⑤アスタロッテ
「今更名乗る必要もないと思うが………一応の礼儀は必要だろうて」
アスタロッテはゆっくりと壇上を降りると、白く小さな手で漆黒のスカートを摘まみ、僅かに持ち上げる。
「吾が新生派魔王軍の長にして77柱が1柱、名をアスタロッテという」
アスタロッテは両手を組むと首を斜めに傾け、顎をくいと上げて目を細めた。
「短い時間だが、覚えておくが良い。貴様達が人生で最期に覚えた名前であるからな」
小さな体からは想像できない程の殺気と恐怖を発している。体の中心に力を込めなければ、背骨を掴まれて引き抜かれるような感覚に襲われる。外見だけならば、お伽噺の影響を受けた少女が、さも大人びた言葉で意味も分からずに発しているだけともいえる光景であったが、歴戦を潜り抜けてきたタイサやエコーは、その姿と言葉に差異がないことを理解し、その場から動けずにいた。
タイサは自分が十数秒の間呼吸をしていなかった事に気が付き、今までの分を含めて大きく息を吸うと、恐怖を捨て去るように、しかし殺気に圧されないようゆっくりと吐き出した。
タイサの体に柔軟さが戻っていく。
「そいつはご丁寧にどうも。俺の方も名乗った方が良いかな?」
「好きにするが良い」
少女が小さく笑う。
タイサは首と肩を鳴らしながら二歩前へと歩き出した。
「元ウィンフォス王国騎士団『盾』の騎士団長を務めていたタイサだ。王国からは『鉄壁』の名を貰っているが、今は故あって『魔王』を名乗らせてもらっている」
タイサの堂々とした姿に後ろのエコーも右隣に並んだ。
「同じく元騎士団『盾』副団長のエコー。今は魔王の妻を名乗っています」
「………初めて聞いた………いってぇ!」
タイサは右足を踏まれていた。
「アスタロッテ、貴女に聞きたい事があります」
右足を浮かして痛みを和らげているタイサの隣で、彼女は細い剣を少女に向ける。
「新生派の主要な幹部は、五人で決定していると聞きました………ですが、あなたは今自分の事を『長』だと名乗りましたね?」
その矛盾についてエコーが少女に問う。
「名を呼ぶ事を許したつもりはないが………まぁ、良いだろう」
アスタロッテが腕を組む。
「そういう制度だと内外に喧伝しておけば、何かと都合が良い事が多い。唯それだけの事じゃ」
実際は全てを、彼女一人で決めていた。それを肯定する表現であった。
「全ては父様の為に」
少女は天井を仰ぐように両手を広げる。
「父だって?」
タイサが会話に入る。




