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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第二章

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第36話 赤き霧の決着

 翌朝。

 三人は再び、ダンジョンの洞窟前に立っていた。

 昨日の敗北が胸に重く残る。だがその瞳には、確かな決意が宿っている。


「今度こそ……」


 アルスが剣を握りしめ、静かに息を吐いた。

 背後でセレナが小さく頷き、矢筒を整える。ミリアは掌を組み合わせ、震える指先をぎゅっと押さえた。恐怖はまだ消えない。だが、それ以上に――仲間を守りたい気持ちが胸を満たしていた。


*****


 三層への階層を下りると、あの広間が口を開けていた。

 赤い霧が床を這い、壁を舐め、天井から滴るように渦を巻く。冷ややかな囁き声が、頭の奥を直接叩くように響く。


――カーミラ・ウィスプ。


 人の形を模した光の影が、ゆらりと立ち現れる。


「昨日の私たちとは違う……!」


 セレナが弓を構え、瞳に鋭い光を宿す。


「……光よ、我らを繋げ」


 ミリアは聖句を唱え、三人の気配を淡く結びつける。

 仲間の鼓動がわずかに胸に伝わり、心が温かく満たされた。


 アルスは剣を抜き放ち、二人に言った。


「声を絶やすな。それが俺を導く」


―――


 赤霧が渦を巻き、視界がぐにゃりと揺らぐ。

 アルスの前に、偽りのセレナとミリアの幻影が現れる。


 刃を振り下ろせば、そこにいるのは仲間の姿。


「……早速か」


 ――幻影と分かっているアルスは、剣を振らない。


「アルス! 私はここよ!」


 セレナの声が響き、矢が霧を切り裂く。


「アルス様、迷わないで!」


 ミリアの聖句が光の帯となり、幻影を押し返す。

 けれど喉の奥が焼けるように痛い。


(……声を、止めたら……終わる)


