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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第一章

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第6話 王都への道

 アルスは、朝靄に包まれた森の小道を歩き始めた。

 森の中は朝の光が木漏れ日となり、枝葉の間を縫って地面に斑模様の影を落としている。ひんやりとした空気が肌を撫で、鳥のさえずりや小川のせせらぎが静かに響く。


 足元の落ち葉を踏む音が心地よく、アルスは時折立ち止まって森の奥を見回した。

 枝の隙間から、小さな鹿が木陰で草を食む姿を見つけると、思わず息をひそめる。


「……すごいな、この辺りは野生動物が多い」


 次に、森の茂みから小さなウサギがぴょんと跳ねて逃げていくのを見て、アルスの胸にわずかな狩猟心が芽生える。


「ここでちょっと狩もできそうだな……」


 肩の弓に手を触れ、矢筒を確かめる。まだ旅の初日だというのに、自然と体が軽くなるのを感じた。

 木々の間を吹き抜ける風に、村の景色とは違う未知への期待が混ざり合う。


 道端の小川に腰を下ろし、冷たい水で顔を洗うと、陽光が小石に反射して小さな星のように瞬いた。


「……やっぱり、村を出るって勇気がいるけど、悪くないな」


 独り言のように呟き、深呼吸をひとつ。

 森の香り、土の匂い、草木のざわめき──それらが胸の奥に新しい感覚を呼び起こす。


 倒木に小さなリスがちょこちょこと動き回るのを見つけ、アルスはそっと息を潜めて弓を構え、追いかけるふりをして遊んだ。


「……これも、旅の楽しみのひとつになりそうだ」


 森を抜ける頃には視界が開け、昼光に照らされた街道の石畳が輝いていた。

 アルスは一歩一歩踏みしめながら、初めての長旅に胸を高鳴らせる。


 遠くからは馬の蹄の音が聞こえ、荷馬車の車輪がコロコロと小気味よい音を立てて進んでいた。

 道端で荷馬車の車輪を直している商人風の男性と目が合う。


「おや、君はひとり旅かな?」


 白い口髭をたくわえた穏やかな顔の男が声をかけてきた。


「はい、王都まで行くんです」


「なら一緒にどうだ? ちょうど空きがある。手伝ってくれたら駄賃は不要だ、歩き通すより楽だぞ?」


 誘いに甘え、アルスは荷馬車の修理を手伝い、その後ろに乗せてもらうことになった。


 車内には、年の近い旅人の青年、街へ薬草を売りに行く農夫、小さな子どもを連れた母親の姿があった。

 アルスは人々の表情や話し声に耳を澄ませ、初めて感じる旅の共同体感に胸を躍らせる。


 そして、一番奥の席にはフードを深くかぶった小柄な人物が静かに腰掛け、外の景色に視線を向けていた。

 アルスがちらりと横顔を見た瞬間、相手の沈黙と冷静な佇まいが妙に気になった。

 心の奥に小さな緊張が走る。――だが、話しかける雰囲気ではなかった。


「初めての旅かい?」と農夫が尋ねる。


「ええ。村を出るのも初めてで……王都を見るのが楽しみなんです」


 アルスの素直な答えに、車内の人々は微笑み合い、道中の他愛もない話で笑い合った。

 農夫は王都の市場の賑わいを語り、青年は劇場の芝居の話を熱弁する。

 アルスは興味津々で耳を傾け、知らない世界の広さを実感した。


「村じゃ考えられないな……」


 と呟くと、隣に座っていた子どもが元気に言う。


「お兄ちゃん、王都はすごいよ!」


 その無邪気な声に、アルスも思わず笑みを浮かべた。


 陽が傾き始め、ついに高い城壁が視界に飛び込む。

 赤茶色の石造りの城壁は昼光を受けて重厚に輝き、装飾の彫刻が威厳を放つ。

 頂上の矢狭間からは、まるで王都全体を見守る守護者の視線が降り注いでいるかのようだった。


 城門の前には衛兵が立ち、肩に斧や槍を携え警戒している。

 通行人に威圧的ではなく、礼儀正しく行き交いを確認する様子から、王都の規律の高さを感じ取れた。


 荷馬車が近づくと、衛兵は車輪や荷物を目視しながら声をかける。


「旅人か。荷物に危険物はないな?」


 商人風の男性が「問題ありません」と答えると、衛兵は頷き、通って良いと手で合図をした。


 門を抜けると、視界は一気に広がる。

 活気に満ちた王都の街並みが眼前に広がっていた。


 石畳の道路は街道より整備され、両脇には商店や市場の屋台がずらりと並ぶ。

 香辛料や焼き立てのパン、果物の甘い香りが混ざり合い、通りを歩く人々の掛け声や笑い声が空気を揺らす。

 馬や荷車、鉄靴で叩かれる石畳の音がリズムを作り、街全体が息づいているかのようだった。


 街の奥に目をやると、王城の塔が高く(そび)え、金色の屋根と白い石壁が昼光に反射して光の城塞のように輝く。

 塔の頂上には王旗がたなびき、城下の広場を見下ろすその威容は、村や森で見てきたどの建物とも比べものにならない圧倒的な存在感を放っていた。


 アルスは息を呑み、荷馬車の縁に手を置いた。

 眼前の活気と王城の壮麗さ、街の喧騒が一度に押し寄せ、心臓が高鳴る。


「これが……王都……!」


 田舎の村で見てきた景色とは比べものにならない、圧倒的な世界が目の前に広がっている。

 胸の奥から熱いものが込み上げ、自然と拳を握りしめた。


「俺はここで、きっと何かを掴むんだ」


 夕陽に照らされる王都は、まるで新たな物語の舞台の幕が上がる合図のようだった。


 そして、あの沈黙を守る旅人の存在が、この先の運命に大きく関わることを――

 アルスはまだ知る由もなかった。

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