第28話 骸骨の響きと心の叫び
冷たい気配が漂う大扉の前で、アルスは剣を強く握りしめた。
額に滲む汗をぬぐう間もなく、木の表面に手をかけた瞬間――。
「きゃああっ!」
中から女性の悲鳴が響いた。
アルスとセレナは顔を見合わせ、一瞬の逡巡もなく扉を押し開ける。
ぎぃ、と鈍い音を立てて開かれた先は、広間。
闇に満ちた空気の中で、ひとりの女性が床に座り込み、腰を抜かしたまま動けずにいた。
その眼前で、骸骨の兵士――スケルトンが三体、錆びついた剣や槍を振りかざし、ぎしぎしと音を立てながら迫っていた。
「くそっ、間に合えっ!」
アルスは駆け込み、女性の前に立ちはだかる。
セレナもすぐに隣に並び、弓を構えた。
骨がぶつかり合うような不気味な音と共に、スケルトンたちが襲い掛かる。
アルスは剣を振り抜き、一体の腕をはね飛ばす。
だが、骸骨は怯むことなくぎしりと首を鳴らし、残った腕で斬りかかってきた。
「なんだこいつら……骨を砕いても止まらないのか!」
セレナの矢が次々と放たれる。
しかし矢は骨をかするだけで、致命打にはならない。
「やっぱり効き目が薄いわ……!」
風魔法を解き放っても、吹き飛ばされた骸骨は立ち上がり、再び迫ってくる。
アルスは額に汗を浮かべながら、必死に剣を振るった。
だが相手は生身の獣とは違う。痛みも恐れもない、ただ迫りくる骸の兵士。
胸の奥が冷たくなる。
後方で、腰を抜かした女性が、必死にその戦いを見つめていた。
泥にまみれたアルスの姿。
荒い息を吐きながらも決して後ろに退かない背中。
その真剣な瞳に、彼女の心はふわりと揺れた。
鼓動が早まり、頬が熱くなる。
まるで世界が二人だけに縮まったかのように、周囲のスケルトンの動きや風の音も遠くに消えていく。
「……あの人……」
一瞬、夢の中にいるみたいに、アルスの勇姿に心を奪われ、息を忘れそうになった。
だが、すぐに自分を叱咤する。
(――見惚れている場合じゃない。私は、私にできることを)
女性は膝で立ち、胸の前で指を組むと、深く息を吸い込んだ。
その瞬間、広間のざわめきが遠のき――凛と澄んだ祈りの声だけが、静寂を満たした。
「――光満ちる蒼穹の御座に坐します聖き御名よ。
この地に染みつきし穢れを拭い、闇を断ち切りたまえ。
死の鎖に囚われし者どもを解き放ち、安らぎへと導きたまえ。
我が声は微かにして脆くとも、
願いはただ一つ――御身の清き光をここに顕現せよ!」
祈りの言葉は重なり、広間全体に荘厳な響きを放つ。
その詠唱は長く、彼女自身は完全に隙を晒していた。
迫るスケルトンたちを前に、アルスは歯を食いしばり、剣で受け止める。
セレナも矢を射ち、風を巻き起こして援護する。
アルスは状況を理解できず、迫るスケルトンに剣を振るいながら叫ぶ。
「まだかっ……! 何をしているんだ!」
一方、セレナは女性の意図を理解して冷静にアルスに指示を送る。
「守りきるのよ、アルス! 今は祈りの詠唱中だから、あの人に近づかせないで!」
張り詰めた瞬間、女性の声が最後の句を告げた。
「――聖光は降り注ぎ、穢れし骸を今こそ浄めん!」
眩い光が爆ぜ、二体のスケルトンを包み込む。
骨がひび割れ、きしむ声を残して崩れ落ち、白い粉となって消え失せた。
「……なっ!」
アルスが思わず振り返る。
セレナは女性を見据え、すぐに察したように言った。
「あなた……聖職者なのね」
女性は小さく頷き、まだ震えの残る声で答える。
「……はい。神聖魔法なら、少しだけ……」
セレナはすぐに提案した。
「彼の剣に神聖の力を込められる?
