⑧強者の定義
「………ありえん」
バールが振り返ると、そこには埋もれた上半身を必死に起き上がらせようと震えるバイオレットの下半身が見えた。
「いい加減にしろぉぉぉおっ!」
バールが大きく跳び上がり、落下の一撃を右足に込めて解き放った。彼女の足の裏はバイオレットの腹部にめり込み、埋もれていた上半身が勢いで起き上がる。
「かはっ!」
呼吸ができずに、バイオレットは腹部を押さえながら床を転がった。
「何て奴だ………最早、不愉快としか言いようがない!」
ついにバールの口から荒い息が漏れ始めた。
「………不愉快。大いに結構ではありませんか」
何度も咳き込みながら血を吐き、バイオレットは四つん這いのまま床に顔を向ける。
「このまま貴方は、私と戦い続けてもらいます」
「何だと?」
バールの表情が不機嫌なそれに変わってゆく。
「隊長が、上の二人を倒してくれれば………私の勝ちです」
「最初から勝利を目指していなかったというのか!」
バールは神聖な決闘が汚されていた事に怒りの様相を見せる。
「そうでは………ありません」
振り子の様に立ち上がったバイオレットが首を左右に振る。
「勝利は目指しています。ですが、それは私個人のではなく、私達の勝利です」
例え自分や味方が力尽きようとも、目的を達した方が勝つ。彼女の発した言葉は、単純で明確な表現であった。
「さらに私も生き残れれば………大勝利です」
口元を手の甲で擦り、血と埃で汚れた顔でバイオレットは笑みを浮かべる。
瞬間、バールに横顔を殴られた。
バイオレットは地面に叩きつけられると大きく跳ね上がり、床を擦りながら速度を落としていく。
「やはり不愉快だ。戦わずして勝利を語る事など、私には到底理解できない」
バールは拳を強く握り、顔の前で見せつける。
「力は最も単純で生物にとって明確な基準だ。強い者が勝ち、弱い者は死ぬか強者に従う。そこには惜しかった、次こそなどという後悔は存在しないのだ」
ましてや、誰かの勝利が自分の勝利に繋がる事はない。誰かの勝利とは、その者の勝利である。バールは迷う事なく、力の絶対性を説いた。
「お前は先程、自分を信じて疑わなかった人を裏切ったと言ったな? それがお前の強さだ。たとえ私と異なる力であっても、嘘と見破れずに騙された方が弱く、騙す事が出来た方が強いのだ。戦いとはそういうものだ」
「………確かに、私達の中にもそう説く人はいました」
バイオレットの脳裏に、あの男の顔が思い返される。
彼女が起き上がると、今まで無事だった事が奇跡とも思えた騎士の兜が砕け、その破片が彼女の足元に散らばった。
『兜に込められていた最後のリザレクションが発動しました』




