第13話 見えない助力
朝、王都の空は澄み渡り、柔らかな光が街を包んでいた。
昨夜の王都の散歩で胸に刻んだ決意を抱き、アルスはゆっくりとギルドの扉をくぐる。
前回の徹夜依頼と短い宿屋での休息。夜は寝れたが体はまだ少し重い。
しかし心は清々しく晴れ渡っていた。
「今日の依頼は郊外の森に現れる小型魔獣の討伐か……無理せず、確実にだな」
アルスは掲示板の依頼書を指でなぞりながら深く息をつく。
報酬は5ゴルド。額は小さいが、自分の力で稼ぐ価値は何物にも代えがたい。
準備を整え、徒歩で森へ向かう。
窓の外に広がる緑の海は、幾重にも重なる樹木が光を遮り、昼の陽射しを薄く拡散させている。
森の中に入ると、葉のざわめきや鳥の声が心地よい緊張感をアルスに伝える。
「よし……気を抜かずに行こう」
剣を握りしめ、周囲の茂みや木の陰に目を凝らす。
落ち葉や小枝の音がわずかな警告のように耳に届いた。
しばらく進むと、突然、木々の間から小型の魔獣が飛び出してきた。
シャドウリッパー。膝下ほどの体躯で、黒い毛並みが光を吸い込み、俊敏に牙と爪を振るう。
「くっ……この動きは速い!」
アルスは剣を振りかざすが、魔獣は素早く、切っ先は何度も空を切る。
落ち葉が舞い、枝が腕に当たり、思ったより捕らえにくい。
その瞬間、背後に微かな気配を感じた。
振り返るが、人影は見当たらない。風が草木を揺らしただけのように思えた。
「……誰もいない……のか?」
戦闘に集中しながらも、アルスの胸に小さな疑問が浮かぶ。
魔獣が跳びかかろうとしたその瞬間、視界外で何かが動いた――
まるで魔獣の注意を引くかのように、わずかな影が揺れた。
その隙に、アルスは斬撃を決めることができた。
「……今のは、誰か……?」
振り返るが、森の奥には人の気配はなく、緑と木々の影だけが広がっている。
確かに助けられたはずなのに、目に見えるものは何もない。
それでも、どこか見守られていた気配が心に残った。
戦いを終えた後、アルスは倒れた魔獣の爪や牙を慎重に回収する。
森の持ち主である村に渡すべき部分は残し、自分で扱える範囲だけを手にして王都へ戻る。
途中、森を抜ける風に混じり、昨夜見かけた謎めいたフードの人物のことが頭をよぎる。
馬車でも、夜の街でも――似た気配があった気がする。
――――――――――――――――――――
王都の街に戻り、ギルドの扉を開けると、受付のリナが顔を上げた。
「お、おかえり……アルスくん。無事に終わったみたいね」
声はいつもの優しさなのに、どこか語尾がぎこちない。
アルスが近づくと、リナは一瞬だけ目をそらし、昨夜の食事を思い出したのか頬がかすかに赤くなった。
アルスは報酬の5ゴルドと換金分の2ゴルドを受け取り、軽く笑う。
「少しずつだけど……強くなってる気がします」
「そ、そうね。うん……あ、いえ、その……」
書類を整える手がわずかに震える。
リナは気付くと慌てて手を組み直した。
「ふふ、あなたの成長を見ると……ほ、ほら、昨日も……えっと……」
何か言いかけてから、リナは口を閉じてしまう。
昨夜の、肩が触れそうな距離の食事――静かな帰り道――
思い出した瞬間、言葉が迷子になった。
アルスが首をかしげると、リナは小さく咳払いして取り繕う。
「と、とにかく! 着実に強くなってるってことよ!」
無理に平常を装っているが、頬は赤いままだ。
少しの沈黙のあと、リナは意を決したように聞いた。
「ところで……ア、アルスくん。昨日の夜……その……あまり眠れなかったんじゃ……ない?」
声は小さく、どこか期待と恥ずかしさが混ざっている。
アルスは柔らかく笑った。
「いえ、リナさんと食事したあと、宿に戻ったらぐっすりでした」
その瞬間、リナの肩がびくりと跳ねた。
「……っ!」
耳まで真っ赤になり、慌てて書類を整え始める。
「そ、そう……。ぐっすり……ね。うん、よかった、けど……その……いいのよ、それで……」
語順も気持ちも追いついていない。
アルスは気付かないふりをして微笑む。
「はい。気をつけながら、もっと強くなりたいです」
リナは安心したように息を吐き、そしてまた、少しだけ視線をそらした。
「……昨日も、あなたのこと……少し危なっかしかったから……。無理はしないで。心配……だから」
最後の“だから”は、ほとんどささやき。
アルスの胸に、あたたかな感情が広がる。
「ありがとうございます。僕、頑張ります」
リナはふっと微笑む。
先ほどより自然で、でもどこか照れの残る笑顔だった。
「うん……見守ってるわ、これからも」
午後の光がギルドの窓から差し込み、アルスの背中を照らす。
リナの視線と優しい言葉は、アルスの心に小さな希望と勇気――
そして、昨夜から続く胸の奥のドキドキを残していた。




