表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/37

第16.5話 白の観察者

 王都の陽光は、森の木漏れ日よりもずっとまぶしい。

 それでも彼女は、人々の喧騒の中を、まるで風のように静かに歩いていた。

 白いフードを深く被り、露店の影を縫うように進む。

 その姿は、誰も気づかぬほど自然で――そして、どこか孤独だった。


 ――人間の街は、相変わらず賑やかね。


 心の中で、小さく嘆息する。


 笑い声。

 呼び込み。

 焼き菓子の甘い香り。


 すべてが、遠い世界の音に思えた。


 エルフの里を出てから、もう数十年が経つ。


 人間との関わりを避け、ただ任務のためだけに外の世界を歩く日々。


 だが――あの森での出来事が、彼女の胸に小さな波紋を残していた。


(……アルス)


 人間の青年。


 牙熊(ファングベア)に立ち向かって行った、あの時の眼差し。


 恐怖を押し殺し、誰かのために動くことを迷わない“意思”の光。


 力ではない。


 彼の中にあったのは、“守ろうとする強さ”だった。


 ――だから、見極めたかった。


 偶然を装い、森での遭遇を仕組んだのも、そのため。


 牙熊(ファングベア)など、彼女にとっては脅威でも何でもない。


 だが、彼がどう動くのか。


 恐れ、逃げるのか。

 それとも、立ち向かうのか。


 人の器を測るには、それが一番確実だった。


 結果は、期待以上。


 彼は、迷わなかった。


 そして、その瞳には――


 一瞬の躊躇すら、なかった。


(やはり……あの方の“予見”は、間違いではなかったのね)


 彼女の脳裏に、エルフの長老――〈予見の巫女〉の言葉が蘇る。


“人とエルフの境を越える魂が、世界の均衡を変える。

 その者は『白き森』の加護を受けるだろう。”


 半信半疑だった。


 だが、アルスと出会い、その思いは確信へと変わりつつある。


 あの青年の中には、“人間の脆さ”と“何かを護る意志”が共存している。


 その両方を併せ持つ者は――


 滅多に、現れない。


 彼女は市場の片隅で足を止め、遠くを見る。


 人々が笑い合う、その中に――彼の姿を見つけた。


 アルスは露店の前で足を止め、剣の柄を軽く整えながら、周囲の声に耳を傾けている。


 何気ない仕草。


 だが、その立ち姿には、かつて見た“誰か”を思わせるものがあった。


 ――幼き日の盟友。


 人とエルフの垣根を越えようとした、愚直で優しい青年。


 だが彼は、人々の不信と恐怖に飲まれ、命を落とした。


 その面影が、アルスの姿に重なって見える。


(……だから、私は確かめたいの――

 彼が、あの愚かな過去を超えられる存在かどうかを)


 彼女はそっと、口元を緩めた。


 フードの奥で、ほんの一瞬だけ――柔らかな笑みが浮かぶ。


 その時。


「……あの時は……よかった……」


 彼の声が、耳に届いた。


 森での戦いのことだろう。


 拙く、それでいて、真っすぐな声。


 その誠実さに、彼女の心が、わずかに揺れる。


「……無事でよかったわ」


 短く、そう返した。


 それ以上、感情が零れぬように――視線を逸らす。


 今の自分は、ただの観察者。


 まだ、関わるべき時ではない。


 けれど――。


(次に会う時は……もう少し、彼の中を見せてもらおうかしら)


 そう思うと、胸の奥が、ほんのりと温かくなる。


 それは好奇心か。


 それとも――別の、何かか。


 風が吹き抜け、フードの端を揺らした。


 王都の喧騒の中、彼女は人々の流れに紛れ、足早にアルスの元から離れていく。


 ――だが、彼女に宿る意志は、確かにあった。


 それは「任務」でも、「監視」でもない。


 もっと静かで、柔らかな――


 彼という存在を、知りたいという想い。


 そして、自分が忘れかけていた“心”を、もう一度確かめたいという願い。


 白のフードが、風に翻る。


 午後の陽光を受けながら、彼女は静かに歩き出した。


 その瞳には――


 わずかに、微笑の色が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