カイロスって……あの“不動の大剣士”のことか?」
「まさか、師匠って……冗談じゃねぇよな?」
「五年前に引退したミスラ級の英雄だぞ。今も伝説扱いじゃないか」
酒場の喧騒が一瞬、静まり返る。
リナは目を見開いたまま、言葉を失っていた。
やがて、静かに息をつき、柔らかく微笑んだ。
「……そう。あなた、あのジルさんの弟子なのね」
「え? そんなに有名な人なんですか?」
アルスは首をかしげる。
リナは小さく頷き、少しだけ声を落とす。
「ジル・カイロス――ミスラ級の称号を持つ五人のうちの一人。
“不動の大剣士”と言えば誰でもジル・カイロスの事だと分かるわ。他にも“間合いを読む剣士”“戦場の静寂”とも呼ばれていたわ。
彼が一度剣を構えたら、誰も無傷では立っていられなかった……」
周囲の冒険者たちは、まるで伝説を語るようにざわめく。
「弟子が王都に来たってわけか……」
「こりゃあ将来が楽しみだな」
「ジルの弟子か……そりゃあ、血が騒ぐわけだ」
アルスは、少し照れたように笑いながら頭を掻いた。
「すごい人だとは思ってましたけど……そこまでとは……」
リナはその様子を見て、優しく微笑んだ。
「きっと、あなたがここに来たのも“好機”なんでしょうね。――ジルさんが、そう言ってたかもしれません」
アルスはハッとし、あの日の夕暮れに聞いた師の言葉を思い出す。
『好機というのは、剣を振るうだけじゃ掴めん』
胸の奥が、再び熱くなる。
――そうだ。ジルなら、きっとこういう時も笑って前を向くだろう。
自分も、あの背中に少しでも近づきたい。
「あなたなら直ぐに等級が上がるはずよ。もちろんギルドで総合的な評価は行いますけどね」
リナの穏やかな声が、現実へとアルスを引き戻した。
リナはカウンターの下から小さな木製の箱を取り出し、慎重に蓋を開ける。
中には淡く光を宿す小さなプレートが一枚――砂晶のプレートだ。
「これが、あなたの冒険者として最初の等級の証、砂晶です」
手渡された瞬間、アルスは軽い重みと温かさを感じ、目を見開いた。
「……砂晶……俺の、最初の等級ですか……!」
胸の奥がじんわりと熱くなる。小さなプレートなのに、そこに込められた意味の重みをひしひしと感じた。
リナは微笑みながらアルスの手にそっとプレートを乗せる。
「大事に扱ってね。等級やランクが上がれば、このプレートも次の素材に変わっていくのよ」
その言葉に、アルスは自然と背筋を伸ばした。
「……はい。必ず……精霊銀まで……いや、その先まで……!」
プレートを握りしめた手の感触が、アルスの決意をさらに固くしていった。
アルスにとって、王都で最初に出会った理解者――
優しく、しっかり者のお姉さん。
この場所が、自分の新しい拠点になることを自然と感じさせた。
酒場のざわめきや、ギルド内の活気が、新しい冒険の始まりを告げているかのようだった。
そして、カウンターの端に目をやると、少し影のように佇むフードを深くかぶった旅人の姿。
アルスの視線は自然とそこへ向くが、すぐに目をそらしてしまう。
「……あれ? あの人は……」
どこかで見たような気がした。
記憶の奥に、馬車の揺れと共に座っていた無言の旅人の姿がよぎる。
けれど、フードの奥の表情は見えず、確信までは持てなかった。
――気のせい、だろうか。
アルスは小さく息を吐き、再び手の中の砂晶のプレートを見つめる。
新しい世界の光が、その小さな証を淡く照らしていた。
蒼月あおいです。
今回の話に出てくる、ランク説明ですが分かりずらいかもですので
補足説明と一覧にしてみました。
基本的には「リェル級」から「フェイン級」になるとランクアップですが、ランクの中に「砂晶・霧晶・水晶」という等級が存在します。
その等級が一番上にならないと、次のランクに昇級出来ない事になっています。
◆リェル級(Lyel)/低級(砂晶・霧晶・水晶)
初心者向け。微かな魔力や精霊との親和性があり、初めての冒険者が扱うことが多い。
◆フェイン級(Feyn)/中級(翡翠・琥珀・紫水晶)
魔法の補助や護符に適し、戦闘の幅を広げられる。
◆オルド級(Ord)/上級(小竜石・月長石)
精霊との結びつきが強く、強力な魔法具や装備に使われる。
◆ミスラ級(Mysra)/最上級(精霊銀)
希少金属でミスリルとも言われる。魔力伝導に優れ名のある冒険者の証。現在この世界に5人しか存在しない。
◆ルメル級(Lumer)/超級(流星晶)
夜空の煌めきを宿す伝説級の宝石。冒険者はまだ扱えない。
◆ドラヴェ級(Drave)/特級(竜鱗宝玉)
竜の力を宿す宝石。伝説級装備や古代竜との契約に使われる。
◆セリオン級(Selion)/伝説級(聖輝石)
神の祝福を受けた輝石。究極の力の象徴で、現実には伝説の中にしか存在しない。




