⑥条件
「デル騎士総長は………やはり魔王軍と交渉すべきと、そうお考えなのですか?」
王都を出た際、王女が発した言葉をバイオレットが思い出す。
「ああ………俺は魔王軍と手を組むべきだと考えている」
デルは漁夫の利を得ようにも、百人にも満たない勢力が足掻いても、たかが知れていると答えた。
「だが、魔王軍の勢力を合わせれば、その数は千を超える。情けなくも悔しい話だが、向こうの装備と戦力を合わせれば、数が多いだけで実戦経験の少ない貴族派と互角に戦えるだろう」
その上で、魔王軍と交渉のテーブルにつく。
両手を軽く広げ、デルの話が続く。
「無論、相手の要望を聞き出してから手を組む事になる流れになるのだろうが、これまでの話をまとめれば、魔王軍は人間達から追放された恨みはあるが、人間達を滅ぼす気はないようだ」
「………デル総長は、人間と魔物の両者に落とし所がある、と?」
「そう考えている」
バイオレットの言葉に、デルが頷いて話が終わる。
「私も、デル騎士総長と同意見です」
アイナ王女が加わった。
「蜂起したクライル宰相からすれば、私欲に塗れた貴族と魔物達を共倒れさせようとしているのでしょうが、私としては、わざわざ用意された彼の血塗られた絨毯の上を歩くつもりは毛頭ありません」
道なき道を走る馬車が何度も揺れる。
「誰かに用意された未来ではなく、自分達で作り出した未来でなければ意味がなりません………でなければ、何も真実を知らされずにこの世を去っていく者達に顔向けが出来ません」
魔王がウィンフォス王国によって作られた事実、魔物達と共闘してカデリア王国に勝利した後、自分達の保身の為に魔物達を追放した真実。一体どれだけの人間が、この歴史を知っているのだろうか。
だが、それでもこの戦争は何も知らない騎士や一般人を巻き込み、血塗られた道とその先にある死者の山を築き上げてきた。
「我々も、覚悟に値するだけの血を流さなければなりません」
王女の決意は固かった。
デルは彼女の言葉に頷き、バイオレットも自分の視線よりも高く、そして視野の広い者達の言葉を飲み込み、この戦いの意味を考え直した。
「話の腰を折って申し訳ないけれど、私は最後まで付き合わないわよ?」
一致団結の終わりを見せていた直前で、フォースィが溜息交じりで話を断つ。
「お、お師匠様!?」
慌てたイリーナが、彼女の前に立って両手を振って何もなかった事にしようとするが、フォースィはイリーナの額を指で弾き、彼女に落ち着くように言葉をかけた。
「私の目的は母の事、そして二百年前の真実を知る事にあるわ。今まで必要があったから協調してきたけれど、目的さえ果たせば、無意味に最後までいるつもりはないから」
そしてバイオレットの着ている鎧に目を向ける。
「それで、エクセル。まだ教えてくれないの?」
フォースィが鎧に向かって声をかけた。
鎧から声が聞こえてくる。
「はい。申し訳ありませんが、あなたが望む話をする為に、必要な条件を満たしていません」
毎日のやり取りの一つ。
いつも通りの答えが、フォースィに毎回返されるだけであった。
人工精霊のエクセルは、カデリア王国の勇者一行と共に二百年前の魔王と戦っていた。つまり、王家の本がなくとも、フォースィの望む答えを彼女はもっている。フォースィはこれまでに何度もエクセルに表現を替えながら質問を続けてきたが、エクセル曰く『話をする為に最低限必要な知識がなければ、話す事が出来ない』のだという。