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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第三章

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第46話 拠点

 昼下がりの陽射しが街路を柔らかく照らしていた。

 石畳を踏みしめながら、アルスたちは商人ギルドへ向かう。

 午前中に信用手形の手続きを終えたばかりの場所――今回は、少し違う目的での訪問だった。


「こうしてまた来ることになるなんて、思わなかったですね」


 ミリアが笑みを浮かべながら言う。


「今度は“家探し”だもんな」


 アルスが肩をすくめると、フィアナが興味津々に続けた。


「でも、こういうのちょっとワクワクする! どんな家があるんだろう?」


 セレナは控えめに頷きながら、真面目な口調で言った。


「大きな買い物だから、しっかり見極めないとね」


 ギルドの重厚な扉を押し開けると、前回と同じく磨かれた床に靴音が響く。

 室内には商人や職人たちが行き交い、商談の声が穏やかに飛び交っていた。


 受付で事情を伝えると、若い男性職員がすぐに笑顔で応じた。


「お住まいの購入をご希望ですね。でしたら不動産窓口のナタリアをご紹介いたします」


 案内されたのは、奥まった場所にある整然としたカウンターだった。

 そこに立っていたのは、金色の髪をきちんとまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だった。年の頃は三十前後に見える。

 白いブラウスの袖口から覗く細い指が、慣れた手つきで書類を整える。


 彼女はアルスたちに気づくと、にこやかに立ち上がった。


「お待たせいたしました。不動産窓口担当のナタリアです。本日はどのような物件をお探しでしょうか?」


 その口調は丁寧で柔らかい――だが、四人の並びを見た瞬間、ナタリアの瞳がわずかに輝いた。


(……男性お一人に、女性が三人……? ふふ、これはなかなか……素敵な構成ですね)


 表情には出さず、ナタリアは爽やかに微笑みを浮かべたまま続けた。


「条件をお伺いしますのでこちらにお座りください」


 席に着いたアルスたちを前に、ナタリアの胸の奥にはほんのりとした高揚感が芽生えていた。


 ――今日の案内、少し楽しみになりそう。


 アルスたちは席に着き、家探しの相談が始まった。

 ナタリアは表面上では冷静に仕事をこなしていたが、その心の奥では、すでにほんの少し“恋愛観察モード”に入っていた。


「それでは、皆さまのご希望条件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ナタリアが微笑みながらペンを構える。その姿勢には職務的な丁寧さと、どこか“楽しげな気配”が混じっていた。


「まず、どのくらいの規模をお考えですか?」


 セレナが落ち着いた声で答える。


「四人で住める家を探しています。部屋はできれば個室がある方がいいですね」

「承知しました。ご家族……ではなく、パーティでの同居という形ですね?」


 ナタリアが確認すると、ミリアが勢いよく頷いた。


「はいっ! 冒険者仲間なんです! 一緒にごはん食べて、一緒に寝て――」

「寝て?」


 セレナが小さく咳払いをして、ミリアを肘で小突く。


「ち、違います! 同じ屋根の下って意味です!」


 ミリアの慌てっぷりに、ナタリアは思わず口元を押さえて笑ってしまう。


(ふふ……可愛い反応。まるで恋する少女そのものじゃない)


 彼女は書類の端に小さくメモを書き足しながら、話を続けた。


「では、環境面のご希望はございますか?」


 セレナが「静かな場所を」と答えると、フィアナがぱっと手を上げた。


「外に庭があると嬉しいです! お花を植えたいんです!」

「素敵ですね。ガーデニングができるお家もございますよ」


 ナタリアは嬉しそうに微笑み、次に視線をアルスへ向けた。


「ご主人……いえ、リーダー様のご希望は?」

「……予算は控えめで」


 その即答に、ミリアとフィアナが「やっぱり……」と顔を見合わせる。


「でも、お風呂はちょっと広めがいいです!」


 ミリアがすぐに割り込む。


「一日の疲れを癒やす場所は大事ですよね?」

「はい、とても共感します。特に女性の方はゆったりされたいでしょうし」


 ナタリアが頷きながら返すが、心の中では別の言葉が弾んでいた。


(“広いお風呂”って……もしかして、リーダー様と――なんて想像したら……だめだめ、職務中よナタリア!)


