第31話 二層への歩みと揺れる心
朝の街路は、昨日の冒険の疲れを僅かに残しつつも、活気に満ちていた。
石畳の通りには露店が並び、冒険者たちの声や馬車の軋む音が混ざり合う。
陽光が柔らかく街を包み、店先に飾られた旗や布が風に揺れていた。
アルスとセレナは、宿屋の前でミリアと合流した。
ミリアは息を飲む。
アルスとセレナが同じ宿屋に滞在していたことを知り、心の奥がざわつく。
「え……ここにいるの?」
声が震える。胸が高鳴り、目の前の光景に少し戸惑う。
(アルス様と……セレナさんが同じ宿屋にいる……
ああ、なんだかモヤモヤする……!)
セレナは穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈する。
「おはよう、ミリア」
「おはようございます、アルス様、セレナさん……」
言葉は短いが、互いに微妙な距離感を測るような視線が交わる。
ミリアは心の中で小さく叫んだ。
(こうして穏やかに声をかけられるだけで、アルス様の隣にいることに慣れているような
セレナさんの余裕と落ち着きを、ひしひしと感じてしまう……!
私はまだその隣に立つには……
ああ、もう心がオタクモードで爆発寸前っ……!)
アルスは二人を見て、心の中で無邪気に呟く。
(おはよう、ミリア。二人とも、仲良くなったんだな)
セレナは微笑みを崩さずにいたが、その瞳の奥には冷ややかな光が宿る。
(……仲良く、なんて。
私にとっては、そんな簡単な言葉で片づけられるものじゃない。
アルスを支えてきたのは私。隣に立ち続けてきたのも私。
――誰にも、この場所は譲らない。
たとえ清楚に笑って近づいてくる子でも……)
*****
一層のマッピングは終了済み。
装備や補給品の点検も欠かさない。
ダンジョン外の広場、ギルド仮受付の前で準備を整える。
アルスは剣の刃を拭き、鎧の締め具を確認する。
セレナは矢筒を軽く叩き、矢の弾道を想定しながら装備を調整。
ミリアは杖の先端を握り、ライトやヒール、ホーリー・シールド、ルミナ・グラティアなど複数の神聖魔法を頭の中で整理し、いつでも発動できる準備を整えた。
表情は穏やかに微笑んでいるが、胸の奥では心臓が高鳴り、アルスと共に冒険をする期待と興奮でいっぱいだった。
(ライトで通路を照らして、アルス様の背中を守る……!
ホーリー・シールドで魔力を集中して、万が一の衝撃にも対応できる……!
ああ、アルス様と一緒にいるこの瞬間、完全に冒険中の夫婦感と萌えが同時進行……っ!)
「準備はこれで大丈夫ね」
セレナの声に、アルスは短く頷き、ミリアも小さく微笑んだ。
*****
一層の通路を歩きながら、アルスは口を開く。
「ところで、セレナやミリアは冒険を重ねることで、新しいスキルや魔法って覚えたりするのか?」
ミリアは少し恥ずかしそうに目を伏せ、微笑みながら答える。
「はい……
戦いや祈りを通じて、少しずつ力が強くなったり、新しい魔法が使えるようになったりします。
教会で祈りを捧げることで、より明確に身につくこともあります」
(アルス様から直接質問……!
私に興味を……胸がいっぱい……!)
セレナも穏やかに頷いた。
「経験を積めば、
戦闘や冒険で得たものを自分の力として自覚することもあるわね。
自覚した時には“祈りの教会”で瞑想すると発現するわ」
(セレナさんの瞳が少し冷たく光った……
嫉妬? 見透かされてる……!
胸がギュッと締め付けられる……)
「祈りの教会か……。
王都の南区にあるっていうのは聞いたことがあるけど、具体的にはどんな場所なんだ?」
アルスが興味深そうに尋ねると、ミリアは表情を和らげ、立てた杖をそっと握り直して説明を始めた。
「正式には“祈願の聖堂”と呼びますが、私たち冒険者の間では親しみを込めて“祈りの教会”と呼ばれています。
ギルドからも近くて、木造の白壁で温かみがある、とても落ち着いた場所なんですよ」
(私のよく行く場所について、アルス様がもっと知りたいと思ってくださっている……!
案内する日のことを想像するだけで、心臓の音がうるさいくらい……っ)
「そこには“加護の間”という特別な空間があって、そこで祈りと瞑想を捧げるんです。
戦いの中で得た経験や、心の奥に眠っている魔力を、祈りを通じて自分の力として引き出すお手伝いをしてくれます」
「へぇ、ただ祈るだけじゃなくて、実戦的なサポートもしてくれる場所なんだな」
「はい。
サンクト・レメディウムのような大きな奇跡を授かる場所ではありませんが、一歩ずつ自分を成長させるには、あそこが一番なんです。
地下には“祈りの泉”という清らかな泉もあって、儀式の前に身を清めたり、疲れた心身を癒したりすることもできるんですよ」
「なるほど……
自分の力を見つめ直して、形にする場所ってわけか。
今の俺たちには、まさに必要な場所だな」
アルスは納得したように頷き、ふと思いついたように二人の顔を見た。
「もし良かったら、今度俺も連れて行ってくれないか?
新しいスキルとか、自分でも気づいていない力があるなら、一度はっきりさせておきたいんだ」
(アルス様と一緒に、あの神聖な教会へ……!
それはつまり……
聖堂の光の中で二人きりになる瞬間があるかもしれないってこと!?)
ミリアは顔を赤らめ、期待に胸を躍らせて食い気味に答える。
「もちろんです!