 息が細くなるたび、霧が耳元へ忍び寄ってくる。

 血の匂いと、誰かの悲鳴が混じった“嘘”が、意識の端を噛んだ。


「……っ、光よ――」


 セレナが息を殺す。

 だが霧が、風を読んで軌道を“ずらす”。


 矢は一度、赤い瞳の縁をかすめた。

 鈍い火花。血のような霧が散る。


「……まだ」


 だが霧が、足元から絡みつく。

 足首にまとわりつく冷たい重み。

 踏み込めない。足首だけが、床に縫われた。


「……っ、離れなさい!」


 セレナは弓を引いたまま、刃のような風で足元の霧を切り払う。

 一呼吸置き落ち着きを取り戻したセレナは、番え直し、今度こそ狙いを定めた。


 その刹那、セレナの矢が閃き、カーミラの片目を射貫いた。

 赤い光がはじけ、悲鳴のような音が広間に響く。


―――


 怒りに呼応するように、赤霧が爆ぜた。

 無数の黒い触手が生まれ、槍のように突き出される。

 床からも天井からも襲い来る影の腕。


「くっ!」


 アルスが剣で払い落とすたび、衝撃が腕に響き、刃に金属音が走った。

 一撃受け損ねれば、そのまま霧に絡め取られる。


「セレナ、もう一つ!」

「任せて!」


 二本目の矢が放たれ、もう片方の目も砕け散った。


 ――なのに。


 広間の赤霧が、笑ったように膨らむ。

 視界が白く飛び、足元の感覚が抜けた。


「っ……!」


 ミリアの聖句が、一瞬だけ途切れる。

 喉が締まり、声が出ない。


 その隙を待っていたかのように、黒い触手が床から跳ね上がった。

 アルスの足首に絡みつき、骨に食い込むように締め上げる。

 鈍い音が、関節の奥で鳴った。


「ぐっ……!」


 足の感覚が一瞬、消える。

 力が抜け、膝が床に叩きつけられる。

 霧が裂け目から入り込み、肺を冷やす。

 呼吸が浅く、速くなる。


「アルス!」


 セレナの声が鋭く刺さる。

 ――戻れ。声だ。声を掴め。


 だがカーミラは怯まない。

 霧が竜巻のように渦を巻き、刃と牙を帯びて三人を切り裂こうとする。

 皮膚を裂くような冷気が走り、アルスの頬に細い血筋が浮かんだ。


 その瞬間、アルスの周囲に柔らかな風が舞った。


 ――《ウィンドガーディアン》。


 セレナが結んだ風精霊の加護が、彼の心を澄ませる。


「アルス!」

「行ってください、アルス様!」


 二人の声が重なり、赤霧の中の道筋を照らした。


「おおおおおっ!」


 アルスは雄叫びを上げ、霧を切り裂いて突き進む。

 そこに――赤黒く脈動する核があった。


 だが、カーミラの抵抗はさらに激しさを増す。

 核を守るように黒影が壁を作り、無数の偽の核が周囲に浮かび上がった。


 偽核は脈動の速さまで同じだった。

 どれも本物の鼓動を真似ている。


 アルスが一歩踏み込むたび、核が位置を入れ替える。

 床の霧が足首を舐め、視界が揺れる。


「……っ、どれだ……!」


 耳元ではセレナとミリアの悲鳴が繰り返され、心を砕こうとする。


「アルス……やめて……!」

「お願い、アルス様……」


 幻惑はあまりに真に迫り、アルスの足が止まる。

 胸の奥を氷で締め付けられるような、凍りつく恐怖。


 だが、仲間の声が届いた。


「真ん中よ!」

「アルス様、信じて!」


 幻惑を打ち破る、確かな声。

 それだけが、揺らぐ心を支える。


 偽核が一斉に脈打ち、鼓動が重なった。

 心臓の音と核の音が重なり――一瞬だけ、世界が静止した。


「――任せろ!」


 アルスの剣が閃き、幻惑と共に核心を真っ二つに断ち割った。

 赤い霧が絶叫のような音とともに弾け飛ぶ。

 触手も影も一斉に崩れ、黒い煙となって消えていく。


 衝撃波が駆け抜け、森の木々を揺らし、床を裂く。


 その中心から、光の結晶がふわりと浮かび上がった。

 小さな水晶のような結晶は湖面の光を受け、赤く煌めく。


 ――討伐の証、《カーミラ・ウィスプの霊核》。


 アルスは手を差し伸べ、そっと結晶を受け取る。掌に伝わる暖かさと重みが、戦いの終わりと勝利の実感を彼に伝えた。

 セレナもミリアも目を輝かせ、思わず手を伸ばしてその輝きを確かめる。


 アルスは膝をつきそうになりながらも必死に立ち続け、セレナとミリアも杖と弓で支え合った。

 やがて、霧は細かい塵となり、静かに消え去った。


 周囲を覆っていた圧迫感は消え、ただ静寂が残る。

 響くのは、三人の荒い息遣いだけだった。


「……終わった、のか?」


 剣を下ろしたアルスが、息を整えながらつぶやく。


「ええ……勝ったのよ」


 セレナは弓を下ろし、深く息を吐いた。頬は赤らみ、胸の奥に熱が広がっていた。


「よ、よかったぁぁぁ!」


 ミリアはその場にへたり込み、杖を抱きしめて大げさに涙をぬぐった。


(きゃーーーっ! 決戦シーン! 声で繋がる絆イベント! しかもセレナさんの「守りたい」からの支援スキル発動! これ正ヒロインルート一直線じゃん! 尊死……!)