 彼女は頬をほんのり赤くしながらも、すぐに真面目な顔へ戻る。


「では、皆さまの条件をもとに、いくつか候補をご案内いたしますね」


 そう言って、ナタリアは書類の束を抱えて立ち上がった。


「お時間に余裕はございますか?」

「ええ。今日は一日空けてあります」

「でしたら、実際にいくつか見て回りましょう。お天気も良いですし」


 アルスたちは頷き合い、ギルドの外へと出る。

 ナタリアは軽やかな足取りで先導しながら、時折ちらりと後ろを振り返った。


(……それにしても、本当に絵になる四人。特にあのリーダーの子、あの落ち着き方で十八歳? あれは年上キラーだわ……。年下なのに頼れそうで、でも放っておけない感じ。……わかる、すごくわかる!)

(セレナさんもあの穏やかな眼差し……これはもう、完全に“面倒見る側が落ちる”パターンじゃない!)


 ナタリアは資料の束を抱えながら、思わず小さく頬を染めた。


(ああもう……この四人、構図が完璧すぎる。保護者と弟、天然と妹分……尊い……!)


 最初に案内されたのは、高級街の石造り邸宅だった。

 白い外壁が陽光を反射し、手入れの行き届いた庭には小さな噴水まである。門をくぐった瞬間、フィアナが思わず目を丸くした。


「わあ……お屋敷みたい」

「みたい、じゃなくて、ほとんどお屋敷だろ……」


 アルスが苦笑すると、ナタリアは誇らしげに胸を張る。


「こちらは、かつて貴族の別邸として使われていた物件です。内装も豪華で、応接間には装飾暖炉、二階には来客用の広間も――」


 説明の途中で、ミリアがそっとアルスの袖を引いた。


「アルス様……こういうのって、たぶん説明を聞く前から高いです……」

「……だよな」

「ちょ、ちょっと待って! これ……お値段は?」

「一万プラドになります」

「……はい、次お願いします」


 今度はミリアだけでなく、アルスも迷わず頷いた。

 豪華すぎる家は、彼らの“拠点”というより、どうにも落ち着かない別世界の建物に思えた。


 次に案内されたのは、市場近くの木造家屋だった。

 通りへ出れば屋台が並び、焼き菓子や香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。フィアナは鼻をひくつかせて、きらきらした目で通りを見た。


