第22話 中型魔獣討伐
翌朝の王都冒険者ギルド。
受付カウンターの奥で、リナはまだ昨夜の酒が抜けきらない様子で顔を上げる。髪は少し乱れ、頬は赤みを帯び、目は半ばとろりとしたまま。
「ふぅ……今日も元気に……受付、ね……」
小さく呟きながら、資料を整える手が少しふらつく。
その時、扉が開き、アルスとセレナが入ってきた。
「お、おはようございます……」
リナはぎこちなく立ち上がり、視線を二人に向ける。
心の奥では、まだ昨日の光景——セレナとアルスが一緒にいる姿がちらつき、少し嫉妬混じりに胸がざわつく。
セレナは傍らで静かにアルスの背を見守りながら、薄く微笑む。
「……リナさん、体調が悪いの?」
アルスがリナの顔を見て心配そうに聞く。
「だ、大丈夫よぉ……!」
リナは慌ててグラスを手に取り、水を一口飲んで顔を上げた。
アルスがリナに笑顔を向ける。
「リナさん、ちょっと道具屋で必要なものを買おうと思って」
「えっ、あ、あの……えっと……あなたたち、もう……出かけるのね……」
リナは声が小さくもごもごし、軽く赤面する。
セレナは傍らで静かに微笑む。
「少し準備を整えたいだけ。装備や回復薬など、必要でしょう」
リナはわかってはいるのに、口元に小さくむっとした表情を浮かべる。
「そ、そうよね……でも、アルスくん……私も……いや、なんでもないわ……」
小さく呟きながら、視線を必死に逸らすリナの仕草は、二日酔いと嫉妬が混ざった、愚痴っぽく可愛らしいものだった。
アルスは苦笑しながら、手元の装備リストを取り出す。
「じゃあ、まずは道具屋へ……セレナも一緒に来る?」
セレナは淡々と頷き、二人はリナに軽く会釈して、ギルドの中にある小さな道具屋へと歩き出す。
リナはカウンター越しに、つぶやき混じりで見送った。
「ふぅ……あの人と……一緒に行くなんて……ちょっと許せないんだから……」
けれども、その声にはほんの少しの寂しさと、温かさも混じっていた。
しかし、ふとリナは違和感に気が付く。
(まって、今”セレナ”って呼び捨てにしてなかった?)
きっと聞き間違いだとリナは首を横に振りつつ二人を見送る。
アルスとセレナはギルドの道具屋に入ると、並ぶポーションや武具、魔道具の数々に目を光らせ、夕方からの中型魔獣討伐に向けた準備を進めるのであった。
*****
夕暮れ前、アルスとセレナは王都を後にした。
依頼書には「魔獣の出没は夕刻から夜にかけて」と明記されており、朝に出発しても無駄足になるだけだったのだ。
暮れゆく空を背に、二人は村外れの畑へと歩を進めていく。
村人たちは柵の近くで待っており、怯えた面持ちで説明をしてくれた。
「やつは毎日のように……夕暮れになると畑に現れて作物を荒らすんだ。牙を剥いたら誰も近づけん……」
アルスは不安げな農夫の声を聞きながら、握りしめた剣の柄に力を込めた。
「……セレナ。俺も、今回はちゃんと前に立つよ」
横に立つ弓使いへ視線を向ける。
セレナは微かに口元を緩めただけで、いつもの冷静さを崩さなかった。
「無理をして倒れるくらいなら、囮になってくれれば十分よ。……でも、期待しているわ」
アルスは胸の奥で決意を固めた。
——俺は守られるだけじゃない。セレナさんと並んで戦えるように。
やがて、獣臭とともに地面を震わせる重い足音が響き始める。
林の影から姿を現したのは、黒褐色の巨体だった。
オルグベア——二足で立ち上がった熊のような魔獣。額から鼻先へ伸びる白い筋が、薄暗い夕日に不気味に浮かび上がる。
「来たか……!」
アルスが剣を抜くと、オルグベアは獰猛な唸り声を上げ、一気に突進してきた。
衝撃。
剣で受け止めた瞬間、腕に痺れるほどの衝撃が走り、全身が軋む。
巨体に押され、アルスは必死に踏みとどまった。
「くっ……重い……!」
オルグベアが爪を振り下ろす。
刃で受け止めるが、肩口まで衝撃が突き抜け、地面にめり込むほどの圧力に膝が沈んだ。
