第25話 深淵の兆
翌朝、王都の街はいつもよりざわついていた。
アルスはセレナとの一夜を思い返しながら、石畳を踏みしめてギルドへ向かう。
朝日の中で、街路には普段より人が多く、露店の呼び声も慌ただしく響いていた。
「……なんだか、街全体が騒がしいな」
アルスがそう呟くと、後ろからセレナの足音が軽やかに追いかけてきた。
「アルス、行くわよ。今日は早めにギルドに着いたほうが良さそうね」
「う、うん……わかった」
セレナは落ち着いた表情だが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
*****
ギルドの扉を開けると、中は戦場のような活気に包まれていた。
冒険者たちは掲示板の周りで情報を確認し、武具や魔法具を整える者たちが行き交う。
ギルド職員も紙を抱えて慌ただしく走り回っている。
「アルスくん、セレナさん、おはよう。ちょうどいいところに来たわ」
リナが忙しい手を止め、声をかけてきた。
「……リナさん、何があったんですか?」
「森の牙熊の件よ。原因がわかったの。
先行している紫水晶ランクの冒険者が調査して、街道に牙熊が現れたのは――
森の奥に突然出現した洞窟、つまりダンジョンのせいだって」
アルスは息を呑む。
「ダ、ダンジョン……!? 街の外に、そんなものが……?」
リナは少し息を整え、落ち着いて説明する。
「……珍しいというより、記録にないのよ。
通常はダンジョンが先にあって、その周囲に街が形成されるもの。
でも今回は、街の郊外に突然出現したの」
「最深層の情報も不明で、どこまで続いているのかもわからないわ」
リナは掲示板の一角を指さし、階層ごとの情報を示した。
「先行調査の結果、一層から三層は低級ランクでも攻略可能。
でも四層からは中級以上でないと危険よ。
紫水晶ランクの冒険者たちの報告によるもの」
*****
アルスは自分の砂晶ランクを思い返し、少し顔を曇らせる。
(……まだ、最前線に立つのは無理か……)
セレナはアルスの横で腕を組み、冷静に情報を読み取っていた。
「なら、私たちは一層で様子を見るのが得策ね。
無理して下に潜る必要はないわ」
「う、うん……そうだね」
しかしその直後、リナはふと思い出したようにアルスへ微笑んだ。
「……そういえばアルスくん。
森で牙熊を発見したことが、今回のダンジョン発見に繋がった功績も大きいし、
先日の中級魔獣討伐の報告も、すでに受理しているわ」
「これであなたの等級も上がるの。
アルスくん、首のプレートを借りてもいいかしら?」
リナはアルスの首にかかる砂晶のプレートを受け取り、
代わりに水晶のプレートを手渡した。
刻印が光を反射し、淡く輝く。
「……水晶……昇級したのか……!」
胸の奥に小さな達成感と自信が湧き、アルスは自然と背筋を伸ばした。
リナは軽く微笑む。
「本当は砂晶から翡翠へ上げてもいいくらいの功績よ。
でも規定で、ランク内等級が最高になってからの昇級なの」
「次の戦果も、期待してるわ」
アルスはふと、セレナの胸元に下がる小さなランクプレートに目を留めた。
(……あれ、セレナのランクって……琥珀?
……中級か……!)
今さら気づき、少し驚く。
セレナは小さく微笑んだ。
「……私も低級で経験を積んできたけど、少しは役に立つはずよ」
その言葉に勇気づけられ、アルスの肩の力が抜ける。
リナはアルスの肩に軽く手を置き、穏やかに言った。
「心配しなくていいわ。
低級でも活躍できる階層はあるし、協力すれば大丈夫」
「冒険者はランクだけじゃない。
戦略と連携が何より大事よ」
アルスは小さく頷きながら、ふと思い出した。
(――ジルも、同じことを言ってくれてたな……)
村を出る直前、静かに告げられた言葉が蘇る。
――驚くことじゃない。称号なんて、過ぎた日々の名残だ。
――大事なのは、その名に恥じぬ生き方をすることだ。
ランクに惑わされず、仲間と共に力を尽くせばいい。
アルスは深く息を吸い、力強く肩を伸ばした。
掲示板を眺めながら、改めてランク体系を確認する。
低級のリェル級(砂晶・霧晶・水晶)は初心者向け。
中級のフェイン級(翡翠・琥珀・紫水晶)は戦闘の幅を広げる。
上級のオルド級(小竜石・月長石)は精霊との結びつきが強い。
最上級のミスラ級(精霊銀)は、この世界に五人しかいない証。
それ以上――
超級のルメル級、特級のドラヴェ級、伝説級のセリオン級は、
未だ到達者のいない領域だった。
セレナが小さく呟く。
「……アルス、私たちならやれる。背中は任せて」
「……ああ。絶対に諦めない。
まずは、このダンジョンの初階層を攻略するんだ」
街道の影に潜む新たな危険――
突如現れたダンジョン。
それは、アルスとセレナ、二人の冒険が
新たな段階へ進むことを告げる、
静かで確かな前兆だった。