「すごい……毎日お祭りみたい!」


 だが、その直後。通りの向こうから怒鳴り声まじりの笑い声が響き、積荷を引く車輪の音が石畳を激しく鳴らした。


 セレナが小さく眉を寄せる。


「……昼でこれなら、夜はもっと騒がしそうね」

「夜も酔っ払いの声が響きますし、朝も荷運びで早くから賑やかになります」


 ナタリアが苦笑まじりに補足する。

 便利そうではある。けれど、気を休める場所としては落ち着かなかった。


 三軒目は、森にほど近い家だった。

 緑の匂いが濃く、吹き抜ける風もひんやりとして心地よい。フィアナは嬉しそうに駆け寄り、耳をぴんと立てた。


「空気が綺麗! こういうところ、好きかも!」


 だが、玄関脇の土に残る大きな足跡を見つけて、アルスがしゃがみ込む。


「……これ、犬じゃないな」


 セレナも視線を落として頷いた。


「獣が近くまで来てるのね」

「ええ、夜は少しだけ……賑やかです」


 ナタリアの言い回しは柔らかかったが、言いたいことは十分伝わった。

 フィアナは名残惜しそうに森の方を見たが、アルスは静かに首を横へ振った。


 四軒目は、川沿いに建つ可愛らしい住宅だった。

 木枠の窓には蔦が絡み、外から見れば絵本に出てきそうな愛らしさがある。ミリアが思わず頬を緩めた。


「見た目はすごく好きです……!」


 ところが中へ入った瞬間――


 ギシッ。


 床が鈍い音を立てて大きく沈み、フィアナが小さく跳ね上がった。


「ひゃっ!」

「フィアナちゃん、大丈夫ですか!?」


 ミリアがすぐに駆け寄って手を差し出す。フィアナはぱちぱちと目を瞬かせてから、その手を取った。


「う、うん……びっくりしただけ」


 アルスは床板へ視線を落とし、そっと足先で感触を確かめる。


「……大規模な修繕前提だな」


 ナタリアも胸を押さえながら、小さく息をついた。


「び、びっくりしました……。見た目は良いのですが、内部の腐食が進んでいる物件でして……」


 四軒目の家を出て、ナタリアがアルスたちに向き直った。

 どの家にも長所はあったが、決め手と呼べるものはまだ見つからない。


「……いくつかご覧いただきましたが、いかがでしょう?」

「うーん……どれも悪くはないけど、決め手に欠けるな」


 アルスが腕を組んで考える。

 ナタリアは少し迷ったように、手元の書類をめくった。


「……実は、もう一軒だけございます。ただ、少し古いので……ご案内を迷っていたのですが」

「構いません。見せてください」


 アルスの穏やかな声に、ナタリアは微笑んで頷く。


(やっぱりこの人、声のトーンが優しい……皆さんが惹かれるのもわかるなぁ)


 彼女は軽く息を吸い込み、最後の物件へと歩き出した。


 ――それは、街外れの静かな一角。

 夕方の光が差し込む頃、彼らは最後の一軒へと案内された。

 街の喧騒から少し離れた、石畳が土道へと変わるあたり。風に草の匂いが混じり始める場所だった。


「こちらが最後の物件になります」


 ナタリアが微笑みながら門を押し開ける。

 そこには、古びながらも堂々とした二階建ての家があった。

 外壁は淡い灰色の石と、温かみのある木材が組み合わされている。

 屋根は赤褐色の瓦葺きで、陽を受けて柔らかく輝いていた。

 玄関前には小さな花壇があり、野花が揺れている。


 アルスは思わず足を止め、ゆっくりと息を吐いた。


「……雰囲気があるな」

「うん。派手さはないけど、落ち着く感じがする」


 セレナの言葉に、ミリアも頷く。


「なんだか、“帰ってきた”って気持ちになりますね」


 玄関をくぐると、温もりのある空気が迎えてくれた。

 扉の先には広めのリビングがあり、中央には石造りの暖炉が据えられている。

 使い込まれた鉄製の火格子が光を受けて鈍く輝き、薪の香りが微かに残っていた。

 天井は高く、梁がむき出しになっており、木のぬくもりと石の重厚さが見事に調和している。


「ここが……リビング?」


 フィアナがきょろきょろと見回す。


「広い! 走っても怒られなさそう!」


 ミリアが笑いながら手を広げた。


「家具を置いても、十分に余裕がありますね」


 暖炉の奥には、仕切りのないキッチンがある。

 石張りの調理台と木の棚、窓際には小さな流し場。

 棚の隅には昔の住人が使っていたのか、古い鍋が一つ残されていた。

 窓を開けると、心地よい風が入り、煮込み料理の香りが似合いそうな静けさが漂う。


 家の裏手には小さな裏庭が広がっていた。

 草は伸びているが、土は柔らかく、日当たりも悪くない。


 ミリアが目を細めながら呟く。


「ここ、薬草を育てられそうですね。洗濯物も干せますし」

「練習用の木人を置くのもいいな」


 アルスの言葉に、セレナが微笑を返した。


 一階の奥には、思ったよりも広い風呂場があった。

 石張りの浴槽に木製の湯桶が並び、窓から差す光が水面に反射している。


「これは……立派だね」


 アルスが思わず感嘆の声を漏らす。

 セレナは湯気が立つ光景を想像しながら微笑んだ。


「皆で疲れを癒すには十分ね」


 その言葉に、ミリアの頬が一瞬で朱に染まる。


(ま、まって……“皆で”って、もしかして、全員で!? いやいや、普通は順番に入るでしょ! でも……アルス様が先に入ってて、そこにセレナさんがうっかり……あっ、でも二人で湯気の中で距離が近づいて――!!)


