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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第二章

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第27話 ダンジョンへの一歩

 朝の霧が薄く漂う中、街道の外れにぽっかりと口を開ける黒い門のような影があった。

 石のようで石ではない、不気味な材質で形作られたその入口は、まるで大地そのものが裂け、地の底へと誘うかのように存在していた。


 洞窟の前には、仮設で立てられたギルド受付と数名の守衛が立っている。


「冒険者は、ここで探索許可を受けてサインをしないと入れないんだな」


 アルスが視線を向けた先、仮設の受付では、厚手の帳簿と封蝋の押された文書がいくつも並び、職員が淡々と手続きを進めていた。


 近づくと、職員の一人が顔を上げ、丁寧に声をかけてくる。


「おはようございます。ダンジョン探索の申請でお間違いありませんね?」


「はい、探索許可を受けに来ました」


 アルスが頷くと、職員は慣れた手つきで分厚い帳簿を広げた。


「それでは、こちらの『探索許可簿』にサインをお願いします。

 この署名をもって、探索中に発生したあらゆる危険――特に死亡や行方不明となった場合に、ギルドは一切の責任を負わないことに同意したものとみなされます」


 淡々とした口調ながら、その言葉に含まれる重さは明確だった。


 アルスは無言でペンを取り、静かにサインを書く。

 インクの黒が紙に滲み、現実が一層濃く迫る。


「……これで、正式に探索者として登録されました。

 もし帰還が一定期間を超える場合は、救援ではなく失踪として記録されます」


 その言葉に、アルスは眉をひそめた。


「一定期間、というのは……具体的にどのくらいのことを指すんですか?」


 職員は帳簿を閉じながら、静かに答える。


「はい。通常は登録日から“十四日”が基準です。十四日を過ぎても戻られない場合、捜索は行われず、死亡または行方不明として扱われます。ただし、過去の例では七日で帰還できなければ、ほとんどの場合……」


