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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
序章

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第2話 アルスの日課

 朝の光が、村の家々を柔らかく照らしていた。

 鶯のさえずりが空気に溶け込み、そよ風が藁ぶき屋根を揺らす音が心地よい。


 アルスは深く息を吸い込み、今日も一日が始まることを感じながら、家の小さな庭に足を踏み入れた。


 午前中はいつもの通り、家の手伝いだ。

 鶏に餌をやり、庭の野菜に水をやる。

 小さな家の掃き掃除を終え、薪を積み上げる。


 平凡で穏やかな時間だが、アルスはこの日常に心を落ち着けていた。


 家事を終えると、午後からは村外れの鍛錬場広場でジルとの剣の稽古だ。

 普段は森へ狩りに出かける時間だが、今日は最後の稽古のために森は休み。


 アルスは木製の剣を握り、少しの緊張と高揚を胸に、広場へと向かった。


 広場には、いつもの穏やかな笑みを浮かべたジルが座っていた。

「今日は最後の稽古だな。お前も随分腕が上がったようだ」


 アルスは深く会釈をし、剣を構える。

 握った瞬間、手に伝わる重みが自然と心を引き締めた。


 午前の家事で体を動かした後とはいえ、集中すると体が自然に動く。

 ジルは軽く構えると、アルスに迫る攻撃を仕掛けた。


 アルスは構えを変え、瞬時に反応。

 剣と剣がぶつかり、鋭い音を立てる。


「そこだ!」


 ジルが斬りかかる剣を、アルスは力を込めて跳ね返した。

 一瞬、二人の目が合い、微笑が交わされる。


 アルスの腕前が、ついにジルの攻撃を受け止め、弾き返した瞬間だった。


 ジルは剣を下ろし、深く息をつく。

「……アルス、今日で教えることはもうないな。これからはお前自身の力で研ぎ続けるんだ」


 アルスは思わず笑みをこぼす。

 長年の稽古の成果が、ついに認められた瞬間だった。


「……ありがとう、ジルさん」


 息を整えながら頭を下げるアルスに、ジルは手で制すように首を振った。

「肩の力を抜け。まだ旅立つわけでもあるまい」


 そう言って、ジルは広場の端に置かれた丸太に腰を下ろす。

 夕陽が木々の影を長く伸ばし、二人の姿を橙に染めていく。


 アルスも隣に座り、少し汗のにじんだ額を拭った。

「……ジルさん、昔のこと、聞いてもいいですか?」


「昔のこと?」


「ジルさんが、冒険者だった頃の話です。いつも村の人は“すごい剣士だった”って言うけど、ジルさんから聞いたことがなくて」


 ジルは小さく笑い、顎に手を当てた。

「……そうか。稽古も卒業だ、卒業祝いに昔話をしてやろう」


 風が二人の間を抜け、草の香りを運ぶ。


「昔はな、俺もお前みたいに若くて、剣を振るうことしか知らん奴だった。

 力を示せば何かが掴めると信じていた」


 ジルは遠くの山並みに視線を向けた。

 その瞳には、淡い郷愁と、微かに滲む痛みが宿っている。


「仲間がいた。腕の立つ奴らでな。獣の群れも、魔物の巣も恐れずに突っ込んだ。……だが、好機というのは、剣を振るうだけじゃ掴めん」


 ジルはそう言うと、ふっと遠い目をした。


「俺たちの隊は――《暁のドーン・ウィング》と呼ばれていた。

 王都でも知られた高ランクの冒険者隊でな。討伐、護衛、遺跡探索……依頼が舞い込めば、どんな無茶でもやり遂げた」


「《暁の翼》……」


 アルスは息をのむ。

 村人たちの間でも、伝説の名として語られる冒険者隊だ。


「当時は若くてな。血の気の多い連中が多かった。

 俺はその中で少し冷めた性分だったが……だからこそ、生き残れたのかもしれん」


 ジルは乾いた笑みを浮かべる。


「俺たちはいくつもの魔獣を討ち、古代遺跡をいくつも攻略した。

 中には“誰も帰らなかった”と噂されたダンジョンの深層にも行った。

 そうして積み上げた功績の果てに、俺は“ミスラ級”に昇格した」


「……み、ミスラ級?」


 アルスは首をかしげる。

 聞いたことのない言葉に、まるで別世界の話をされているような気がした。


 ジルは小さく笑い、懐から小さな白銀にも蒼銀にもなる色の欠片を取り出した。

 それは淡く光を放ち、夕陽の中で微かに輝いていた。


「冒険者の世界には“ランク”や“等級”がある。

 扱う魔石や装備の性質、実力によってランクが決まるんだ。

 下から順に――リェル級、フェイン級、オルド級、そして最上位がミスラ級。


 精霊銀――“ミスリル”とも呼ばれる金属を扱うことが許される、特別な証だ」


「そんなに……上のほうなんですか?」


「今この世界で“ミスラ”を名乗れる者は五人しかいない。

 この王国でも滅多にお目にかかれんよ」


 アルスは目を丸くした。

 村の中で穏やかに暮らす男が、そんな存在だったとは想像もしなかった。


 ジルはそんなアルスの顔を見て、静かに笑う。

「驚くことじゃない。ランクなんて、過ぎた日々の名残だ。

 大事なのは――その名に恥じぬ生き方をすることだ」


 その口調は誇らしげというより、むしろ静かだった。


「だがな、ランクは称号にすぎん。誇りは、剣を抜く“理由”の中にある。

 俺はそれを、あの頃の仲間たちから教わった」


 ジルはしばし黙り込み、夜風に目を細めた。


「……そして、教える番が来たんだ。次の世代に、“好機”を見極められる目を持つ者を残すためにな」


 アルスはその言葉を胸に刻むように聞いていた。

 夕陽の最後の光が、二人の影を長く伸ばしていく。


 ジルは静かに微笑んだ。

「暁のドーン・ウィングは俺と“もう一人”……二人だけが生き残った。

 運が良かったとも、悪かったとも言えるな」


 沈黙が少し流れた後、ジルは再びアルスに向き直った。


「だからお前に教えてきたんだ。剣の力だけじゃなく、“見る目”を持て、と。

 戦いも、人生も、好機を掴むには心が澄んでいなきゃならん」


 アルスは真剣な眼差しで頷いた。

「……はい。ジルさんの言葉、忘れません」


「忘れるなよ。俺の技はお前に託した。

 だが、お前の剣は、お前だけの道を切り開くためにある」


 夕陽が完全に沈み、薄暮が広場を包み込む。

 ジルはゆっくり立ち上がり、背の大剣の柄に手を置いた。


「――さあ、帰るとするか。明日からは、お前自身の稽古だ」


 アルスは立ち上がり、深く頭を下げる。

「はい……今まで……ありがとうございました、ジルさん」


 風が吹き抜け、木々がざわめいた。

 その音がまるで、長い年月を共に過ごした師弟に、静かな祝福を送っているかのようだった。


 夕暮れが広場をオレンジ色に染める中、アルスは誇らしげに剣を肩にかけた。

 胸に誇りと自信を感じ、これからは自分の力で剣を磨き続ける日々が始まることを実感する。


「この剣で世界を旅してみたい……」


 布団に潜り込み、旅をする自分を想像して瞼を閉じた。


 村の平凡な日常の中に、確かな成長の足跡が刻まれていく。

 そしてその積み重ねが、やがてアルスを未知なる世界へと導く礎になるのだった。

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