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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第二章

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第30話 午後の紅茶と嫉妬

 冒険帰りの昼下がり。

 先日のダンジョン探索を終えてからというもの、三人はしばらく街の依頼を中心に活動していた。

 ミリアが正式に仲間へ加わったことで、アルスとセレナの行動にも少しずつ変化が生まれている。

 命懸けの潜行よりも、商人や職人たちの依頼――物資の護衛や採取、調査といった穏やかな任務が続いていた。

 それでも三人で協力してこなす日々は、どこか新鮮で温かなものだった。


 陽の光が傾き始める大通りを並んで歩きながら、アルスは大きく息をついた。

 市場は今日もにぎやかだった。

 露店の呼び声、焼きたてのパンや肉串の香り、行き交う人々の足音。

 旅人が荷を下ろして談笑し、職人が商売道具を並べ、吟遊詩人がリュートを鳴らして歌声を響かせる。

 街の空気には、生き生きとした活気と安らぎが同居していた。


「ふぅ……これで今日の依頼も終わりだな」


 アルスが肩を回し、片手で剣の柄を軽く叩く。


「怪我もなく済んでよかったわね」


 セレナが涼やかに微笑む。その声はいつも通り落ち着いていたが、心の奥には微かな張り詰めがあった。

 ミリアは胸の前で両手を組み、清楚な笑みを浮かべて小さく頷いた。


「はい……私もお役に立てて……本当に、よかったです」


(よかったです、って……!

 あああ、アルス様と一緒に依頼こなして帰ってくるこの感じ!

 もう完全に夫婦で共働き帰りじゃない!?

 尊死確定案件なんですけどぉぉ!)


 心の中で一人暴走しているミリアに、当然ながら二人は気づかない。


*****


 やがて、広場の前に差しかかったとき。

 セレナがふと立ち止まり、ミリアへと視線を向けた。


「……ねえ、ミリア」


「はい?」


 呼ばれて、ミリアは目を瞬かせる。清楚な笑みを浮かべたまま首を傾げるが――心臓はドキリと跳ねていた。


「少し……付き合わない?」


「つ、付き合……っ!?」


 ミリアの頭の中で鐘が鳴り響いた。


(きゃーーー!セレナさんからお誘い!?

 ま、まさか、デート!? いや、女同士の……!?

 え、これってつまり

 “正妻チェックイベント”に突入したってことぉぉ!?)


「街路に新しくできた店があるの。昼も過ぎたし、そこで休んでいきましょう」


 セレナは涼しい顔のまま微笑んでいる。だが、その瞳にはどこか探るような光が宿っていた。


「……あ、はい! よろこんでっ」


 ミリアは思わず大きな声で返事してしまい、慌てて口を押さえる。頬が熱い。


 アルスはそんな二人を見て小さく笑い、肩をすくめた。


「じゃあ俺は道具屋に寄ってくるよ。ポーションも補充しておきたいしな」


「ええ、お願い」


 セレナが軽く頷き、ミリアは内心大混乱しながらもアルスに頭を下げた。


「あ、アルス様、またあとで……!」


(あああ……アルス様と一旦離れるのつらっ!

 でもこれ、セレナさんに正妻圧をかけられる未来しか見えないぃぃ!)


*****


 街路沿いの小さなカフェ。

 陽光が差し込むテラス席に、二人は腰を下ろした。


 木製のテーブルには白磁のティーカップが並び、爽やかな香りが漂う。

 通りを行き交う人々の声、焼き菓子を並べる店員の笑顔、馬車の車輪の音――

 それらが遠くで混ざり合い、昼下がりの街の空気を満たしていた。


 セレナは細い指でカップを持ち上げ、一口含む。

 そして、ゆっくりとカップを置いた。


「……ミリア。あなた、アルスに随分と懐いているように見えるけれど」


 核心を突く言葉。

 声は柔らかいが、その奥にある圧は隠せない。


「そ、そんなこと……ただ、支えになりたいだけです」


 ミリアは清楚に視線を伏せ、穏やかに答える。

 だが、胸の内は大炎上だった。


(ひぃぃぃ!きたああああ!直撃質問っ!

 これ完全に“正妻チェックイベント”本番ぁぁ!

 冷静な顔してるけど、瞳の奥で嫉妬の炎メラメラしてるの見えるんですけど!

 怒られてるのに、あれ、私……嬉しい……!?

 やっぱり変態聖女確定コースぅぅ!)


 セレナは、ほんのりと微笑みを浮かべながらも、じわっと圧を強める。


「……アルスの隣に立つのは、簡単なことじゃないわ。

 彼を守る責任は、ずっと私が背負ってきたものだから」


 言葉は柔らかい。けれど、そこに込められた意味は重い。

 ――“正妻の座は譲らない”。


「……はい。わかっています」


 ミリアは胸に手を当て、小さく頷いた。清楚な微笑みを崩さずに。

 だがその内心は――。


(でたあああああ!正ヒロイン宣言っ!

 これはもう王道展開すぎるぅぅ!

 セレナさん、強すぎ!ヒロインオーラぱねぇ!

 でも私だって諦めない!

 アルス様の腕の温もり、私の胸にまだ残ってるんだからぁぁ!

 負けヒロインなんかで終わらないんだからぁぁ!)


 お互い笑顔。

 だがお互いの間には、目に見えぬ火花が散っていた。


*****


 一方その頃。

 アルスは道具屋の棚の前で腕を組み、真剣な顔をしていた。


「……回復薬はこれで足りるか。いや、ミリアの分も用意しておいた方がいいな」


 棚には大小様々なポーションの瓶が並び、値札が揺れている。

 道具屋の店主が声をかけてきた。


「お客さん、こっちの方が効き目は強いが少し高いぞ。仲間の命を守るなら惜しむなよ」


「そうだな……じゃあこれを三本。それと解毒薬も」


 アルスは迷いなく袋を取り出し、金貨を数える。

 ただの準備。だが、その手つきには仲間を思う誠実さがにじんでいた。


 彼の心には、“二人を守る”という意識しかなかった。

(セレナとミリアが今頃、何を話しているかなんて……考えもしないで)


 アルスは静かに袋を締め、次の店へと足を向けた。


*****


 一通り必要なものを購入したアルスがカフェに行くと、

 セレナとミリアは並んで紅茶を口にしていた。


 表面上は穏やかな微笑み。

 だが互いの心の内には、熱を帯びた想いが隠されている。


 アルスは二人の姿を見て、ほんの少し安心したように息をついた。


「なんだ、思ったより仲良くやってるじゃないか」


 セレナの穏やかな笑みと、ミリアの柔らかな表情。

 その光景を、彼は“和やかな午後のひととき”としか受け取らなかった。


 まさか、その紅茶の香りの奥に――

 静かな火花が散っていたとは知らずに。


 こうして、昼下がりの街路で――

 三人の歩みはまた一歩、複雑に絡み合い始めていた。

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