 そこまで言って、職員は一瞬、言葉を濁した。


 重苦しい沈黙が落ちる。


 アルスはその間を受け止めるように、小さく息を吐いた。


「……そうですか。分かりました」


 言葉にした瞬間、その現実がよりはっきりと胸の奥に沈む。


 セレナも隣で書類を確認し、小さく息をついた。


「……遺体の回収は、原則不可能――って、ここまで明記されているのね」


「ええ。ダンジョン内は迷宮となっているため、捜索は不可能とされています」


 職員はそう言ってから、二人に小さな金属札を手渡した。


「こちらが探索許可証です。ダンジョン内での確認に必要ですので、必ず外套や腰のベルトなど、見える位置に身につけてください」


 アルスはそれを受け取り、札の表面に刻まれた紋章を見つめた。

――エルデナ王国の紋章と、ギルドの印章。


 金属の冷たさが、まるで「生きて帰れる保証などない」と告げているかのようだった。


 セレナが少しだけ苦笑しながら言った。


「……形式的なものだとしても、覚悟を試されてるみたいね」


 アルスは札を指でなぞり、深く息をつく。


「覚悟か……ああ、俺たちはもう、戻れないところまで来てるんだな」


 職員は軽く一礼し、声を低めた。


「どうかお気をつけて。ダンジョンはまだ未知の領域――戻ってこられた方々も、そう多くはありません」


 その言葉に、アルスとセレナは短く頷き合い、静かに受付を離れた。


 朝霧の中、二人の影がゆっくりと黒い門へと向かっていく。


 洞窟の奥には冒険者の姿は見えず、辺りは静まり返っていた。


 元々王都には高ランク冒険者が少ない。

 他国にはダンジョンが存在するが、王都には存在しなかったからだ。


 そのため、突如現れたダンジョンに挑む低級冒険者は少なく、現在はギルドが手配した上級冒険者パーティーが先行して探索を行っていると、リナが言っていた。


「ダンジョン内は各層がとても広いから、同じ階層で他の冒険者に会うことはほとんどないと言っていたわ」


 セレナがアルスと目を合わせながら説明する。


「なるほど……先に入った高ランクの冒険者だけが、下層を調査しているってことか」


 アルスは剣を握り直し、深呼吸を一つした。


「その内、散らばっていた高ランク冒険者も来るんだろうな」


 アルスはセレナに確認するように聞く。


「そうね。でも不明確なダンジョンより、いつも潜っているダンジョンが良いと思う冒険者も多いはずよ」


 セレナは探索経験は無いと言いつつも、知識だけは豊富だった。


 視線の先には、自然にはあり得ない完璧な円弧を描くアーチ。

 縁には無数の刻印が走り、時折、淡い光が脈動するように流れている。まるで生き物の呼吸のようだ。


 隣で立つセレナは、落ち着いて観察していた。


「やっぱり、普通の洞窟じゃないわね。材質も不明だし、表面は硬いのに、生きているみたいにわずかに脈打ってる……」


「脈打つ……って、やっぱりダンジョン自体が生きてるってことなのか」


「断定はできないけど、そう考える学者もいるって、ギルドの職員が言っていたわ」


 アルスは手の中の剣を握り直し、鼓動を落ち着かせようとする。


 セレナがこちらを振り向き、ふっと微笑んだ。


「アルス、準備はいい?」


「……ああ、もちろん」


 そう言いながらも、胸の奥では高鳴る鼓動が抑えきれなかった。


 二人はゆっくりと闇へ踏み込む。


*****


 一歩足を踏み入れた瞬間、外界の空気とはまったく異なる重苦しい気配に包まれた。


 通路は大人が六人横並びに歩いても余裕があるほど広く、天井は高すぎて闇に溶け込み、どこまで続いているのか見えない。


「……こんなに広いのに、圧迫感があるな」


 アルスは思わず呟き、手近の壁に触れる。ひんやりと冷たい感触。だが、石とも金属とも木とも違う、未知の材質。


「見た目は石みたいだけど……石ではないわね。やっぱり、外界の理から外れてる」


 セレナは鞄から羊皮紙を取り出し、手際よく墨を走らせる。


「私が地図を描くから、アルスは前を。方向感覚を失うと危険だわ」


「任せて」


 アルスは頷き、剣を抜いた。刃に淡い光が反射し、わずかに通路を照らす。


*****


 やがて、通路の途中に木製の扉が現れた。


「……こんな場所に木の扉?」


 アルスは不審そうに眉をひそめる。


 セレナは小さく息を吸い、慎重に言葉を選んだ。


「ここは玄室……ギルド職員が教えてくれたわ。中には魔物が潜んでいることが多いから、気を引き締めて」


「了解」


 アルスは深呼吸し、扉を押し開ける。


 ぎぃ、と不気味な音を立てて開いた先は広間。通路よりも広い空間で、壁際には淡い光を放つ鉱石のようなものが浮遊していた。


 その瞬間、奥から吠え声が響く。


「ガァッ!」


 獣の姿――コボルトが数体、こちらへ突進してきた。


「来るぞ!」


 アルスは剣を構え、一歩踏み出す。


 最初の一体を横薙ぎに斬る。だが、残りが左右に散開し、素早く包囲してくる。


「速い……!」


 その時、後方からセレナの声が響いた。


「――光矢こうしよ、射抜け!」


 放たれた矢は白光をまとい、一直線にコボルトを射抜いた。


 アルスは思わず目を見張る。


「……これは、魔法じゃないのか?」


「違うわ。これは弓のスキル、《ルミナスアロー》よ」


 その隙にアルスは前へ踏み込み、二体目を突き倒す。

 残りも剣の一閃で沈黙した。


 部屋に静けさが戻る。


「ふぅ……思ったより速い動きだったな」


「油断しないで。まだ気配が残ってる」


 暗がりから黒い影が蠢く。

 人の半分ほどの大きさのラットが、群れをなして飛び出してきた。


「くっ、数が多い!」


「――風の精霊よ、刃となり――群れを裂け!」


 空気が震え、鋭い風の斬撃が走る。

 群れはまとめて切り裂かれ、光の粒子となって消えた。


「なっ……そんな短文で……!」


「エルフは精霊との共鳴で力を借りるの」


 残った魔石を拾い、アルスは小さく息を吐く。


「……本当に、生きているみたいだな」


*****


 通路を進みながら、二人は言葉を交わす。


「……セレナが一緒で助かるよ」


「当然でしょ。背中は任せてって言ったわ」


 やがて、さらに大きな木扉が現れる。

 空気がひりつき、圧迫感が増す。


「……この先は、魔獣クラスがいるかもしれない」


「ああ、絶対に突破しよう」


 二人の視線が交差する。


 その瞬間、彼らの冒険は――

 確かに新しい段階へと踏み出した。

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