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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第二章

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第37話 霊核と祝杯

 戦いを終えて、湖畔でひとときの休息を取った三人は、体を労わり合いながら街へと戻った。

 黒い森と赤い湖を抜けた時、頬に当たる風がひどく優しく思えた。冷たさの中に清らかな空気が混じり、緊張でこわばっていた肩がようやく解けていく。


「ふぅ……やっと外に出られたね」


 セレナが長く息を吐き、弓筒を背に掛け直す。

 ミリアは両腕で杖を抱え込み、よろけそうになる足を小走りで追いつかせながら、ふにゃりと笑った。


「生きて帰ってこれるって……しあわせ……」


 アルスはそんな二人の姿に、少し口元を緩めた。腰の袋からは霊核の温もりが脈打っているのを感じる。戦いの余韻は確かに残っていたが、心は不思議と軽かった。


*****


 石畳の街路を抜け、三人が冒険者ギルドに足を踏み入れると、賑わいの声と酒の香りが迎えた。

 昼下がりのギルド内は、依頼を受けに来た冒険者や、成果を報告する者たちで活気に満ちている。


 受付には、いつものようにリナが立っていた。肩までの栗色の髪が柔らかに揺れ、落ち着いた笑みが冒険者たちの緊張を和らげている。


 アルスが近づくと、彼女は目を瞬き、そして小さく驚いたように息を飲んだ。


「……三人とも、無事に戻ったのですね」


 その声には、抑えきれない安堵が混じっていた。


 アルスは腰の袋から、小さな光の結晶――《カーミラ・ウィスプの霊核》を取り出す。

 霊核は赤い光を帯び、淡く鼓動するように煌めいている。


「討伐の証だ。確認してくれ」


 リナは両手をそっと差し出し、掌の上に結晶が置かれると、まるで宝石を扱うかのように目を細めた。


「……間違いありません。《カーミラ・ウィスプ》の霊核です。討伐、お見事でした。報告書はこちらでまとめます」


 リナは一瞬だけ、セレナとミリアに視線を滑らせた。

 そして、すぐに笑顔へ戻す。


「……おかえりなさい。……それと、少しだけ、ずるいです」


「え?」


「いえ。業務に戻りますね」


 彼女は一瞬だけ視線をアルスに留め、その後すぐに事務的な調子に戻る。


「この霊核は換金も可能ですが……素材として保持することもお勧めします。特に剣の鍛造にはうってつけです。力を秘めた鋭い刃になるでしょう」


「剣に……」


 アルスは掌を開き、光を反射する結晶を見つめる。その赤が彼の瞳に映り込み、静かな火を灯した。


「それから――重要なお知らせがあります」


 リナは声を少し低め、三人を見渡した。


「カーミラ・ウィスプは、討伐記録が“七日周期”で戻っています。つまり――七日後に再生します。完全に滅びることはないのです」


 三人は互いに目を合わせ、小さくうなずいた。


*****


 ギルドの奥、酒場。

 木製の机と椅子が並び、冒険者たちの笑い声と酒の匂いが漂っている。三人は人の少ない隅の席に腰を下ろした。


「七日……か」


 アルスが霊核を指先で転がしながらつぶやく。


「その間に四層に進むか、三層で鍛えるか。どっちも選べるのね」


 セレナは腕を組み、顎に手を当てて考え込む。


「わ、わたしは……どっちでも……! アルス様が決めるなら、ついていきますっ!」


 ミリアは慌てて言葉を継ぎ、頬を真っ赤に染めた。


(だって……アルス様が進む道こそ、私の道だから……!)


 アルスは二人の表情を見やり、唇をわずかに引き結んだ。


「焦る必要はない。まずは……今日の勝利を噛みしめよう」


 三人の間に静かな笑みが広がった。


*****


 その後、彼らは教会を訪れた。

 高い天井と彩色ガラスから差し込む光が、神聖な静けさを満たす。祭壇の前で膝をつき、それぞれが祈りを捧げる。


 アルスの胸の奥に、熱が灯るのを感じた。

 それは炎のように燃え上がるのではなく、静かに心臓と一体化していく温もり。剣を握る手に、確かに新たな感覚が宿っていく。


 祭壇に置かれた水晶が、淡い光を帯びて震えた。神官が目を細め、言葉をつぶやく。


「……スキルが、顕現しましたね」


 水晶の中に浮かび上がった文字――《刃感(はかん)》。

 戦場での直感を鋭くし、斬撃の精度を高める、基礎的な戦闘スキル。


「……出たみたいだ」


 アルスが立ち上がり、息を吐いた。

 手にした剣を軽く構えてみる。刃の重さ、空気の流れ、筋肉の動き――すべてが一瞬で結びつき、研ぎ澄まされたように感じられた。


 だが、その瞬間。


 水晶の光がふっと揺らぎ、別の反応が走る。


「……え?」


 神官が眉をひそめた。

 水晶の表面に、まるでノイズのように乱れた光が走る。しかし文字は浮かび上がらず、記録はできない。


「干渉……? これは……」


 神官のつぶやきに、アルスは首を傾げる。


「何か問題でも?」


「……記録にない反応です。ですが……今は誤作動として処理します」


 神官はそこで言葉を切った。

 だがアルスの胸の奥に、何かわからない熱を感じる。


(……俺の中に、何かが“触れた”……?)


「アルス……」


 セレナが柔らかな笑みを浮かべ、ミリアは両手を合わせて歓声をあげそうになるのを必死に堪えた。


(すごい……アルス様、また強くなった……! これもう勇者様じゃないですか!?)


 二人には発現はなかったが、それでも不満はなかった。

 アルスが進むなら、自分たちも支える――その思いは変わらない。


*****


 夜。赤い月亭。

 厨房から漂う香草と肉の香りが、店内にいる全員の心を温めていた。


「おかえりなさい!」


 ふくよかな体格の女主人、マルタが大きな声で三人を迎えた。


「三層の強敵を討伐したんだってね! よし、今夜は腕によりをかけるよ!」


 テーブルに並べられたのは、森のキノコとハーブのシチュー、香草で焼き上げた鶏肉、そして色とりどりの甘い果実のデザート。


 入口の戸が、風もないのに一度だけ軋んだ。


 冒険者仲間たちも祝杯を掲げ、酒場は一層賑やかさを増す。

 セレナは赤ワインを一口飲み、頬を少し赤く染めながら笑った。

 ミリアは大皿のケーキを前に、目をきらきら輝かせている。


 アルスはそんな二人を眺め、胸の奥に静かな温かさを感じていた。


「これからも……一緒に、だな」


 小さなつぶやきに、二人は同時にうなずいた。


 物陰から密かに見つめる視線に、三人は気づかないまま――食事と会話が弾む。


 赤い月亭の灯りの下、三人の笑顔は戦いの疲れを溶かし、次なる冒険へ踏み出す力へと、静かに変わっていくのだった。

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