①真紅の竜
「赤い………竜? そんな、馬鹿な」
ドリスが真上を向き、目と口を大きく開けていた。
「まさか、召喚魔法!? けど、それだけの魔力が―――」
残っている訳がない。
だが、街の一角の全てを陰にする巨体。実際は城程の大きさはないが、山のようにと形容したくなる巨大な存在は、確かにドリスの眼前に存在していた。
「まさか、彼女が!?」
全身は真紅の鱗が重なり合う様に規則的に並び、背中からは全長に匹敵する巨大な翼、爬虫類と同じ金色の目に、後頭部には曲線美を持つ二本の漆黒の角が生えている。巨体を支える足る太い脚に、鋭い爪をもつ細い腕。無数の牙の隙間からは呼吸をするたびに景色が歪むほどの熱を発している。
真紅の竜は天が割けるほどの雄たけびを全身で発すると、そのまま口を大きく開けて光を吐き出した。
炎ではなく光。
赤白い光の束は、そのまま大通りの上に沿って領主の館の一部を貫き、その先にある街の外縁部、東の大正門をくり抜いた。
「なっ、何という威力!? このままでは街そのものが消えてしまうわ!」
遅れて襲い掛かる衝撃波と地響きに耐えながらドリスは周囲を見渡し、自分に出来る事を思考する。
勇者と言えど、一人の小さな人間に出来る事は限られていた。
「………それでも私は勇者なのよ」
そう自分に言い聞かせる。
ドリスは落ちていた自分の剣を拾い上げると、すぐに魔力を込めて放電を起こす。
「例え相手が竜であっても、逃げる訳にはいかないわ」
大きく深呼吸を始め、剣の柄を両手で握りしめた。
真紅の竜の目が下に動き、足元の些細な存在に気が付く。
「滅べ! 邪悪なる竜よ!」
ドリスは青紫色に光る剣を肩の真上に構えると、振り下ろすかのように前傾姿勢で突撃。真紅の竜の右足に剣撃を叩き込んだ。そして激突の瞬間に大量の電撃が解放され、剣を中心に四方へと空中放電が発生する。
だが、竜の鱗は光沢を保ちながらびくともせず、逆に剣が振動し始めるとものの数秒で砕け散った。
「そんな………私の、勇者の一撃が!?」
飛び散る剣の破片に目を細め、ドリスが大きく跳び下がる。
「ならば!」
次に彼女は右手を大きく掲げ、残っていた雷雲を竜の直上に集めると、可能な限りの魔力で電撃の雨を降らせた。
だが人間を瞬時に炭とさせる一撃も、巨大な竜の前では唯の水流程度に過ぎない。
竜はドリスを見下ろしたまま微動だにしなかった。
ついにドリスが両手を膝につき、大きく息を切らせ始める。
「こ………この化物めが」
ドリスの周囲が暗くなる。
彼女が見上げると、その原因は巨大な平らな足であった。
地響きと低い音と共に、彼女の姿が見えなくなる。
真紅の竜は再び天を裂く雄叫びを放つ。その声は竜の王に相応しく、全ての生物を平伏させるかのような空気の振動であったが、竜の正体を知る者から見れば、複数の感情が入れ混じった寂しさにも聞こえた。




