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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第一章

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第12話 王都の夜

 窓の外には昼の光が差し込み、街路には人々の喧騒が戻っていた。アルスは軽く息を吐き、久しぶりに肩の力を抜く。

 昼間は、ギルドの酒場で簡単な食事を取り、少し体を休めた。徹夜での討伐の疲れがじわりと体に染み渡るが、心は満たされている。


「……やっぱり、俺にもできるんだな」


 小さくつぶやきながら、アルスは窓の外の光景を眺めた。昼間の王都は活気に満ち、人々の笑顔が溢れている。

 少しギルド酒場でゆっくりした後、アルスは宿屋へ向かい、短い休息を取った。疲れた体を布団に沈め、目を閉じると、街のざわめきと昨日の達成感が混ざり合い、眠りに落ちていく。


 やがて、夜。


 宿の外は街灯がともり、石畳に柔らかな光が反射している。アルスは目を覚まし、身支度を整えると、軽い夜の散歩に出た。昼間とは違う、静かで幻想的な王都の街が彼を迎える。

 橙色に沈む夕陽の残光は消え、街の灯りが水面に揺れる噴水や石畳を照らす。夜の風はひんやりと肌を撫で、昼の喧騒とは違う穏やかな空気が漂っていた。


「……王都の夜は、昼とはまったく違う雰囲気だな」


 アルスは小さくつぶやき、胸の奥に広がる充実感と、どこか静かな昂ぶりを感じながら歩き始める。


 街灯がともる石畳の道を踏みしめるたび、王都の夜の雰囲気がアルスの心を躍らせる。昼間の喧騒とは違い、夜の街は穏やかでありながらも、どこか刺激的な気配をまとっていた。

 通りを歩くと、煌びやかな衣装を纏った女性たちが笑い声を上げ、友人同士で楽しそうに歩いている。その横を、男性が軽く声をかける。


「お嬢さん、今夜は踊りに行かないか?」


 アルスはちらりと視線を向け、微笑む女性たちの華やかさと、男たちの軽やかな呼びかけの光景を眺めた。

 田舎の村では見たことのない活気と自由な空気が、街のあちこちに漂っている。石畳の隙間から風が吹き抜け、街灯の光が揺れるたびに、通りの雰囲気が微かに変化して見える。アルスはその微細な変化にさえ、心を奪われていた。


 歩き進めると、街の中心にある大きな噴水が目に入った。


 水が光を受けてきらめき、夜空の星々と相まって幻想的な景色を作り出している。噴水の縁には、手をつないだ恋人たちが座り、柔らかな笑い声を交わしていた。

 アルスは立ち止まり、静かにその光景を見つめる。手を繋ぐ指先、笑顔を交わす瞳、そして時折落ちる光の反射――すべてが生き生きと夜の空気の中に溶け込んでいる。


「……王都は、本当に色んな人がいるな」


 煌びやかな夜景に、温かく柔らかな人間模様が溶け込んでいた。村での静かな日常とは異なる、人の多さ、生活の密度、笑い声の重なり――すべてがアルスに新鮮な感動を与える。


 そんな景色の中、ふと雑踏の隙間に目を向けた。


 フードを深くかぶった人物の姿が、一瞬だけ見えた気がした。人波に紛れたその背中は、すぐに消えてしまったが、どこか興味深そうにこちらを見ている気配が残る。


 アルスは思わず足を止め、眉をひそめた。


「……誰だろう?」


 どこか見覚えがある――いや、確か……王都に来る途中の馬車の中とギルドでも、同じようなフードをかぶった人物を見た気がする。あの時も、目が合ったかどうかは分からないが、なんとなくこちらを気にしていたような……。


