第24話 背中合わせの夜
部屋の扉を開けると、温かな灯りと柔らかな布団の匂いが二人を迎えた。
アルスは思わず足を止める。
「……一部屋か……」
セレナは淡々と荷物を置きながら、わずかに口元を緩めた。
「効率的でしょ。宿代も節約できるし」
アルスは赤面しながら荷物を床に下ろす。
(お、俺……床で寝たほうがいいんじゃ……)
ベッドは大きな一つ。
アルスは自然と端を目指すが、セレナは軽く手を添えて、中央へと誘導する。
「そんな必要ないわ」
「え、いや……」
言葉は宙に浮き、アルスは観念してベッドの端に腰を下ろした。
腕に力を込めて布団を押さえ、できるだけ距離を取りながら荷物を整理する。
「……う、うまく置けたか……」
セレナはちらりと彼を見て、小さく頷くと、静かに寝支度を始めた。
そしてためらうことなく寝間着を手に取ると、背を向けたまま上着を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待って! セ、セレナ!?」
慌てて目をそらすアルスの声にも、彼女はただ首をかしげるだけ。
「……何か、変なの?」
「変っていうか、普通はそういうの……人前でやらないだろ!」
セレナは少し考え込み、やがて小さく「ああ」とつぶやいた。
「そうね。これまでずっと、一人で過ごしていたから……
そういう感覚が、あまりなくて」
その声音は穏やかで、どこか無垢だった。
アルスは顔を背けたまま、耳の奥で自分の鼓動がうるさく響くのをどうにもできない。
アルスが、たまらず立ち上がろうとした瞬間に、足が絡まり体勢を崩すと、
視線は自然とセレナの寝姿へ向かってしまった。
薄い布地の下にわずかに浮かぶ曲線、肩の輪郭、
そして胸元の柔らかな起伏が月明かりの陰影に浮かび上がる。
心臓が早鐘のように鳴り、顔は瞬く間に熱を帯びる。
「……や、やばい……近すぎる……!」
息を殺して視線をそらそうとするが、体が思うように動かない。
喉が乾き、頭が熱に包まれる。
観念したように深く息を吸い込み、
どうしていいかわからないまま声を上げた。
「風呂に……行ってくる!」
荷物を掴むように抱えて立ち上がると、
椅子を倒しそうになりながら部屋を飛び出した。
廊下の冷たい空気が頬を撫でても、火照りは収まらない。
――ベッドに残ったセレナは、少しだけ首を傾げ、その背を見つめていた。
「……随分、赤くなってたわね」
責めるでも、からかうでもなく。
その声音は静かで、どこか優しく、彼を案じるようでもあった。
ふっと微笑んだセレナは、視線を窓の外へ移す。
夜空に浮かぶ月が、白く優しい光を投げかけている。
「……落ち着いて考えれば、別に悪くないわね」
*****
しばらくして、足音を忍ばせるようにアルスが戻ってきた。
湯気の残る髪をタオルで拭いながら部屋に入ると、
セレナはすでに風呂を済ませ、ベッドの上で髪を乾かしていた。
薄く香る石鹸の匂いが、部屋の中にほんのりと広がっている。
「おかえりなさい。お湯、熱すぎなかった?」
「い、いや……ちょうどよかったよ……」
アルスは視線を逸らしながら答える。
湯上がりのセレナの頬はわずかに赤く、
湿った髪が肩に落ちるたび、月明かりがその輪郭を照らしていた。
セレナは小さく微笑み、髪を拭く手を止めた。
「……誰かと、こんなふうに過ごすのは……初めて」
その声は、自分の胸の内を確かめるように静かだった。
落ち着こうとして布団の端を握りしめても、
内心の照れと緊張で、なかなか目を閉じられない。
アルスはそんな彼女の様子に気づかないまま、静かに布団へと潜り込む。
緊張で硬直していた体から力が抜けたのか、
すぐに眠気が押し寄せ、やがて静かな寝息を立て始めた。
――その時だった。
廊下の奥から陽気な歌声と笑い声が近づいてきた。
酔っ払いの冒険者たちが、よろめきながら部屋を間違え、
ドカッと扉を開けて乱入してくる。
「ひゃっはー! 飲み直そうぜ……あれ?」
セレナがびくりと振り返った時、
アルスは寝ぼけたように飛び起き、剣に手を伸ばしかけていた。
だが、先に動いたのはセレナだった。
彼女は枕元に置いていた短弓を手に取り、鏃をちらりと見せる。
その鋭い視線に、酔っ払いは一瞬で酔いが醒め、慌てて退散した。
「もう……油断できないわね」
冷静に吐き出したその一言に、
アルスはようやく息をつき、感謝と謝罪を口にした。
「ありがとう、ごめん、鍵を掛け忘れていた……」
夜が再び静けさを取り戻すと、
二人は自然とベッドの中央を避けるようにして、
結局「背中合わせ」で落ち着いた。
アルスは疲れからか、布団を握ったまますぐに深い寝息を立て始める。
セレナはしばらくその背中を見つめ、緊張が解けずに身じろぎを繰り返す。
けれど、隣から聞こえる規則正しい寝息が、
次第に彼女の心を和らげていった。
そっと吐き出した息は、いつしか微笑みを帯びる。
「……安心する……」
先ほどまでの胸の鼓動が今では微笑ましい思い出に変わっていた。
やがて彼女も布団に身を沈め、ゆっくりと瞼を閉じる。
窓から差し込む夜風が、二人の部屋を静かに包み込む。
その温もりの中で、セレナは密かに誓った。
「……これからは、私も……守れるように」




