大魔王の雑談
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「あんな安請負をして宜しいのですか?」
飛び立つタイサ達の背中を静かに見送る大魔王。その横で空間が割け、白黒のメイド服の始祖が姿を現した。
「安請負、か。まぁ、あの者に対する義理としてはこれで十分だろう」
最期を迎える者達の姿が小さくなり、大魔王は彼女に視線を移す。
「私が心配しているのは、あくまでも計画の事だけです。彼等との義理や情で、長年の計画が実行不可能になれば、目も当てられません」
「………貴様は心配性だな。そんなに奴に会いたいか」
大魔王の軽口に、コルティは大魔王を見上げながら頬を緩ませる。
「そうでなければ、私もケリケラもあなたの指示には従いません。それに………会いたいのは大魔王様も同じでしょう?」
訪れる一瞬の静けさ。
大魔王は空に向かって笑い出した。
「成程。そう言い返されるとは思わなんだ。こういう時をお前達の中では『一本取られた』と言うのだろうな」
「それ程の返しではありません」
やや遠くから、雄叫びと金属音、タネガシマの発砲音が不規則に聞こえてくる。
「人間と魔物達の戦いが再開されたようです」
「………無意味な。本来ならば、人間共に被害が及ばぬよう計画が進む予定であったが………誰かが、歴史の歯車を無理に動かした者がいるようだ」
「人間でしょうか?」
コルティの頭上の空間が横に細く割れる。裂け目からは十本の白銀の斧が落下し、次々と地面に突き刺さっていく。
「いや、人間側には歯車だけを遺している。逆に歯車を動かせる時期と力は、魔物側にしか遺していない」
「つまり、原因は魔物達側だと?」
コルティの脳裏に自分の祖先の顔が浮かぶ。
「いや、シドリーは隣の歯車の動きに驚いた別の歯車にすぎん。歴史にとって重要な部品ではあるが、あくまでも原因は最初に動こうとした歯車、つまり新生派と呼ばれる五人のうちの誰かだ」
「誰かって………五人の祖先の中で、二百年前の戦いに関わっていたのは、彼女しかいません。褒められる性格ではありませんでしたが、計画を破綻させる程、愚かではなかったはずです」
当時は、と言い終え、コルティは背中に二本の白銀を交差させるように身に付け、さらに六本の白銀を半分ずつ左右の肩に翼のように浮かせる。
「しかし、誤作動とはいえ、タイサのような都合の良い歯車達がよく揃っていましたね」
計画の遂行にとって最も重要な因子である『黒の剣を扱える者』の歯車がこの時代に存在していた事に、コルティは驚くと共に感謝せざるを得なかった。
「偶然と必然は紙一重。友もそう言っていたが………確かに偶然でもあり、動いた歯車が無駄にならぬようにと摂理が用意した必然であったのかもしれぬ」
大魔王の右手に黒い粒子が漂い始め、足元の地面からも黒い粒子が滲むように浮き始める。
遠くの戦場で大きな音が連続して波を打つ。
大魔王が横を振り向くと、魔物達の陣を裂くように三個の雷球が抜けていった。
「人間共の反撃のようです………それと懐かしい魔力が通過していきますね」
「あれは『勇者』だ。人間達もほとほと惨い事を考える………たかだが二百年程度では何も変わらないか」
強力な反応を持つ存在がブレイダスの街目がけて、大魔王達の横を通過していく。
「放置して宜しいので?」
コルティがその先の言葉を予想しながら笑みを見せ、残った二本の白銀の斧を両手で掴んだ。
「余が頼まれたのは、騎士団と魔王軍の足止めだ。それ以外は言われていない」
大魔王は黒の粒子が集まった右腕を上げると顔の横で拳を作り、勢いよく地面に向けて振り下ろした。
「ケリケラは戻り次第、側面から攻めるそうだ。我々はこのまま直進して、彼女と合流する事にしよう」
「了解です。大魔王、様」
二人は、騎士団と魔王軍が激突している場所へとゆっくりと歩き始める。
その後ろでは、様々な骨格を持つ死霊達が、朽ちた武器を掲げながら整然と列をなし、無言で王の後ろを行軍していた。
「さて、まずは五千の躯から始めてみようか」
大魔王の口が横に広がる。
「この時代の生者達は。果たしてどの程度持ち堪えられるかな?」