 ミリアの脳裏で、湯けむりの中に幻想的な光景が広がる。


(……そしてセレナさんが髪を下ろして、アルス様の肩にそっと手を置いて……「アルス、また傷が……」なんて! うわぁぁ尊いッ!)


 だが、すぐにもうひとつの妄想が割り込んでくる。


(待って! フィアナちゃんがタオル姿で廊下を走ってきて「私も入るー!」って! セレナさんが「だ、駄目っ!」って言って――うわぁぁ! 三人の修羅場! しかもアルス様が間に入って止めようとして……近い! 近いって! 物理的にも精神的にも尊い!!)


 ――ぶわっ、と鼻の奥が熱くなり、ミリアは慌てて鼻を押さえた。


(いけない……ここで鼻血は絶対にまずい……! 私は冷静、私は聖女……今のは幻、ただの幻!)


 そんなミリアの内心を知る者は誰もおらず、アルスは湯量の調整口を真剣に覗き込み、セレナは浴槽の深さを測っていた。

 フィアナだけが、ミリアの様子をちらりと見て首を傾げる。


「ミリアさん、顔真っ赤だよ? 暑いの?」

「う、うん! ちょっと……将来のことを考えてただけ……っ!」


 ミリアは笑顔で誤魔化しながら、こっそりと心の中で悲鳴を上げた。


(この家……尊い未来しか見えない……!)


 二階へと続く階段は緩やかで、踏むたびに木の軋む音がする。

 上がると、左右に六つの個室が並んでいた。

 それぞれに窓があり、光と風がよく通る。

 部屋の大きさはまちまちだが、寝室、客間、書斎として使うには申し分ない広さだ。

 廊下の突き当たりには、天井に小さな木扉がついている。


「これ……屋根裏ですか?」


 フィアナが指差す。


「ええ。屋根裏部屋もございます。収納にも、改装して部屋としても使えますよ」


 ナタリアの説明に、ミリアが目を輝かせた。


「夢がありますね……秘密基地みたいで!」


 四人が屋内を見て回るあいだ、夕陽が窓から差し込み、廊下に淡い光を落とす。

 石の壁に反射した光が揺らめき、まるで家そのものが静かに息づいているようだった。


 アルスは立ち止まり、暖炉のあるリビングを振り返った。

 そこには光があり、温もりがあり、仲間たちの笑顔があった。

 冬の夜、この場所に灯がともり、皆で食卓を囲む光景が、ふと自然に胸へ浮かぶ。


 ほんの短い沈黙ののち、彼は静かに言った。


「……ここが、いいかもしれない」


 その言葉に、三人の顔がふわりとほころぶ。


 四人が家の中を一通り見回り、屋根裏の小部屋まで確認したあと、ナタリアは少し興奮気味に微笑んだ。


「それでは……購入のご意思をお聞かせいただけますか?」


 ナタリアの声は、期待と喜びに満ちていた。目の奥で小さく輝く光が、まるで少女のように弾んでいる。


 アルスは少し考え込む素振りを見せた。


「……どう思う、みんな?」


 セレナは静かにリビングの暖炉を見つめ、穏やかに答える。


「悪くないわ。落ち着くし、光も風もよく入る」


 ミリアは微笑みながらアルスに視線を送った。


「ここなら、毎日がとうっ……楽しく過ごせそうです!」


(あぶなっ! 尊いって言いかけたっ……!)