 内心で爆発している彼女をよそに、アルスは剣を収め、仲間を見渡した。


「ありがとう。二人がいたから、勝てた」


 三人の視線が重なり、静かに笑みがこぼれる。

 敗北を乗り越え、絆を深めた瞬間だった。


 戦いを終えた黒い森の中、三人は赤く染まった湖のほとりに腰を下ろした。

 濃密な霧はすでに消え、赤い水面が穏やかに波打っている。森の木々はまだ戦いの余韻を抱えるようにざわめき、冷たい風が肌を撫でていた。


 アルスは背を倒木に預け、剣を膝の上に置く。握り締めていた手が、ようやく力を抜くことを許されたかのように微かに震えた。


「……はぁ。さすがに堪えたな」


 目の前に広がる赤い湖に、先ほどまでの戦いの光景がちらつく。息を整えても、胸の奥に残る緊張感はなかなか消えない。


 ミリアは杖を膝に抱き、肩で息をつく。汗と血の匂いが混ざる湖畔の空気の中で、やっと心を落ち着けることができた。


「……勝てて、よかった……」


 声は小さくても、戦いの達成感が全身に広がる。


 セレナは弓筒を脇に置き、水筒を差し出した。


「喉、渇いてるでしょう?」

「助かる」


 アルスは水を飲み、冷たさが喉を通るのを感じる。命を取り戻した実感が、体の隅々まで染み渡った。


 湖面に映る赤い光が揺れる。ふと隣のセレナを見やると、戦いの中で見せなかった柔らかな表情がそこにあった。


「……無茶しすぎなんだから」

「そうか?」

「そうよ」


 短いやり取りの中に、互いの疲労と安心感が混じり、思わず笑みがこぼれる。


 ミリアは杖を抱え、湖面を見つめてつぶやいた。


「……ご飯、食べたい。甘いものをいっぱい……」


 アルスとセレナも微笑み、自然と肩の力が抜ける。

 赤い湖の光に反射する三人の影が、戦いの緊張を少しずつ溶かしていった。


 湖畔の石に腰を下ろしたまま、アルスは剣の柄に触れながら思いを巡らせる。


「……今回の戦い、ただ勝っただけじゃない。互いの声があったから、俺は迷わずに進めた」


 セレナは肩越しに微笑む。


「私も……あなたと、ミリアが一緒だから戦えた」


ミリアは杖を抱きしめ、はにかみながら小さくうなずいた。

(ああっ……アルス様……かっこよすぎる……! 剣の一振り、足さばき、視線の鋭さ……全部完璧……っ! あの瞬間の決意の瞳、心まで貫かれる……っ!)

胸の奥が熱くなり、思わず小さく「きゃーーーっ!」と声を上げそうになる。息を整え、杖をぎゅっと握り直す。湖面に映る赤霧も、黒い森の影も霞むほど、内心はアルス一色。

(ああ……アルス様……私、ずっと、ずっと……見守りたい……支えたい……っ!)


――そのとき、ふと気づく。

(……え? い、今……セレナさん、なんて言った……?)

さっきの言葉を頭の中でリピートする。

(……あ、あれ? ま、まって……! セレナさん……今……“ミリアが一緒だから戦えた”って……!? 嘘……! そ、そんなこと言われたら……うれしすぎて……っ!)

頭の中で爆発音が鳴った。

(セレナさんに認められて、アルス様にも褒められて……ああああっ!! これもう……聖なる三位一体……っ! セレナさんと私、両側からアルス様を支える未来が見える……見えちゃう……っ!!)

涙腺が決壊寸前。でも次の瞬間、妄想エンジンが一気に回転する。

(はぁぁぁぁ……もうダメ……尊い……セレナさんのその言葉、心臓に刺さる……! ああああ、私、今なら何百回でも倒れて起き上がれる……!)

更にミリアの妄想がエスカレート。

(そして……想像して……アルス様の右にセレナさん、左に私……! セレナさんと一緒にアルス様と腕を組んで……! アルス様の右腕にセレナさんのお胸、左腕に私のお胸が当たって……ああっ! 完璧パーティの図が出来上がってるぅぅぅ!! これよ! これが私の理想の隊列ッ!!)


「……っ!」


 思わず頬を押さえ、心臓が爆発しそうな勢いで跳ねる。


 そのとき、アルスがこちらをちらりと見て首をかしげた。


「ミリアの顔が真っ赤だな……疲れが出たのか?」


「ひゃっ!? い、いえっ!? だ、大丈夫ですっ! だ、だいじょうぶですからっ!!」


(ち、違うのアルス様っ、あなたが尊すぎて顔が限界突破してるだけなの……!)


 森の静寂と、湖面に映る光。三人は無言のまま、それぞれの胸に満ちる安堵を感じていた。荒れた呼吸が落ち着き、冷えた体を温めるように、そっと肩を寄せ合う。――戦いの疲労も、恐怖も、すべて共有された今。三人の絆は、確かに深まっていた。


 ミリアの心だけは静寂ではなく鐘が鳴り響く。

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