第30話 午後の紅茶と嫉妬
冒険帰りの昼下がり。
先日のダンジョン探索を終えてからというもの、三人はしばらく街の依頼を中心に活動していた。
ミリアが正式に仲間へ加わったことで、アルスとセレナの行動にも少しずつ変化が生まれている。
命懸けの潜行よりも、商人や職人たちの依頼――物資の護衛や採取、調査といった穏やかな任務が続いていた。
それでも三人で協力してこなす日々は、どこか新鮮で温かなものだった。
陽の光が傾き始める大通りを並んで歩きながら、アルスは大きく息をついた。
市場は今日もにぎやかだった。
露店の呼び声、焼きたてのパンや肉串の香り、行き交う人々の足音。
旅人が荷を下ろして談笑し、職人が商売道具を並べ、吟遊詩人がリュートを鳴らして歌声を響かせる。
街の空気には、生き生きとした活気と安らぎが同居していた。
「ふぅ……これで今日の依頼も終わりだな」
アルスが肩を回し、片手で剣の柄を軽く叩く。
「怪我もなく済んでよかったわね」
セレナが涼やかに微笑む。その声はいつも通り落ち着いていたが、心の奥には微かな張り詰めがあった。
ミリアは胸の前で両手を組み、清楚な笑みを浮かべて小さく頷いた。
「はい……私もお役に立てて……本当に、よかったです」
(よかったです、って……!
あああ、アルス様と一緒に依頼こなして帰ってくるこの感じ!
もう完全に夫婦で共働き帰りじゃない!?
尊死確定案件なんですけどぉぉ!)
心の中で一人暴走しているミリアに、当然ながら二人は気づかない。
*****
やがて、広場の前に差しかかったとき。
セレナがふと立ち止まり、ミリアへと視線を向けた。
「……ねえ、ミリア」
「はい?」
呼ばれて、ミリアは目を瞬かせる。清楚な笑みを浮かべたまま首を傾げるが――心臓はドキリと跳ねていた。
「少し……付き合わない?」
「つ、付き合……っ!?」
ミリアの頭の中で鐘が鳴り響いた。
(きゃーーー!セレナさんからお誘い!?
ま、まさか、デート!? いや、女同士の……!?
え、これってつまり
“正妻チェックイベント”に突入したってことぉぉ!?)
「街路に新しくできた店があるの。昼も過ぎたし、そこで休んでいきましょう」
セレナは涼しい顔のまま微笑んでいる。だが、その瞳にはどこか探るような光が宿っていた。
「……あ、はい! よろこんでっ」
ミリアは思わず大きな声で返事してしまい、慌てて口を押さえる。頬が熱い。
アルスはそんな二人を見て小さく笑い、肩をすくめた。
「じゃあ俺は道具屋に寄ってくるよ。ポーションも補充しておきたいしな」
「ええ、お願い」
セレナが軽く頷き、ミリアは内心大混乱しながらもアルスに頭を下げた。
「あ、アルス様、またあとで……!」
(あああ……アルス様と一旦離れるのつらっ!
でもこれ、セレナさんに正妻圧をかけられる未来しか見えないぃぃ!)
*****
街路沿いの小さなカフェ。
陽光が差し込むテラス席に、二人は腰を下ろした。
木製のテーブルには白磁のティーカップが並び、爽やかな香りが漂う。
通りを行き交う人々の声、焼き菓子を並べる店員の笑顔、馬車の車輪の音――
それらが遠くで混ざり合い、昼下がりの街の空気を満たしていた。
セレナは細い指でカップを持ち上げ、一口含む。
そして、ゆっくりとカップを置いた。
「……ミリア。あなた、アルスに随分と懐いているように見えるけれど」
核心を突く言葉。
声は柔らかいが、その奥にある圧は隠せない。
「そ、そんなこと……ただ、支えになりたいだけです」
ミリアは清楚に視線を伏せ、穏やかに答える。
だが、胸の内は大炎上だった。
(ひぃぃぃ!きたああああ!直撃質問っ!
これ完全に“正妻チェックイベント”本番ぁぁ!
冷静な顔してるけど、瞳の奥で嫉妬の炎メラメラしてるの見えるんですけど!
怒られてるのに、あれ、私……嬉しい……!?
やっぱり変態聖女確定コースぅぅ!)
セレナは、ほんのりと微笑みを浮かべながらも、じわっと圧を強める。
「……アルスの隣に立つのは、簡単なことじゃないわ。
彼を守る責任は、ずっと私が背負ってきたものだから」
言葉は柔らかい。けれど、そこに込められた意味は重い。
――“正妻の座は譲らない”。
「……はい。わかっています」
ミリアは胸に手を当て、小さく頷いた。清楚な微笑みを崩さずに。
だがその内心は――。
(でたあああああ!正ヒロイン宣言っ!
これはもう王道展開すぎるぅぅ!
セレナさん、強すぎ!ヒロインオーラぱねぇ!
でも私だって諦めない!
アルス様の腕の温もり、私の胸にまだ残ってるんだからぁぁ!
負けヒロインなんかで終わらないんだからぁぁ!)
お互い笑顔。
だがお互いの間には、目に見えぬ火花が散っていた。
*****
一方その頃。
アルスは道具屋の棚の前で腕を組み、真剣な顔をしていた。
「……回復薬はこれで足りるか。いや、ミリアの分も用意しておいた方がいいな」
棚には大小様々なポーションの瓶が並び、値札が揺れている。
道具屋の店主が声をかけてきた。
「お客さん、こっちの方が効き目は強いが少し高いぞ。仲間の命を守るなら惜しむなよ」
「そうだな……じゃあこれを三本。それと解毒薬も」
アルスは迷いなく袋を取り出し、金貨を数える。
ただの準備。だが、その手つきには仲間を思う誠実さがにじんでいた。
彼の心には、“二人を守る”という意識しかなかった。
(セレナとミリアが今頃、何を話しているかなんて……考えもしないで)
アルスは静かに袋を締め、次の店へと足を向けた。
*****
一通り必要なものを購入したアルスがカフェに行くと、
セレナとミリアは並んで紅茶を口にしていた。
表面上は穏やかな微笑み。
だが互いの心の内には、熱を帯びた想いが隠されている。
アルスは二人の姿を見て、ほんの少し安心したように息をついた。
「なんだ、思ったより仲良くやってるじゃないか」
セレナの穏やかな笑みと、ミリアの柔らかな表情。
その光景を、彼は“和やかな午後のひととき”としか受け取らなかった。
まさか、その紅茶の香りの奥に――
静かな火花が散っていたとは知らずに。
こうして、昼下がりの街路で――
三人の歩みはまた一歩、複雑に絡み合い始めていた。




