契約の村 第5話 別れの手紙と白い花
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突如、私のスマホになった。
『佐倉くん』
その名前は突如として学校を自主退学したクラスメートだった。
「佐倉君? 一月ぶり。………え?」
嘘? あの美桜が死んだ?
宇野山美桜。それは、私と佐倉君の共通のクラスメート。明るくよく笑う子だった。でも、一ヶ月前に何も言わずに学校を辞めた。それを追うように佐倉君も、学校を辞めた。
何があったのか?みんな不思議がってたけど、あの子が亡くなるなんて。
「ちょっと待って、………コレで良し。住所を教えて。………わかった。私は美桜の事は他の女子に教えるから、佐倉君は男子の方に連絡してくれる? 美桜の実家の住所教えてくれてサンキュー。」
震える手で通話を切った。
「どうしたの?」
「美桜に何があったの?」
興味本位で聞いてくる皆に少し待ってと言ってグループチャットを立ち上げた。文字を打つ指が震える。でも皆に美桜のことをちゃんと伝えなきゃ。
『…言いづらいんだけど、どうしてもみんなに知っておいてほしいことがあって。
宇野山美桜さんが亡くなった。明日、彼女の実家で通夜が行われる。場所は、新幹線で3時間、さらに電車とバスを乗り継いで2時間かかる山あいの集落。
事情を説明するのも辛い。でも、美桜の顔をもう一度、みんなで見送る機会がないわけじゃない。
行ける人だけで構わない。誰かでも行けたら、と思って。
ごめんなさい、こんな形で連絡することになって。』
通知を受け取った内容を見てローソンに重々しい空気が訪れた。
「⋯⋯⋯嘘。⋯⋯⋯美桜が⋯⋯⋯なんで?」
メッセージを読んだ美香がポツリと呟いていた。
「美香……待って」
彩夏が美香の肩をそっと抱き寄せた。美香の目に揺れる涙は、言葉が詰まるほど。こんな悲しい連絡は、もちろん初めてだ。
ローソンのドリンクコーナーで集まっていた仲間たち。今まで何度も笑い合ったはずなのに、今は誰も言葉が出ない。
「……ねえ、今からみんなでお金集めようか? 新幹線代も結構かかるし、ホテルも」
彩夏が現実的な話を切り出す。
「うん、そうだね。それに……花とか、美桜が好きだったお菓子とかも、持って行こうよ」
陽菜が声を震わせて言った。
「⋯⋯⋯すみません。予約を取りたいのですが。はい。出来れば明日から明後日までの間なのですが。
⋯⋯⋯はい。私達も宇野山美桜さんのクラスメートでして。⋯⋯⋯え? 本当ですか? 大丈夫なのですか?⋯⋯⋯はい。ありがとうございます。」
千佳はそう言ってからスマホを切った。そのまま、グループチャットに何かを打ち込んだらしい。すぐに私のスマホに通知音がなった。
『ホテルの方だけど、村に旅館があったから電話したら、美桜お嬢様のご友人で美桜お嬢様の為に来られる大切なお客様からお金は受け取れない。最寄り駅にご到着次第送迎バスでお迎え致しますので、人数が分かり次第ご連絡をお願いしますだって。』
グループチャットの通知音が、重い沈黙の中に小さな希望を降らせた。千佳からの連絡を読み、少しだけ緊張が和らいだ。誰もが顔を上げ、互いを確かめ合う。
「……村の人、優しいんだね。」
何気ない一言が、ぽつりと出る。誰もが小さく頷いた。でも、本当にみんなで行っていいのか。家族の方に負担をかけるんじゃないか――そんな迷いもあった。
「……でも、私たちが行く本当の意味、ちゃんと伝わってるかな。」
美香が思い詰めたように呟く。美香は美桜と一番仲が良かった。きっと、今も信じられないのだ。
「……私たちが行って、きちんとお別れしてくることが、美桜やご家族に届くと思うよ。だから、迷わず行こう」
彩夏がハッキリと言った。その言葉に、みんなの背筋が少し伸びる。
翌朝、新幹線のホームでは久しぶりに揃った30人の面々。普段は賑やかなはずの仲間たちだが、今日は誰も余計なことは喋らない。荷物には白い花や、美桜が好きだったお菓子、手紙が詰まっていた。
3時間の新幹線、2時間のローカル線――やがて景色は山間へと変わっていく。誰かの携帯が「圏外」と表示されても、誰もが静かに前を見つめていた。
最寄り駅に着くと、小さなバス停の前に一台の送迎バスが待っていた。運転席には制服姿の女性が起立し、丁寧にお辞儀をする。
「宇野山美桜様のお友人の皆様でしょうか。誠にありがとうございます。今から案内させていただきます」
その女性の横には、中学生くらいの少女が立っていた。大きな目に少し赤みが差した、美桜にそっくりのその子は、
「……私、宇野山桜です。美桜お姉様の……妹です」
声は震えていたが、しっかりとみんなを見据えていた。美桜の面影が重なる。
バスに乗り込むと、すぐに佐倉君の姿が見えた。いつもは冷静な彼も、目元が腫れている。
「……佐倉くん」
一人が声をかけると、彼はうなずきながら、
「……みんな、よく来てくれた。美桜も……きっと喜ぶ」
と、細い声で答えた。
バスは静かに山路を登る。車内でも、誰も余計なことは喋らない。ただ、時折、窓の外に見える山の緑や、川のせせらぎが、寂しげな思い出を包み込むようだった。
しばらく走ると、小さな集落が見えてきた。バスは「宇野山」と書かれた大きなお屋敷の前で止まった。玄関には白い提灯が揺れ、中からは線香の匂いが漂ってきた。
桜さんが先導してくれた。みんなは順番に名札とともに美桜の写真の前に進み、花や手紙を手向ける。美桜は静かに微笑み、まるで「ありがとう」と囁いているようだった。
式が終わり、外に出ると、美桜の家族が一人ひとりに深々と頭を下げた。
「たくさんの方にお越しいただき、本当にありがとうございます。美桜も……きっと幸せです」
その夜、宿泊先の旅館ではみんなで美桜の話に花が咲いた。笑い声も、涙声も、全てが美桜への思い出に満ちていた。
佐倉君は翌朝、みんなにポツリと言った。
「美桜は……『みんなと出会えてよかった』って、最後に言ってた。だから、今日みんなが来てくれて、本当に良かったと思う」
みんなは黙って、彼の言葉を心に刻んだ。
帰りのバスでは、少しだけ空気が軽くなっていた。胸の中は悲しみでいっぱいだったけれど、美桜との思い出と、みんなの絆を確かめられた気がした。
「……また、みんなで集まろうね」
誰かが言った。その言葉に、みんなが小さく頷く。
車窓から見える遠い山並みに、美桜が静かに見守っているような気がした。