 振り返るが、もうその人物の姿はどこにもない。


「気のせいかな……それとも、また会うのかもしれない」


 アルスの胸に、ほんの少しだけ警戒心と好奇心が混ざり合う。王都の夜の賑わいに溶け込みながらも、ただの通行人にしては、妙に印象に残る存在だった。


 街灯の下で、噴水の水音と夜風がアルスの頬を撫でる。

 アルスは小さく息を吐いた。


「そろそろ……何か食べようかな。さすがにお腹すいたな」


 自然と足が向かったのは、ギルド御用達の食堂《赤い月亭》だった。

 夜の灯りに照らされた木の扉はあたたかく、どこか帰ってきたくなるような雰囲気をまとっている。

 扉を押して中へ入ると、店内には夜でも変わらぬ賑わいと、ほんのり漂う肉料理の香りが満ちていた。


 その奥のテーブル。


 そこではマルタとリナが向かい合って座り、何やら楽しげに話していた。リナの前には果実酒のグラスと、軽くつまめるパンとスープが並んでいる。

 マルタがアルスにいち早く気づき、ぱっと顔を上げた。


「おや、アルスじゃないかい。こんな時間に遅い食事かい?」


 その声に、リナが弾かれたように振り向いた。


「え……アルスくん!? こ、こんな時間に……どうしたの……!」


 果実酒のグラスをそっと持ち直しながら、少し頬を赤らめる。どうやら、リナの仕事終わりにアルスがここに来るとは思っていなかったらしい。


「お疲れさま……その、体はよく休めたの?」


 声は小さいが、胸の奥からこぼれたような温かさがあった。


「はい、宿屋で少し休んだので大丈夫です。少し夜の王都を見て回ってました」


 アルスはいつもと変わらない調子でリナに言葉を返した。

 マルタはそんな二人の様子を見て、面白そうに目を細める。


「ふふん、なーに気にしてるのさ。ほら、せっかくだし……リナの横、空いてるよ。お座り」


「マ、マルタさんっ! ちょっと……!」


 リナは慌てて抗議するが、その表情には“まんざらでもなさ”がほんのり混ざっていた。


「い、いや、その……アルスくん、無理にとは言わないけど……」


 と言いながらも、どこか嬉しさを隠しきれていない様子だった。

 リナは少し視線をそらしながら、椅子を引いて小さく微笑む。


「よかったら……い、一緒に食べる? その……私もちょうど軽く食べてたところだから……」


 ほんのり頬を染めたその表情は、夜の灯りの中でどこか柔らかく揺れていた。

 アルスは椅子に腰を下ろし、少し落ち着いた声で言った。


「リナさんも、仕事終わりですよね。ゆっくりできてますか?」


 リナは一瞬きょとんとし、すぐにふわっと微笑んだ。


「ええ……今日は少し落ち着いてたから、マルタさんと話しながら、のんびりしてたの。アルスくんが来るなんて思ってなくて……だから、ちょっと驚いたけど」


 言いながら、果実酒のグラスを指先でくるりと回す。その仕草がどこか落ち着かないのは、アルスが隣にいるのが嬉しいせいだ。


「王都の夜、どうだった?」


 リナがそっと身を乗り出す。


「綺麗でした。噴水とか、人も多くて……見てて飽きないです」


「ふふ、それならよかった。ずっと村だったんだもんね。王都の夜は……うん、ちょっと特別」


 そこでリナは小さく唇を尖らせた。


「……でも、『誰かと一緒』のほうが楽しいんだよ? 夜の街って」


「え? そうなんですか?」


「そうなの」


 リナは頬を染めて、指先で髪を耳にかける。


「だって……綺麗な場所も多いから、一人で見るより、誰かと見たほうが温かいでしょ?」


 どこか言いにくそうにしながらも、しっかりとアルスの目を見ている。


(――誰か、って俺のこと……?)


 アルスは少しだけ胸が熱くなる。

 そこへ、タイミングよくマルタが皿を置いた。


「はいはい、若い子同士で盛り上がるのはいいけど、まずは腹ごしらえだよ。アルス、今日はサービスでハーブ香る焼き鶏、特別に多めにしておいたよ」


「ありがとうございます!」


 マルタはにっこりと笑い、リナの耳元に小さく囁く。


「……よかったねぇ、リナ。気になる相手と夜ご飯だ」


「マ、マルタさんっ!!」


 リナは耳まで真っ赤になりながら、慌てて咳払いした。


「え、えっと……その……よかったら、食べながらでいいから……依頼の話、聞かせてほしいな。アルスくんがどんな風に頑張ったのか……知りたいから」


 ほんの少し指先をそわそわさせながら、それでも真っ直ぐな瞳で。

 その姿に、アルスは思わず柔らかく微笑んだ。


「はい。もちろんです」


 リナはぱっと表情を明るくし、アルスの話を嬉しそうに聞きながら、その瞳が夜の灯りにきらめく。

 王都の夜は、さっきよりほんの少しだけ温かく感じられた。

 アルスの前に、追加で注文したスープが運ばれてくる。ふう、と湯気が立ちのぼる中、リナがそっと口を開いた。


「……ね、アルスくん。今日、初めての討伐……本当に、お疲れさま」


「ありがとうございます。まだまだ慣れないことだらけですけど……頑張らないと、ですよね」


「うん。でも――」


 リナは少しだけ身を寄せ、声を落とした。


「無茶はしちゃダメだよ? 新人さんって、がんばりすぎるところあるから」


 その言い方は、叱るようでいて、どこか嬉しそうでもあった。


「無茶は……しませんよ。リナさんにも心配かけたくないですし」


「えっ……」


 リナの肩が一瞬ビクリと震え、耳まで赤くなる。


「そ、そういうこと言うと……」


 小声になり、言葉の続きを飲み込む。


「……ずるいんだから」


 アルスは首をかしげたが、それ以上追求しようとはしなかった。


「でも、本当に嬉しいよ。こうして無事に戻ってきてくれて……一緒に食事できるなんて」


 ゆっくりと微笑むリナの横顔は、どこかほっとしたようで、どこか照れくさそうだった。

 アルスはスープを口に運びながら、自然と笑みを返す。


「俺も……なんだか落ち着きます。リナさんと話すと」


「っ……ほんと、そういうの……」


 リナは視線をそらし、グラスの果実酒をくるくる回した。


「……まあ、いいけど」


 その小さな呟きは、夜の灯りに溶けていった。


 マルタがカウンターからこちらを見て、にやにや笑っているのに気づいたが――敢えて二人とも気づかないふりをした。


 そうして穏やかな時間が流れ、王都の夜はゆっくりと更けていくのだった。


(……王都の夜って、こんなにあたたかいものなのか)

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