 フィアナはすでに庭の花を植える想像をして、目を輝かせている。

 アルスは深く息をつき、三人の笑顔を見渡した。


「……よし。この物件はいくらです?」


 ナタリアは微笑みながら書類を取り出す。


「こちらの物件は、八百プラドになります」


 アルスは眉をひそめ、少し考え込む。


「八百プラド……。確かに良い物件だが、なぜこれほど条件の良い家が売れ残っているんだ?」


 ナタリアは少し困ったように笑い、説明を始めた。


「実は……先程も申し上げましたが、少し古い物件なのです。外観は保たれていますが、内装や設備は最低限のままなんです。あと、街外れの立地のため、便利さを重視する方には敬遠されがちで……」


 セレナが頷きながら静かに口を開く。


「なるほど、だから価格は割安になっているのね」


 ミリアが目を輝かせて言った。


「でも、逆に私たちにぴったりかも! 静かだし、自分たちの手で少しずつ整えていける」

「ハーブも花も育てられるし! ここなら思い通りにできそう!」


 フィアナも庭を指差して笑う。


 アルスは再び周囲を見渡し、三人の意見を聞きながら考える。


(なるほど……確かに立地は街外れだが、条件や広さは十分だ。多少手を入れても、ここなら理想の拠点にできそうだな)


 アルスは再び三人の笑顔を見渡し、深く息をついた。


「……わかった。ここにしよう」


 ミリアもフィアナも顔を輝かせ、セレナは穏やかに微笑む。

 ナタリアはにっこりと頷き、書類の束を抱え直した。


「それでは、まずはギルドに戻って手続きを進めましょう。保証金の確認もございますので」


 四人は夕暮れの街路を再び石畳の道に沿って歩き、商人ギルドの重厚な扉を押し開けた。

 室内に入ると、静かな落ち着きが彼らを包み、前回の信用手形の手続きで覚えた安心感がふと胸によみがえった。


 ナタリアはカウンターに書類を整えながら説明する。


「まずは保証金をお預かりいたします。その後、所有権登録の手続きに進みます」


 ナタリアが言葉を区切ったその瞬間、セレナは静かに頷きながら口を開いた。


「なら、その保証金だけでなく、全額支払ってしまいましょう。今のうちに手続きを済ませておきたいの」

「全額……でございますか?」


 ナタリアが少し驚いたように顔を上げる。

 アルスは思わず振り向いた。


「セレナ……本気なんだな」


 アルスは小さく息をつき、それから静かに頷いた。


「……わかった。手続きを進めよう」

「ええ。こういうことは、早いほうがいいもの。それに――あの家、もう誰にも渡したくないわ」


 彼女の声音には穏やかさと確かな決意があった。


 アルスは、商人ギルドに預けている二千プラドのうち、今回の契約分として八百プラドを支払うことにした。

 ナタリアは書類を整えると、確認のために一枚の預かり証をアルスから受け取る。


「こちら、ギルド口座から八百プラドを差し引くための手続きになります」


 ナタリアが手慣れた仕草で細い銀針を差し出す。


「ご本人確認として、血を一滴だけ――」


 アルスは苦笑を浮かべた。


「またか……」


 小さくため息をつきながら、指先に小さな傷をつけ、赤い雫を紙の印へと垂らす。

 ナタリアはそれを確認し、魔道具の筆で数字を書き換えた。


「これで残高は千二百プラドになりますね」


 そして、にっこりと微笑んで鍵を差し出す。


「おめでとうございます。これで、この家は皆さまの“拠点”です」


 銀色の鍵が、夕暮れの光に静かに輝いた。


 アルスは鍵を手に取り、深く息をつく。


「……ありがとう。これで、やっと帰る場所ができたな」


 セレナは肩に手を添え、穏やかに微笑む。


「ええ、みんなの帰る場所よ」


 ミリアは内心でそっとつぶやく。


(……そして、私たちの新しい毎日が、ここから始まるんだ……)


 四人はギルドの外に出て、夕陽に染まる街を見渡した。

 屋根や壁、窓ガラスに映る光は、まるで家そのものが彼らを迎えているように輝いていた。

 秋の風が頬を撫で、遠くで鐘の音が静かに響く。


 新たな拠点――家族のような仲間と過ごす場所。

 その予感が、静かに、確かに心に灯ったのだった。

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