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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第三章

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第41話 迷路の影を越えて

 影織の階層――。


 四層はその名の通り、幾重もの影が織り成すように通路が複雑に入り組んでいた。石造りの壁はどこも似たような模様で、区別がつきにくい。どちらに進んでも同じ景色が広がり、足音だけが空虚に反響している。


 アルスは剣を手に、通路の先を見据えて歩を進めていたが、眉を寄せる。


「……妙だ。さっきの分岐を左に進んだはずなのに、ここも同じ壁だ」


 セレナも矢を番えたまま、慎重に後ろを振り返る。


「本当に……。私たち、同じ場所を回ってる?」


 ミリアは焦りを隠せず、杖を握り直した。


「ま、迷っているんですか……? でも、確かに……同じ壁に見えます」


 通路の影は深く、揺らめく光に嘲笑うかのように映る。進んでも進んでも、出口は見えない。


 フィアナが耳をぴくりと動かし、不安そうに呟いた。


「わたし、音の響きがさっきと同じに聞こえます……。風の匂いも、変わってない……」


 その言葉が、全員の胸に冷たい不安を落とした。


 アルスは冷静を保とうと深く息を吐く。


「地図はあるが……ここまで細かい経路までは描かれていない。目印を残すしかないな」


 ミリアがすぐに手を挙げる。


「光の印を壁に刻んでみます!」


 杖の先端から小さな光の紋を浮かべ、壁に残す。


 だが進んだ先の壁にも、まるで最初から刻まれていたように同じ光が淡く揺れていた。


 セレナが目を細める。


「……魔力の干渉か、罠か。どちらにしても厄介ね」


 その一言で、空気が一気に張り詰める。どこへ進めばいいのか、どうすれば抜け出せるのか。焦りが言葉を鋭くし、呼吸を乱していった。


 その時だった。


 闇の奥から、湿った足音が重なり合って響いてきた。ぞろぞろと、肉を引きずるような、耳にこびりつく音。


 セレナが弓を持ち上げ、目を細める。


「……また来たわ。さっきより数が多い……!」


 通路の奥から、よろめく足音が幾重にも重なって近づいてくる。


 現れたのは、腐敗した体を引きずりながら、濁った瞳で群れをなして進むゾンビたちだった。


 ミリアは思わず小さく息をのむ。


「……うううっ、また……匂い……やっぱり苦手です……!」


 フィアナも尾を震わせ、息を詰めた。


「もうやだぁ……! 慣れない……! 見た目も気持ち悪いぃぃ……!」


 戦闘の経験はあるとはいえ、そのグロテスクな姿に二人の胸は軽く締め付けられる。


 アルスが冷静に声をかける。


「落ち着け。数は多いが、戦い方は分かっているだろう。互いを守りつつ、慎重に行くぞ! ミリア、浄化の祈りは魔力消費が激しいから温存して」


 アルスの言葉に、ミリアは頷く。


「はい、アルス様! サポートに徹します!」


 フィアナが短剣を握り直し、尾を軽く振る。


「……私が先に動きを見て知らせます!」


 迷路での混乱と不安の中、フィアナが前方に目を光らせ、僅かな足音や動きを仲間に伝える。その判断力が、緊張で混乱しかけた一行の支えとなった。


 セレナが指先で風を纏わせ、鋭い視線を通路のゾンビたちに向ける。


「ウィンドカッターでまとめて行くわ!」


 その言葉と同時に、彼女の手から真空の刃が渦巻き、通路のゾンビたちの頭部を次々と切断していった。


 ミリアも静かに息を整え、杖を掲げる。


「アルス様、フィアナちゃん――武器に光の加護を宿します!」


 聖なる光が剣と短剣を包み込み、神聖属性が刻まれると、武器から柔らかな輝きがほのかに漏れた。


 フィアナは尾を小刻みに震わせながら、仲間たちの武器を確認した。


「……これで私たち、少し有利ね!」


 アルスは剣を高く掲げ、力強く斬り込む。


「行くぞ、フィアナ!」


 フィアナも短剣を素早く振るい、セレナの風魔法とミリアの光の加護を活かしてゾンビを切り裂く。


 一体、また一体と敵は倒れていくが、それでも通路の奥からなお新たな影が押し寄せてきた。


「……くっ、数は多い……!」


 アルスが息を整え、仲間の動きを確認する。


 フィアナも尾を揺らしながら後方へ意識を配り、新たな接近を探っていた。


 フィアナも慎重に動き、短剣でゾンビの隙を突きつつ、尾で仲間に動きを知らせる。


「左手に二体、こちらに向かってくる!」


