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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第三章

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第44話 ぬくもり

 ギルドから宿屋に戻ったアルスたちは、部屋割りについて相談していた。


「アルスと私が同室で、ミリアは別の部屋で良いわよね?」


 セレナが落ち着いた口調で言い、ミリアも頷く。

 アルスに今さら拒む余地はなかった。


 だが、フィアナの顔には少し暗い影が落ちていた。


「……わたし、まだ報酬をもらってないから、部屋代どうしよう……」


 小さく呟くその声に、ミリアとセレナはすぐに気づいた。


「フィアナちゃん、心配しないで。わたしの部屋に一緒に泊まりましょう」


 フィアナは小さな袋を握りしめたまま視線を落とした。

 その耳が、申し訳なさそうに伏せかける。


 けれどミリアに「一緒に泊まりましょう」と言われた瞬間、ぴんと立ちかけた耳と、尾の先が控えめに揺れた。


「……え、いいの?」

「もちろん。今日は疲れたし、一緒に休みましょう」


 セレナも微笑む。フィアナは少し照れながらも頷き、部屋割りは自然と決まった。


 部屋に荷物を置くと、まずはお風呂へ向かうことにした。


「俺は先に一人で行ってくる」


 アルスが手早く身支度を整え、浴場へ向かうと、残りの三人は顔を見合わせて笑った。


「じゃあ、私たちも行く?」

「そうね、せっかくだし三人で!」


 セレナ、ミリア、フィアナはくすくす笑いながら、三人一緒に部屋を後にした。


 湯気に包まれた浴場に足を踏み入れると、ほっとする温かさが体を包む。ミリアは軽く笑いながらフィアナに声をかけた。


「フィアナちゃん、よく頑張ったね」

「うん、でもアルスさんたちのおかげだよ」


 湯船に浸かりながら、二人は互いの疲れた体を労うように微笑み合う。


 湯に肩まで浸かった瞬間、セレナは小さく息を漏らした。

 弓を引き続けた右腕の奥に、遅れて鈍い痛みが浮かぶ。


「……思った以上に、使っていたみたい」


 そう呟くと、ミリアがそっと彼女の腕に視線を落とした。


「今日はいっぱい頑張りましたもんねぇ。ちゃんとあったまって、ゆっくり休みましょうね~」


 フィアナも頷く。


「セレナさんがいてくれたから、わたし……怖くても走れたよ」


 フィアナの素直な言葉に、セレナは少しだけ肩の力を抜いた。

 張り詰めていた空気がほどけた、その時だった。


 フィアナが隣からちらりとセレナの胸を見上げて、自分の胸と見比べて羨ましそうに顔をしかめる。


「……うう、セレナさんって、やっぱりすごくていいな……」

「な、何よ急に……!」


 セレナは慌てて胸を手で隠すが、湯の中でちょっと顔を赤くして笑うしかなかった。


 その様子を見たミリアはふふっと笑いながら、フィアナに手を差し伸べた。


「じゃあ、ちょっと触ってみる?」

「えっ……いいの……?」


 躊躇いながらもフィアナが手を伸ばすと、ミリアの胸の柔らかさに思わず感嘆の声を上げる。


「わぁ……すごい……ふわふわ……」


 ミリアは笑いながら少し体を寄せ、フィアナの手を優しく誘導する。


「そっとね、痛くしちゃだめよ」

「は、はい……!」


 三人は湯気の中で笑い声を重ねながら、肩を寄せ合ってはしゃいでいた。

 さっきまで身を強張らせていたことさえ、もう遠い。


 その声は隣の浴場にも届き、アルスは湯船の中で思わず頬を赤らめ、慌てて湯船に顔を伏せた。


