第4話:あれ、俺……もしかして帰される?
それは、まったく予兆のない日だった。
空は晴れていて、スラ子はいつも通り跳ね回り、俺は朝から“石転がしゲーム”の改良ルールを考えていた。
「……で、今度は三回連続で転がせたらボーナス得点ってのはどうだ?」
「ぷーぅ」
「お、理解したな? よしよし、スラ子は天才だな」
「ぷぅっ!」
俺の頭に飛び乗ってぴょんと跳ねる。いつも通りの、平和な朝――だったはずなのに。
その瞬間、時間が止まった。
まるで空間そのものが凍ったような静寂の中に、突如として“声”が響いた。
『――育成対象の成長兆候を確認。特別任務、第一段階完了』
「……なに?」
声は、頭の中に直接響いている。
あのとき――異世界に来た直後、育成者のスキルをくれた“女神の声”だ。
『如月ハルトよ。貴殿の任はここで終了となる。準備せよ』
「終了……? 待って、それって――」
『貴殿の異世界滞在は一時停止され、元の世界へと戻る』
「え、ちょ、おい!? それって強制帰還ってことかよ!?」
思わず叫んだ。
俺は、まだなにもしてない。
スラ子だって、ようやく少しずつ成長しはじめたばかりだ。
ここで終わりなんて、そんなの――
「ふざけんなよッ!!」
声はもう返ってこない。
だが、世界の色が静かに変わっていくのがわかった。
空が灰色に染まり、風が止み、鳥の声が遠ざかる。
まるで夢の終わり。
まるで、“お別れ”のように。
「ぷ……ぅ?」
スラ子が不安そうに俺を見上げていた。
その瞳――いや、ゼリーの揺れ方からでも分かった。
スラ子は、何かが起きていることを察している。
「スラ子……俺、どうやら……帰らなきゃいけないらしい」
「ぷぅっ!?」
焦ったように揺れるスラ子。
「大丈夫、また来るよ。約束する」
「ぷ……ぷぷっ!ぷーーっ!!」
スラ子が俺に抱きついた。身体をいっぱいに伸ばして、俺の胸元に張り付く。
なんでわかるんだよ、お前……。
お前、本当にスライムなのかよ……。
だけど、そんな感動に浸る時間も、もう残されていなかった。
光が、俺の身体を包む。
視界が白く染まり、耳が遠のき、足元からこの世界が崩れていく。
「スラ子ッ!! 俺、絶対また戻ってくるからなッ!!」
最後の叫びが届いたのか――スラ子は、震えながら、でもしっかりと答えた。
「ぷぅ……!」
そして、俺は消えた。
育成者・如月ハルトの、最初の異世界生活は――
あまりにも唐突に、幕を閉じた。
【育成対象:スラ子】
■最終同期値:信頼度+72
■最終記録:別れの感情を記憶中
■次回ログ更新予定:1000年後