⑤漁夫の利
日が天頂を通過してから三時間。気温は最高点から少しずつ下がり始め、空気が夕方の準備を始めていた。
だが天気よりも、馬車から見える光景の方が変化に乏しかった。
常に古びた城壁がそびえて並び、近くには日よけとなる木々もなく、永遠とそして淡々と同じ風景が何時間も続いている。正規の道ではない為、整地はされていないが、馬車が走る分には何も問題ない範囲で馬車が揺れている。王女やデルを乗せた馬車を先頭に、後続の馬車、そして城壁とは反対側を固めるようにデルの部下の元白凰騎士団のシエン率いる騎馬達が並走していた。
「デル騎士総長。伺ってもよろしいですか?」
話題が尽き、静かに過ごしていた荷馬車の中で、バイオレットが向かい側で座るデルに声をかけた。
「総長は、この戦いの終点がどこにあるとお考えですか?」
今まで考え、答えが絞り切れずにいた事をバイオレットが吐露する。
それを聞いたデルは指を組み、鋭い目で彼女を見つめた。
「この戦い、とは俺達と貴族派との戦いの事か? それとも人間と魔王軍との戦いの事か?」
デルに説明され、バイオレットも自分が具体的な言葉ではなかったと初めて気付く。そして慌てて目を泳がせながら考え、結局の所『両方』という言葉を返した。
それを聞いたデルの表情が和らぐ。
「どちらも答えは難しいな。そうだな………どこまで話していいものか」
デルは姿勢を崩しながら後頭部を軽く掻くと、アイナ王女やフォースィと目を合わせてから質問者に顔を戻した。
「正直な所、終わりという点がない………というのが俺の見解だ。そして、ここにいる全員も同様の考えだろう………いや、正確にはそれぞれの終着点はあるが、同じではないというのが答えに近いのかもしれない」
デルの曖昧な言葉に、バイオレットが眉間にしわを寄せる。
「つまり私達は、共通した目的のない集団という事ですか?」
「有体に言えば、そうなる」
集団という組織。事様々な部署から、様々な考えで集まったこの集団にとって、最も重要であるべき目的が共有されていない。彼女は怪訝な顔のまま、自分なりの考えを披露した。
「これは私なりに考えた事ですが、貴族派には魔王軍と戦ってもらい、その後、王女殿下が疲労した貴族派を打ち倒し、再び王国騎士団や王国そのものを再建させるべきだと思います。そして魔王軍へは、相手が疲弊しているのならばこれを撃退し、逆に相手がまだ戦える状態であれば、停戦の交渉を呼びかけても良いと思っています」
二正面作戦を避けつつ、漁夫の利を狙う。バイオレットの考えには無駄がなく、かつ合理的で理性的な案であった。
馬車が石を踏んだのか、荷台と中にいた者達がやや右に揺れる。
「如何でしょうか」
「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな。恐らく他の騎士達も、早晩バイオレットのような考えに行きつくだろう」
デルは彼女の言葉を否定する事なく受け止めたが、最後に首を左右に振った。