喜んでご案内しますっ!」
「……私も異論はないわ。
あなたの潜在能力を確かめるのは、パーティの強化にも繋がるものね」
セレナは冷静を装って淡々と告げたが、その視線はどこかアルスの反応を伺うように揺れていた。
*****
一層から続く暗い階段を降り、二層への通路へ足を踏み入れる。
壁は湿り気を帯び、石の冷たさが肌に伝わる。
前方は薄暗く、足元の影に落とし穴や罠が潜んでいそうな緊張感が漂っていた。
「ライト!」
ミリアが杖先を掲げ、淡い光を放つ。
通路全体が柔らかく照らされ、石壁に反射する光で、落とし穴や岩の突起が浮かび上がり、アルスとセレナの視界を確保する。
「便利だな」
アルスはミリアのライトを見て感心した。
(ア、アルス様に褒められた……!
わたしの魔法を見て“便利”って……
それだけで胸がいっぱいで過呼吸……!
いやいや、冷静に、冷静に……
でも尊い……!)
アルスは慎重に一歩ずつ前進。
杖の光に導かれ、罠や小さな障害を踏み外すことなく進む。
セレナはアルスの横で冷静に警戒を続ける。
(アルス様の横に立つだけで、心臓がバクバク……!
でも、セレナさんも近くにいるから、余計に緊張しちゃう……!)
*****
通路を抜け、やや広い空間に足を踏み入れた瞬間、小型の魔獣、グリムリスが二体、暗がりから飛び出してきた。
黒褐色の毛に覆われ、鋭い牙と爪を持つ。
まだ成獣には及ばない小柄な体格だが、その俊敏さは侮れない。
「アルス、前方に魔獣!」
セレナが素早く指示を出す。
光の矢を準備しつつ、敵の動きを正確に観察していた。
アルスは剣を構え、呼吸を整える。
瞬間、ミリアが杖を握り直し、ホーリー・シールドを発動。
光の障壁がアルスを包み込み、突進してくるグリムリスの攻撃を軽く受け流す。
(よし……これでアルス様は安心……!
あとはルミナ・グラティアで反撃のサポートも……!)
グリムリスの爪が石壁を引っ掻き、跳ね返った破片が飛び散る。
アルスは剣を左右に振り、防御の合間に正確に斬撃を加える。
セレナは矢を連射し、魔獣の動きを封じつつ距離を確保。
ミリアは杖を掲げ、ルミナ・グラティアを発動。
アルスの剣が光を帯び、グリムリスの目を眩ませ、動きを鈍らせる。
「なっ!
武器に聖なる加護を付与する魔法を目眩ましに使うなんて……!」
ミリアが支援慣れしていることにアルスが驚いている間にも、ミリアは続けてライトで通路全体を照らす。
落とし穴や段差を明確に浮かび上がらせ、行動しやすくする。
(アルス様の剣さばき……
セレナさんの射撃……
私の魔法が加わって、三人の動きが完全にシンクロしてる……!
攻撃の瞬間の光と音、魔獣の唸り……
心臓が破裂しそう……っ!)
グリムリスの一体が跳躍し、アルスの剣に飛びかかる。
ホーリー・シールドで弾き、衝撃を受け流す。
ミリアはすかさずライトを動かし、魔獣の影を追い、反射光で次の動きを予測。
セレナは鋭い眼光でグリムリスの軌道を読み、ルミナスアローを放つ。
矢は光を帯び、肩に命中。
呻き声を上げる魔獣に、アルスが決定打を振るい、一撃で制圧した。
倒れたグリムリスの横で息を整えるアルスに、ミリアは杖を下ろし、軽く頷く。
胸の奥では、まだ鼓動が収まらない。
(アルス様、無事でよかった……!
攻撃、守り、魔法の連携……
この緊張感と萌えの高まり、もう完全に心がオーバーヒート……っ!)
*****
小型の魔獣グリムリスを倒し、通路をさらに進むと、二層の広さが少しずつ感じられる薄暗い空間が広がった。
遠くで水滴が落ちる音や、石の崩れる小さな音が響く。
湿った石壁の隙間から、さらに罠や魔獣の気配が察知できる。
ミリアは光の調整を行いながら、アルスの背中を守る。
セレナも冷静に支援位置を保つ。
二人の女の心理戦は、アルスにはわからないまま、微かな緊張が交錯していた。
(ライトで通路を照らすだけでも、アルス様の背中を守れる……!
でも、セレナさんの横で戦うアルス様の姿、格好よすぎて胸がキュンキュン……!
私、もう完全にアルス様ラブ爆発中……っ!)
一方のセレナも、冷静に支援位置を保ちながらアルスの動きを観察する。
(……この子、随分と楽しそうにしているわね。
けれど、アルスは私のもの。
誰にも、この背中を任せたくはない……
アルスが守られる姿に胸がざわつく……
嫉妬のような感情が、戦闘中の私の血を熱くする……)
セレナは微笑を崩さず、冷静を装いながらも、内心では“取られたくない”気持ちを強く抱えていた。
戦いの中で互いの存在を意識する二人。
ミリアの魔法の光がセレナの視界に入り、セレナの矢の光がミリアの眼に映る。
互いにアルスの隣で輝く力を意識し、無言の競争心と嫉妬心が交錯する。
ライトの光が揺れ、湿った石壁に反射するたび、二人の心の奥でも、微かな火花が揺らめいていた。
グリムリス(Grimlis)
サイズ・体格:
小型〜中型、体長約0.8〜1.0mほど。細身だが筋肉質で俊敏。
外見:
黒褐色の毛に覆われ、鋭い牙と爪を持つ。暗闇では影のように身を潜め、奇襲に適している。
動き:
素早く跳躍して前方に飛びかかる攻撃を行う。小回りが利き、連続で爪や牙を振ることもある。
危険度(ギルド等級):
Eランク(初級冒険者向け)。単体なら対処可能だが、複数で出現すると注意が必要。




