第5話:お前を置いていけるわけないだろ! → 強制帰還
光が、全身を包み込む。
目の前の世界が遠ざかっていく――そんな感覚だった。
足元がふわりと浮いて、空に引きずられるように身体が上昇していく。
「……やめろ……っ!」
目を開けても、もう森は見えない。
スラ子の姿も見えない。
白く、広く、ただ無機質な“転送空間”があるだけ。
それでも、俺は叫んだ。
「スラ子っ!! 聞こえるか!!」
反応はない。
声は、虚空に吸い込まれていく。
俺の意志なんか関係ないんだ。
この転送は、一方的で、絶対的で、終わりを告げに来た。
でも、あきらめられるわけがない。
「……あいつは、俺が育てるって決めたんだ!」
叫びながら、俺は――スキルを起動した。
【育成者】
異世界の個体と、成長リンクを結び、その成長を促進・観察する支援スキル。
本来なら、目の前に相手がいないと使えない。
でも、たった一つだけ、非常手段がある。
──【絆の継続リンク:1回限定使用】──
対象が強く自発的に“あなた”を望んだときのみ発動。
「スラ子……お前、今……俺のこと、呼んでるか?」
世界の向こうに、ゼリーのように震える感情が届いた気がした。
離れても、時間が離れても、心が切れていなければ――まだ、つながってる。
俺は、両手を合わせて叫ぶように祈った。
「スラ子、聞こえたら返事しろ!!」
……
……
……そのときだった。
ほんの一瞬だけ、転送空間に“ひび”が入った。
音もなく、光の一部が軋んだように揺れる。
そして――
「……ぷぅぅっ!!」
遠く、確かに届いた。
あの、あいつの声が。
「スラ子っ!!」
胸が熱くなる。
体が震える。
目から、涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。
「……お前を置いて、俺だけ帰れるかよ!!」
俺は拳を握りしめ、スキルの使用を強行した。
【絆リンク強制接続開始】
※制限時間内にリンク完了しなければ、対象との接続は失われます。
転送魔法陣の中心が、ぐにゃりと歪む。
そこに、一滴――スラ子の粘体の欠片が飛び込んできた。
「……お前、それ……自分の身体、ちぎって投げてきたのかよ」
「ぷ……ぅ……!」
もはや感情そのものが流れ込んでくる。
さびしい。
でも、あきらめない。
主様を……失いたくない。
俺は、迷わず叫んだ。
「約束だ! 1000年かかっても、お前のもとに戻る!」
「ぷうぅぅぅぅぅっ!!」
空間が炸裂する。
強烈な光と共に、俺の身体は弾かれ、次の瞬間――
俺は、現実世界のベッドの上で、目を覚ました。
「……はっ!」
呼吸が荒い。汗だくだ。心臓がバクバクいってる。
周囲は見慣れた自分の部屋。
机には教科書、窓の外は夕暮れの街。
でも、胸の中は空っぽだった。
「……スラ子……」
もう、目の前にはいない。
でも、確かに、約束した。
絶対に、また会うって。
だから――
【育成者ログ保存完了】
■リンクデータ保存
■次回アクセス予定:千年後
如月ハルト。
育成者。
異世界育成計画、第1段階――完了。
だがそれは、終わりではない。
むしろ、本当の“始まり”だった。