「ふぅ……お風呂って最高ね」

「ほんと、こんな時間があるだけで元気出るね」

「もう……セレナさんもフィアナちゃんも、笑いすぎですよ!」


 ミリアは少し呆れながらも、湯船の中で心から安らいでいる表情を浮かべた。


 フィアナは隣で顔を赤くするセレナを見て、さらにちょっかいを出す。


「セレナさん、もうちょっとリラックスしてもいいんじゃない?」

「な、何言ってるのよ……!」


 セレナは慌てつつも、ちょっとずつ笑みを浮かべ始める。

 その笑みを見て、フィアナは湯船の中で体を少し寄せ、声をひそめて尋ねた。


「ねえ……セレナさんって、アルスさんとどんな関係なの?」

「えっ……!?」


 思わぬ問いかけに、セレナの頬は湯気よりも赤く染まる。


「そ、そんなこと急に……」

「ふふっ、気になるんだよね。私だけじゃなくて、ミリアさんもそうでしょ?」

「うん、ちょっと興味あるかも~」


 ミリアも悪戯っぽく微笑み、二人に見つめられたセレナは湯船の中で居心地悪そうに身を縮めた。


「べ、別に……特別な関係じゃないわよ! 一緒に戦ってきた仲間ってだけ。そう、仲間よ、仲間!」


 必死に言い募るセレナだが、早口になっているのを自分でも自覚して、ますます顔を赤くする。


「へぇ~?」

「ふふっ」


 二人の少女の含み笑いに、セレナはぷいっと顔を背けてしまった。


「も、もうっ……! 余計なこと聞かないの!」

「セレナさん、やっぱりアルスさんのこと――」

「な、何もないってば!」


 湯気に包まれた空気の中、セレナは赤い顔を隠すようにぷいと横を向いた。


 (――うわぁぁ……来ました、来ましたよこれ……!

 こういう、何でもない湯気の中で距離だけ近い空気、いちばん危ないんです……! セレナさん、その顔で“別に特別じゃない”は無理がありますって……っ。尊い……尊すぎます……。)


 ミリアの脳内では、すでに湯気の中で別の光景が再生され始めていた。


 (あ、でもこれでアルス様が後ろから抱き寄せて「よく頑張ったな」なんて囁いたら……セレナさん、絶対に真っ赤になって腰砕け……! で、フィアナちゃんが「私も……」って甘え声で近づいて抱きついて……うわあああ!! 三人で湯船の中で……っ!)


 顔を真っ赤にして両頬を抑えるミリア。だが妄想は止まらない。


 (いやいや、それで終わりじゃない! そこに私が乱入して「じゃあ私も!」って飛び込んだら……もう湯気の中で四人がぐちゃぐちゃに絡んで……だめだめ! でも見たい! 尊すぎて鼻血出るぅぅぅっ!!)


「……ミリアさん? 顔、赤いけど大丈夫?」


 不思議そうにフィアナが覗き込む。


「えっ!? な、なに? だ、大丈夫大丈夫! ほら、お湯が熱いからっ!」


 慌てて手をばしゃばしゃ動かしながら、ミリアは湯気で誤魔化そうとした。


 (あっぶな……! 顔に出てなかったかな……? いや、セーフ……たぶんセーフ……!)


 ミリアは冷や汗をかきつつも、湯気の向こうにさっきの光景を何度も思い返していた。


 セレナも負けじとフィアナの背中を軽く押して、水面をはねさせる。


「ほら、戦いで固くなった体もほぐして、もっと楽しまなきゃ!」

「キャッ……やめ、ちょっと!」


 三人は湯船の中で小さな水しぶきを飛ばし合い、笑い声が浴場に響いた。


 その様子を想像したアルスは、耳まで熱くなるのを感じて、深く湯に沈んだ。


 戦闘で張り詰めていた緊張は、温かいお湯と仲間の笑顔でゆっくりと溶けていく。フィアナはミリアの背中に頭を預け、セレナの肩越しに湯気の向こうを覗き込みながら、思わず小さくため息をつく。


