第2話:俺だけが気づいた、こいつの“進化の兆し”
「はぁ……今日も負けたか」
陽が落ちる中、俺はスラ子――あのスライムと並んで草むらに座り込んでいた。
目の前には、スラ子の“戦績”が並んだメモ。
ゴブリンとの模擬戦:敗北
ウサギ型モンスターとのかくれんぼ:敗北
水たまりジャンプ訓練:沈没
戦闘能力、機動力、知能……すべてにおいて完敗。まごうことなき最弱である。
それでも、スラ子は嬉しそうに俺の肩に乗って「ぷぅ〜」と鳴いている。
「お前はほんと、ポジティブだよな……」
俺は【育成視】スキルをもう一度起動してみた。スラ子の詳細が、俺の視界にウィンドウ表示される。
【名前】:スラ子
【レベル】:1(固定)
【状態】:健康/活力◎/学習中
【成長傾向】:低い(だが反応速度上昇)
【特記】:微弱な“魔素吸収”を確認
【メモ】:観察中。成長傾向に“変化”あり。
「……お?」
前はなかった項目がいくつか追加されている。
“魔素吸収”? “反応速度上昇”?
それに、“成長傾向に変化あり”って……。
「もしかして、スラ子……ちょっとずつ進化してるのか?」
「ぷ?」
スラ子が小首をかしげる(そんな構造あるのか知らんけど)。
戦っても負けてばかり。でも、毎日俺がスラ子に声をかけて、魔物の動きを見せたり、簡単なトレーニングをさせたりしてきた。
もしそれが、ほんの少しずつでも何かを育てていたのだとしたら――
「よし、明日からは“反応トレーニング”メインでいこう」
例えば、落ち葉キャッチとか、鳴き声の指示とか。地味だけど、反応速度を上げる訓練だ。
「ぷぅー!」
スラ子は元気に飛び跳ねた。
そのジャンプ、昨日より少し高くなってる気がする。
いや、たぶん気のせい。でも――
「……お前、ほんとに最弱なのか?」
そのとき、一瞬だけ、スラ子の身体が微かに光った気がした。
魔素の揺らぎか? 単なる残光か?
どちらにしても、それは“ゼロの存在”にはあり得ない現象だった。
俺は直感的に思った。
こいつ、化けるかもしれない。
それから毎日、俺とスラ子の地味な訓練が続いた。
モンスターに勝てるわけでもなく、町で歓迎されるわけでもない。
けれど、スラ子は確かに少しずつ、少しずつ変わっていた。
走る速度が少し上がった。
反応するタイミングが少し早くなった。
そして何より、俺の声を聞いて動くようになった。
それは、スキルとは違う“つながり”の始まりだった。
「スラ子……もしかして、お前……」
言いかけた言葉は、森の向こうから聞こえた轟音によってかき消された。
ズズン――!
「な、なんだ!?」
地面が揺れ、木々がなぎ倒される音。
現れたのは、牙の生えた巨大なイノシシ型魔獣【ブラスホッグ】だった。
「くっ……逃げ――」
「……ぷっ!!」
スラ子が俺の前に飛び出した。
まるで、俺を守るように。
「スラ子っ!?」
魔獣の鼻息が森を吹き飛ばす。
だが――次の瞬間、スラ子の身体が微かに紫光を帯び、空中で“弾けた”。
ブラスホッグの顔面に何かが直撃し、巨体がよろける。
「えっ、お前……攻撃したのか……?」
初めてだった。
スラ子が、自発的に“敵に向かって”行動したのは。
たぶん、ダメージなんて1も通ってない。
でも、あのブラスホッグがバランスを崩したのは事実だ。
そして――俺は確信した。
「お前、やっぱりただのスライムじゃない」
進化の“兆し”は、確かにここにある。