⑥末路
「随分と………聞き分けがいいのですね」
命を懸けて一戦交える事を覚悟していただけに、予想外の反応を見せられたクライルは、額から流れる汗を拭う。何気ない会話を交わしているだけだが、一つの些細な過ちや読み違いが、人類全体に影響を与えかねない状況に、王となった彼であっても緊張を全て隠す事ができなかった。
「もとよりこの時代に興味がない。後はお前達人間だけで延々と殺し合えばよい………我々はこの時代の人間達には基本的に干渉しない。後は好きにせよ」
「成程、それが貴方の計画なのですね」
クライルは今まで不透明だった最後の破片が心の中で埋まる音が聞こえた。
「この時代の人間と魔物との共存は無理だと余は判断した。故に可能な限り我々の痕跡を消し、別の時代に期待する事としよう………それが余に与えられた友との約束だ」
大魔王は自分だけ歩き始めると、クライルの前で止まる。
「そう、可能な限り」
「………どうやら私の命も貴方の勘定に入っているようですね」
クライルはそこから逃げる事も、抗う事もしなかった。
既に貴族派は壊滅。王女に反旗を翻した者達は、この戦いで軒並み戦死している。仮に生き残っていたとしても、イーチャウさえいなくなれば、貴族派はその求心力を失い、多少の権利と財産を残しておけば王女派に降る。魔王がこれ以上進軍を行わない事が、デル達の成功を示す何よりの証拠でもあった。
あとは自分自身の罪を償うのみ。
クライルは目を瞑ると同時に、血を吐いた。
彼の胸から生える短剣と、服を染めていく赤い鮮血。
「何とか、間に合ったな」
「………ギュード。あなたが私の最期ですか」
大魔王の一撃で死ねなかった残念さと、自分がしてきたことの報い。
ギュードは彼の震えた声に、してやったりと頬を緩ませた。
「ああ、急な依頼が入ってな」
「王女殿下か? それともデルか?」
「両方さ」
クライルの問いにギュードが即答する。
大魔王は無言のまま目の前の出来事に何一つ反応を起こさず、ただ見続けていた。
ギュードが短剣を引き抜くと同時にクライルの前後から血が溢れ、白と赤の服を一色に統一されていく。やがて立つ力を失い、彼は地面に膝をついた。
「散々、好き勝手に踊らされた報いだとさ」
「………そうか………そうですね」
今更、自ら望む形の死が与えられる訳がない。クライルは胸に手を当てながら手の平が赤く染まるのを見ながら倒れ込んだ。
「悪いな、大魔王さん。文句ならあいつらに言ってくれ」
赤く染まった両手で空を仰ぐギュードに、大魔王は無言で返す。
その時、大魔王の背後、ブレイダスの街で巨大な生物が姿を現した。
それは城のように大きく、赤い鱗と巨大な翼、黄色い瞳に鋭い牙と角を持っていた。
「何だありゃ? おいおいおい、何だよあのでっけぇ竜は!」
驚くギュードとは反対に、大魔王の興味は目の前の倒れた男から、遠くの竜へと移り変わる。
「………どうやら、覚悟を決めたようだ」
大魔王の踵が返る。
「人間達に伝えよ。『ここから先は我々が請け負う。お前達は早々に引き返せ』と」
大魔王が指を鳴らすと、数万の死霊達が一斉に黒い霧となり、大魔王の体へと吸い込まれていく。
「さらばだ、強き意思を持つ歯車達よ」
地面に山積みとなった魔物や人間の死骸すらも、強風で削られる岩のように高速で風化していき、次々と黒い霧へと変わっていく。
「もう会う事もあるまい」
その言葉を最後に、大魔王もその側近のコルティとケリケラも、黒い霧と共にその姿を消していた。