「アルス、下がって!」
セレナの声と同時に矢が放たれ、獣の太腿に突き刺さる。
オルグベアが一瞬動きを止め、その隙にアルスは体をひねって横へ飛び退いた。
「助かった!」
荒い息をつきながらも、アルスは前へ踏み込み直す。
魔獣の注意を自分に向けさせるように、正面から斬りかかる。
剣筋は正確だが、毛皮は厚く浅い傷しか残らない。
だが、アルスの狙いはただ一つ。自分が囮になること。
「——今だ!」
アルスが剣で横腹をかすめると同時に、セレナの矢が放たれた。
矢は狙い違わず、獣の眼を撃ち抜く。
オルグベアが苦痛の咆哮を上げ、巨体をよろめかせる。
アルスは最後の力を振り絞り、剣を突き込んだ。
硬い筋肉を越え、刃が肉を貫く。
その一瞬の停止を逃さず、セレナの矢が心臓を貫いた。
巨体が崩れ落ち、大地が揺れる。
静寂の後、オルグベアは二度と動かなかった。
「……はぁ……」
剣を杖にして肩で息をするアルス。
腕は震え、全身が重い。
「やっぱり……まだ力不足だな。剣が通らないなんて……」
セレナは彼の肩に軽く手を置いた。
「悪くなかったわ。あなたが引きつけてくれたから、確実に仕留められた」
その声は淡々としていたが、どこか優しさを含んでいた。
「そうか……なら、少しは役に立てたんだな」
アルスは微笑み返し、疲れを隠すように剣を収めた。
村人たちは駆け寄り、涙ながらに礼を述べる。
「ありがとう! これで畑も家畜も守られる……」
報酬はギルドで受け取ると約束し、村を後にした。
夜空の星々が冴えわたり、街道を照らす。
歩きながら、アルスは口を開いた。
「俺……もっと強くならないと」
その言葉には悔しさよりも、静かな決意がこもっていた。
セレナは横目で彼を見やり、小さく頷いた。
「ええ。でも——あなたは私と一緒なら十分」
アルスはその言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
夜風は冷たいはずなのに、不思議とその温もりが消えることはなかった。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回の第22話では、アルスとセレナにとって初めて本格的な共同戦闘となる
中型魔獣・オルグベアとの戦いを描きました。
物語の中では詳細な説明を控えましたが、
戦闘の難易度やアルスが感じた「力不足」には、きちんとした理由があります。
参考までに、ギルドで共有されている魔獣資料の一部を掲載します。
【魔獣資料:オルグベア(Orgbear)】
■ サイズ・体格
大型魔獣。全長およそ3m前後。
筋肉質で重量感のある巨体を誇る。
■ 外見
黒褐色の厚い毛並みに覆われ、額から鼻先へ白い筋が走るのが特徴。
二足歩行と四足歩行を自在に切り替え、鋭い牙と大爪を持つ。
■ 動き
爪による薙ぎ払い、前足での押し潰し、巨体を活かした突進攻撃を行う。
動きは荒々しいが、意外にも素早い。
■ 弱点
眼や関節など、毛皮の薄い部位は比較的脆い。
正面からの力比べは極めて危険。
■ 習性
夜行性。
食料を求めて畑や家畜を襲撃することがあり、獲物を執拗に追う執念深さを持つ。
一度狙われると逃げ切るのは難しい。
■ 危険度(ギルド等級)
Cランク
(中級冒険者向け。複数人での討伐が推奨される)
■ 素材価値
牙・爪は武具の素材として高価。
厚い毛皮は防具や衣類に利用可能。
肉は滋養強壮の効果があるとされるが、腐敗が早く保存や加工には技術が必要。
アルスが剣を通せず苦戦したのも、
セレナが正面からの力比べを避け、確実な一撃を選んだのも、
すべてこの魔獣の特性を踏まえた結果です。
まだ未熟ながらも「守りたい」という想いで前に立ち、
仲間と役割を分かち合って勝利を掴んだ今回の戦いは、
アルスにとって確かな一歩になりました。