「……ひとりじゃないって、いいね」

「ええ、戦いの後は特にそうですね」

「ほんと……たまにはこういうのも悪くないわね」


 三人だけの時間が、湯気と笑い声に包まれながら、ゆったりと流れていった。


 入浴を終えると、三人は宿屋の自室に戻る。

 その夜、フィアナはミリアの部屋で一緒に休むことになった。


 ベッドに腰を下ろすと、ミリアは胸の鼓動を押さえきれないまま、布団に潜り込んだ。


「……ふぅ、やっとゆっくりできる」


 しかし、隣には丸まったフィアナ。抱き枕のように感じる距離感に、ミリアの頭の中は再びオタク全開で暴走する。


 (うそ……これ、夢じゃないよね……? 尊い距離感……合法スキンシップ圏内……! 尻尾も耳も、触れそう……っ!)


 もぞもぞと身をよじり、理性の糸を必死に保とうとするが、その瞬間は唐突に訪れた。


 フィアナが小さく寝返りを打ち、吐息が頬にかかるほど顔が寄ってくる。

 ふわりと鼻先をかすめた獣耳の毛並みと、布団越しに触れる尾の柔らかい感触。


 可愛いと尊さが一気に押し寄せ、ミリアの思考は真っ白に弾け飛ぶ。

 気づけばその腕は、細い体をぎゅっと抱きしめていた。


「ん……ぁ……?」


 寝ぼけ眼のフィアナは、状況を理解しないまま小さく唸り、反射的に腕を回してミリアを抱き返す。


 (ええええええええ!?!?!?!?――ちょ、待ってください待ってください、近い近い近いですっ!

 これはもう完全に抱き枕距離じゃないですか……!

 しかも耳、尾、寝息の三点セットって何ですか!?

 ご褒美が過ぎます、私の理性が保ちません~……!)


 フィアナの頬が胸元にすり寄ってきて、ふわふわの尾が足に絡む。

 ミリアの呼吸は完全に乱れ、布団の中で絶叫するしかなかった。


 (尊いぃぃぃぃぃ!! 酸素が足りない!! このままじゃ過呼吸で死ぬぅぅぅ!!)


 一方のフィアナは、すぐに安らかな寝息を立て始める。

 そんな無防備さが、逆にミリアの心臓を追い詰めていた。


「……し、幸せすぎて……眠れない……」


 布団の中、声にならない声を押し殺しながら、ミリアは完全に尊死寸前の夜を過ごすことになった。


 同じ建物の別室では、アルスとセレナも床に就いていた。


「今日は本当にお疲れさま」


 セレナが小さく呟くより先に、アルスが目を閉じたまま言った。


「……セレナがいてくれて、助かった」


 たった一言なのに、胸の奥が静かに熱を持つ。

 返事をする頃には、彼はもう眠っていた。


 セレナは入浴中の出来事を思い返していた。

 フィアナに聞かれた、あの問い――


(ねえ……セレナさんって、アルスさんとどんな関係なの?)


 頬が、再びほんのりと熱を帯びる。


「……私は……別に、特別なことは……」


 小さく呟いた言葉は、誰に聞かせるでもなく空気に溶けていく。


 横を見ると、アルスはもう穏やかな寝息を立てていた。

 その寝顔を見つめながら、セレナの胸の奥に、柔らかな温もりが広がった。


「……でも……」


 言葉は続かない。

 ただ、そっと手を伸ばし、布団の縁を握りしめる。


 触れられない距離。

 それでも、隣にいるだけで――

 不思議と、安心できた。


 夜の静けさの中、遠くから冒険者たちの笑い声が微かに聞こえる。


 セレナは小さく息を吐いた。


「……明日も、頑張らないと」


 そう呟きながら、セレナはそっと目を閉じる。


 仲間がいる。

 そして――

 隣には、大切な人がいる。


 柔らかなぬくもりに包まれながら、セレナは静かに眠りへと落ちていった。

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