①拳を極めし者
その動きは、まるで本のページを一気にめくったかのような展開であった。
タイサの横にいたバイオレットが小さな人影に懐に入られ、拳を叩き込まれている。
「がっ………くぁっ!」
タイサとエコーが振り向く前に、バイオレットは壁に背中を打ちつけられていた。
彼女がいた場所に立っていたのは、茶色の肌をもち、肩にかからない程度の黒髪から覗く尖った耳の人間。
「まず一人」
白のタンクトップに腰には黒い帯が巻かれ、厚手の白いズボンが下半身を包んでいる。細やかな胸の膨らみから女性である事は分かるが、腰は女性であっても細く、しかし太ももはまるで丸太のように分厚かった。
タイサとエコーの間に立つ女性は、素手と素足に巻かれた包帯を気にしながらタイサとエコーにそれぞれ視線を向ける。
「次はどちらで?」
「こ、こいつ………」
タイサが息を飲む。
思い返してみても、タイサ達に残っていた記憶は領主の館に入った先の階段、その前で立っていた人影であった。肌の色も男か女も分からない認識しか脳に届いていなかった間に、目の前の女性はここまでの状況を作り出した。
「その耳と肌の色………あなたがバールですね?」
エコーは目の前の強敵の気迫に押されつつも、言葉で返す。
ダークエルフを象徴する姿の女性は、エコーの言葉に小さな微笑みで返答する。
「えぁ。77柱が1柱。バールです」
右手を開いて挨拶を済ませる。彼女の手に武器はなく、防具も構えもなく無防備であった。
「それで、次はどちらがお相手を? ああ、何でしたら三人同時でも構いませんよ?」
思い出したかのように眉を吊り上げたバールが二人に背中を向け、壁に向かって歩き出す。
「流石に、ここまで来ただけはあります。粉々にしたつもりでしたが………ふむ、まだ五体満足のようですね」
壁に張り付いたバイオレットの姿を見て、バールが顎に手を当てて考えを改める。
瞬間、バイオレットはバールに剣を振り上げていた。
額から血を流しているものの、彼女の剣は正確にバールの頭頂を捉えている。
「良い太刀筋ですが………その程度では77柱に通じないでしょう」
バールは左手の人差し指と中指の間に僅かな隙間を空けて指を曲げると、バイオレットの剣を二本の指の関節で挟み取った。
「そんな………」
思わずバイオレットの顎が持ちあがっていく。
「白羽取りといいます。さらに………」
空いた右手をバイオレットが握っている柄の先端に潜り込ませると、それを握って手首を回す。
一体何の魔法か手品か。彼女が握っていたはずの剣は、半回転してバールの手に納まっていたのである。
「魔王新陰流、無刀取り」
奪い取った剣で、バールはバイオレットの胴を薙ぎ払う。
しかし、剣は彼女の鎧に触れると同時に動きを止めた。
「成程。五体満足だった理由はそれですか」
バールは後方に跳ぶとバイオレットの剣を投げ放ち、持ち主の足元に突き返した。
「技術の不足を重力制御で補っていると………確かに、それらを上手く合わせれば、我々に匹敵するかもしれません」
腕を組み、バイオレットの秘密を瞬時に理解する。