そうすれば、残りの一体に対抗できるはず」
「……できます!」
女性は両手を剣にかざし、低く祈りを紡ぐ。
その瞬間、アルスの剣が淡い白光を帯びた。
闇を切り裂くようなその輝きに、アルスは息を呑む。
「……これが、神聖の力……!」
残る一体のスケルトンが甲高い声をあげ、槍を突き出してきた。
アルスは剣を振るい、火花と光を散らす。
光を帯びた刃が骨を裂くたび、これまで効かなかった一撃が確かに骸を削り取っていく。
「おおおおおっ!」
渾身の突きで、剣は骸骨の頭蓋を貫いた。
ひび割れた頭が砕け散り、スケルトンは無力に崩れ落ちる。
骨が床に散る音が消え、広間には静寂が戻った。
荒い息を吐きながら、アルスは白光に包まれた剣を見下ろす。
「……すごい……これが、聖の力か」
セレナは女性へと視線を向け、静かに微笑んだ。
「助かったわ。あなたのおかげね」
女性はまだ緊張を残した表情で、しかし確かに感謝と決意を込めて頷いた。
「……いえ。私も、生き延びるために……」
女性はゆっくりと立ち上がり、長い金色の髪を手で整えた。
床に散らばった塵の中で、透き通るような青い瞳がアルスとセレナを見つめる。
「……私は、ミリア・フェルティナです」
温かく柔らかな声。
白基調のローブに青と金の刺繍、胸元のクロスが輝く。
胸の豊かさは圧倒的で、自然に存在感を放っていた。
アルスが一歩前に出て名乗る。
「俺はアルス・クライン。はじめまして」
セレナも微笑み、肩に手を置きつつ名乗った。
「セレナ・リラエル・シルヴィーナです。聖なる祈りは助かったわ」
ミリアは小さく頭を下げながらも清楚な話し方でお礼をいう。
「お二人とも……私の方こそ本当に助けてくださって、ありがとうございます」
――だが心の中では大混乱。
(うおぉ!アルス様ぁぁぁー!かっこいいお名前ぃぃ!!あの手で頭をよしよしとか……鼻血ブー確定案件ですぅぅ!お手手……剣を持つあのごつごつ感……触りたい……いやいや、まずは戦力に!)
アルスが言葉をかける。
「……頼もしいな、ミリア」
ミリアは清楚に微笑む。
「ありがとうございます、アルス様。……実は、あなたがあの戦いで戦う姿を見て、どうしても一緒に行きたいと思ったんです」
胸の奥で小さく鼓動が高鳴る。
(ちょ、ちょっと待って……一緒に行きたいって何を言ってるの私!……でも、あの背中、剣振るう姿ヤバすぎ……!アルス様ぁぁぁー!!!)と内心で大絶叫するミリア。
(そっと背中に手を添えたら鼻血どころじゃ済まない……いや、ダメだ落ち着け私!今は戦力、戦力だぁぁぁ!)
「私も、あなたたちと一緒に、このダンジョンを進みたい」
セレナも微笑み、肩に手を置く。
「それなら、心強い仲間が増えたわね。よろしくお願いします、ミリア」
ミリアは小さくうなずき、杖を肩にかけると、優雅に二人の間に歩み寄った。
そして、何気ない風を装って――すっとアルスの腕に自分の腕を絡める。
その瞬間、アルスの腕に柔らかな感触が押し当てられた。
わずかに息を呑み、思わず足取りがぎこちなくなる。
「っ……!?」
布越しでもはっきりと伝わる温もりと柔らかさに、心臓が跳ね上がった。
(な、なんだこれ……!や、やばい……!落ち着け俺……!)
顔を赤くしながら、必死に視線を前へ戻す。
だが耳まで熱くなるのを抑えることはできなかった。
横目でそれを見ていたセレナは、小さくまぶたを伏せる。
口に出して何かを言うことはない。
ただ、わずかに頬を引き締め、静かに嫉妬の色を宿した視線をミリアへと向けた。
(アルスの隣は――私。彼の隣に立つって決めてるのに……!)
その心の揺れは表情にはほとんど出さず、ただ物静かな空気に包んで隠した。
一方のミリアは――。
(う、うわあああっ!ちょ、ちょっと待って!?自然に腕組んじゃったあああ!やばい、アルス様の腕……かっこいい剣を振るってたこの腕……今、私の胸に密着してる!?ぎゃあああああ!聖女モード崩壊するぅぅ!でも幸せぇぇぇぇ!)
表情はあくまで清楚に微笑みを浮かべながら、内心は完全にオタク大暴走。
頬はほんのり赤らんでいたが、誰もその心の叫びには気づかない。
「さあ、行きましょう。私も、お二人と一緒に戦います」
彼女の言葉に、アルスは力をもらったように剣を握り直す。
だが耳の赤みは消えきらず、胸の奥ではまだ妙な鼓動が落ち着いていなかった。
セレナも柔らかく微笑んで頷いた。
けれどその瞳の奥には、嫉妬の名残が微かに揺れている。
彼女は誰にも気づかれぬように、ほんの少しだけ息を吐いて前を見据えた。
ただ一人、ミリアの胸の内だけが、乙女妄想と幸せの絶頂でとんでもないことになっていた。
こうして、新たな仲間――ミリア・フェルティナを迎え、三人は薄暗い廊下の奥へと進み出した。