 少しずつ、数に押されていた戦況が、仲間たちの連携と弱点攻撃で押し返されていく。


 ミリアもホーリーシールドを展開し、ゾンビの攻撃を少しでも和らげようと支え続けていた。


 アルスは息を整え、目の前の混乱に集中する。


「よし、この調子だ。一体ずつ確実に――」


 アルスの号令を境に、仲間たちの動きはさらに鋭さを増した。


 セレナの放つ風の刃が通路の奥を切り裂き、ゾンビたちの頭部や四肢を容赦なく切断する。


 その直後、アルスとフィアナが輝く武器で肉体を断ち切れば、神聖の光が腐敗を焼き尽くし、黒煙を上げて崩れ落ちた。


 だが、数の勢いは止まらない。奥からはさらに、呻き声とともに新たな影が揺らぎながら迫ってくる。


「……まだ来るの!? 一体、どれだけ……!」


 フィアナが短剣を振り抜きながら悲鳴に近い声を上げる。


 押し寄せる腐肉の群れを前に、ミリアがすぐさま杖を振り上げた。


「ホーリーシールド! これ以上近づかせません!」


 淡い光の障壁が仲間の周囲を覆い、ゾンビの鈍重な拳を受け止める。


 腐肉が壁にぶつかるたびにじゅうっと音を立てて焼け、焦げた匂いが充満した。


 セレナは矢を番え、鋭く言い放つ。


「アルス、前衛を押さえて! 私が一気に削る!」


 次の瞬間、彼女は矢を放つと同時に風を纏わせる。矢は真空の刃を伴って飛翔し、一直線に通路の奥を薙ぎ払った。ゾンビの列が一瞬で断ち切られ、血と肉片が飛び散る。


 アルスはその隙を見逃さず、仲間に声をかける。


「今だ、前へ押し出すぞ!」


「うん!」


 フィアナが小さく息を呑み、短剣を振り抜いた。尾を振って合図を送りながら、仲間と呼吸を合わせる。彼女の突きがゾンビの喉を貫くと、聖なる光が弾け、肉体が一瞬で崩れ落ちた。


 しかし、ゾンビの呻き声は尽きない。通路の奥からは、さらに別の群れの足音が近づいてくる。


「まだ……!? これ、きりがないよ!」


 フィアナの声に、不安が再び広がる。


 しかも、その呻き声は通路の先からだけではない。もっと奥、もっと広い場所から、絶え間なく押し寄せてくるように聞こえた。


 アルスは歯を食いしばり、剣を振り抜いた。


「……迷路に合わせて、群れをぶつけてきているのかもしれない。ここで立ち止まれば押し潰されるぞ!」


 仲間の視線が交錯する。


 焦りと恐怖、そして迷路の影に潜むさらなる不安。


 それでも、前へ進まねば出口はない。


 アルスたちは息を乱しながらも、迫り来るゾンビを次々と切り伏せていた。


 神聖の光と風の刃の連携で道を押し開き、やがて通路は急に広がりを見せる。


 暗闇の先で、通路が不意に途切れた。


 その向こうに広がっていたのは、思わず息をのむほど異様な大空間だった。


 壁や地面が黒紫の瘴気に覆われ、腐敗した肉や骨のような紋様が絡み合う。


 その中心には、脈動する黒水晶のような核がうずくまり、禍々しい光を放っていた。


 その周囲からは、まるで裂け目から這い出るかのように、次々とゾンビの群れが湧き出している。


 フィアナが耳と尾を震わせ、顔を青ざめさせる。


「……あれ……! あそこから……ゾンビが出てきてる!」


 セレナも眉をひそめ、矢を番えながら低く吐き捨てた。


「……なるほど。だから際限なく現れるわけね」


 ミリアが震える声を抑え、杖を胸に抱きしめる。


「ま、魔獣図鑑に……ありました。あれは――《カース・ネスト》……! 呪いの巣です!」


 アルスが剣を握り直し、鋭く問いかける。


「弱点は?」


 ミリアは必死に魔獣図鑑へ目を走らせ、声を張った。


「核を……あの黒水晶を壊すか、聖なる儀式で封じるしかありません……! あれが残っている限り、ゾンビは何度でも湧きます!」


 アルスの目が細まり、剣先を黒水晶の核に向ける。


「つまり――あれを叩かなきゃ終わらないってことか」


 空気が一気に張り詰める。


 ゾンビの群れはなおも絶え間なく広間を埋め尽くし、その中心で黒水晶の核が脈動を続けていた。


 セレナが鋭く息を吐き、指先に風を纏わせる。


「ゾンビの群れを切り裂いて道を作るわ。アルス、フィアナ……あなたたちで核を叩いて!」


 フィアナは恐怖を押し殺し、尾を震わせながら短剣を構える。


「……わ、分かった! 絶対に……止めなきゃ!」


 ミリアも杖を掲げ、祈りの光を強める。


「私が支えます! アルスさん、フィアナさんを――光で守ります!」


 アルスは仲間たちを一瞥し、力強く頷いた。


「よし――突破して、あの核を叩き潰す!」


 広間に、再び死闘の幕が上がった。

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